画家と天使の溺愛生活

秋草

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すれ違いの章

閑話:独白——マネージャーはつらいよ

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 完璧な七三分けに、ピッタリサイズの黒スーツ。そんな見た目故に、未成年の画家から「万年就活生みたい」と悪意のない暴言を吐かれること数年。俺はついに、彼のマネージャーから運転手になった。正確には、させられた
 俺の名前は、赤浜健介。世界にその名を轟かせつつある新進気鋭の若手画家、暮坂颯人のマネージャーだ。
 周囲の人間からは、「そんな有名人のマネージャーなんて、ラッキーだね」などとたまに言われるが……。
「ぜんっぜんラッキーじゃねえよ……」
 ついため息と独り言が漏れるくらいには、ラッキーではない。なぜならあの男、あまりに自由人だからだ。暮坂颯人に振り回されない日はないというほどに。仕事中にふらっといなくなったり、家に迎えにいってのんびりコーヒーを飲む姿に遭遇すること、もっと言えば寝間着姿に遭遇することはザラにある。
 この男に関する世の噂が、完全無欠のエリート、だとか、唯一無二の高徳者、だとかいうもので溢れているのが不可解でならない。まあ、彼はメディアに顔を出さないが故に、かなり勝手な妄想を抱かれやすいことは否めないが。
「はあ……さらば俺の憩いの時間」
 車の外をぼんやり眺め、改めて深いため息を漏らす。
 今俺は、暮坂の私用に付き合わされて車内で待機中だ。
 今日は暮坂の幼馴染である、華道の家元の息子、伊澄悠貴の招待でパーティーに行くらしい。常より毛嫌いしている伊澄悠貴のパーティーに参加したことなど今までなかった。故に、妙なこともあるものだ、と思っていたところ……彼女が招待されていたらしいことが判明した。あの暮坂が、女子に興味がなさすぎて告白と別れをほぼ同時に告げられることが過去に幾度となくあったあいつが、初めてベッタベタに惚れた彼女だ。
 そう、今の俺は、宛ら姫を迎えに来た王子の付き人、御者、と言ったところなのだ。
「まあ、あの子はいい子だから、まだマシか……」
 これが別件でのサービス残業なら不満しかないが(いや、まあ、一応絵を貰うから無賃ではないのだが)、彼女の顔を見られるなら耐えられる。でも、これだけは言いたい。駅前で孤独に車内待機、というのは、些か寂しい。
 おっと、話が逸れたか。
 暮坂を虜にした彼女の名は、佐成真静さん。暮坂の大ファンらしく、以前初めて彼女に会った時には、移動中の車内で暮坂の魅力を語り尽くされた。それが全く鬱陶しくないばかりか、むしろ誇らしく思えたあたり、まあ俺も、なんだかんだ言って暮坂のファンなのかもしれない。
「……お、来た来た」
 ぼんやり眺めていた外に、こちらへと向かってくる暮坂と佐成さんの姿を見つけた。今は少し気まずい、と先程暮坂が頭を抱えていたのが嘘のように、二人は仲睦まじく身を寄せ合い、談笑している。
 やはりあの二人、並ぶと中々に目立つな。顔が二人とも良すぎるのだろう。ほら見ろ、周りの通行人たちが注目しているぞ暮坂。
 とりあえず、一度外に出て彼女を迎えるか。
「っしょっと。……こんにちは、佐成さん」
 車の横で軽く手を振ると、佐成さんもこちらに気がつき、ぺこりとお辞儀をした。暮坂、挨拶ぐらいでそんな俺を睨むなよ。
「今日も赤浜さんが連れて行ってくださるのですね。いつもありがとうございます」
「いえいえ、これも仕事ですから」
 暮坂! 見たか! この気持ちが、感謝の気持ちがお前には足りないんだ! 少しは俺を敬え!
 ああもう、可愛いなあ佐成さんは。
 そう思ったら自然と頬が緩み、心が癒された。これ以上の報酬はいらないかもしれない。うん、絵はまた次回の、
「赤浜さん、そんな顔してないで、早く車出してくれるかな」
 心なしかいつもより低めの声で言い、暮坂が微笑んだ。目が笑っていない。
「お、おう」
 慌てて俺が車に乗り込んだのを見計らい、暮坂と佐成さんが後部座席に乗る。
 さて、安全運転でいきますか。
 意気揚々と発車させ、少し遠くの目的地へと車を走らせた。
 この時の俺は、まだ知らない。パーティー会場までの道中、暮坂が佐成さんに甘々の声(当方比)で語りかけ続け、俺が糖分過多で気絶しかけることを。
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