30 / 93
第3章 恋は刹那の嵐のようで
2.
しおりを挟む
*
五月の最終日、雲を探すのに空をひと巡りしなければならないほど晴天に恵まれた。川岸の木が新緑から濃く色を変化させていく季節で、青空を背景にくっきりと映える。
それ以上に、目立っているのは河原のワイン色だ。照明いらずの眩しい太陽の下、もともときれいなブラウスがさらに発色している。自然とはかけ離れた色なのに奇抜ではなく、すんなりと景色に溶けこんでいた。それは京香の持ち前のスキルなのか、さながら、おませな精霊とそれを見守る自然といった雰囲気で存在に嫌味がない。
テーブルの上に置かれたモニターを覗けば、撮られた写真が次々に増えて入れ替わる。写真のなかでは、服のワイン色よりも、首もとから肩まで剥きだしにした肌の白さが強調されて、京香の可憐(かれん)さが際立つ。
連写とはいえ自動ではなく、響生はやはりその瞬間を切り取るのがうまい。業界ではプロとして名高いのだから、素人の環和がその腕に感心したり褒めたり認めたりするまでもない。
「休憩しましょう」
環和と同じくモニターを見てチェックしていた恵は、シャッター音が一時的にやんだとたん、心持ち叫ぶように声をかけた。
京香は駆けるように足早にやってくる。
「今日は暑くてまいっちゃう!」
パラソルの下に入るなり、京香は躰を投げだすように椅子に座った。マネージャーが労いの声をかけたりペットボトルを渡したりしている傍らで、スタッフが団扇で扇ぐという、女優といえばこうだろうと思う光景がそのまま環和の前で繰り広げられた。
京香は、ありがとう、とマネージャーにもスタッフにも笑顔を向けて礼儀正しい。響生が以前、彼女を褒めたことを思いだすと、環和は自分の思慮不足を嫌でも思いだしておもしろくない。けれど、京香は容姿だけではなく性格もいいのだと認めざるを得ない。
もうそろそろ大女優と云われそうな環和の母、真野美帆子なら、気遣いを当然のごとく受けるだけで、あれがほしいこれがほしいなんていうわがまますら放っているかもしれない。
「環和」
響生の呼びかけには、土を踏む音に気づいた瞬間にうさぎが跳びはねるくらい、きっと環和は素早く反応している。
「お疲れさま!」
振り向いた次には持っていたペットボトルを差しだした。
響生はカメラを置くと、サンキュ、とつぶやき、受けとったペットボトルのふたを開けて口に運んだ。上を向いて伸びた喉もとが、嚥下すること二回、上下動をする。それで渇きは癒やせたのか、響生はペットボトルにふたをした。
それらの日常にありふれた一連のしぐさは、勇に負けていない。むしろ、成熟しているぶん、心身ともに疼いてしまうような色香が覗く。
「僕はセルフサービスですか?」
からかった声に環和はハッとして、見惚れていたことをごまかすようにすぐさまつんと顎を上げた。
「友樹くんのはこれ」
テーブルにあったペットボトルを渡すと、友樹はにやりとして――
「ありがたくいただきます」
わざと当てつけるように云いながら受けとった。
響生はそのやりとりの意味をわかってか否か、呆れた様子で首を横に振り、それから今まで使っていたカメラとは別のカメラを手に取った。
「環和、ついてこい」
環和専用のカメラだと思ったとおり、響生は命令するとくるっと身をひるがえした。
「撮るの? 仕事中でしょ?」
さっさと歩いていく響生のあとをすぐに追って、環和は問いかけた。
「休憩中だ」
訂正した響生は後ろをついてくる環和を一瞥し、滑らないようにしろよ、と忠告した。
今日は、同僚に休みを交代してもらって撮影についてきた。はじめは、水に濡れるのは嫌いだろう、という理由を持ちだして響生は環和の同行に難色を示していた。京香に誘われたのだと云い張っているうちに、当の京香から環和を連れてきてと云われたらしく、響生は渋々と許可したのだ。もちろん、スタジオ・ラハザのスタッフという建て前のもと、と条件付きだ。
いま、環和の写真を撮るなど、それとは矛盾した行為だと思うのに、公私混同をものともしない。つまりは響生が撮りたいと思ったのだ。そう考え至ると――
「響生」
と環和が声をかけた瞬間、振り返った響生は狙っていたようにシャッター音を鳴らした。
