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夜明けを待つ
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篠原さんが手配してくれた避難先は、地元から少し離れた駅の前のビジネスホテルだった。ありふれた施設ではあるけれど、このホテルは客室階へ向かう際に、滞在する階の部屋のカードキーが必要だそうだ。たとえ彼がここに来ても、部屋のカードキーを持たない彼は客室まで押しかけることはできないだろう、ということだった。
篠原さんが駅で買ってくれたお弁当とケーキを食べ終え、小さく息をつく。
「これから、どうなるのかな」
思わず独り言が漏れたのも仕方なかった。それほどに先が見えず、明日からの生活もどうするべきか考えられないのだから。
本来ならば、被害届を出すなりして公的機関に助けを求めるべきなのだろう。しかし、相手はあの穂村さんの弟……そんな人が警察のお世話になれば、蓮さんの顔に泥を塗りかねない。
使命のために命を賭けたような立派な人の名誉を、私の行動一つで傷つけたくない。でも同時に、篠原さんのように手を尽くして守ってくれる人の優しさを無碍にしてはならないとも思う。
篠原さんがかけてくれた手間を思えば、あの人を遠ざけるために自分にできることはするべきだ。明日の朝様子を見に来てくれると言っていたから、その時に相談しよう。
とりあえず、明日は大学に行けないことを奏衣に伝えなければ。そう思いテーブルの上に目を向けたところで、鳴動と共にスマホの画面に「篠原さん」の文字が浮かんだ。
「はい、宮坂です」
『篠原です、お休み中に申し訳ございません。夕食はもう食べましたか? 居心地は悪くありませんか?』
篠原さんらしい心配ぶりに思わず頬が緩む。この人はどこまで真面目で優しいのだろう。
「おかげさまで、快適に過ごしています。お気遣いありがとうございます」
『いいえ、この程度のこと。先ほども伝えましたが、明日の朝迎えに行きますので、それまでは念のため外に出たりしないでください。カーテンも閉めたままでいてくださいね』
「そうします。……それで、彼のことですが、どうでしたか?」
今後近づかないように彼を説得してくれる、と夕方には言ってくれたものの、そう簡単に頷く人だとも思えない。それでも少しばかりの期待を込めて訊ねれば、案の定ため息混じりに「無理でした」と返ってきた。
「そう、でしたか」
『今後についてなど、詳しくは明日お話しします。今日のところはゆっくり休んでください』
「はい。……おやすみなさい」
『おやすみなさい、良い夢を』
度々している挨拶、それでも少しは照れくさくて、頬が熱くなった気がする。
その熱を留めたまま眠りにつこうと席を立ったところで、もう一度電話の着信音が鳴った。
「奏衣かな?」
呑気に相手の名前を確認した瞬間、篠原さんがくれた安堵はくるりと反転してしまった。
差出人は、穂村伊築。連絡先の交換などした覚えもない。これは応じる必要はない、むしろ応じてはいけない電話だ。
スマホを自分のバッグに押し込み、少しでも遠ざけたくてバスルームにバッグごと放り込む。そしてベッドに潜り込んで布団を頭まで被り、そのままの姿勢で一晩を過ごすことにした。
篠原さんも奏衣もいない眠れない夜など、早く明けてくれればいいのに。
そんな願いも虚しく、恐怖に震えて過ごす夜はひどく長くて永遠のものに感じた。
篠原さんが駅で買ってくれたお弁当とケーキを食べ終え、小さく息をつく。
「これから、どうなるのかな」
思わず独り言が漏れたのも仕方なかった。それほどに先が見えず、明日からの生活もどうするべきか考えられないのだから。
本来ならば、被害届を出すなりして公的機関に助けを求めるべきなのだろう。しかし、相手はあの穂村さんの弟……そんな人が警察のお世話になれば、蓮さんの顔に泥を塗りかねない。
使命のために命を賭けたような立派な人の名誉を、私の行動一つで傷つけたくない。でも同時に、篠原さんのように手を尽くして守ってくれる人の優しさを無碍にしてはならないとも思う。
篠原さんがかけてくれた手間を思えば、あの人を遠ざけるために自分にできることはするべきだ。明日の朝様子を見に来てくれると言っていたから、その時に相談しよう。
とりあえず、明日は大学に行けないことを奏衣に伝えなければ。そう思いテーブルの上に目を向けたところで、鳴動と共にスマホの画面に「篠原さん」の文字が浮かんだ。
「はい、宮坂です」
『篠原です、お休み中に申し訳ございません。夕食はもう食べましたか? 居心地は悪くありませんか?』
篠原さんらしい心配ぶりに思わず頬が緩む。この人はどこまで真面目で優しいのだろう。
「おかげさまで、快適に過ごしています。お気遣いありがとうございます」
『いいえ、この程度のこと。先ほども伝えましたが、明日の朝迎えに行きますので、それまでは念のため外に出たりしないでください。カーテンも閉めたままでいてくださいね』
「そうします。……それで、彼のことですが、どうでしたか?」
今後近づかないように彼を説得してくれる、と夕方には言ってくれたものの、そう簡単に頷く人だとも思えない。それでも少しばかりの期待を込めて訊ねれば、案の定ため息混じりに「無理でした」と返ってきた。
「そう、でしたか」
『今後についてなど、詳しくは明日お話しします。今日のところはゆっくり休んでください』
「はい。……おやすみなさい」
『おやすみなさい、良い夢を』
度々している挨拶、それでも少しは照れくさくて、頬が熱くなった気がする。
その熱を留めたまま眠りにつこうと席を立ったところで、もう一度電話の着信音が鳴った。
「奏衣かな?」
呑気に相手の名前を確認した瞬間、篠原さんがくれた安堵はくるりと反転してしまった。
差出人は、穂村伊築。連絡先の交換などした覚えもない。これは応じる必要はない、むしろ応じてはいけない電話だ。
スマホを自分のバッグに押し込み、少しでも遠ざけたくてバスルームにバッグごと放り込む。そしてベッドに潜り込んで布団を頭まで被り、そのままの姿勢で一晩を過ごすことにした。
篠原さんも奏衣もいない眠れない夜など、早く明けてくれればいいのに。
そんな願いも虚しく、恐怖に震えて過ごす夜はひどく長くて永遠のものに感じた。
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