黒い鍵の令嬢と陰陽師執事は、今夜も苦しむ魂を救う

柚木ゆず

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第1話 プロローグ、その直前の出来事

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 とある県の中央部内の、とある場所。そこに存在する広大な私有地の中に建つ、築100年超の洋館。全3階で構成された大きな建物の一室では、品の良い香りが漂っていました。

「お嬢様、どうぞ。カモミールでございます」

 洗練された所作で大理石のテーブルにカップやソーサーを置くのは、安倍蓮(あべのれん)。
 肩にかかる程度に伸ばされた、澄んだ冬の夜空のように美しい黒髪。知的さを窺える切れ長の瞳と、燕尾服を着こなしてしまう長背の肢体。
 街ですれ違った女性は誰もが振り返ってしまう容姿を持つ、『お嬢様』と呼ぶ存在の執事を務める21歳の美男子です。

「ありがとう、蓮。いただくわね」

 目の前に置かれたカップを優雅に持つのは、件のお嬢様ことこの館の主・宝城エリス18歳。
 腰まで流れる髪は、金糸の如く。その下にあるツリ目の瞳は、ブルーサファイアの如く。
 その姿はまるで、漆黒のドレスを着た西洋人形。
 美の女神によって創られている――。一度でもその姿を目にした者はそう確信せざるをえず、人々からは『生きる奇跡』と呼ばれていました。

「………………ん、今夜も美味しいわ。やはり、貴男が淹れるものが一番ね」
「痛み入ります。本日はサブレがございますが、いかがでしょう?」
「3枚、貰うわ。きっと今夜も、仕事があるでしょうしね」

 午前1時52分を示す掛け時計を見やり、蓮特製の焼き菓子を食べる。そんな動作もまた、絵になるもの。
 食事姿も芸術となってしまう彼女は微笑と共に3つを味わい、乾燥してきた口内をカモミールで再び潤します。そうして優雅に英気を養っていると、午前の2時を回り――。それを合図にして、エリスはソファーから立ち上がりました。

「お嬢様」
「ええ、今夜も『生まれた』わ。発生地点は、座標はXが12564でYが25326。11時の方角へと進んでいるわ」

 いつの間にか右手に携えていた黒色の鍵を額に当て、エリスは気配を『捜索(そうさく)』。僅か数秒でターゲットを正確に特定し、首を少しばかり11時の方向へと動かしました。

「この負霊の怨みが向けられている相手は、そちらにある家の住人ね。蓮、X14323、Y31651の座標に飛ぶわ」
「X14323、Y31651でございますね。畏まりました」

 素早く繰り返して確認をした彼は、懐から長方形の和紙――呪符(じゅふ)と呼ばれるものを取り出し、両目を閉じて「転」と呟きます。そうすれば札に記された文字が発光し、2人の足元に大きな魔法陣が展開。五芒星が描かれたその陣はやがてまばゆく輝き、

「あたし達が行くから、もう大丈夫よ。必ず貴女を救済するわ」

 光が消失すると、エリスと蓮の姿もまた消えていたのでした。





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