五月の最終日、雲を探すのに空をひと巡りしなければならないほど晴天に恵まれた。川岸の木が新緑から濃く色を変化させていく季節で、青空を背景にくっきりと映える。
それ以上に、目立っているのは河原のワイン色だ。照明いらずの眩しい太陽の下、もともときれいなブラウスがさらに発色している。自然とはかけ離れた色なのに奇抜ではなく、すんなりと景色に溶けこんでいた。それは京香の持ち前のスキルなのか、さながら、おませな精霊とそれを見守る自然といった雰囲気で存在に嫌味がない。
テーブルの上に置かれたモニターを覗けば、撮られた写真が次々に増えて入れ替わる。写真のなかでは、服のワイン色よりも、首もとから肩まで剥きだしにした肌の白さが強調されて、京香の可憐(かれん)さが際立つ。
連写とはいえ自動ではなく、響生はやはりその瞬間を切り取るのがうまい。業界ではプロとして名高いのだから、素人の環和がその腕に感心したり褒めたり認めたりするまでもない。
「休憩しましょう」
環和と同じくモニターを見てチェックしていた恵は、シャッター音が一時的にやんだとたん、心持ち叫ぶように声をかけた。
京香は駆けるように足早にやってくる。
「今日は暑くてまいっちゃう!」
パラソルの下に入るなり、京香は躰を投げだすように椅子に座った。マネージャーが労いの声をかけたりペットボトルを渡したりしている傍らで、スタッフが団扇で扇ぐという、女優といえばこうだろうと思う光景がそのまま環和の前で繰り広げられた。
京香は、ありがとう、とマネージャーにもスタッフにも笑顔を向けて礼儀正しい。響生が以前、彼女を褒めたことを思いだすと、環和は自分の思慮不足を嫌でも思いだしておもしろくない。けれど、京香は容姿だけではなく性格もいいのだと認めざるを得ない。
もうそろそろ大女優と云われそうな環和の母、真野美帆子なら、気遣いを当然のごとく受けるだけで、あれがほしいこれがほしいなんていうわがまますら放っているかもしれない。
「環和」
響生の呼びかけには、土を踏む音に気づいた瞬間にうさぎが跳びはねるくらい、きっと環和は素早く反応している。
「お疲れさま!」
振り向いた次には持っていたペットボトルを差しだした。
響生はカメラを置くと、サンキュ、とつぶやき、受けとったペットボトルのふたを開けて口に運んだ。上を向いて伸びた喉もとが、嚥下すること二回、上下動をする。それで渇きは癒やせたのか、響生はペットボトルにふたをした。
それらの日常にありふれた一連のしぐさは、勇に負けていない。むしろ、成熟しているぶん、心身ともに疼いてしまうような色香が覗く。
「僕はセルフサービスですか?」
からかった声に環和はハッとして、見惚れていたことをごまかすようにすぐさまつんと顎を上げた。
「友樹くんのはこれ」
テーブルにあったペットボトルを渡すと、友樹はにやりとして――
「ありがたくいただきます」
わざと当てつけるように云いながら受けとった。
響生はそのやりとりの意味をわかってか否か、呆れた様子で首を横に振り、それから今まで使っていたカメラとは別のカメラを手に取った。
「環和、ついてこい」
環和専用のカメラだと思ったとおり、響生は命令するとくるっと身をひるがえした。
「撮るの? 仕事中でしょ?」
さっさと歩いていく響生のあとをすぐに追って、環和は問いかけた。
「休憩中だ」
訂正した響生は後ろをついてくる環和を一瞥し、滑らないようにしろよ、と忠告した。
今日は、同僚に休みを交代してもらって撮影についてきた。はじめは、水に濡れるのは嫌いだろう、という理由を持ちだして響生は環和の同行に難色を示していた。京香に誘われたのだと云い張っているうちに、当の京香から環和を連れてきてと云われたらしく、響生は渋々と許可したのだ。もちろん、スタジオ・ラハザのスタッフという建て前のもと、と条件付きだ。
いま、環和の写真を撮るなど、それとは矛盾した行為だと思うのに、公私混同をものともしない。つまりは響生が撮りたいと思ったのだ。そう考え至ると――
「響生」
と環和が声をかけた瞬間、振り返った響生は狙っていたようにシャッター音を鳴らした。
0
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる