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1章 その首160億につき
罪人と行き倒れⅠー ⑨
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ゼフィラトにある唯一の宿。
そこでクロスはぼんやりとテーブルに視線を落としていた。目の前では、頼んだシチューが湯気を立てている。
彼女が考えているのは、もちろんあの青年のことだった。
気にするな、と言われれば人は気になるものだ。
しかもあの身体を見たあとでは尚更である。
彼は干渉を望んではいない。それは間違いない。
だが、痛みはないのだろうか。
(…………いや)
あるのだろう。
でないと、あそこで彼は礼を言わない。
そんなことをつらつら考えていると、テーブルの上に新たな影が落ちた。
「隣、よろしいですか?」
頭上から声をかけられ、クロスはハッと顔を上げた。
そこにいたのは穏やかな風貌をした青年だった。
金髪碧眼。アッシュほどの人間離れした美貌ではないにしても、なかなか端正な顔立ちである。
「どうぞ……」
盆ごと皿を寄せ、クロスは場所を空ける。会釈した青年はその正面に席を落ち着けた。
青年はしばらく何も言わなかった。クロスも他人と話す気にはなれず、食事を再開する。
しばらくは無言の食事風景が続いた。まるでこのテーブルだけが、賑やかな喧噪から切り離されたかのようだった。
「ずいぶんと沈んでおられるようですが、何かありました?」
不意に話しかけられ、初め彼女は自分に言っているのだと気付かなかった。
「……え?」
その様子に苦笑して、青年は指を組んだ。
「いえ、さっきからあなたのように若く美しい女性がひどく暗い顔をされているので。私で良ければ、何か力になれないかと思いまして」
普通の男が言えば背筋の寒くなるようなセリフだが、この青年が言うとひどく様になっている。
普段のクロスなら「放っておけ」と一蹴するだろうが、今夜は違った。
ぼんやりと青年を見上げ、「別に」と力なく俯く。
その様子に青年はかすかに眉を寄せたが、気を取り直してクロスに別の問いかけを投げる。
「私はザイン・オージェンと言うのですが、あなたは?」
「クロス」
素っ気なく名乗ると彼女はまた口をつぐむ。
「そうですか、ではクロスさん。実は私はちょっと人を探してるんです」
「それは大変だな。どんな奴だ?」
おおかた、賞金稼ぎか何かだろうと見当をつけてクロスは投げやりに返事する。それとも、単なるナンパ目的かもしれない。
どちらにしても相手にするのも面倒だ。
ザインは大真面目な顔をして身を乗り出した。
「大変な罪人です。あなたも、もし見かけても関わらないようにして下さい」
「危険なのか?」
「とてつもなく。——私達の仲間も何人殺されたかわかりません。恐ろしく腕の立つ男です」
「ふぅん。何をしたんだ?」
生返事をする彼女の顔がかすかに強ばったのは、次の青年の一言だった。
声を潜めて、彼はこう囁いたのだ。
「盗人ですよ。サザンダイズから、大変なものを盗んだという……。手配額がとんでもなくて、逆に怪しいことこの上ないですけどね」
『何しろサザンダイズが目の色変えて追ってる大罪人だ』
彼女は知る由もないが、それは野盗達が見ていた手配書と同じだった。
そして、クロスはその手配額に昨夜の彼らと同じように目を剥く。
「百六十億だと……?!」
怪しいどころではない。
通常、野盗や流れ者にまで情報がいく手配書の額はどれだけ高くても数千万だ。
桁が違うどころの話ではない。次元が違う。
これでは『何かありました』と言っているようなものだ。
その額の大きさと比例し、国の余裕のなさが——『何が何でも捕まえないといけない』という感情がありありと見て取れる。
「まったくですよ。逆に怪しまれるってのに、何を考えて……ああ、いえ。すみません」
後半を濁した青年の言葉は、もうクロスの耳には入っていなかった。
「それで、知りませんか?」
