終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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25.小野塚の高校時代②

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 二度目のキスは、部員たちの前だった。
 木崎は校門の前で待っていた。こちらに気付くと、ぱっと笑顔になった。最近仲がいいな、と誰かが言った。そう言われて小野塚はムッとした。

(何も知らねえくせに、仲がいいって言葉で片付けんなよ)

 木崎と付き合っていることを明かすと、周りは盛り上がった。冗談だと思っているらしい。だが木崎が恋人なのは事実だ。キスをした事があるのか、と聞かれ、木崎は固まった。その反応は肯定したも同然だ。
 案の定、周りもそう受け取ったらしく、キス、キス、と手拍子をしながら騒ぎ始めた。おびえたように木崎が見上げてきた。目は少し潤んでいるようだ。その様子が不謹慎ながら可愛かった。周りの囃し立てる声は鳴り止まない。木崎が恋人だということを見せ付けてやりたかった。
 キスをしたら、周りはどよめいた。木崎は顔を真っ赤にして逃げた。
 急いで追いかけようと思ったが、周りの人間に囲まれ、動けなくなってしまった。その間に、さすがは陸上部とだけあって、木崎はあっという間に見えなくなってしまった。
 夜。木崎に、今日は悪かった、とメールを入れた。返信はなかった。寝ているだけだろう、と思いながらも長い時間、携帯電話ばかり気にしていた。怒っているのかもしれないと考えたらもやもやした。翌日、木崎は、すみません、と謝ってきた。木崎が謝ることは何一つないのだが、怒っているわけではないし、別れたいとも言われなかったのでほっとした。
 あれ以来、木崎と一緒に昼休みも過ごすようになった。友人たちが、午前中の授業が終わったらすぐに、会いに行け、とうるさく言ってくる。楽しんでいるのだろう。受験という鬱屈した現実を目の前に、非日常のような出来事が転がり込んだことで逃避したいのかもしれない。
 しかし理由はどうであれ、周囲に隠すことなく、木崎と一緒に過ごせるのは嬉しかった。サッカーの自主練習はしなくなってしまったが、そんなことはどうでもよかった。毎日が楽しかった。 
 だがその時にはもう、周りとは少しずつ、ずれていったのだろう。
 ことあるごとに、男が好きなのかと問われた。そのたびに否定をする。ネタにし、からかって楽しんでいるのだ。みな、部活は引退し、受験に終われる日々が続く。徐々に溜まるストレスは、運動で発散する機会を失いつつあるようだ。男好きだとからかわれる。普通のことだ。そんなんじゃない、と笑いながら返す。いつものことだ。だが、友人の言い方にも自分の笑い方にも、なんとなく引っかかりを覚えた。
 休日は木崎と過ごすことが多くなっていた。二人で大学生の試合を見に行った。この大学に行きたいと言うと、木崎は応援してくれた。ゆくゆくは海外にも行きたいと言った。その夢を話したのは、木崎が初めてだった。すごい、と目を輝かせる木崎に、照れくさくなって肩をすくめた。

『絶対に行きます。僕、東京の大学に行きます』
 と、木崎は言った。

『できるだけ、側にいたいんです』

 そう言って顔を赤らめる姿に、たまらなく心が乱された。

(くそ、可愛い。キスがしたい。このまま抱き潰したい)

 溢れ出る欲望をごまかすように、小野塚は木崎の髪をかき混ぜた。
 木崎とはバス停で別れたが、木崎の言葉が頭から離れずに、突き動かされるようにバス停へと後戻りした。驚く木崎の手を引いて路地へと入り、木崎にキスをする。名残惜しくて、ゆっくりと唇を離す。

(離れたくねえな。口開けて赤くなってる木崎がすげえ可愛い。抱きしめて、ぐちゃぐちゃにしてえ……けど、がっついて嫌われたら辛すぎる)

 なんとか振り切って家へと帰る。自然と駆け足になった。触れたらきっと、歯止めが利かなくなる。
 自室に鍵をかけると、男同士のやり方を調べてみた。あまりにも生々しくて見ていられず、すぐにブラウザを閉じる。木崎と抱き合うことを想像して、ベッドの上で何度も寝返りを打った。
 友人たちからはデートの内容を聞かれるようになった。彼らの目には好奇心や不満や嫌悪が渦巻いているように見える。あまり話したくないのだが、この場がしらけてしまう思い、かいつまんで話した。

『どこまでやったんだ?』

 そんなことは付き合っているやつなら、誰でも聞かれるようなことだ。小野塚自身、彼女がいる友人に聞いたことがある。普通のことだ。その答えを元に、話を広げ、盛り上がる。
 だが、木崎とのことは聞かれたくなかった。木崎のことを話のネタにされるのは好きではない。

『キス以上のことしてんのか』
『してねえよ』
 
 苛立ち混じりに答えると、笑い声が起こった。

『だろうな。ありえねえもん』

 笑いながら背中を叩かれ、小野塚も引きつった笑みを浮かべた。

『小野塚さあ……別にお前、本当はずっと男が好きだった、とかじゃないんだよな?』

 特に親しい友人が真剣な表情で聞いてきた。心配なんだ、と小声で呟いた。

(何が心配なんだよ。好きになった相手がたまたま男ってだけだろ)

