終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

文字の大きさ
19 / 33

19.後悔

しおりを挟む
 時間が止まったような気がした。
 突如として足元に空いた、深くて暗い穴の中に、突き落とされたような感覚を覚えた。その穴の底が、高校時代に繋がった。池永の言葉と、昔、自分の口から出た言葉が重なった。

『先輩が男好きだっての、本当だったんすね』

 軽蔑と嘲笑の含まれた声で、現実に戻された。池永が、今まで見たこともない曲がった笑みを浮かべて話している。目の前にいるのは、本当にあの池永なのかとさえ思う。

『俺が、先輩の事好きなわけがないじゃないですか』
『…………』
『男と付き合うなんて、ありえませんよ』
『…………』
『先輩が、俺に告白するかどうか、あいつらと賭けてたんすよ。ほら、一緒に旅行に行った奴ら。先輩が告白してきたら俺のひとり勝ち。旅行の時、決めるつもりだったのに駄目でしたね』

 口調まで変えた池永が、楽しそうに、愉快そうに、種明かしを続けた。

『先輩が襲ってきたところで、あいつらが入ってくる予定だったんすよ。既成事実ってやつ?あそこで決めるつもりだったのになあ。先輩に拒絶されて、めっちゃ落ち込んだんすよ』

 池永の言葉を聞き、噛み砕き、理解しようとする。今までの、笑顔を見せてきた池永を思い出す。自分も怪我でサッカーを辞めたと話した、一緒に映画や買い物に行った、先輩のことを好きだと言った、あの、池永だ。

『あーあ、もっと楽勝な賭けかと思ったんすけど長引きましたからねえ、嫌々演技続けなきゃいけなかったから、賭けた自体めっちゃ後悔しましたもん。でも最終的には俺の勝ちなんで。先輩からってのは無理だったんすけど、最終的に俺の告白、受け入れてくれたんで、まあオッケーっすね。ありがとうございました、小野塚先輩』

 目の前の男を見る。醜く歪んだ口元や蔑んだような目は、かたちは変わっていても池永のものだ。今までの池永が偽りで、目の前にいる池永が本来の姿だと理解する。

『……――全部、』

 小野塚はようやく言葉を搾り出した。

『全部、嘘だったのか』
『そうっすね、全部です』
『怪我で、サッカーを辞めたっていうのも』
『あれも嘘ですよ。あー、辞めたのは本当ですけど。サッカーは、別に好きでやっていたわけじゃないんで。練習きついし、周りは熱血サッカーバカばっかりでだるくなっちゃって』

 今まで見たことのないような、温度を感じない目を向け、池永は言葉を吐く。もう、池永だったもの、にしか見えない。彼は宙を見て、思い出すようなしぐさをする。

『ああ、あと、男に告白されたとかも嘘っすよ。てか、嘘に決まっているじゃないですか。男と付き合うとかありえない。告白されたって考えるだけでゾッとします。気持ち悪い』

 彼は苦虫を噛み潰したような顔で、言い捨てる。

『ってか、先輩からサッカー取ったら本当、何も残らないんすね。最初の方は滑稽だったんですけど、俺だけしか友達いないのかと思ったら、なんか哀れで、同情しちゃいましたよ』

 芝居がかった口調で続ける。彼がもう、何を言っているのか分からないのに、台詞だけは頭にこびりついた。
 ――ありえない、気持ち悪い、哀れ。
 彼は、大げさに嘆くような仕草をする。肩をすくめながら、首を横に振った。

『ねえ先輩、俺ってそんなに魅力なかったすか? 先輩がいつまでたっても告白してくれないから、酔ったふりしてべたべた触って、押し倒したりしないといけなかったじゃないすか。あれも結構、大変だったんですよ』

 全部、先輩が悪いんですよ、と池永は大きなため息をつく。小野塚は池永が話すたびに、体からどんどんと体温が奪われていくように感じていた。

『これでもモテるほうだと思ってたんすけど、自信なくすなあ。俺、木崎よりは魅力あると思ったんですけどね』

 ふいに、名前を出された。

(――木崎)

 だんだんと体が熱を取り戻しはじめ、頭に、顔に、体中の熱が集まっていくように感じた。ちりちりと、目が焼け、視界が赤く染まる。

(俺は今まで、何に執着してたんだろう。なんで好きでもない奴の告白を受け入れようとしてたんだ?)

