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第5話 恋の身の丈
9.
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円花は航の視線に気づくと、ぴたりと足を止めた。そのしぐさが航に確信させた。
一緒にいた女子が急に立ち止まった円花を振り返り話しかけている。航を見ていた彼女の目が、ふと都合が悪いかのように宙に浮いた。
航はまっすぐ円花へと向かった。
「悪い、工藤と話がある」
円花ではなく彼女の友だちに話しかけると、目を丸くしたあとうなずいて、さき行ってるね、と立ち去った。
残された円花はそっぽを向いているわけにもいかず、渋々と航に目を向けた。
「このまえスタジオで実那都と何話してたか、教えてくんねぇか」
「スタジオで? さあ……」
「なんかさ、実那都から避けられてる気がするんだよな。スタジオんときはさき帰るって消えたし、今日も黙って帰った。さっき良哉にフラれたっつったら、おれが実那都にしつこすぎるっつうけど、どうよ?」
円花が惚けてしまうまえに航がさえぎって云うと、彼女は意味を把握できていないかのようにきょとんとした。
「……藍岬くんがしつこいっていうか……ふたりがベタベタしすぎだと思う」
まもなく正気を取り戻した円花は、最初はためらいがちだったが、ずけずけと指摘した。
「おれが好きすぎるからな、しょうがねぇだろ?」
「よく堂々と他人に云えるね、そういうこと」
「実那都にも云ってる」
航がにやりとすると、円花は呆れ返り、天を仰ぐようなしぐさをした。それからため息をつくと――
「志望校を久築に変えるくらい、藍岬くんが西崎さんを好きだってことはわかってる」
航が知りたかったこと――円花が実那都に何を云ったかということが間接的に語られた。
「そのとおりだ。念のために云っとくと、後悔なんてしてねぇからな」
「わかってる。わたしがよけいなこと云ったの」
「よけいなことじゃねぇ」
「え?」
「それくらいで様子がおかしくなるとか、実那都の中でずっと引っかかってたってことだ。納得させたつもりだったけどな。おれの努力が足りなかったらしい。工藤には感謝することになるだろうな。もう一回、実那都にちゃんと云う機会つくってもらったからさ」
「ほんと、好きなんだね」
円花は呆れるのを通り越して笑いだした。
「ったりめぇだ。ってことで実那都を追っかける。じゃ、スタジオでもよろしくな」
「藍岬くん、西崎さんに――実那都ちゃんに謝っておいて!」
背中から呼びかけられ、航は、ああ、と手を上げて応じた。
*
実那都が送ったメッセージは、“既読”はついたけれど返事はない。実那都からやめないかぎり、いつもならメッセージのやりとりは延々と続くのに、だ。
自分が航を避けようとしているのに、無視されればさみしいなんて中途半端でわがまますぎる。
自分でもどうしたいのかわからない。違う、実那都の望みを優先するのではなくて、どうするべきかと考えなくてはならないのだ。
ため息をこぼしながら、足が止まりそうになる。少なくとも、内心では立ち尽くしている気分だった。
まもなく横断歩道にさしかかって信号機が赤になると、必然的に立ち止まらなければならない。それはそれで、また歩き始めるのに果たして足が脳の命令を聞いてくれるのか、心もとない。
止まらなくていいようにゆっくりと歩いていると、赤信号を突っこんでいくのではないかと思うくらい、スピードを出した自転車が脇を通りすぎた。車は多くはないがそれなりに往来がある。
人のことながらハラハラした実那都の正面に、スリップするようにまわりこんで自転車は止まった。実那都にはできない、鮮やかな技だ。驚きつつ無意識に足を止めると、片足を地に着いて実那都の行く手をふさいだ人の顔を見、さらにびっくり眼になった。
「……航」
「早く帰んのはいい。けど、ひと言云え。おれと帰るほうが絶対早いだろ。このとおり、おまえより五分遅く学校を出ても追いついた」
「それはわかってるの」
「んじゃ、何がわかんねぇんだよ」
実那都の言葉尻に重ねるように航が問う。その顔を見ると、これまでにない睨めつけるような眼差しに見返された。
「……これからさきのこと……」
「は? どういうことだよ」
「わたし……」
云いかけて詰まったのは、どう云っていいのかわからないわけではなく、云ってしまって取り返しがつかなくなることが怖いからだ。例えば、怒らせたり――いや、それならまだましだけれど、見限られることが怖くてたまらない。やっぱり避けることとは矛盾している。いや、ずるいのだ。
航は実那都を見据えている。一向に実那都から続きが語られず、待ちわびたようにため息をついた。ただ、不機嫌そうではない。呆れて、なお且つおもしろがったような気配を醸しだしている。
「いいから、ちゃんと話せよ」
