終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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22.復讐しよう

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 テスト期間中は小野塚に一度も会わなかった。テスト明けには数度会ったが、ふたりの空気はどうもぎこちなかった。
 小野塚が昼食に誘いにくるのも、テストの話題を振って笑いかけてくるのも、今までと変わっていないはずだったが、どれも作り物のように思えて、木崎の言葉につまり、俯いた。

『木崎、大丈夫か? 体調悪いなら無理すんな』

 木崎は俯いたまま、小さくかぶりを振った。口を開けば泣いてしまいそうだった。

(先輩が心配してくれても、全部演技なんじゃないかって、疑っちゃう……)

 決定的な声が、言葉が、木崎の耳から離れない。恋人になれて呑気に幸せを感じていた裏では、友人たちとの話のネタにされてあざ笑われていたのだ。

(逃げればよかった。何も知らなければ、幸せな夢をまだ見続けられていたのに)

 ふたりの間に気まずい沈黙が増え、会話がかみ合わず、重い空気が流れた。全部忘れてなかったこととして取り繕ってもみたが改善しなかった。うまく笑えていないのかもしれないと、木崎は鏡の前で、口角を上げてみた。ひどい顔をしていた。

『別れようか、俺たち』

 小野塚から呼び出されて別れを切り出されたのは、それから数日後だった。いつもボールを蹴っていた、初めてキスをした、あの公園だ。予感はあった。サッカーと受験の方に専念したいからだと言われた。ぎこちなく苦笑を浮かべる先輩の顔をこれ以上見なくてもいい、と考えると、どこかほっとしている自分もいた。
 泣かなかった、と思う。
 分かりました、応援しています、と返したと思う。
 しばらくして、小野塚に返した言葉を反芻してみた。応援しています、は気持ち悪いと思われただろうか。後悔して、胸元を掻きむしりたくなった。

『木崎、なんかあったろ。俺でよかったら話してくれよ。な?』
『佐伯……』

 木崎の異変に気付き、ひどく心配をしていた佐伯には簡単に事情を話した。そういえば小野塚と自分をつなげてくれたのは、佐伯がきっかけだった。
 淡々と話す木崎の言葉に口を挟むこともなく佐伯は話を聞いた。佐伯は特に詳しいことは聞こうとしなかった。部内で噂ぐらいは聞いていたのかも知れない。ただ、『そうか』と呟いた。『つらかったな』とも言った。それから佐伯はなぜか犬の話をした。『この前、グラウンドに犬が入ってきた』と。
 おかしかった。あまりにもおかしくて涙が出た。次から次へぽろぽろと溢れてきた。佐伯が優しく、ぽんと肩をたたいた。
 小野塚に別れを告げられてから、初めて、木崎は涙を流した。
 


 その後、小野塚と会うことはなくなった。

(当たり前だ。もう、二人の間には何の関係もないんだから。元々、先輩は住む世界が違う人だったし、今までが特別だっただけ)

 部活動中、木崎がグラウンドの隅を走り、小野塚がボールを蹴っていても、手を上げることはなかった。目が合うこともなかった。今まで一緒にいたことが不自然だったのだ。これが普通なのだ。寂しさを感じるたび、木崎は何度も自分に言い聞かせた。
 小野塚の姿を見かけるたび、木崎は目の端で彼を追った。多くの生徒が行き交えば彼の姿を探した。たまに見かけるたび小野塚は笑っていた。自分に向けられた笑みではなかった。

『いいのか?』

 静かに、しかしはっきりと、佐伯が問うた。
 卒業式が終わり、木崎が陸上部の先輩に花束を渡してきた後だ。
 人気のないグラウンドの隅、佐伯と二人で、フェンスの向こうにある桜の木を眺めていた。花はまだ咲いていない。遠くから、卒業生や後輩たちの拍手や歓声が聞こえる。正門前は門出を祝う人たちで賑わっている。小野塚もそこにいるはずだ。

『今日で、最後だぞ』

 佐伯が念を押す。

『いいんだよ』

 木崎は、自分に言い含めるように言葉を吐いた。

『先輩とはもうなんの関係もないし』
『恨めよ』

 佐伯の語気が強くなる。

『許せないだろ』
『いいんだよ』

 何度も口に出した言葉だ。きっとこれからも言い続けるだろう。心の中でもう一度呟く。

(これでいい。最善じゃなかったかもしれないけど、先輩のためにも、これがいい終わり方だったんだ)
『よくない』
『なんで佐伯のほうが怒ってるんだよ』
『相手を恨んだ方が楽になることもある』
『それは駄目なことじゃないかな。悪いのは、僕の方だし』

