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第3章 Link up~合流~
13.
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祐仁はおもむろに目を伏せると、何事もなかったようにタレのついた豚肉を口に運ぶ。都合の悪いことは疾しさも覚えないほど、清々しく無視するつもりか。
もっとも、神経が図太くできていなければ、組織が大きいほど上に立てるわけがない。それはこの五年の間に颯天も学んできた。永礼も卑怯なことを平気でやる。恥とか良識とか、邪魔者でしかない。
「食べろ」
ふと祐仁は顔を上げて、颯天のほうに手を伸ばした。フォークでステーキを突き刺し、それが颯天の口もとに向けられた。
呆気にとられ、なんの反応もできなかったのは一瞬ですんだのか、颯天は避けるように躰を引きながら祐仁の手を払った。
「人前で何やってるんですか」
立場を忘れて責めるように放った。
颯天たちのテーブルに接する前後と隣のテーブルは空席になっているが、颯天から見るかぎり少なくとも斜め前の席には客がいる。その客と目が合うと、見てはいけないものを見てしまったかのように背けられた。
大学時代、時生は颯天も祐仁も目立つと云っていた。いまの颯天もそうなのか自分ではわからないが、祐仁が人目を引くことは昔もいまも同じだ。少し煩いほうが聞き耳を立てられないと云ったが本当にそうなのかは疑わしい。
「食べさせられるのは好きだったはずだけどな」
その口調はこれまでと違ってずいぶんと砕けている。それを裏付けるように、祐仁はかすかに笑った。冷ややかさのない、からかうような気配を纏う。
「人前でしたことはありません。べつです」
「人前じゃないならいいのか」
揚げ足を取った、ガキっぽい発言もまた戯れるように聞こえたが、祐仁は肉を突き刺したままのフォークを皿に置くと真顔に戻った。
「云っただろう。組織の存在を知り、それに損失を与えるべく刃向かう者――もしくは裏切り者だと見なされた場合、抹殺される、と。脅しでも冗談でもない。おれは、そうなるかもしれないおまえを守らなければならなかった」
「え……?」
時間が止まったように祐仁から目が離せないでいると、皮肉っぽさと冷ややかさの戻った笑みが颯天に向けられた。
「おれとおまえは春馬に嵌められた。掟に目を通したならもうわかるだろう。必要以上に親密な関係を持つことは禁じられている。春馬が密告したような、そういう関係ではないと証明する必要があった。でなければ、おれは上に行けない。一生、ブレーンのままだ。もしくはエイドに降格されて這いあがれないかもしれない。いまの春馬のように。だから逆手に取った。おまえを従順にするために嗾けた疑似恋愛で、それがなんのためか、即ち、凛堂会におまえを送りこみ偵察させるためだと。永礼組長は男を好む。取り入るためには最上級の男娼を育てなければならない。凛堂会は、組織を怖れない団体だ。組織が“仕事”をためらわないように、凛堂会も仕事として法を犯すことをためらわない。要するに、組織にとっては目の上のたんこぶだ」
「おれを守ったのは自分のため……ですか」
上に行けない、とその真意を確かめるべく訊ねたことを、祐仁は鼻先で笑い、無下にあしらった。
「ほかに何がある」
祐仁はいとも簡単に颯天を翻弄し愚弄する。
うれしいとか虚しいとか、ばかばかしいほど颯天は単純で、それは自分でも認めざるを得ない。ただし、プライドは捨てていない。この五年もの間も。
「けど、おれは何も情報を持ってません」
「関口組のことは知ってるだろう」
「凛堂会をライバル視して仲が悪いってことしか知りません」
「それで充分だ。“いまから”役に立ってもらう」
祐仁は非情に放った。
「永礼組長を嵌めることになるんですか」
颯天は思わず訊ねていた。
祐仁の目が狭まり、睨めつける眼差しは颯天の心底を突き刺さんばかりだ。
「裏切りたくない、と?」
「おれは、祐仁に対してと同じように永礼組長を慕っているわけじゃない。けど、復讐したり憎んだり、罠に嵌めるような真似をするほどのことはされてません」