 後輩だった池永を思い出そうとする。しかし、小野塚の脳内に蘇ったのは、照れたように笑う木崎の姿だった。ああ、と小野塚は気づく。

(木崎の代わりに慕ってくれる後輩がいて、その姿を重ねて満足していたのか)

 小野塚の変化に気付かず、池永は嘲り笑う。

『あいつ、そんなによかったんですか? 全然、釣り合ってませんでしたけど。もしかして、体の相性とかめっちゃよかったんですか? なんだ、人は見かけによらないんですね』

 池永がにたにたと醜い笑いを浮かべていた。ほんの少し前までの、池永の姿は欠片もなかった。
 冷静でいられるわけがなかった。怒り過ぎて押さえ込んでいるだけだった。自然と握られていたこぶしは震え、視界は赤く染まったままだった。

(バカだな、俺は。今まで池永の真意なんて気づかずに信頼してたなんて。こんなやつに、木崎を悪く言われたくなかった。名前すら出されたくなかった。みっともなく未練を残した思い出までけなされるなんて――!)

 気付いた時には、池永が顔を押さえ、うずくまっていた。硬く握られたこぶしがずきずきと傷む。荒い息を吐きながら、うっすらと血がにじむこぶしを眺めた。池永を殴ったのだ、と気付いた。警察署に呼び出された。刑罰はうけなかったが、もう、全てがどうでもよくなった。その後、すぐに大学を辞めた。
 池永を信頼していた自分を後悔した。殴ったことは後悔していない。
 その後はバイトを転々とした。就職もしたが、やはり長くは続かなかった。周りが親切にしてくれているのに、それは表面上のことではないかと疑っていた。高校や大学の話をされるたび、身が詰まるような思いをした。考えすぎなのも、過去のことを引きずり過ぎなのも分かっている。それでも、周りが信じきれず、疑心暗鬼になった。
 少しずつ貯めていた貯金を切り崩しながら、日雇いのバイトに行った。何をするわけでもなく、食べて寝るだけの生活を繰り返していた。家賃が高く、払い続けるのも困難になってきたので、親に黙って地元に戻った。街を歩くだけで昔を思い出すから、安いボロアパートに引きこもるようになった。通帳の数字はどんどん減っていった。
 ふと、思い立って公園に行った。木崎と過ごした思い出の公園だった。
 貯金が底をついたらどうしようかと考えた。死んでもいいかと思った。死んだところで、誰も悲しんだりしない。何も持たない自分など、誰も必要としない。
 そこに、木崎がやってきたんだ。



 小野塚が寝息を立て始めると、木崎も小野塚の隣で横になった。仰向けになり、じっと天井の木目を見つめた。

(知らなかった。何も知らずに、先輩のことずっと恨んでいたなんて……。先輩は高校を卒業してからずっと、つらい目に遭っていた。それも、僕と付き合ったせいで。男である僕と付き合ったことを、先輩はずっと後悔してたのか)

 もっと早く小野塚と再会して話していれば、小野塚の考えは変わっていたかもしれない。そもそも自分が付き合ってほしいと言わなければ、小野塚はきっと幸せな人生を送っていたはずだ。
 彼を好きになったことは、後悔していない。
 だが、告白したこと、まだ側にいることを後悔した。
 考えれば考えるほど、木崎は小野塚の側から離れるべきなのだと思えた。小野塚の側にいても、小野塚を幸せにするどころか不幸にするばかりだ。
 再会してから今までの、小野塚のことを思い返してみる。うつむく姿か、後姿ばかりだった。目が合ったことなどあっただろうか。笑いかけてくれたことがあっただろうか。
 隣で腕を投げ出して眠る小野塚の、小指にそっと指を絡ませた。

(先輩に捨てられる前に、自分から離れよう)

 初めて愛した人に、二度も捨てられることなど、耐えられるはずもなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

幼馴染が結婚すると聞いて祝いに行ったら、なぜか俺が抱かれていた。

夏八木アオ
BL
金髪碧眼の優男魔法使いx気が強くてお人好しな元騎士の幼馴染の二人です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...