終わらない復讐は初恋のかたち

いとま子

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30.最初から、ずっと

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 鋭い声と痛みに、木崎は現実へと引き戻された。

「どういうことだ?」

 小野塚の険しい表情と声に、木崎はたじろいだ。

「で、ですから、お別れを、」
「帰らなくていい。帰るな。俺も話がある」

 戸惑う。混乱する。

(なんだろう、話って)

 木崎は小野塚の言葉を待つ間に、小野塚が話そうとしていることが何なのか考えた。

(今まで迷惑だったとか、いきなり勝手なことを言うなとか、やっと離れる気になったのか、とか)

 どれも当てはまりそうで、どれも違うようだ。小野塚の考えは結局、最後まで分からなかった。
 しばらくして、小野塚が口を開いた。

「別れないでくれ」
「――え?」

 小野塚の台詞が、すぐに脳内で意味を成さなかった。

(なに……? 聞き間違いか。勝手に都合のいい解釈をしてるのか?)

 固まっていると小野塚がもう一度、同じことを言った。

「頼む。別れないでくれ」
 
 二度同じ言葉を聞いても、目の前の小野塚から発せられた言葉を簡単に信じられなかった。

「……なん、で」
「お前じゃなきゃ、駄目なんだ」

 思いもよらなかった言葉に、木崎は何も言えず固まるしかない。

「身勝手なことを言っているのは分かってる」

 小野塚は全てを吐き出すかのように早口で、すがるように続けた。

「今まで尽くしてくれたのに、ひどい扱いをしてすまなかった。高校のときも、心にもないひどいことを言って、木崎を傷つけた。男と付き合うことで、周りに認められないことが怖かった。今まで積み上げてきた関係とか、信頼とか、全部崩れてしまうと思って」

 話すたびに痛みに耐えるように顔をゆがめ、それでも己に課した罰を受けるように、小野塚は言葉を紡いだ。

「……結局は自分のことが一番可愛かったんだ。木崎を切り捨ててでも、自分だけは守ろうと、最低なことをした。木崎のことも同性と付き合うことも気持ち悪いなんて思ったことはない。でも、自分で口にしたのは事実だ。木崎を傷つけたことは変わらない。本当にすまなかった。……だから、ばちが当たったんだろうな。周りの目が怖くて木崎を傷つけてまで守ってきたものを、結局、全部、簡単に失った。笑えるよ、本当に俺は――」
「もういいです。いいですから」

 これ以上、自分を責めてほしくなくて、木崎は小野塚の言葉に被せるように止めた。
 小野塚の言っていることは分かる。周りに認められなかったり、好奇の目で見られることは怖い。木崎にも、結婚も子どもも出来ず、パートナーもいないまま、自分はこのままずっと一人なのかと考えて怖くなることがある。木崎は男しか好きになれないのだから、そのことには早くに折り合いを付けたつもりだ。だが、小野塚は木崎とは違う。

(巻き込んでしまったのは、僕のほうなのに……)
「ずっと、後悔してた。散々傷つけて、苦しめて、許されるとは思ってない」

 そして小野塚は、木崎の目を見て、はっきりと言葉にした。

「……だけど、俺は木崎と一緒にいたい」

 小野塚の声が、ゆっくりと木崎の心の中に染みこんできた。
 ――一緒にいたい。
 その言葉が聞けただけで十分満足だった。じんわりと胸が熱くなり、視界がぼやけてくる。

(ずっと、先輩には嫌われてるんだと思ってた。あのとき、気持ち悪いと言ってたのも、先輩の本心じゃなかったんだ……)

 木崎は長く息を吐いた。肩の荷が下りたように身体が軽い。
 涙に濡れる瞳で小野塚を見る。どちらも気持ちは同じだった。もっと早く話していればよかった。そんな後悔すらも、夢のように幸せな現在ではもはやどうでもよかった。
 だが、喜びに満ちた表情を浮かべる木崎とは裏腹に、小野塚は苦虫を噛み潰したように、顔を歪めていた。

「……満足か?」

 吐き出された言葉は、体の奥底から搾り出す泥のように暗く、重かった。突然の小野塚の言葉に、木崎は意味が理解できなかった。

(満足……? 『一緒にいたい』と言ってもらえて、お前は満足したのかという意味か? もしかして、さっきの言葉は全て嘘だったとでも?)

 木崎はさっと青ざめるが、小野塚は自嘲するように鼻で笑った。

「俺が自分から木崎を求めたらあざ笑って離れてく。そういう復讐だったんだろ?」
「……な、なに、言ってるんですか……?」
「俺がお前のことを必要だと言った途端、俺の前から消えるつもりだったんじゃないのか。気持ち悪いとでも言って。昔の自分と同じ目に、あわせようとしていたんだろう?」
「えっ……?」
「許してもらおうとも思ってない。復讐なら受け入れる。木崎がいなくなったことを想像しただけでつらくなるから逃げてきたが、それでもこの気持ちは抑えきれない。最後なら、伝えることだけは許してほしかった」

 悲痛な表情で語る小野塚を見て、木崎はようやく気づく。

(先輩は僕の復讐という言葉に、ずっと縛られてたんだ)

 必死で小野塚の両肩を掴み、詰め寄った。

「そんなこと、するわけないじゃないですか! ずっとそうだと思ってたんですか?」

 小野塚が呆けたように口を開けて、じっと木崎を見つめた。

「……違うのか」

 うわ言のように呟く小野塚に、「違います」と木崎は思い切り首を横に振った。

「さっき、言ったじゃないですか。先輩といられて幸せだったって。僕はずっと先輩のことが好きで、先輩の側にいたくて、好きになってほしくて、会いに来てたんですよ」
「木崎……」

