終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

文字の大きさ
24 / 33

24.小野塚の高校時代①

しおりを挟む
 朝の空気が好きだった。
 澄んだ空気を独り占めできる感覚が心地よかった。肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
 いつものように日も昇らないうちに家を出て、走って学校へと向かった。まだ誰も来ていないのを確認し、軽く優越感に浸る。家から走ってくる間に温まった身体を入念に伸ばし、準備運動をした。ボールを蹴ると、静まり返った空間にボールが跳ねる音が響いた。
 ふいに、人の視線を感じた。辺りを見回すと、グラウンドを囲むフェンスの近くで、誰かがこちらを覗いているのが見えた。その姿はなんとなく見覚えがあった。小野塚はその人影に近づいた。

『おはようございます』

 彼は今まで走っていたようだった。ジャージ姿で、頬がほんのり赤くなっていた。緊張しているのか、彼は声を震わせながら挨拶をした。ジャージの色から一年だろうということは分かった。いつも練習を見ていると言う。ということは、陸上部か。褒めてくれるのは嬉しかったが、名前は分からなかった。

『木崎です』

 木崎は名乗ってから慌てて、すみませんと謝った。どうして謝るのか、小野塚はおかしかった。サッカー部の後輩にも先輩を前に萎縮してしまうものもいるが、ここまで顕著ではない。
 小野塚は木崎の寝癖に気付き、頭に手を置いた。木崎は固まって、顔を真っ赤にした。

(おっと、もしかして結構人見知りだったりするか? だったらいきなり馴れ馴れしかったかな)

 しばらくして誰かがやってきた。部長か、池永だろう。木崎に別れを告げ、走り出す。ふと思い立ち、『今度、よかったら試合、見に来てくれよ』と伝えた。応援は多いほうがいい。
 走りながら、木崎の顔を思い返した。小野塚の手には木崎の柔らかい髪の感触が残っていた。
 あの日から、グラウンドで練習をする木崎が目に付くようになった。今までは関わりのない人たちは背景とほぼ変わらなかったのに、少し話しただけでその人物が背景からくっきり浮かび上がるのだから不思議だ。手を軽くあげて挨拶をすると、木崎はたどたどしく頭を下げた。
 試合を見に来てくれた。あの朝からずいぶん経っていた。しかも公式戦ではなく、練習試合だ。珍しいやつだと思った。もの珍しい彼は佐伯の友人らしい。ファンなんですよ、と佐伯に言われて木崎と写真を撮った。隣に立っているだけで木崎が緊張しているのが伝わった。きっと写真には、うまく笑えていない木崎が写っているはずだ、と想像して自然と笑えてきた。
 その日を境に、木崎のことが少しずつ気になってきた。
 木崎の、小野塚に向けるその視線は、過去に何度も浴びたものに似ていたのだ。頬を赤く染め、相手の小さなしぐさまで見逃すまいとする。だがそちらを見ると、ぱっと視線を逸らす。試合を応援に来る女の子達はよくそんな目をしていたが、同姓相手から向けられるのは初めてだった。

(もしかしたら木崎は、男が好きなのか?)

 憧れに似た感情を抱かれることはあるが、恋愛感情というものはなかった。身近に、ましてや自分にそういう感情を向けられたことはなかった。木崎に恋愛対象として見られている――嫌悪感はなかった。あるのは僅かな高揚感だ。もしくは優越感だろうか。小野塚は少なからず興奮した。退屈な日常のなかに起きた、ちょっとした事件だ。
 それからしばらくして、木崎に告白をされた。いきなりのことでひどく驚いた。朝練の時に寝癖を見つけた、試合を見に来てくれてファンだと言っていた、グラウンドの隅で走りこんでいた、あの木崎だ。
 木崎は耳だけでなく首まで真っ赤になっていた。初めて会話をした時よりずっと真っ赤だった。泣きそうな顔をしていたが、潤んだ瞳はまっすぐ小野塚を見つめていた。
 可愛い後輩だと思っている、と答えた。実際にそう思っているのは本当だ。試合を見に来てくれたことも、手を上げると応えてくれるところも、懐いてくれているのだなと思うと可愛かった。

(ただ、木崎の言ってる「好き」と、俺の思ってる「好き」は違うものだよな)