「ああ……知らない」
何とか絞り出した声が震えていないことが、クロスにとって唯一の救いだった。
そこでクロスはぼんやりとテーブルに視線を落としていた。目の前では、頼んだシチューが湯気を立てている。
彼女が考えているのは、もちろんあの青年のことだった。
気にするな、と言われれば人は気になるものだ。
しかもあの身体を見たあとでは尚更である。
彼は干渉を望んではいない。それは間違いない。
だが、痛みはないのだろうか。
(…………いや)
あるのだろう。
でないと、あそこで彼は礼を言わない。
そんなことをつらつら考えていると、テーブルの上に新たな影が落ちた。
「隣、よろしいですか?」
頭上から声をかけられ、クロスはハッと顔を上げた。
そこにいたのは穏やかな風貌をした青年だった。
金髪碧眼。アッシュほどの人間離れした美貌ではないにしても、なかなか端正な顔立ちである。
「どうぞ……」
盆ごと皿を寄せ、クロスは場所を空ける。会釈した青年はその正面に席を落ち着けた。
青年はしばらく何も言わなかった。クロスも他人と話す気にはなれず、食事を再開する。
しばらくは無言の食事風景が続いた。まるでこのテーブルだけが、賑やかな喧噪から切り離されたかのようだった。
「ずいぶんと沈んでおられるようですが、何かありました?」
不意に話しかけられ、初め彼女は自分に言っているのだと気付かなかった。
「……え?」
その様子に苦笑して、青年は指を組んだ。
「いえ、さっきからあなたのように若く美しい女性がひどく暗い顔をされているので。私で良ければ、何か力になれないかと思いまして」
普通の男が言えば背筋の寒くなるようなセリフだが、この青年が言うとひどく様になっている。
普段のクロスなら「放っておけ」と一蹴するだろうが、今夜は違った。
ぼんやりと青年を見上げ、「別に」と力なく俯く。
その様子に青年はかすかに眉を寄せたが、気を取り直してクロスに別の問いかけを投げる。
「私はザイン・オージェンと言うのですが、あなたは?」
「クロス」
素っ気なく名乗ると彼女はまた口をつぐむ。
「そうですか、ではクロスさん。実は私はちょっと人を探してるんです」
「それは大変だな。どんな奴だ?」
おおかた、賞金稼ぎか何かだろうと見当をつけてクロスは投げやりに返事する。それとも、単なるナンパ目的かもしれない。
どちらにしても相手にするのも面倒だ。
ザインは大真面目な顔をして身を乗り出した。
「大変な罪人です。あなたも、もし見かけても関わらないようにして下さい」
「危険なのか?」
「とてつもなく。——私達の仲間も何人殺されたかわかりません。恐ろしく腕の立つ男です」
「ふぅん。何をしたんだ?」
生返事をする彼女の顔がかすかに強ばったのは、次の青年の一言だった。
声を潜めて、彼はこう囁いたのだ。
「盗人ですよ。サザンダイズから、大変なものを盗んだという……。手配額がとんでもなくて、逆に怪しいことこの上ないですけどね」
『何しろサザンダイズが目の色変えて追ってる大罪人だ』
彼女は知る由もないが、それは野盗達が見ていた手配書と同じだった。
そして、クロスはその手配額に昨夜の彼らと同じように目を剥く。
「百六十億だと……?!」
怪しいどころではない。
通常、野盗や流れ者にまで情報がいく手配書の額はどれだけ高くても数千万だ。
桁が違うどころの話ではない。次元が違う。
これでは『何かありました』と言っているようなものだ。
その額の大きさと比例し、国の余裕のなさが——『何が何でも捕まえないといけない』という感情がありありと見て取れる。
「まったくですよ。逆に怪しまれるってのに、何を考えて……ああ、いえ。すみません」
後半を濁した青年の言葉は、もうクロスの耳には入っていなかった。
「それで、知りませんか?」
「ああ……知らない」
何とか絞り出した声が震えていないことが、クロスにとって唯一の救いだった。
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