 おどけるように肩をすくめて小さく笑う木崎を、佐伯がきつく睨んだ。

『笑うことじゃないだろ。木崎はなんも悪くねえ。悪いのは全部、小野塚先輩だ』

 こんなにも佐伯が食い下がることは珍しいことだった。ましてや憧れの先輩を悪くいう姿は、普段の明るい佐伯からは想像すらできなかった。

『木崎は悔しくないのかよ。俺は木崎が先輩と付き合ってたのは気づいてなかったけどさ、木崎が毎日楽しそうにしてたのは知ってる。それって今まで普通に付き合ってたってことだろ。なのに裏ではあんなこと言ってたんだぞ。こんなの裏切りじゃないか』
『……裏切り?』
『ああ、裏切りだよ。真剣に付き合っていた木崎を、陰で友達と笑ってたんだぞ。木崎の気持ちを弄んでたんだろ。最低だ』

 佐伯は顔を歪ませていた。自分のことのように憤慨していた。

(最低、とまで言うんだ。憧れてた先輩を……)
『復讐しよう』

 佐伯が静かに言った。

『小野塚先輩に復讐するんだよ』

 木崎が佐伯の方に顔を向けると、真っ直ぐとこちらを見ていた。背中を押すような熱い視線だった。自分が何か悪さをしたわけではないのに、その視線に身が縮こまってしまう。

『恨んでるだろ?』
『……恨んでない』
『でも、納得はしてないんだろ』

 確かに納得はしていなかった。別れを告げられてからも、どうして、と疑問ばかりが浮かんでいた。今まで小野塚がどんな気持ちで付き合っていたのか、全くと言っていいほど想像できなかった。
 本当に、ずっと遊びのつもりだったのだろうか。最初から遊びで付き合っていたと言われれば、小野塚が自分なんかと付き合う理由も納得できる。

(だけど、ほんとに全部、嘘だったのかな……。笑ってくれたのも、キスをしてくれたのも、夢を語ってくれたのも……全部、ほんとに、先輩の演技……?)
『言ってやれよ』

 木崎の迷いを断ち切るように佐伯は言った。復讐を勧める友人の目は、木崎の考えをすべて見透かしているようだ。
 卒業を迎えた小野塚とは、もう会うこともない。疑念を問いただすすべもない。できることはといえば、友人が勧める方法だけ。

『俺が、全部言いたいぐらいだ。木崎がどんなに苦しんで、悔しくて、傷ついたのか、訴えてやりたい。でもそれじゃあ駄目だ。俺は部外者だから、木崎が言わなきゃ意味がない』

 小野塚のことを思い出す。二人が恋人だった、幸せだった頃。それを思い起こすと同時に、あの言葉も蘇る。被さるように、佐伯の言葉もどこからか聞こえてくる気がする。
 ――恨めよ。
 ――復讐しよう。
 小野塚を恨んでみる。あの言葉を吐く小野塚を想像してみる。胸の中にもやもやとした黒いものが沈殿していく。その小野塚を憎いと思ってみる。可愛い女の子と公園を歩く小野塚を、結婚して幸せな家庭をつくる小野塚を想像して、憎いと思ってみる。そして小野塚に復讐する姿を思い描いてみる。しかし、うまくできなかった。
 ただ、小野塚にひとこと言ってやろうと思った。いつ再会できるのか、再会できるのかさえわからないし、そもそも何を言いたいのかもはっきりとしない。だが、恋人だった相手を気持ち悪いとまで言ったのだ。佐伯の言うとおり、恨むには十分に思えた。

(先輩に復讐しよう)

 そのために東京に行き、小野塚に追いつけるような人になろう。対等な立場にならないと駄目だ。対等な立場に立って、初めて小野塚と対峙できるはずだ。
 静かに決意を固めると、木崎は佐伯に向かって力強く頷いた。
 復讐を決めた木崎に、あの日グラウンドで聞いた拍手や歓声は聞こえなかった。
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