わたしとの約束を守るために留学をしていた幼馴染が、知らない女性を連れて戻ってきました

柚木ゆず

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第6話 幼馴染2人のその後~リュクレースの場合・その1~ リュクレース視点(1)

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「お久しぶりです、リュクレース様。今日という日が、楽しみで仕方がありませんでしたよ」
「わたしもです、フィリベール様。お約束をしてからずっと、楽しみにしておりました」

 あの日から一週間後の、正午に十数分前。わたし達は、2階建ての建物の中に――先生が所有されている練習施設の一室にいて、言葉を交わすや自然と笑みが零れました。

 フィリベール様と行う連弾。

 どのような音になるのか、良い意味でまったく想像がつかなくて。予想するだけでワクワクが止まらなくなり、小さな子どものようにソワソワしていました。

「先生が手配をしてくださり、ついさきほど調律なども済ませてくださったそうです。ピアノは万全ですから、僕達の準備を整えましょうか」
「そうですね。始めましょう」

 今は冬で、わたし達は外から移動してきたので身体は冷えてしまっています。そこで滑らかに動かせるように手と足を中心とした各所のストレッチなどを入念に行い、お互いしっかりと全身が温まりました。
 ですのでわたし達は設置されているピアノへと向かい、鍵盤から向かって右側にわたしが座り、向かって左側にフィリベール様が着席しました。

「……………………。リュクレース様、始めましょうか」
「……………………。はい、始めましょう。フィリベール様」

 お互い目の前にある鍵盤に触れて感触や音色を確かめ、そちらが済むと頷き合います。そうして声と動作で、互いの呼吸を合わせて――

 演奏が、始まる。

『~♪~♪~♪~♪』

 この曲は、作曲者様のこだわりにより――まずはマトローシュルズ湖の『水』と『空気』を表現するために、最初の20秒は半分ずつ単独で演奏をします。
 まずは高音担当のわたしが、10秒『水』を表す音を――穏やかで澄んだ音を奏で、およそ1秒の無音を挟み、低音担当であるフィリベール様の演奏が始まります。

『~♪~♪~♪~♪』

 マトローシュルズ湖の『空気』を表す、音。おもわずずっと耳を傾けていたくなる、清らかで真っすぐな音色が10秒間響き――

 いよいよ、共演が始まります。

『~♪~♪~♪~♪』
『~♪~♪~♪~♪』

 水と空気の融合。これまで個々だった音が、絡み合うようになって――本当に、すぐのことでした。

((……すごい。綺麗……!))

 心の中で自然と、そういった言葉が生まれました。

『~♪~♪~♪~♪』
『~♪~♪~♪~♪』

 フィリベール様が生み出す、体内にスゥッと入って優しく満たしてくれるような透明感に満ちた音。わたしが生み出す、体表を柔らかくつたい優しく包み込むような透明感に満ちた音。
 そんな体『内』と体『外』に作用する音が手を取り合うことで、その音たちは新たな姿を見せてくれる。単独だと『空気』と『水』である音は、合わさることで『マトローシュルズ湖』になるんです。

『~♪~♪~♪~♪』
『~♪~♪~♪~♪』
((……こんなことが、あるだなんて……!))

 あの場所、あの景気が浮かんでくる。
 連弾はこれまで何度か行ったことがありますが――。自分が弾いている音で、その曲のもととなっているところが浮かんでくることは今まで一度もありませんでした。
 そんな初めてのことが、起きている。
 そんな事実に驚き――ますが、すぐにそんな感情は消えてしまいます。
 なぜならば、

『~♪~♪~♪~♪』
『~♪~♪~♪~♪』
((楽しい……!))

『驚き』が埋め尽くされて消えてしまうほどに、そんな感情が溢れてくるからです。

『~♪~♪~♪~♪』
『~♪~♪~♪~♪』
((楽しい……! 楽しい……っ!))

 もっともっと弾きたい。もっともっとこの音を聴きたい。
 わたしはすっかり『調和の音』に魅了され、無意識的に笑みを浮かべながら一心不乱に指を走らせ――

 3分56秒。

 あっという間でした。
 気が付くと演奏が終わっていて、わたしは――わたしだけでなく、フィリベール様もそうでした。

「……………………」
「……………………」

 頬を紅潮させ、たった今経験した感動に心と身体を振るわせていたのでした。


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