航は断固として云い、「云っとくけど、おまえの期待に添うことを云えるとは限んねぇからな」と不遜に云い渡した。
一緒にいた女子が急に立ち止まった円花を振り返り話しかけている。航を見ていた彼女の目が、ふと都合が悪いかのように宙に浮いた。
航はまっすぐ円花へと向かった。
「悪い、工藤と話がある」
円花ではなく彼女の友だちに話しかけると、目を丸くしたあとうなずいて、さき行ってるね、と立ち去った。
残された円花はそっぽを向いているわけにもいかず、渋々と航に目を向けた。
「このまえスタジオで実那都と何話してたか、教えてくんねぇか」
「スタジオで? さあ……」
「なんかさ、実那都から避けられてる気がするんだよな。スタジオんときはさき帰るって消えたし、今日も黙って帰った。さっき良哉にフラれたっつったら、おれが実那都にしつこすぎるっつうけど、どうよ?」
円花が惚けてしまうまえに航がさえぎって云うと、彼女は意味を把握できていないかのようにきょとんとした。
「……藍岬くんがしつこいっていうか……ふたりがベタベタしすぎだと思う」
まもなく正気を取り戻した円花は、最初はためらいがちだったが、ずけずけと指摘した。
「おれが好きすぎるからな、しょうがねぇだろ?」
「よく堂々と他人に云えるね、そういうこと」
「実那都にも云ってる」
航がにやりとすると、円花は呆れ返り、天を仰ぐようなしぐさをした。それからため息をつくと――
「志望校を久築に変えるくらい、藍岬くんが西崎さんを好きだってことはわかってる」
航が知りたかったこと――円花が実那都に何を云ったかということが間接的に語られた。
「そのとおりだ。念のために云っとくと、後悔なんてしてねぇからな」
「わかってる。わたしがよけいなこと云ったの」
「よけいなことじゃねぇ」
「え?」
「それくらいで様子がおかしくなるとか、実那都の中でずっと引っかかってたってことだ。納得させたつもりだったけどな。おれの努力が足りなかったらしい。工藤には感謝することになるだろうな。もう一回、実那都にちゃんと云う機会つくってもらったからさ」
「ほんと、好きなんだね」
円花は呆れるのを通り越して笑いだした。
「ったりめぇだ。ってことで実那都を追っかける。じゃ、スタジオでもよろしくな」
「藍岬くん、西崎さんに――実那都ちゃんに謝っておいて!」
背中から呼びかけられ、航は、ああ、と手を上げて応じた。
*
実那都が送ったメッセージは、“既読”はついたけれど返事はない。実那都からやめないかぎり、いつもならメッセージのやりとりは延々と続くのに、だ。
自分が航を避けようとしているのに、無視されればさみしいなんて中途半端でわがまますぎる。
自分でもどうしたいのかわからない。違う、実那都の望みを優先するのではなくて、どうするべきかと考えなくてはならないのだ。
ため息をこぼしながら、足が止まりそうになる。少なくとも、内心では立ち尽くしている気分だった。
まもなく横断歩道にさしかかって信号機が赤になると、必然的に立ち止まらなければならない。それはそれで、また歩き始めるのに果たして足が脳の命令を聞いてくれるのか、心もとない。
止まらなくていいようにゆっくりと歩いていると、赤信号を突っこんでいくのではないかと思うくらい、スピードを出した自転車が脇を通りすぎた。車は多くはないがそれなりに往来がある。
人のことながらハラハラした実那都の正面に、スリップするようにまわりこんで自転車は止まった。実那都にはできない、鮮やかな技だ。驚きつつ無意識に足を止めると、片足を地に着いて実那都の行く手をふさいだ人の顔を見、さらにびっくり眼になった。
「……航」
「早く帰んのはいい。けど、ひと言云え。おれと帰るほうが絶対早いだろ。このとおり、おまえより五分遅く学校を出ても追いついた」
「それはわかってるの」
「んじゃ、何がわかんねぇんだよ」
実那都の言葉尻に重ねるように航が問う。その顔を見ると、これまでにない睨めつけるような眼差しに見返された。
「……これからさきのこと……」
「は? どういうことだよ」
「わたし……」
云いかけて詰まったのは、どう云っていいのかわからないわけではなく、云ってしまって取り返しがつかなくなることが怖いからだ。例えば、怒らせたり――いや、それならまだましだけれど、見限られることが怖くてたまらない。やっぱり避けることとは矛盾している。いや、ずるいのだ。
航は実那都を見据えている。一向に実那都から続きが語られず、待ちわびたようにため息をついた。ただ、不機嫌そうではない。呆れて、なお且つおもしろがったような気配を醸しだしている。
「いいから、ちゃんと話せよ」
航は断固として云い、「云っとくけど、おまえの期待に添うことを云えるとは限んねぇからな」と不遜に云い渡した。
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