 今まで異性しか好きになったことがなかった。ただ、木崎と抱き合うことを想像したことはある。他のやつとは、キスをすることすら考えられなかった。だから、ずっと男が好きだったわけではない。

『違うけど』
『うん……だよなあ、でも、あの一年とは、その、付き合ってるんだろ』

 友人は戸惑ったように続ける。言いにくそうに、話を引き伸ばす。

(安心できる答えがほしいんだろうな。真剣に付き合ってるわけじゃねえよ、とでも言えば満足すんのか)
『てっきり遊びだと思ってたんだけどさ、別れないんだ?』
『……まあ、いつかは、別れるだろうな』
『だよなあ』

 友人は安堵するように、全身に溜まった黒い靄を吐き出すような長い息を吐いた。

『結婚とか、できないもんなあ』

 友人は結婚がすべての恋人のゴールだというような言い方をした。その言い方に引っかかった。しかし口では、だよなあ、と間の抜けた返事をする。

(同性同士でも結婚できる国もあるし、そもそも結婚が全てじゃねえだろ)

 小野塚は心の中でいくつもの反論を並べてみた。並べただけだ。
 昼休みになると、木崎に会いに行け、とせっつかれた。木崎のいるクラスまで行くと、当たり前のように友人たちはついて来る。木崎と二人で昼食をとっている間も、遠くから好奇の目で見られるのは耐えがたかった。一挙手一投足を監視されているようで居心地が悪い。きっと木崎も迷惑しているだろう。戸惑っているようで、ぎこちない笑みを浮かべている。友人たちの前でキスをしたことを、思い切り悔やんだ。
 木崎はやはり耐え切らなかったのか、先生に呼ばれているからと去っていった。すぐさま遠くで一部始終を観戦していた友人たちがやってくる。ゲラゲラと笑い、思い思いに言葉を吐く。
 日に日に、どの言葉も歪んで聞こえてくるようなった。

『小野塚は女だけでは飽き足らず、ついに男にまで手をつけ始めたみたいだぞ』

 そんなんじゃない。

『やっぱ俺らにも、欲情とかしちゃうわけ?』

 するわけねえだろ。

『じゃあ、お礼にキッスをしてあげる』

 やめろ、気持ち悪い。
 誰かが木崎の声色を真似する。手を組み、身体をしならせる。

『先輩、初めてなので、優しくしてください』

 どこにつっこむんだよ、と周りから下品な笑い声があがる。
 うんざりした。からかわれるのも。勘違いされるのも。ならば真面目な顔をして全てを事細かに説明したところで、誰が納得するだろう。鼻で笑われて、終わりだ。
 友人たちの目の奥の色が変わっているのが分かる。俺たちとは違うだろ、と線引きされたような気がした。表立っては言わない。変わったやつだとからかっているだけだ。だが、気持ち悪いと、目が言っている。その目が向けられるのが嫌だった。周りとは違うと、弾かれるのは嫌だ。弾かれて、ひとりになって、サッカーができなくなったら……。今まで仲間の中心にいた分、孤独になることを恐れた。誰もがグラウンドで活躍する姿に期待している。サッカーから離れたとき、自分に存在価値などあるのだろうか。

『別にお前、男が好きじゃねえんだろ? ほんとに付き合ってんのか?』

 廊下を歩きながら、大声で隣の友人が言う。からかっているのだ。これもそのネタの一つなのだ。わかってはいる。

(やめろ。笑いながら廊下で話さないでくれ)

 友人の声に反応した数人が小野塚の方を見ていた。視線が刺さる。
 咄嗟に、口をついて出た。

『なに言ってんだよ』

 笑いながら言った。散々、嫌気が指していた友人たちと同じ笑い方だ。

『男と付き合うとか、ねえよ。そんなわけないだろ』

 喉が引きつる。首を絞められたかのように息が苦しい。木崎より自分を守った。

(いや、今はこれでいい。適当に合わせていれば、この不愉快な話もさっさと終わる)
『やっぱ、そうだよなあ』

 嘘をつくたびに胸が痛む。もうひとりの自分が必死に抵抗する。

(嘘つくなよ。木崎とは真剣に付き合ってる。本気で好きだろ)
『気持ち悪いよな』

(さっさと否定しろよ!)
『だな。気持ち悪い。ありえねえよ』

 口では笑っていた。早く会話を終わらせたくて、友人の軽口に合わせるように笑った。
 言った後で激しい後悔に襲われた。痛む心が、必死に言い訳を並び立てる。

(気持ち悪いだなんて、そんなこと全然思ってない。話を合わせただけで。木崎のことが好きだ。誰よりも大切だし、ずっと一緒にいたいと思ってる。本当に――)

 並べただけだ。否定したら友人にどう思われるか考え、怖くなった。最低だ。
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