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プロローグ クラリス視点
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「……あの方がこの出来事を知ったら、どうなさるのかしらね」
さっきまであった優雅さと賑々しさがすっかり消えてしまった、リンドニック侯爵家邸内に設けられた絢爛なパーティー会場。わたしは一変する原因となった人を遠巻きに眺めつつ、ぽつりと呟いていた。
あれは、およそ1年半前のこと――。
「クラリス。お前との婚約は今日、解消することにした」
3か月前に婚約を結んでいた、クレランズ伯爵家のジェラール様。お茶をするべく自室にお通ししたら、突然そんなことを言い出したのです。
「かい、しょう……? 理由を、お聞かせください。なぜ、なのでしょうか……?」
「お前より魅力的な女性と出逢った。それが理由だ」
その方は当時通っていた学院で3-Bだった、ルアール子爵家のマリエット様。ジェラール様は1か月ほど前に共通のご友人が開いた夜会で出会い、意気投合。それによって急激に距離が縮まり、更にルアール様が強い想いを抱き始めたことによって、心変わりをされていたそう。
「……クラリス。お前の『家』は、財で成り上がった新入り貴族だ」
我がティレア家は曾祖父が商会を立ち上げ土台を固め、祖父が大成功へと導いたことが切っ掛けとなって男爵の爵位を得ました。そのためこの国では、最も新しい貴族となっています。
「なぜ気付かなかったのだろうな――。そんな貴族は、平民同然。所詮は金を多く持っているだけの平民で、実際にお前も名ばかりの令嬢。身にも心にも貴族としての『らしさ』が一切なく、名家に生まれたこの俺と釣り合うはずがないんだ」
「………………」
「対してマリエットは内外に貴族然としたものを宿す、気品に溢れ、子爵の枠に収まっていてはいけない程の人間。まさに、この俺に相応しい人間なんだ。だから――。俺はお前ではなく、彼女を一生愛し守り続けると決めたんだ!」
そう続けたジェラール様は「遠回りしてしまった」「無駄な過程を挟んでしまった」と自嘲まじりの息を吐かれ、懐から1枚の書類を取り出した。
「これが婚約解消に関する書類だ。速やかに、ここにサインをしろ」
「……ジェラール様……。おじ様は、こちらをご存じで――」
「当然知っていて、快諾を得ている。そのため万が一拒むのであれば、家の力でバックアップするとも約束してくれているぞ」
円満な解消にしておかなければ、新たに婚約を結びにくくなってしまう。そんな理由で『意見の一致』を求めていて、そんなジェラール様は邸内をぐるりと見回した。
「ウチは顔が広く、反感を買えば商会に大きな影響が出るだろうな。……お前がいつも『尊敬している』『愛している』と言っていた、父や母。大切な人が自分のせいで苦しむのは、嫌だろ?」
「…………。分かりました。意向が一致したという形で、白紙にさせていただきます」
唯々諾々と従いたくはなかった。せめて慰謝料などを支払わせ、どうにかしてお返しをしたかった。
でも……。抵抗するとお父様やお母様にご迷惑がかかってしまうし、皆さん――商会で働いているスタッフにも悪影響が出てしまう。
なのでサインを行い、お父様達にこの出来事は伏せ、こうしてわたしの初恋は最悪な形で幕を閉じたのだった。
「……あの日のジェラール様は別れ際にも、『お前なんかと婚約をしてしまったことは、一生の汚点だ』『まったく、俺は見る目がない男だな』と仰られていた。確かに、その通りだったわね」
だって――
「生意気なのよぉぉぉぉ!!」
貴方が『穏やか』『心が透き通っている』『聡明』『気品溢れる』と大絶賛されていた、ルアール子爵家のマリエット様。そんな彼女ははしたなく大声を上げ、他貴族のご令嬢に平手打ちをしてしまったのだから。
さっきまであった優雅さと賑々しさがすっかり消えてしまった、リンドニック侯爵家邸内に設けられた絢爛なパーティー会場。わたしは一変する原因となった人を遠巻きに眺めつつ、ぽつりと呟いていた。
あれは、およそ1年半前のこと――。
「クラリス。お前との婚約は今日、解消することにした」
3か月前に婚約を結んでいた、クレランズ伯爵家のジェラール様。お茶をするべく自室にお通ししたら、突然そんなことを言い出したのです。
「かい、しょう……? 理由を、お聞かせください。なぜ、なのでしょうか……?」
「お前より魅力的な女性と出逢った。それが理由だ」
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「………………」
「対してマリエットは内外に貴族然としたものを宿す、気品に溢れ、子爵の枠に収まっていてはいけない程の人間。まさに、この俺に相応しい人間なんだ。だから――。俺はお前ではなく、彼女を一生愛し守り続けると決めたんだ!」
そう続けたジェラール様は「遠回りしてしまった」「無駄な過程を挟んでしまった」と自嘲まじりの息を吐かれ、懐から1枚の書類を取り出した。
「これが婚約解消に関する書類だ。速やかに、ここにサインをしろ」
「……ジェラール様……。おじ様は、こちらをご存じで――」
「当然知っていて、快諾を得ている。そのため万が一拒むのであれば、家の力でバックアップするとも約束してくれているぞ」
円満な解消にしておかなければ、新たに婚約を結びにくくなってしまう。そんな理由で『意見の一致』を求めていて、そんなジェラール様は邸内をぐるりと見回した。
「ウチは顔が広く、反感を買えば商会に大きな影響が出るだろうな。……お前がいつも『尊敬している』『愛している』と言っていた、父や母。大切な人が自分のせいで苦しむのは、嫌だろ?」
「…………。分かりました。意向が一致したという形で、白紙にさせていただきます」
唯々諾々と従いたくはなかった。せめて慰謝料などを支払わせ、どうにかしてお返しをしたかった。
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だって――
「生意気なのよぉぉぉぉ!!」
貴方が『穏やか』『心が透き通っている』『聡明』『気品溢れる』と大絶賛されていた、ルアール子爵家のマリエット様。そんな彼女ははしたなく大声を上げ、他貴族のご令嬢に平手打ちをしてしまったのだから。
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