「おまえがおれに復讐したくなるのも憎むのもわかる」
祐仁は薄く笑って、颯天の言葉を引用した。どんな気持ちで云っているのだろう。そう思ってしまうほど声は平坦だった。
「復讐とか憎むとか、おれはそんな気力も奪われてた。けど……」
何よりも祐仁の真意を知りたくてここまでやりすごしてきた。つい先刻、それを聞かされて、もうそう云ってもしかたなくなった。
「“けど”、なんだ」
「なんでもありません。祐仁の足を引っ張るようなことはしたくないし、役に立てれば本望です。ただ、永礼組長を裏切るとわかっていながら役に立てるかはわかりません。それでも、おれのことを信用するんですか」
「それはこれからのおまえの働きに拠る。無条件で信頼するとでも思ってるのか」
しばらく、互いに一歩も譲らないといった気配がはびこった。
いつのときも本意でないのは颯天のほうだ。永礼のことももとはといえば祐仁によってある種の縁ができたことで、颯天の責任ではない。颯天がただ従順だと思っているのなら、祐仁は颯天を見くびっている。
けれど、そんな挑発的な気持ちも、やがて空気の漏れだしたエアブロードールのように萎んでいく。
「すみません」
「出るぞ」
意味もなく謝ったとたん、祐仁は立ちあがった。見上げると、行儀悪くもフォークに突き刺した肉を口の中に入れて、颯天を待つことなく祐仁は出口に向かう。
頼んだ料理の半分も食べていない。申し訳なく思いながら、颯天は祐仁を追った。支払いをすませた祐仁は、待っていた颯天のまえを通り抜けてレストランを出、階段を降り始めた。一階と二階の中間にある踊り場に来たとたん、祐仁が振り返って颯天の肩を捕らえると、何が起きているか把握する間もなく颯天は壁に押しつけられた。
そうして祐仁の顔が迫ってきた直後、くちびるが合わさった。反射的に口を開いてしまうのは、男娼としてのサガか、相手が祐仁だからか。それを見越していたように颯天の口内に何か入ってくる。そのかわりに祐仁は呆気なく離れていった。
「食べろ」
上等な肉でもないのに、祐仁の蜜が溶かしたのか、口の中で甘みを増して蕩けていく。喉を通りすぎ、それが見えるかのように追う祐仁の目は逆に何かに追いつめられているかのようにも見えた。
もっとも、神経が図太くできていなければ、組織が大きいほど上に立てるわけがない。それはこの五年の間に颯天も学んできた。永礼も卑怯なことを平気でやる。恥とか良識とか、邪魔者でしかない。
「食べろ」
ふと祐仁は顔を上げて、颯天のほうに手を伸ばした。フォークでステーキを突き刺し、それが颯天の口もとに向けられた。
呆気にとられ、なんの反応もできなかったのは一瞬ですんだのか、颯天は避けるように躰を引きながら祐仁の手を払った。
「人前で何やってるんですか」
立場を忘れて責めるように放った。
颯天たちのテーブルに接する前後と隣のテーブルは空席になっているが、颯天から見るかぎり少なくとも斜め前の席には客がいる。その客と目が合うと、見てはいけないものを見てしまったかのように背けられた。
大学時代、時生は颯天も祐仁も目立つと云っていた。いまの颯天もそうなのか自分ではわからないが、祐仁が人目を引くことは昔もいまも同じだ。少し煩いほうが聞き耳を立てられないと云ったが本当にそうなのかは疑わしい。
「食べさせられるのは好きだったはずだけどな」
その口調はこれまでと違ってずいぶんと砕けている。それを裏付けるように、祐仁はかすかに笑った。冷ややかさのない、からかうような気配を纏う。
「人前でしたことはありません。べつです」
「人前じゃないならいいのか」
揚げ足を取った、ガキっぽい発言もまた戯れるように聞こえたが、祐仁は肉を突き刺したままのフォークを皿に置くと真顔に戻った。
「云っただろう。組織の存在を知り、それに損失を与えるべく刃向かう者――もしくは裏切り者だと見なされた場合、抹殺される、と。脅しでも冗談でもない。おれは、そうなるかもしれないおまえを守らなければならなかった」
「え……?」
時間が止まったように祐仁から目が離せないでいると、皮肉っぽさと冷ややかさの戻った笑みが颯天に向けられた。
