終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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21.気持ち悪い

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 昼食の時間を、小野塚とともに過ごすことが増えた。
 今までは一緒に弁当を食べることも、提案されること事態さえ全くなかったのだが、部員たちの前で小野塚が、
『付き合ってんだ、俺たち』と発言した後から、小野塚が木崎の教室までやってくるようになった。
 ひとりではない、必ず小野塚の周りには友人が何人か連れ立っていた。
 三年生が数人、しかも有名なサッカー部員が一年生の教室にやってくるのも見て、クラスメートは何事かと固まっていた。同じように目を丸くしている友人たちに断わり、木崎は早足で教室を出た。
 空き教室で小野塚と向かい合い、弁当を広げる。一緒についてきた小野塚と同学年のサッカー部員数名は、小野塚に追い払われて、少し離れたところで机を寄せ合い、雑談している。たまに遠くから、にやにやとした視線を投げられる中、小野塚と木崎は二人で昼食をとった。

『悪いな。あいつら、どうしてもついてくるってきかなくて』
『いえ、平気です』

 とは言ったものの、木崎は居心地が悪かった。それでも小野塚とこうして昼食まで一緒に過ごせるのは、ふたりで過ごす時間が少ないことに少し不満を抱いていた木崎にとっては、喜ばしいことだった。

『今日もパン、ですか』

 木崎の目線の先には、メロンパンの袋を開ける小野塚の姿があった。いつも昼は菓子パンばかり食べている。栄養バランスが気になった。

『弁当は、三時間目が終わったら食べちゃうんだ。腹減ってさ』
『そうなんですか?』
『昼休みはパンとかで軽く済ませて、練習することが多いから』
『あっ、すみません。……じゃあ、時間もったいないですね』

 木崎は急いでご飯をかき込んだので盛大にむせた。小野塚が横から茶を渡してくれる。

『気にすんな。ゆっくりでいいよ。俺がこうやって、木崎と一緒に食べたいだけだし』

 小野塚のその言葉に、木崎は胸がいっぱいになった。顔に熱が集まってくるのが分かる。ご飯がうまく喉を通らないし、味も全く分からない。早々に食べ終わった小野塚はその様子を微笑みながら眺めている。
 小野塚はパンの袋を丁寧に折りたたみ、小さな三角形の形を作った。

『几帳面なんですね』
『ん? あ、これ、なんか癖なんだよ。几帳面ではないな。部屋の中は結構散らかってるぞ』

 小野塚は照れたように笑った。

(先輩のその表情、なんだか新鮮だな。見たことのない表情を見れるのは嬉しい。こうやって少しずつ、もっといろんな表情見られたらいいな)

 貴重な表情を焼き付けるように、それでも小野塚に不審に思われないように、木崎は小野塚をこっそり見つめた。
 食べ終わると、木崎はさっさと立ち上がった。名残惜しいが、『先生に呼ばれているので』と嘘をつく。小野塚はこれから練習をするのかもしれない。ならばこれ以上、引き止めるわけにも行かない。



『よぉ、木崎くん、だっけ』

 教室に戻る途中、木崎は呼び止められた。昼食の時には見かけなかったが、サッカー部の人だということは分かった。放課後、小野塚と一緒にいるところを見かけたことがある。

『小野塚と、ずいぶん仲良くやっているみたいだな』

 その男は親しげに話しかけてきたが、その声には相手を蔑むような笑いが含まれていた。思わず身構えた。

(なんだろう……? なんだか、少し苦手な人だ)

 男は内緒話をするように、少し身をかがめ、木崎に顔を寄せた。

『この前のデート、ずいぶんよかったらしいな』

 木崎は顔を引きつらせた。男はさらに口角を上げ、続けた。

『道端でキスするとか、見かけによらず大胆だな』

 木崎は目を見開き、固まった。さっと、背筋を冷たいものが走る。男はさらに何かを言い残して去っていったが、もう男の言葉は入ってこなかった。

(先輩は、周りの友達にデートの話とかしてるってこと?)

