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20.先輩の友達

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 部活が終わり、木崎は校門で小野塚を待っていた。テストが近いため、サッカー部も早く部活を切り上げると事前に小野塚から聞いていたので、一緒に帰ろうと思っていた。
 小野塚たち三年は最後の大会も終わり、すでに引退していたが、大学でもサッカーを続けるものも多く、推薦が決まっているものや、受験勉強から現実逃避したいものは、普段通り練習に参加しているようだった。小野塚も練習参加組の一人だ。

(待ち合わせをしてるわけじゃないし、入れ違いになっちゃったのかな……)

 不安になり始めたころで、ようやく小野塚は数人のチームメイトと一緒に姿を見せた。
 小野塚は木崎に気付き手を上げた。木崎もぺこりと頭を下げる。
 二人の親しげな様子を見て、部員の一人が驚きの声を上げる。

『珍しいな。サッカー部じゃねえし、一年だろ。ずいぶんと仲がいいんだな』

 他の部員たちも興味深そうに木崎と小野塚を交互に見る。じろじろと、上級生たちに視線を向けられ、木崎は肩を窄めた。小野塚の様子を伺うと、目が合った。

『付き合ってんだ、俺たち』

 一瞬の間があって、堰を切ったように部員たちが思い思いに驚きの言葉をあげた。近くを通る生徒たちが何事かと、こちらを見ている。部員たちは小野塚の発言を本気にしたわけではなく、何かの遊びだと思ったのかもしれない。『いつから付き合ってたんだよ』『どっちが告白したんだ?』など、ゲラゲラと笑いながら矢継ぎ早に質問を投げかける。小野塚は端的に答えていた。

『じゃ、キスもしたことあんの?』

 一人が木崎に質問をぶつけた。カキ氷の甘さを思い出す。しかし、木崎は小野塚の交際宣言もまだ自分の中では処理しきれておらず、部員の質問にも咄嗟に答えられなかった。その沈黙を部員は肯定と受け取った。人の輪がどよめく。小野塚がたしなめるが、部員の興奮は納まらなかった。
 いつのまにかキスコールがされていた。手拍子も加わり、部員たちの盛り上がりは最高潮に達していた。

(キ、キス、なんて、できるわけ、ど、どうしたら)

 木崎はただその雰囲気に圧倒されて涙をにじませた。小野塚に助けを求めようと、すがるように小野塚を見上げる。眉を寄せていた小野塚と視線がぶつかった。木崎は小野塚の目に吸い込まれるように、見つめたまま停止した。呼吸が苦しい。酸素を取り入れようと口を開けた。
 小野塚は木崎の肩に手を置いた。そして木崎の呼吸は一瞬、止まった。

『――っ』

 そっと小野塚が顔を離す。部員たちは拍手をし、口笛を吹く。『お幸せにー』とはやし立てる。木崎は自分のしたことを思い出し、羞恥で顔を真っ赤にしながら、その場を全速力で立ち去った。
 汗と、制汗剤の混ざった匂いがした。思い出して、また顔が走った後のように火照った。

(ほんとにキスした、先輩の友達の前で……!)

 二度目のキスは、初めてのキスとは全く違うものに感じられた。祝福されているわけではないとは感じている。

(きっと面白がられてるだけだ。でも否定されるようなことは言われなかったし……それに、先輩が友達に、『付き合ってる』って言ってくれた)

 交際宣言とキス公開の衝撃が過ぎてしませば、あとに残ったのは、小野塚との交際が周知の事実となったことに対する満足感と少しの優越感だった。
 その夜、小野塚からメールが来ていたが、なんと返したらいいか分からなかった。それ以前に、携帯電話の画面すらまともに直視できなかった。
 木崎はその日も眠れなかった。小野塚と付き合っていく限り、一生寝不足とも付き合っていかなければならなるのでは、と少し悩んで、やはりそれも嬉しく感じた。



 木崎と小野塚がふたりで過ごすのは、部活が終わったあとの数十分と、ごくたまにある部活が休みの休日だけだった。部活終わりにはしばらく一緒に帰っていたが、のちに小野塚の家の方向は全く逆だったことを知った。木崎は、全然気の回らなかった自分に落ち込み、気を使わせてしまった小野塚に申し訳ないと思った。
 貴重なデートの日。小野塚がサッカーの試合を見に行きたいと言っていたので、一緒に隣町のスタジアムに足を運んだ。そこは多くの人で賑わっていた。初めてサッカー部の試合を見に行ったときの比ではなかった。応援にも熱の入れようが違うのだろう。大学生同士の試合だった。

