画家と天使の溺愛生活

秋草

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機転の章

画家の愉悦

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 着ていく服、持っていくものを考えに考えた末に迎えた日曜日、真静は姉が寝ているうちに家を出た。まだ待ち合わせの時間まで三時間はあるが、丁度良い時間に出ようとすれば姉が起きてしまう。そしてきっと、どこに行くのか、誰と行くのか、と質問攻めに合うだろう。そしてその末に反対されるに違いない。それだけは今日は避けたかった。
「十時まで何をしようかな……」
 そんなことを考えながら、まだあまり人気のない道を行く。危惧していた天候の不調は見られず、髪を撫でる風が心地よい。お出かけ日和とはまさにこのことだ。お気に入りの黄緑のワンピースも裾が風に柔らかくはためき、そこはかとなくご機嫌に見えた。


 最寄駅に着いてすぐ、駅前のベンチに腰を下ろした真静は、バッグからの振動に気がついた。
「ーーく、らせさんだ」
 未だに要真のことを暮坂さんと呼びそうになるのは我ながら失礼だと思うのだが、それも憧れの強さ故と思って許していただきたい。
 それはそうとして、送られてきたメールに目を通した真静は慌てて周囲に目を配った。
『今もしかして、駅にいる?』
 メールにはそう書いてあったのだ。そのことを知っているということは即ち、彼もこの近くにいることになる。しかし、どんなに念入りに見渡しても要真の姿を認めることができない。まさかのホラー現象だろうか。
「『はい、駅にいます。倉瀬さんは今どちらですか?』、と。本当にどこにいるんだろう……」
 これで『今はまだ家だよ。』と帰ってきたら、彼はエスパー認定を受けざるを得ない。
 しばし画面を見つめ、新着の知らせと同時にメールを開く。
『今まだ家だよ』
「っ!」
 倉瀬さんはエスパーだった。何ということか。
 ゾッとするのと共に妙な感動も覚える。
「さすがは暮坂さん、只者ではなかったのね……」
「俺がどうかした?」
 真静の心臓を止めるのが目的と言わんばかりに、ぬっ、と背後から顔をのぞかせたのは、他でもない要真だ。突然の登場に、真静は振り向きざまに飛び退いてしまった。
「くくく倉瀬さんっ⁉︎」
 家にいたのではなかったのか。まさか、テレポーテーションの能力もあるのだろうか。
「ま、まだご自宅だったのではっ?」
「さっきのは嘘だよ。君がどういう反応をするか見てみたくてね」
 ごめんごめん、と愉快そうに笑う彼を見ては、本気で寿命が縮みかけた一連のドッキリを諌めたいという細やかな気持ちも引いてしまう。
「ず、随分早くいらっしゃっていたのですね?」
「うんまあ、ね。君を一秒でも待たせたくなくて早く行こう早く行こうと考えていたら、色々心配しすぎて早く来すぎたんだ。だからこのあたりを歩いてみようと思ったんだけど、君を見つけたから少しいたずらをしてみた、というわけ」
「はあ……」
 心配しすぎて三時間前到着、というのは、一体何をどう心配した結果なのだろうか。そして何故ドッキリをそんなすぐに思いつくのだろうか。
 疑問と極度の緊張でいつの間にやら顔が強張った真静を、要真は穏やかな笑みをたたえながら見つめた。そして、ふと
思いついた問いをそのまま投げかけた。
「で、君はどうしてこんなに早く来たの?」
「それは、その、姉が起きて色々聞かれる前に出てきたからです……」
 先日は姉がご迷惑を、と頭を下げれば、彼はこれまた愉快そうに笑った。
「佐成さんがお姉さんに愛されているってことがよく分かっただけだから、謝る必要はないよ。しかし……妹の不在の原因が俺だって知ったら、今日送ったときにも何か言われそうだなあ」
 はあ、と溜め息を漏らすものの、その顔は決して曇っていない。姉の怒りを全く意に介していない顔だ。
「さて、だいぶ予定より早くなったけど、上野に行こうか」
 腕時計に目をやり、さりげなく真静の手を取る。その自然さ故にに真静は状況を気にせずにただ頷き、改札を入ったところで自らに突っ込んだ。
 待って待って待って待って。私今、倉瀬さんと手を繋いでいるわよね? 倉瀬さんと、手を……!
「ああああのっ!」
「ん、どうしたの?」
「手っ!」
 顔を真っ赤にして訴える真静に対し、要真は相変わらず爽やかな笑顔で落ち着き払っている。何か問題でも、とばかりに笑いかけられては真静は何も言えない。
 結局、要真は電車に乗るまで、真静の手を放そうとはしなかった。いや、ずっとその気は無かったのだが、電車の中では流石に、と真静に全力で拒否されたため渋々従ったのである。
「そんなに嫌だった?」
 要真に本気で落ち込まれ、真静はこれまた全力の否定をした。
「嫌なわけないです! でも、その、緊張しすぎてしまうので……」
「……佐成さんは本当に繊細だね」
「そんなことないです!」
 そんな話を続けているうちに目的の駅に着き、二人は手をつなぐことなく電車を降りた。その時の要真の不満げな顔といったら、側から見れば恋人に拒絶されて拗ねているようにしか見えなかった。
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