 わかっていて、自分からは言わなかった。いじわるをした。
 案の定、木崎は言った。

『先輩と、付き合いたいんです。……多分』
(多分ってなんだよ)

 思わず小野塚は笑ってしまった。なんだか愉快な気分になった。おかしくてたまらない。男に告白される、付き合う、という特別なことに舞い上がっていただけかもしれない。
 小野塚は木崎の告白を受け入れた。木崎のことは可愛いとは思っていたが、慕ってくれる後輩として、だ。恋愛感情は抱いていなかった。
 ただ、同性と付き合うという、人とは違うことをやっている自分に酔っていた。特別な人間なんだと思えた。
 男と恋人になる、ということを考えてみた。

(キスはできる……気がする。前にダチとふざけてやったことあるしな。なら木崎にも出来るはず。それ以上は男相手となると……うまく想像できねえな。ま、相手は奥手そうな木崎だし、そこまではいかないだろ。あの木崎がやり方を知ってるのかも疑問だしな)

 木崎との付き合いは、過去に付き合ったどの女の子よりも楽だった。他の女子に嫉妬することも、人前で見せ付けるように甘えてくることも、興味のない話や愚痴を延々と聞かされることもなかった。木崎とは見たい映画や読みたい本、行きたい店、興味のあることも同じだった。それは自分に合わせていてくれただけかもしれないが、木崎は小野塚がどんなところに連れて行っても心の底から楽しんでいるように見えた。
 二人で過ごす貴重な時間を重ねるなかで、ふいに木崎が見せる、小野塚に対する好意をにじませる言動が気になるようになった。

(嫌じゃねえな。むしろ、嬉しい)

 こんなにも自分のことを思ってくれていると思うと、感慨深かった。同性だったから、なおさらなのかもしれない。小野塚も少しずつ木崎を、付き合っている相手として意識するようになった。二人で過ごす他愛のない時間を、いいな、と思えた。このままずっと、木崎と恋人のように過ごしていけるかもしれない。
 何度目かのデートの時、公園でボールを蹴り、暑くなって、アイスを買って食べた。小野塚はイチゴ味のカキ氷、木崎はソーダ味のシャーベットだった。木崎にアイスをおごってやると喜んだ。年上の方がおごるものだと思っていたし、百円ぐらいの安いものだ。それでも木崎は大事そうに食べていた。
 公園のベンチに座り、中身のない会話をしながら、アイスを食べた。何故だったのかは分からない。ただ無性に、隣で青いソーダ味のシャーベットを食べる木崎のことを愛おしいと思った。思い切り抱きしめたいと思った。しかし、頭から顎へ汗が一筋流れたので止めた。
 木崎が青いシャーベットを口へと運ぶ。その姿に目が離せなくなった。青と赤を混ぜたら紫になるよな、とぼんやり思った。ソーダ味のシャーベットの青と、イチゴ味のカキ氷の赤だ。あまりにも暑くてどうかしていたのかもしれない。木崎のシャーベットが自分のものよりも美味しそうに見えたのかもしれない。

『木崎』

 名前を呼んで、顔を近づけた。キスをした。木崎の唇は柔らかく、冷たかった。
 木崎は固まって、シャーベットを落とした。青と赤、がまた頭の中に浮かんだ。口に出していたかもしれない。
 すぐに小野塚は我に返って、自分がやってしまったことに気づいた。

(ああ、めっちゃ恥ずかしくなってきた。なにやってんだよ俺、もっと場所とかタイミングとかあんだろ。木崎、引いたりしてねえかな……。ふふ、アイス落としてめっちゃテンパってる、可愛いな)

 公園にはふたりの他に誰の姿も見えない。シャーベットを食べ終わると公園を出るまで、手を繋いでゆっくりと歩いた。手のひらにはじんわりと汗をかいていた。木崎の手も熱かった。それでも、ずっとこのままでもいいと思えた。
 だが、人の話し声が聞こえてきたので、すぐに手を離した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

幼馴染が結婚すると聞いて祝いに行ったら、なぜか俺が抱かれていた。

夏八木アオ
BL
金髪碧眼の優男魔法使いx気が強くてお人好しな元騎士の幼馴染の二人です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...