 木崎は、おおっぴらに言ってはいけないことだろうと、友人の佐伯にさえ、小野塚との関係は明かしていなかった。しかし、友人たちに言いたい、自慢したい、と言う気持ちは木崎にもあった。きっと相手が彼女だったら話していただろう。
 だが、小野塚は男だ。加えて、サッカー部のエースで、学校の人気者である。周りに言えるはずがない。小野塚に迷惑がかかる。
 しかし、小野塚は部員たちの目の前で付き合っていることを明かしただけでなく、キスまでして見せた。彼は相手が男だろうと気にしないのかもしれない。

(もしかしたら、先輩も僕と同じように、周りに言いたいって思ってくれてるのかも)

そう考えたら自然と口元が緩んだ。
ただ、先ほどの小野塚の友人の言葉。木崎の胸には小さな違和感が残った。


 
 テストを前日に控え、全ての部活動が休みになっていた。さすがに今日は小野塚も勉強するから早く帰るだろうと思い、木崎は帰り支度を済ませると早々に教室を出た。

(通学路が逆だから先輩と一緒には帰れないけど、少し話をしてもらえるだけでもテスト勉強頑張れるから、タイミングよく会えたりしないかなあ)

 玄関へと続く廊下の先に、小野塚を見つけた。友人と話をしながら歩いている。邪魔をするわけにはいかないので、一言だけ声をかけて帰ろうと近づいた。靴箱に続く角を曲がった小野塚を追いかけ、呼びかけようとした時、声が聞こえた。

『別にお前、男が好きなんじゃねえんだろ? ほんとにあの一年と付き合ってんのか?』

 体がすくんだ。その場から立ち去ることもできず、盗み聞きするような形になってしまう。
 靴箱からスニーカーを取り出しているのか、ふたりの会話は遠ざかることなく聞こえる。声がひそめられていたのかも判別できない。が、小野塚の声を聞き間違えるはずもなく、下校する生徒で賑わう昇降口でも、会話ははっきりと木崎の耳に届いた。

(聞いたら駄目だ。早くここから離れて、なかったことに――)

 頭の片隅で警鐘が鳴る。いけないと思いながらも、足は動かず、耳をそばだててしまう。

(……いや、もしかしたらあの後ろ姿は先輩じゃなかったのかも。別の人と勘違いしてて、今話してるのも先輩なんかじゃなくて……)
『なに言ってんだよ』
『――っ!』

 木崎の希望は早々に打ち砕かれた。答えたのは間違えようもない、小野塚の声だった。しかし、いつもと様子の違う声だ。ぞんざいで、僅かな嘲りが混じる声音。
 戸惑っているところに、信じられない言葉を聞いた。

『男と付き合うとか、ねえよ。そんなわけないだろ』

 耳を疑った。聞き間違いではないのかと自問する。しかしそこにいるのは小野塚で、その声は小野塚のものだ。

(……先輩が、僕との付き合いを否定してる――)

 木崎の指先は氷のように冷たくなって震えていた。耐えるように、ぐっと握り込む。

(嘘だ、信じたくない。……そうだ、夢なんだ。先輩がそんなことを言うはずないじゃんか。だって告白を受け入れてくれて、すごく優しくしてくれて、キスもしてくれた。やっぱりこんなの、聞き間違いだ)

 今からでもこの場を離れようと思ったが、友人の、『やっぱ、そうだよなあ』と笑う声が聞こえ、足が動かなくなった。

『気持ち悪いよな』

 友人の声に小野塚の笑い声がかぶさった。

『だな。気持ち悪い。ありえねえよ』

 目の前が、真っ白になった。
 他の音は何も聞こえなくなった。誰かとぶつかったのか、肩に衝撃があって、はっと我に返った。
 それでも思考には靄がかかったままで、木崎は急いで自宅に帰った。

(気持ち悪い、と言ってた。あれは間違いなく先輩の声だった……)

 ずっとそう思っていたのだろうか。告白した時も。公園で一緒にボールを蹴っていた時も。映画を見に行った時も。一緒にサッカーの試合を見に行った時も。初めてキスをした時も。

(先輩は僕のこと、ずっと、気持ち悪いって、こいつと付き合うなんてありえないって思ってたのかな。裏では友達とネタにして笑ってたのかな……)

 木崎は教科書を開いたが、数式も偉人の名前も、視界が滲むから全然頭に入ってこなかった。
 テストの結果は最悪だった。
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