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33.復讐します
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ボールが草の上を擦っていく音がする。懐かしい音だ。音も、空気も、時間が経っても変わらないものだってある。
ボールが転がる音に被さるように、小野塚の声が聞こえた。
「……怖いな」
小野塚が遠くを見ながら呟いた。その姿に目を奪われ、真っ直ぐに蹴られたボールが、木崎の脇を通り過ぎていった。
二人は思い出の公園でサッカーボールを蹴っていた。高校の時に蹴っていたボールとは違うが、いつになっても、ボールを置いていく者はいるらしい。日が傾きはじめ、辺りは夕日に染められる。木々の影が長く伸びた公園には、二人の他に誰もいなかった。
「何が、ですか?」
木崎の問いに、小野塚が自嘲気味に微笑む。
「この幸せが、たったの一言で叩き壊されることが」
「……一言?」
「気持ち悪い、とか。ありえない、とか」
小野塚の表情に影が落ちる。昔のことを思い出しているのだ。あの時のことを、木崎だけでなく、小野塚もずっと引きずっていた。そして、恋人同士になれた今もまた。心に深い傷として刻まれている。
「でもあれは、先輩の本心ではなかったんでしょう?」
「ああ……」
肯定した小野塚の声は弱々しかった。
「でも木崎は、俺の本心だと受け取った。だったら木崎にとっては、そうだったことになる」
そして小野塚は深々と頭を下げた。地面に伸びた影が曲がった。
「……本当に、ひどいことをした。すまない」
一向に頭を上げる気配がない小野塚を起こそうと、木崎は駆け寄り、手を伸ばす。
「もう、いいんです。何度も謝らないでください。本心じゃないって分かったから、僕はもう先輩のこと恨んでなんかいません」
「……いや、木崎は、俺を許したらいけないと思う」
伸ばしかけた手が止まる。考えたくもない、最悪の事態が頭をよぎった。
「……別れろって、ことですか?」
「そうじゃない。俺は木崎が好きだし、別れたくない。でも、木崎が俺を許す必要はない」
木崎は肩を落とし、降参するように首を振った。
「先輩が、何を言いたいのか分かりません」
「言ってしまった言葉は、もうなかったことにはできない。傷はいつか小さくなるかもしれないが、俺が木崎を傷つけたという事実は、この先も変わらない。消えることはない」
小野塚が顔を上げ、遠くを見つめる。何を見ているのだろう、ひどく悲しげな表情だ。
あの時の小野塚の言葉は、本心ではなかったということも分かり、今は恋人として側にいてくれている。それだけで木崎には十分なのに小野塚はまだ過去を見つめている。過去のことが消えないのは分かる。
(でも、先輩にはこれからの未来を見てほしい。二人で歩む未来を――)
そして木崎は思いつき、はっきりと告げた。
「じゃあ、やっぱり先輩に復讐をします」
小野塚が眉をひそめ、木崎を見た。意味が分からないのだろう。かまわず木崎は続けた。
「この先もずっと、先輩のことを甘やかし続けて、何度も好きだって言い続けます。先輩が、僕なしではいられないって思えるまで、ずっと、ずっとです」
木崎の言葉に、小野塚は呆れたように息を吐いた。
「それは、復讐じゃないだろ」
「いえ、復讐ですよ。最悪の、です」
小野塚はまだ首を傾げている。そのしぐさに愉快な気分になって木崎は続ける。
「他愛のないことで電話して、たまの休みにはどこかに出かけて。たまには喧嘩もするかもしれませんけど、互いに愛し合って、ずっと幸せな毎日を送るんです。そして、先輩が死ぬ時になって、ベッドの横で手を握りながら言ってやるんです。『本当はずっと、先輩に復讐したいと思っていたんですよ。気分はどうですか』って」
しばらくあっけに取られ、呆けていた小野塚だったが、やがて思い切り噴き出した。
「そりゃあ、」
小野塚はやっと笑った。
「最悪だろうな」
腹を抱えて笑う小野塚に釣られ、木崎も満面の笑みを浮かべた。
「俺が先に死ぬ予定なんだな」
「この復讐は先輩より長生きしないといけないので。健康には気を遣ってます」
「はは、俺も気をつけないとな。復讐されるのは怖いし」
「だから、先輩もそう言われないように、たくさん愛してくださいね」
「言われなくてもそうするよ」
小野塚は優しく微笑むと、木崎の肩に両手を置き、軽く引き寄せた。
周りに祝福されない。幸せな家庭が築けることもない。これから先の未来は、光の差す明るい道だとは限らない。
それでも二人は手を繋ぎながら歩いていく。今この瞬間は、二人は幸せだった。
きっとこの先も、二人でいれば幸せなのだと信じている。
かつて憎しみや悲しみで初恋が復讐という形に変わっていたように、今、再び形を変えた復讐は死が二人を別つまで、終わることはない。
ふと、木崎は誓いのキスの話を思い出す。永遠の愛を誓った言葉を封じ込めるという話。
