愛しているから問題なくない?

秋草

文字の大きさ
1 / 10

序章:その部屋は

しおりを挟む
 兄さんが死んだ。それはあまりに突然で、悲惨で、けれど誇らしい死に様だった。
 兄の最期は、人を守っての殉職だった。たまたま出張で訪れていた地方の街で発砲事件が発生し、発狂していた男の弾に当たりかけた子どもを守って、代わりに撃たれたそうだ。そこまで命をかけられる兄を、俺は尊敬している。

「兄さんには、欠点なんかまるでなかったよね」

 葬儀の時に呟いた俺の言葉に、周りの誰もが心からの同意を示してくれた。そう、俺の兄には短所などまるでなかったのだ。一人暮らしを始めてからもよく実家に帰ってきて、そうでなければ手紙と共に家族へ色々とプレゼントを送ってくれる人だった。
 そんな自慢の兄が住んでいたのは郊外にあるアパートで、今日は遺品整理のために俺だけで来ている。なぜ一人かというと、兄が生前、万が一の時はと前置きをして言い残したセリフがあったからだ。

『こんな仕事をしているわけだし、万が一ってこともあるだろう? その万が一に当たって、もし俺の部屋を片付けてもらうことになったら……その時は伊築(いずき)だけで片付けてくれよ』

 その時に理由を聞いたら、「弟にしか見られたくないものもあるんだよ。色々とな」と意味深に返された。

「普通のアパートに見えるけど、何があることやら」

 扉の前でなんとなく深呼吸をして、鍵を開ける。そしてゆっくり扉を開くと……まあ普通の玄関だった。短い廊下の先にさらに扉があるくらいで、あとは特に見えるものもない。

「流石に入ってすぐには変なものもないか。まあ、見られたくないものっていうのも、どうせエロ本とかだろうし」

 そう独りごちて靴を脱ぐ。そして廊下の先の扉を何も考えずに開けた俺は、すぐに扉を閉めた。

「……は?」

 今、部屋の中に、というか壁に、無数の札が貼られていた気がする。壁の全てを覆うように、びっしりと。
もう一度深呼吸をし、恐る恐る扉を開ける。

「う、わあ……」

 覚悟を決めて一思いに飛び込んだ部屋は、本当に全方位を同じような札で囲まれていた。いや、札に見えるこれは……。

「写真……?」

 しかも全て、同じ人が写っている。ほとんどが視線が合わないもので、制服姿や私服姿のひとりの少女がにこにこと笑って何かしらをしていた。

「これ、は、盗撮なのか……?」

 よくよく写真を見て行き、ふと小さな棚の上に目が止まる。そこにあったのも写真で、3個の写真たての中に飾られていた。そのどれもが家族で撮ったものではなく、壁の写真にも写っている少女のものだった。違うのは、その3枚だけはちゃんと目線がこちらを向いていること、そして手前の一枚には兄と二人で写っていることだ。警官の制服に身を包んだ兄の横で嬉しそうに笑う制服姿の少女、ジュース片手に兄の方をきょとんとして見つめる少女、そして、お菓子の山を抱えながら照れたように笑う少女。その3枚を見た時には、俺の口から自然と言葉が漏れていた。

「ああ、可愛い」



 それが、俺と彼女の「出会い」だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

五周目の王女様

恋愛
「私、今度はどうやって殺されるの?」 バザロス国へ嫁ぐことになった王女ジゼルは、数度の死に戻りの記憶を持っていた。 1度目は毒殺、2度目は即死、3度目は逃亡先での裏切り。どう足掻いても結婚初夜を越えられず死に戻る運命に私の心はクタクタだった。 今世の夫も「冷酷皇帝」と恐れられる皇帝レオポルド。 実は彼もまた孤独に戦い、ループする人生から脱出を図ろうする一人。 夫婦がようやく絡まりだす4度目の死に戻り。 どうやら今世は他に女がいる皇帝は全く私に見向きもしない……と思っていたら、誰にも見つからずに私に会いに来るんですが?

運命の人は貴方ではなかった

富士山のぼり
恋愛
「パウラ・ ヴィンケル……君との婚約は破棄させてもらう。」 「フレド、何で……。」 「わざわざ聞くのか? もう分かっているだろう、君も。」 「……ご実家にはお話を通されたの?」 「ああ。両親とも納得していなかったが最後は認めてくれた。」 「……。」 「私には好きな女性が居るんだ。本気で愛している運命の人がな。  その人の為なら何でも出来る。」

すべてを捨てても君だけを 〜魔女の贖罪 PROLOGUE〜

秋草
恋愛
これは私が学生の時の話。中学時代、不良の間で一等有名だった彼と出会って、私の人生は変わった。冷酷で、しつこくて、そしてとても優しい……私以外は要らないと言う彼に、私は見事に絆されたのだ。その彩りが消える日が、いつか来るとも思わずに。

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜

まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。 出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。   互いに意識しながらも、 数年間、距離を保ち続けた。   ただ見つめるだけの関係。   けれど――   ある夏の夜。 納涼会の帰り道。   僕が彼女の手を握った瞬間、 すべてが変わった。   これは恋でも、友情でもない。   けれど理性では止められない、 名前のない関係。   13年続いた秘密。 誓約書。 そして、5年の沈黙。   これは――   実際にあった「夜」の記録。

処理中です...