『あのチーム、東京の大学なんだけどさ。俺、あそこに入りたいんだ』

 小野塚はそう言って赤いユニフォームを着たチームを指さした。横一列に整列した選手たちは勇ましい戦士のようにも見える。木崎は小野塚があのユニフォームを着た姿を想像した。すごく似合う、と純粋に思った。

『応援しています。……僕には、なにもできないけど』
『そんなことねえよ』

 小野塚はじっと木崎を見る。

『ありがとな。応援してくれるだけでも嬉しい。そしてゆくゆくはさ、海外にも行って、本場でサッカーをしてみたいんだ』

『すごい』と木崎が目を輝かせると、『ただの願望だけどな』と小野塚は肩をすくめた。
 木崎にはその願望が、現実になるような気がした。
 同時に小野塚がまた遠くなった気がした。

(もともとつり合ってもいない僕が、こうして先輩の隣にいるだけでも奇跡なのに、先輩が東京の大学に行って赤いユニフォームのチームで活躍して、プロになって外国でプレーするようになったら、僕みたいな何のとりえもないやつとはすぐに別れちゃうよな……)

 そう考えている自分に気付き、木崎は衝撃を受けた。

(って、その時まで先輩と付き合ってるって思ってるじゃん。うぬぼれすぎだ! おこがましすぎる……。きっと、先輩が卒業する時には別れちゃうよな。東京なんて遠いし、大学には綺麗で優しい女のひともたくさんいるはずだし)

 夢を語る小野塚に対し、木崎は夢や目標と呼べるようなものは何も持っていなかった。それどころか、小野塚と別れてしまうことばかり考えていた。木崎は落ち込み、恥ずかしくなった。

『よかったら、さ』

 黙りこんでしまった木崎に、小野塚は声をかけた。

『応援にきてくれよ』

 その言葉に、木崎はぱっと顔を上げた。

『絶対に行きます。僕、東京の大学に行きます』
(そうだ! 先輩が東京に行ってしまうなら、僕も東京に行けばいいんだ。二年の差は大きいけど、だからこそ、試合があるのなら応援に行こう。バイトをしてお金を貯めて、できるだけ会いにいけるように努力しよう。勉強も今からやれば何とかなるはずだ!)

 頭のなかに目標を立てていく木崎に、小野塚は押し留めるように早口で言った。

『そこまでしなくてもいいんだぞ。近くで試合があった時だけでもいいし』
『僕が』

 木崎は小野塚を真っ直ぐに見つめ、言った。

『できるだけ、側にいたいんです』
 
 言ったあとで恥ずかしくなった。

(何を言ってんだろう。さっき自分でおこがましいやつだって気づいたのに。東京に行く、どころか、側にいたいとまで言ってしまった……。いつまでこの関係が続くかも分からないのに、僕だけ舞い上がって……おかしなやつだって、先輩に思われたかも……)

 ちらりと小野塚の様子を窺おうとして、できなかった。

『――ったく、木崎は、もう』
『わ、ちょっと、先輩っ?』

 小野塚は木崎の頭をぐちゃぐちゃにかき回した。急な小野塚の行動に疑問符が浮かぶが、怒ってはいないようで安心する。
 試合は、赤いユニフォームを来たチームの快勝だった。近くのファミレスに入り、小野塚からサッカーの話を聞いた。専門用語が難しく、理解できないところもあったが、小野塚が生き生きと話をしている姿を見るのが好きだった。帰ったらサッカーの勉強をしようと決めた。
 小野塚とはバス停で別れた。今日も楽しかったな、と木崎は一人、今日の出来事を振り返りながら帰ろうとした時、小野塚が木崎の元へ戻ってきているのに気付いた。どうしたんだろうと考えていると、小野塚は『忘れてた』と言いながら、木崎の手を引き、狭い路地に入った。

『先輩、なに、か――』

 キスをされた。少し長いキスだった。小野塚は木崎に合わせてかがめていた体を起こして唇を離すと、『また明日な』と言い残し、去っていった。木崎はぼんやりしながら、岐路に着いた。
 どうやって帰ったのか覚えていない。気付いたら自分の部屋にいた。
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