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変身

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 人は数日で変わらない、男子三日会わざれば何とやら……そんな言葉があるけれど、人はほんの一日あれば変わる。現に今この瞬間、見事なまでの変身ぶりを目の当たりにしているのだ。

「え、ええと」
「おはよう、カラネ」

 髪を黒く染めて短く整え、ラフなシャツ姿で微笑んでいる彼。その姿は昨日までの荒くれた印象から一変して、爽やかな好青年のものだった。耳のピアスの痕が名残を感じされるけれど、まさか昨日まで校門周辺をざわつかせていた人と同じとは誰も思わないだろう。

「そ、その髪は一体」
「昨日までの姿だと側に立てないだろう? 別にあの格好にこだわりもないし、カラネに好きになってもらえるならこのくらい容易い」
「好っ」

 そうだ、この人は昨日告白まがいのことをして去っていったのだった。いや、忘れていたわけではないけれど、改めて言われると現実なのだと実感してしまう。

「これなら怖くないか?」
「ええ、まあ、怖くは」

 目の前の人は怖くない。ただ、この姿だと元の容姿の良さが目立っていて陽奈の目が怖い。彼女が持っている極端な偏見の一つに、『顔がいい奴にろくな男はいない』というのがあるからだ。面食いの彼女の、中学生にしては派手な恋愛遍歴に原因があると思うのだけど。そう、私達は中学生なのだ、こんな高校生イベントが起こるなんて想定外にも程がある。

「よかった。それじゃあ、カラネが帰る時間にはまたここで待ってるから」

 少し嬉しそうに言った彼は、私の姿が校舎の中に消えるまでずっとこちらを見つめていた。わざわざ裏口が見えやすい位置に移動してまで見送られて寒気がしなくもなかったが、この際気のせいということにしておこう。


**********


 そうして迎えた下校時刻、彼はやはり有言実行の人で、正門の柱に寄りかかって流れる人の波を見つめていた。その中から私を見つけた瞬間の笑顔に陽奈から嫌悪の呻きが漏れる。

「カラネ、お疲れ様」
「な、なんか性格が違くないですか」

 昨日まで「睨む」の一択しかなかった人が突然笑顔を浮かべると、それだけで不気味に感じる。しかし、彼は真意が掴めなかったらしく、微笑んだまま小首を傾げた。

「カラネを睨みつける理由がないよ。カラネを見つけて嬉しい、だから笑う、それだけだ」

 いやいやいや、だからってこの変わりようは滅多にお目にかかるものではない。

「カラネ、駅までついていってもいいか?」

 もしかして、もしかしなくても、これが本来の彼の性格だとでも言うのだろうか。今まで気怠げな一匹狼の不良を演じていた、みたいな。

「もちろん友達も一緒でいいから。今日のところは、俺は後ろをついていくだけでいい」

 今日のところは。つまり、今後は友達の同行を拒否すると。

「もちろん拒否に決まってるでしょう」

 陽奈ならそう返してくれると思っていた。それにしても彼を見る目が怖い。虫を見る目とはこういう目のことを言うのだろう。

「あなた、何歳?」
「14だけど」
「え、中学生?」
「一応ね」
「今日は学校に行ったわけ?」
「……サボった」

 気まずそうに目を逸らすその人を前に陽奈の口角が上がる。

「ふうん、勉強は得意なわけね。中学に通うまでもないのだものね?」
「いや、それは……」
「ふざけないで。勉強もせず喧嘩しかしないような人に、私の大事な友達を任せるわけがないでしょう。この子と付き合いたければ、花崎高校にA判定が出るくらい勉強しな」

 花崎高校とは、私と陽奈が目指している進学校だ。私も陽奈も合格を目指して日々塾通いと自習を重ねているけれど……そこのA判定は私でもほとんど出ない。

「カラネ、花崎高校は君が目指している高校なのか?」
「え、ええ、まあ」
「そうか、わかった」

 ふむ、と何か思案顔になった彼は、かと思えばニヤリと笑い陽奈に目を向けた。

「花崎高校を目指せれば、あんたは何も言わないんだな?」
「ええ、女に二言はないわ。せいぜい頑張りなさい」
「いいだろう、やってやるよ。カラネ、また明日」
「あっ、待って!」

 踵を返した彼に思わず声をかけてしまったのは、決して彼に興味が出たからではない。そんなつもりは、ない。ただ、反射的に、どうしてか呼び止めてしまった。

「名前、聞いてないです。私の名前は知ってるのに、不公平じゃないですか」
「名前……か」

 呟くように言った彼の声が心なしか震えた。そして再び私の方を振り返り、不敵に笑ったその目で私を射抜いた。

「剣城烑」
「つるぎ、よう?」
「そう。好きに呼んでくれ」

 それじゃ、と軽く手をあげて去っていく彼を見送り、そっと胸に手を当てる。そこはいつになく跳ねていて、少しばかりの息苦しさに服を握った。
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