「おれとおまえは春馬に嵌められた。掟に目を通したならもうわかるだろう。必要以上に親密な関係を持つことは禁じられている。春馬が密告したような、そういう関係ではないと証明する必要があった。でなければ、おれは上に行けない。一生、ブレーンのままだ。もしくはエイドに降格されて這いあがれないかもしれない。いまの春馬のように。だから逆手に取った。おまえを従順にするために嗾けた疑似恋愛で、それがなんのためか、即ち、凛堂会におまえを送りこみ偵察させるためだと。永礼組長は男を好む。取り入るためには最上級の男娼を育てなければならない。凛堂会は、組織を怖れない団体だ。組織が“仕事”をためらわないように、凛堂会も仕事として法を犯すことをためらわない。要するに、組織にとっては目の上のたんこぶだ」
「おれを守ったのは自分のため……ですか」
上に行けない、とその真意を確かめるべく訊ねたことを、祐仁は鼻先で笑い、無下にあしらった。
「ほかに何がある」
祐仁はいとも簡単に颯天を翻弄し愚弄する。
うれしいとか虚しいとか、ばかばかしいほど颯天は単純で、それは自分でも認めざるを得ない。ただし、プライドは捨てていない。この五年もの間も。
「けど、おれは何も情報を持ってません」
「関口組のことは知ってるだろう」
「凛堂会をライバル視して仲が悪いってことしか知りません」
「それで充分だ。“いまから”役に立ってもらう」
祐仁は非情に放った。
「永礼組長を嵌めることになるんですか」
颯天は思わず訊ねていた。
祐仁の目が狭まり、睨めつける眼差しは颯天の心底を突き刺さんばかりだ。
「裏切りたくない、と?」
「おれは、祐仁に対してと同じように永礼組長を慕っているわけじゃない。けど、復讐したり憎んだり、罠に嵌めるような真似をするほどのことはされてません」
「おまえがおれに復讐したくなるのも憎むのもわかる」
祐仁は薄く笑って、颯天の言葉を引用した。どんな気持ちで云っているのだろう。そう思ってしまうほど声は平坦だった。
「復讐とか憎むとか、おれはそんな気力も奪われてた。けど……」
何よりも祐仁の真意を知りたくてここまでやりすごしてきた。つい先刻、それを聞かされて、もうそう云ってもしかたなくなった。
「“けど”、なんだ」
「なんでもありません。祐仁の足を引っ張るようなことはしたくないし、役に立てれば本望です。ただ、永礼組長を裏切るとわかっていながら役に立てるかはわかりません。それでも、おれのことを信用するんですか」
「それはこれからのおまえの働きに拠る。無条件で信頼するとでも思ってるのか」
しばらく、互いに一歩も譲らないといった気配がはびこった。
いつのときも本意でないのは颯天のほうだ。永礼のことももとはといえば祐仁によってある種の縁ができたことで、颯天の責任ではない。颯天がただ従順だと思っているのなら、祐仁は颯天を見くびっている。
けれど、そんな挑発的な気持ちも、やがて空気の漏れだしたエアブロードールのように萎んでいく。
「すみません」
「出るぞ」
意味もなく謝ったとたん、祐仁は立ちあがった。見上げると、行儀悪くもフォークに突き刺した肉を口の中に入れて、颯天を待つことなく祐仁は出口に向かう。
頼んだ料理の半分も食べていない。申し訳なく思いながら、颯天は祐仁を追った。支払いをすませた祐仁は、待っていた颯天のまえを通り抜けてレストランを出、階段を降り始めた。一階と二階の中間にある踊り場に来たとたん、祐仁が振り返って颯天の肩を捕らえると、何が起きているか把握する間もなく颯天は壁に押しつけられた。
そうして祐仁の顔が迫ってきた直後、くちびるが合わさった。反射的に口を開いてしまうのは、男娼としてのサガか、相手が祐仁だからか。それを見越していたように颯天の口内に何か入ってくる。そのかわりに祐仁は呆気なく離れていった。
「食べろ」
上等な肉でもないのに、祐仁の蜜が溶かしたのか、口の中で甘みを増して蕩けていく。喉を通りすぎ、それが見えるかのように追う祐仁の目は逆に何かに追いつめられているかのようにも見えた。
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