悪い男は愛したがりで?甘すぎてクセになる

奏井れゆな

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27.昼の顔≠夜の顔?

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 堂貫やキョウゴに魅入ってしまうのと同じくらい、智奈は水族館で眼福を満たしつつ心も潤った一方、キョウゴは最後、腹へった、と云いだす頃には痺れを切らす以上に呆れきっていた。
 それもそのはず、午後一でやってきたけれど、もう夜の七時になろうかとしていた。キョウゴはよく辛抱して智奈に付き合っていたと思う。
 そうして、デートの締め括りにキョウゴが連れていったレストランは、フレンチながら外観はそれとは相容れない高級な旅館のような佇まいだった。智奈は気後れしてしまったけれど、キョウゴは至ってリラックスしていて、そのことにほっとしながら案内されるまま個室に入った。聞けば予約していたと云い、メニューもシェフおまかせコースで、選ぶ必要もなかった。
「今度、水族館に連れていこうってときはよっぽど覚悟して行かないとな」
 前菜オードブルのあとのロブスターのビスクを一口含んで、智奈がその濃厚な味を堪能していると、キョウゴは、子供みたいだ、と付け加えて揶揄した。
 呆れてはいたけれど、うんざりはしていない。いま正面に座っているキョウゴはそんな雰囲気で、智奈は幸せな気分になって、自然と顔が綻んだ。
「シャチを見てて、キョウゴと堂貫オーナーみたいだと思ってた」
 キョウゴは思いもしないことを聞かされて驚いたのだろう、目を見開く。
「おれがシャチ? 運動がてら泳ぐことはあるし、それなりに泳げるけど、智奈はそれを見たことないだろう。どこにシャチとの共通点があるんだ?」
「シャチの色、白と黒でしょ。昼の堂貫オーナーと、夜のキョウゴって感じ」
「はっ、単純な発想だな」
「うん、そこまでは単純。でもシャチは白と黒と混載して一頭で、だからキョウゴと堂貫オーナーには共通点があるってこと」
「どんな?」
 キョウゴはおどけたように眉を跳ねあげている。用心深さの欠片もなく、単純におもしろがっていて、智奈が期待した反応ではなかった。
「シャチは、武器を持った人間以外に天敵はいなくて、海洋界の頂点にいるって云われてる。無駄な狩りをしないし、それって餌はいつでも手に入るっていう余裕にも見えて、容赦がなくてしたたかって感じがするの」
「つまり、そう見えてるわけだ、おれも」
 キョウゴは納得がいかないのか、単に問うているのか、首をひねった。
「シャチって人間は襲わないけど……逆に人懐っこいところもあって、でも、じゃれ合ってるつもりで傷つけてしまうこともあるって」
 ふたりでひとりであってほしいけれど、それは即ち、智奈を騙していることになって複雑だ。そんなことを半分くらい意図して智奈は云ってみたけれど、キョウゴは心外だとばかりに顎をしゃくった。
「おれは智奈とじゃれ合って楽しんでる、確かに。ただし、傷つけたつもりはない。バージンだって守ってやってる――」
「キョウゴ!」
 キョウゴは明らかに智奈をわざと慌てさせている。智奈は焦ってさえぎったけれど、すでに云い終えていたから意味をなさない。せめて個室であることは救いだった。
「傷つけてるって否定する気か?」
「いまは否定しない。堂貫オーナーのことも。ふたりとも訳がわからないくらい、わたしによくしてくれてる」
 そう云ったとたん、キョウゴはにやりとした。何かと智奈が身構えると。
「そうだろう? 居候して世話になってるのはおれのほうだ。けど……おれは毎晩、智奈を気持ちよくさせてる。そっちの比重のほうが大きいってことだ」
 キョウゴは凝りもせずに、人に聞かれてはまずいことを平然と口にして智奈をからかう。やはり、シャチが余裕ですいすいと泳ぐみたいな様だ。
 確かに、キョウゴは勝手に居着いて、智奈の手料理を食べて、物理的にいえば智奈のほうが“よくしている”。けれど、それを差し引いても智奈は“気持ちよくさせられている”。それは躰のことではなく、文字どおり気持ちの問題だ。果たして、キョウゴはその違いをわかっているのか否か。
 智奈は、今度は無視することにして、スプーンでビスクをすくい、口に運んだ。口の中に香りが広がる――という感覚が正しいのか、これが鼻に抜けるということだろう、ロブスターの風味がなんともいえず美味だ。
 ここに来たはな、いかにも畏まったレストランで始まった食事に智奈が戸惑っていると、左から食べるというマナーを教えてくれるくらいにキョウゴは手慣れている。料理の美味しさに感動して一口一口ゆっくり味わう智奈と違い、キョウゴは家で食べているときと様子は変わらない。
 そう気づくと、智奈は聞きたかったことが訊けていないことに気づく。ひょっとして、さっきは話をうまくかわされたのかもしれない。
「キョウゴ、まえに聞いたけど……こういう美味しい完璧な料理を食べるのって普通のこと?」
 智奈が訊ねると、スプーンを持った手を止めてキョウゴは肩をすくめた。
「普通と云えば普通だ。それがなんだ?」
「ほんとにわたしの手料理で満足してるのかと思って。無理して……」
「無理なんてしてない。云っただろう」
「でも……」
 わざわざさえぎって否定したキョウゴが嘘を吐いているようには見えない。けれど。
「“でも”、何?」
「堂貫オーナーも完璧な料理を食べ慣れていて、でも、お弁当のおかずを美味しいって云ってくれて……だから、木曜日に会社で会ったとき、うちに食べに来ませんかって誘ってみたの。そしたら予定があるって断られて、もしかしたら美味しいって社交辞令で――あのときはわたしが無理やり押しつけたようなものだし……キョウゴもそうかもしれないって思ってる」
 智奈の言葉を受け、キョウゴは思いもよらなかったといったように、わずかに躰を引いて姿勢を改めるようなしぐさをした。首を横にゆっくりと振る。
「堂貫は本当に予定があったんだ。さっきシャチみたいだって云っただろう。容赦ないって言葉は合ってる。嫌ならあいつははっきりそう云う。何度も誘われて断るのは面倒だから」
「キョウゴは……自分のことみたいに堂貫オーナーの気持ちがわかるんだね」
 キョウゴは薄く笑い、首を横に振った。
 どういう意味だろう。いや、何も意味はない。智奈が悪あがきをしているだけで。
「ほんとは、堂貫オーナーを食事に誘ったのは口実だったの」
「口実?」
「うん。キョウゴと堂貫オーナーが一緒にいるところを見たことないから、ふたりの関係がどんな感じなのか、よくわからなくて……電話で話してるのも見てないし、だから見てみたい感じ」
 一心同体というほどに仲がいいはずなのに、仕事が昼と夜のすれ違いのなか、いつ話したり会ったりしているのだろうと不思議でならない。そのことも、智奈に期待させている一因だけれど。
「学生とか社会人成り立てのように、友だちと集まってバカ騒ぎする年でもない。智奈は、おれにベタベタするような年じゃないって云ってなかったか」
 真っ当な答えが返ってきて、あまつさえ自分の言葉が揚げ足取りされて、智奈はがっかりした。
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