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プロローグ イナヤ・マールルット視点
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「………………。どういうこと、なのでしょうか……?」
「? イナヤ、難しい顔をしてどうしたのだ?」
自室と階段の、ちょうど中間地点付近。2階の廊下で首を傾げていたら、偶然近くを通られたお父様が足を止めました。
「さっき、使用人のひとりと話していたように見えた。なにかトラブルでもあったのか?」
「いえ。そうではなく、不思議なことが起きていたようなのです」
「不思議なこと? なんなのだ?」
「……マティウス様が、お外――誰もいない場所で、楽しそうに笑っていたそうなんです」
今から5か月前――わたしイナヤはマールルット子爵家の次女として、アスユト子爵家の嫡男マティウス様と婚約を交わしました。
――夫婦になるのだから、結婚までに仲を深めておいた方がいい――。
――どちらも18歳で共通点も多く、機会さえあれば早くに距離も縮まるだろう――。
両家当主の勧めでわたし達は週に1度どちらかのお屋敷で会うようになっていて、今日はマティウス様がウチにいらっしゃる番。今回は天気が良いためガーデンテーブルでお茶とお菓子を楽しみながらお喋りをしていたのですが、その中盤あたりで問題が起きていました。
『失礼、用事を思い出しました。少しだけ馬車に戻らせてもらいますね』
そう仰られて席を立たれ、十数分ほどで戻られました。
その際は特に疑問を抱きはしなかったのですが、さきほど――帰られるマティウス様をお見送りして、お部屋に戻ろうとしていた時でした。ミランダが困惑した表情を携えながら駆け寄って来て、こんなことを口にしたのです。
『停められていた馬車から、10メートルほど離れた場所だったと思います。偶々そちらを移動していた際に、見てしまいました……。アスユト様が、おひとりで楽しそうに笑っていらっしゃるのを……』
距離があったため内容までは把握できてないのものの、それはもう上機嫌で何かを喋っていたそうなんです。
「……………………そんな……。まさか……」
「お、お父様? ど、どうされたのですか……?」
「……………………実は、な……。前回、使用人のひとりもそういった姿を目にしていたそうなのだよ」
そんなはずはない、きっと何かの見間違いだろう――と思われており、問題視はされていなかったそうですが……。2週間前にいらっしゃったあとに、今回と同じ報告がお父様に上がっていました……。
「先週お前がアスユト邸を訪れたあと、『マティウス殿に変わったことはなかったか?』と尋ねただろう? アレは、その件が気になっていたが故の問いだったのだ」
「そう、だったのですね……。…………」
「イナヤ、改めて確認をする。あの時は、不審な点はなかったのだったな?」
「は、はい。ありませんでした」
その関係の行動以外でも、違和感を覚えるところはありませんでした。
「ですが先々週と今週、二度も起きているのなら……。見落としてしまっている可能性が出てきます」
「だな。……幸いにも、次もまたウチになっている。今度は全員の目を光らせておくとしよう」
来週は直前まであるご用事の関係で、距離が近いウチのお屋敷で会うお約束になっています。ですのでより詳しい情報を把握できるよう、わたしも含め全員がある種の厳戒態勢で挑むこととなり――
「………………」
「………………」
「………………」
――なった、のですが……。
目を光らせ始める前……。マティウス様がいらっしゃって早々に、わたし達は――お父様とお母様とわたしは、たまらず言葉を失う羽目になってしまったのでした。
「卿、申し訳ございません。実は僕は、ルナ様に――イナヤ様の妹君に恋をし、両想いとなっておりまして。イナヤ様との関係を解消させていただき、ルナ様と新たに婚約を結ばせていただきたいと思っております」
……この方は、なにを仰っているのですか……?
わたしには、妹なんていません……。
「? イナヤ、難しい顔をしてどうしたのだ?」
自室と階段の、ちょうど中間地点付近。2階の廊下で首を傾げていたら、偶然近くを通られたお父様が足を止めました。
「さっき、使用人のひとりと話していたように見えた。なにかトラブルでもあったのか?」
「いえ。そうではなく、不思議なことが起きていたようなのです」
「不思議なこと? なんなのだ?」
「……マティウス様が、お外――誰もいない場所で、楽しそうに笑っていたそうなんです」
今から5か月前――わたしイナヤはマールルット子爵家の次女として、アスユト子爵家の嫡男マティウス様と婚約を交わしました。
――夫婦になるのだから、結婚までに仲を深めておいた方がいい――。
――どちらも18歳で共通点も多く、機会さえあれば早くに距離も縮まるだろう――。
両家当主の勧めでわたし達は週に1度どちらかのお屋敷で会うようになっていて、今日はマティウス様がウチにいらっしゃる番。今回は天気が良いためガーデンテーブルでお茶とお菓子を楽しみながらお喋りをしていたのですが、その中盤あたりで問題が起きていました。
『失礼、用事を思い出しました。少しだけ馬車に戻らせてもらいますね』
そう仰られて席を立たれ、十数分ほどで戻られました。
その際は特に疑問を抱きはしなかったのですが、さきほど――帰られるマティウス様をお見送りして、お部屋に戻ろうとしていた時でした。ミランダが困惑した表情を携えながら駆け寄って来て、こんなことを口にしたのです。
『停められていた馬車から、10メートルほど離れた場所だったと思います。偶々そちらを移動していた際に、見てしまいました……。アスユト様が、おひとりで楽しそうに笑っていらっしゃるのを……』
距離があったため内容までは把握できてないのものの、それはもう上機嫌で何かを喋っていたそうなんです。
「……………………そんな……。まさか……」
「お、お父様? ど、どうされたのですか……?」
「……………………実は、な……。前回、使用人のひとりもそういった姿を目にしていたそうなのだよ」
そんなはずはない、きっと何かの見間違いだろう――と思われており、問題視はされていなかったそうですが……。2週間前にいらっしゃったあとに、今回と同じ報告がお父様に上がっていました……。
「先週お前がアスユト邸を訪れたあと、『マティウス殿に変わったことはなかったか?』と尋ねただろう? アレは、その件が気になっていたが故の問いだったのだ」
「そう、だったのですね……。…………」
「イナヤ、改めて確認をする。あの時は、不審な点はなかったのだったな?」
「は、はい。ありませんでした」
その関係の行動以外でも、違和感を覚えるところはありませんでした。
「ですが先々週と今週、二度も起きているのなら……。見落としてしまっている可能性が出てきます」
「だな。……幸いにも、次もまたウチになっている。今度は全員の目を光らせておくとしよう」
来週は直前まであるご用事の関係で、距離が近いウチのお屋敷で会うお約束になっています。ですのでより詳しい情報を把握できるよう、わたしも含め全員がある種の厳戒態勢で挑むこととなり――
「………………」
「………………」
「………………」
――なった、のですが……。
目を光らせ始める前……。マティウス様がいらっしゃって早々に、わたし達は――お父様とお母様とわたしは、たまらず言葉を失う羽目になってしまったのでした。
「卿、申し訳ございません。実は僕は、ルナ様に――イナヤ様の妹君に恋をし、両想いとなっておりまして。イナヤ様との関係を解消させていただき、ルナ様と新たに婚約を結ばせていただきたいと思っております」
……この方は、なにを仰っているのですか……?
わたしには、妹なんていません……。
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