(今度こそ僕は、先輩に復讐します)
ふたりはそっと、西日の橙色が差す公園でキスをした。
ボールが転がる音に被さるように、小野塚の声が聞こえた。
「……怖いな」
小野塚が遠くを見ながら呟いた。その姿に目を奪われ、真っ直ぐに蹴られたボールが、木崎の脇を通り過ぎていった。
二人は思い出の公園でサッカーボールを蹴っていた。高校の時に蹴っていたボールとは違うが、いつになっても、ボールを置いていく者はいるらしい。日が傾きはじめ、辺りは夕日に染められる。木々の影が長く伸びた公園には、二人の他に誰もいなかった。
「何が、ですか?」
木崎の問いに、小野塚が自嘲気味に微笑む。
「この幸せが、たったの一言で叩き壊されることが」
「……一言?」
「気持ち悪い、とか。ありえない、とか」
小野塚の表情に影が落ちる。昔のことを思い出しているのだ。あの時のことを、木崎だけでなく、小野塚もずっと引きずっていた。そして、恋人同士になれた今もまた。心に深い傷として刻まれている。
「でもあれは、先輩の本心ではなかったんでしょう?」
「ああ……」
肯定した小野塚の声は弱々しかった。
「でも木崎は、俺の本心だと受け取った。だったら木崎にとっては、そうだったことになる」
そして小野塚は深々と頭を下げた。地面に伸びた影が曲がった。
「……本当に、ひどいことをした。すまない」
一向に頭を上げる気配がない小野塚を起こそうと、木崎は駆け寄り、手を伸ばす。
「もう、いいんです。何度も謝らないでください。本心じゃないって分かったから、僕はもう先輩のこと恨んでなんかいません」
「……いや、木崎は、俺を許したらいけないと思う」
伸ばしかけた手が止まる。考えたくもない、最悪の事態が頭をよぎった。
「……別れろって、ことですか?」
「そうじゃない。俺は木崎が好きだし、別れたくない。でも、木崎が俺を許す必要はない」
木崎は肩を落とし、降参するように首を振った。
「先輩が、何を言いたいのか分かりません」
「言ってしまった言葉は、もうなかったことにはできない。傷はいつか小さくなるかもしれないが、俺が木崎を傷つけたという事実は、この先も変わらない。消えることはない」
小野塚が顔を上げ、遠くを見つめる。何を見ているのだろう、ひどく悲しげな表情だ。
あの時の小野塚の言葉は、本心ではなかったということも分かり、今は恋人として側にいてくれている。それだけで木崎には十分なのに小野塚はまだ過去を見つめている。過去のことが消えないのは分かる。
(でも、先輩にはこれからの未来を見てほしい。二人で歩む未来を――)
そして木崎は思いつき、はっきりと告げた。
「じゃあ、やっぱり先輩に復讐をします」
小野塚が眉をひそめ、木崎を見た。意味が分からないのだろう。かまわず木崎は続けた。
「この先もずっと、先輩のことを甘やかし続けて、何度も好きだって言い続けます。先輩が、僕なしではいられないって思えるまで、ずっと、ずっとです」
木崎の言葉に、小野塚は呆れたように息を吐いた。
「それは、復讐じゃないだろ」
「いえ、復讐ですよ。最悪の、です」
小野塚はまだ首を傾げている。そのしぐさに愉快な気分になって木崎は続ける。
「他愛のないことで電話して、たまの休みにはどこかに出かけて。たまには喧嘩もするかもしれませんけど、互いに愛し合って、ずっと幸せな毎日を送るんです。そして、先輩が死ぬ時になって、ベッドの横で手を握りながら言ってやるんです。『本当はずっと、先輩に復讐したいと思っていたんですよ。気分はどうですか』って」
しばらくあっけに取られ、呆けていた小野塚だったが、やがて思い切り噴き出した。
「そりゃあ、」
小野塚はやっと笑った。
「最悪だろうな」
腹を抱えて笑う小野塚に釣られ、木崎も満面の笑みを浮かべた。
「俺が先に死ぬ予定なんだな」
「この復讐は先輩より長生きしないといけないので。健康には気を遣ってます」
「はは、俺も気をつけないとな。復讐されるのは怖いし」
「だから、先輩もそう言われないように、たくさん愛してくださいね」
「言われなくてもそうするよ」
小野塚は優しく微笑むと、木崎の肩に両手を置き、軽く引き寄せた。
周りに祝福されない。幸せな家庭が築けることもない。これから先の未来は、光の差す明るい道だとは限らない。
それでも二人は手を繋ぎながら歩いていく。今この瞬間は、二人は幸せだった。
きっとこの先も、二人でいれば幸せなのだと信じている。
かつて憎しみや悲しみで初恋が復讐という形に変わっていたように、今、再び形を変えた復讐は死が二人を別つまで、終わることはない。
ふと、木崎は誓いのキスの話を思い出す。永遠の愛を誓った言葉を封じ込めるという話。
(今度こそ僕は、先輩に復讐します)
ふたりはそっと、西日の橙色が差す公園でキスをした。
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