 小野塚は目を見開く。

「そんな……一生、許さないんじゃなかったのか」

 再会した公園で小野塚に復讐するなどと吐き捨てたのだ。小野塚はずっと心にとどめていたようだが、木崎自身は言ったことすら忘れるほどに、小野塚と一緒にいたい、と考えていたのだ。
 木崎はゆるゆると頭を振った。

「もう、いいんです」
(許さない、わけがない。先輩のあの言葉は本心ではなかった。それが分かっただけでも十分だというのに、『一緒にいたい』とまで言ってくれた。これ以上、なにも望むことはない)

 小野塚は木崎の目を見つめ、続けた。

「木崎はなにも偽ってないのか。さっき言ったことも、全部本当なんだな」

 木崎は自分が小野塚に好きだと言ったことを思い出し、僅かに頬を染めた。

「はい」

 うなずき、自分にも言い聞かせるように、口にする。

「先輩のこと、ずっと好きですから」

 その言葉を聞くと、小野塚は長く深く息を吐き、木崎の手を握った。力強くも、いたわるように優しく、離れないようにしっかりと握られた手を持ち上げ、祈るように唇を寄せた。

「……いなくなったりしないんだな」

 小野塚は握った木崎の指先に、触れそうなほど近くで吐息のような言葉を漏らす。指先に熱い小野塚の息がかかる。泣きそうな、子どものような姿に、木崎は愛おしさを感じた。

「いなくなりませんよ」
「もう別れるなんて言わないでくれ」
「言いません。先輩の側にいさせてください」

 よかった、と小野塚が小さく安堵の息を漏らす。

「……あれだけひどい扱いをしたのに、俺のもとに通い続ける木崎の考えが、理解できなかったからな」

 騙されているのかと思った、と小野塚は苦笑いを浮かべる。

「少しでも、俺が木崎の好意に応えれば、あいつみたいに離れていくんだと……」
(あ……先輩は、池永のことを言ってる)
 
 気づくと、木崎は小野塚に噛み付くようなキスをした。今、他の男の姿など思い出してほしくなかった。
 睨むように、小野塚を見る。

「僕は、好きでもないような相手に、こんなことするようなやつじゃありません」
「アパートに乗り込んできたときにやっただろ」
 
 小さく笑った小野塚に、「それは別です」と木崎は答えた。

「きっとその時は先輩のこと好きだったんですよ」

 そう言って、声のトーンを落として続けた。

「……先輩にずっと復讐したいと思ってました。成功を収め、幸せを掴み取っている先輩に復讐して、幸せを踏みにじってやろうと思ってたんです」
「けど俺は、全然幸せじゃなかったわけだ」

 小野塚は自嘲気味に笑う。木崎もつられて笑った。

「驚きました。そして、どうすればいいのか分からなくなりました。復讐とか、どこに向けたらいいか分からなくなっているうちに、今までずっと先輩のことだけを考えていたことに気付きました。だから、先輩のこと、好きだって思いました」
「そこがよく分からない」
「見た目はずいぶんと変わってましたけど、所々、昔の先輩と同じしぐさを見つけたんです」

 木崎は昔を思い返すように、遠く見つめ、目を細めた。

「ずっと過去の先輩に執着していました。恋人になれば、自分の手で昔の先輩に戻すことが出来ると思ってたんです。そのために尽くしていたつもりなんですけど、」
「木崎には悪いけど」

 小野塚が言葉を挟む。

「尽くしてくれた割には、今も、昔の俺とはずいぶん違うよ。サッカーもやってないし、だらしないし、情けないし、最低な男だ」

 小野塚の言葉には答えずに、木崎は続けた。

「どこで気持ちが変わったのか自分でもよく分かりません。ただ、ずっと先輩と本当の恋人になりたいと思ってました。サッカーもやってない、だらしなくて情けない先輩と、です。先輩はずっと先輩なんですよ。一方通行じゃなくて、独りよがりじゃなくて、ちゃんと先輩は僕の恋人です、って言いたかったんです」

 誰にでもない。自分にだけでもいい。何の後ろめたさもなく、純粋に、小野塚のことを恋人だと言いたかった。
 初恋で、心から愛する恋人だと。

「バカだな」

 小野塚は呆れたような、安堵したような、ため息を漏らす。

「執着してるんだ」
「そうですね、最初からずっと」

 出会ってから、今まで。

「ずっと……好きでした」

 実感していく。十年もの隙間を一瞬で埋めるように、温かいものが溢れて満たされていく感覚があった。だんだんと声をにじませる木崎に、小野塚はついばむような口付けをした。ほんの一瞬触れ合うだけのキスでも、木崎にこの時間が現実のものだと教えてくれた。

「俺もだよ。最初から、ずっと」

 鼻先が触れ合うほど近くで、大事な秘密を伝えるように小野塚が囁く。耳を震わせ、全身に染み渡るような、穏やかな声だ。

「愛してる」

 言葉にされて初めて、木崎は高校時代からずっと、小野塚の方から愛の言葉を言われたことがないのに気付いた。たったこれだけの一言なのに、体中が歓喜に震える。
 愛おしい恋人と、解けないほど視線が絡んだ。

「今更だけど、今度はちゃんと、恋人になろう」

 その言葉に木崎は、せき止めていたものがあふれ出した。恋人。いままで散々、恋人だと言っていたのにもかかわらず、その全てが全く違うものだったのだと理解した。

(いま、この時から、二人で本当の恋人になるんだ)

 小野塚は、木崎の涙をそっと拭い、あの早朝のような笑顔を浮かべて言った。

「俺も、木崎のこと、好きだよ」
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