オフリミットⅡ~ガサツな王子の全力愛~

奏井れゆな

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第7話 不束者vs不届き者

3.

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 引っ越し祝いを口実にして神瀬家のリビングでは、およそ音楽の話に占められた。祐真の伯母から何かと世話をやかれつつ、従妹の昂月あづきを交えてにぎやかだ。
 実那都が神瀬家の母娘に会うのは、中学三年生のクリスマスに自動車事故で祐真の両親が亡くなったとき以来だ。祐真は中学を卒業すると同時に東京に来て、伯父夫婦のもとで暮らしている。母娘とも屈託なく歓迎を示してくれて、特に、今度中学三年生になる昂月とは祐真の話で沸いた。

 祐真は、高校生になって路上ライヴしていたところをスカウトされ、およそ一年前にプロとしてデビューしている。去年、いつものように盆や命日ではなく五月に福岡に来たのも、両親のお墓に報告したかったし、音楽活動を優先するために時間が取れないかもしれないからと云っていた。
 そして、そのとおり、祐真はデビューから一年足らずで若い子たちの間で広がり浸透して、売れっ子になった。
 テレビに出ることはなくても人気が出るのは、実那都からすると不思議でもなんでもなく当然だと思える。ただ、テレビで見ないせいか、祐真が遠くに行ったという意識は薄くて、中学生の頃の感覚でいられている。

「祐真兄、今度の夏からライヴツアーをやるんだって」
 祐真のプロ活動がどんなものか聞いているさなか、昂月が云ったことはまるで初耳で、実那都は思わず祐真を見やった。
 すると、視線を察して祐真が良哉に向けていた目を実那都たちのほうへと転じた。
「祐真くん、ライヴツアーやるってホント?」
 実那都が訊ねると、祐真は昂月を見やって顔をしかめる。
「昂月、まだ秘密だって云っただろう」
 と、咎める傍から――
「ほんとなの?」
 と訊ねたのは、ダイニングでコーヒーを飲んでいる祐真の伯母だった。
 ツアーのことは本当に秘密だったようだ。昂月は、しまったというお茶目な顔で首をすくめている。
「ああ、本当だけど、口外しないでくれ。みんなもな」
 という言葉を聞けば、ただ驚かせるための秘密ではなくて、仕事上の秘密だったのだ。
 祐真はため息をつきながら、じろりと昂月を見る。
「昂月、一番に知る権利、もう取りあげるからな」
 祐真は昂月に怒って見せているけれど、その実、わざとらしくも見える。航から聞いていたとおり、本当の兄妹のように仲が良さそうだ。
「取りあげられない! 秘密だって云えばコウくんもリョウくんも戒斗さんも、それに実那都ちゃんも喋らないよね?」
「お母さんも喋らないわよ」
 実那都たちが返事をするよりも早く、昂月の母が口を挟んで全員がひとしきり笑った。

 昂月が云う、『コウくん』は航のことで、『リョウくん』は良哉のことだ。祐真が引っ越してまもなくふたりが東京に行ったときに、小学生だった昂月は名前を正しく読めなかったらしい。ふたり――いや、祐真を含めて三人は、それを正さず、ふざけてその名で通したものの、すぐにばれてしまい、結果、騙された昂月がしかえしでそのまま呼ぶことにしたという。

「全国まわるのか」
「とりあえず主要都市だってさ」
 戒斗の問いに、祐真はなんでもないことのように肩をすくめた。
「すげぇな」
「ははっ。いちおうプロだ。“FATEフェイト”も追いついてくるんだろうな?」
 バンド“FATE”はまだメンバーもそろっていないのに祐真は気の早い話をした。にもかかわらず、航と戒斗は充分その気のようで、にやりと応じている。
 FATEは、戒斗が名付けたロックバンドの名だ。祐真と戒斗は路上ライヴで知り合って、一緒に演奏していたこともあるという。そのなか、航と戒斗の音が合うと云って祐真が引き合わせた結果、FATEというバンドが動きだしたのだ。
「良哉くんもFATEで活動するの?」
 実那都が訊ねると良哉は苦笑いに近い笑みを浮かべた。
「ていうか、必然的にメンバーにされた感あるけどな」
「ピアニストになるっつうんなら無理は云えねぇけど」
「いまさら無理だ。そんなに甘くない。コンクールで賞をもらうのも難しいくらいだ」
「けど、音楽は好きなんだろ」
 航に続いて戒斗の試すような言葉に、良哉はひょいと肩をすくめた。
「暇になればピアノに向かう。それは否定しない」
「なんだよ、その消極的な発言は。おまえ、自分でやるって云っただろうが」
 航は不服そうだ。
 祐真は良哉の性格を見抜いているせいだろう、良哉はやるよ、と可笑しそうにしながら本人にかわって返事をして――
「良哉は絶対音感に近いほど耳がいいし、曲が作れる強みもある。戒斗はリズムの勘が効くアレンジャーだ。航はリズムコントロールが天性だし、あとはボーカルとギタリストがそろえば、そんじょそこらにないバンドが完成する」
 祐真が云うと、実那都が目を丸くするなか航たちは一様に失笑した。

 バンドを仕事にするのか、実那都は何度か航に訊ねたことがある。一年前に実那都に宣言したとおり、航は本気でやるつもりなのだ。航だけでなく、満更でもないといった様子の良哉もそうで、戒斗はといえばそのためにここにいるといわんばかりだ。

「“あとは”って、バンド的には花形のポジションを探さなきゃいけないんだ、そんじょそこらでは見つからない」
「バカだなぁ。戒斗、バンド名を決めたおまえがそう云ってどうする。それが本物なら必ず見つかる」
「はっ、確かに。見つけるにも妥協はしない。そう意思表示したかっただけだ」
「やるからにはな」
 という航の言葉を聞いても、本気度は伝わってくる。
「そろうのがすごい楽しみ」
 思わず実那都が云うと、航はふと何やら思いついた顔になった。
「それまで、実那都は臨時ボーカルな」
「……え!? 待っ……」
「そりゃいい」
 航に続いて祐真がにやりとして、戒斗に目をやった。
「中学んとき、文化発表会で“オフリミット”っていうバンドやったんだけどさ、実那都がボーカルだったんだ。たぶん、忘れてないほど歌い方はおれが鍛えてやってる」
「祐真くん!」
 冗談だろうと思いつつも悲鳴じみてさえぎった実那都をよそに――
「へぇ、祐真がそう云うんなら当面のボーカル問題は焦らなくてよさそうだ」
 戒斗はよっぽど祐真に心酔しているのか、その声音は冗談に聞こえない。あまつさえ。
「実那都とは学部が違うし、あんまり会えなくなるかと思ってたけど、手伝ってくれるんなら、かわりなく楽しくやれそうだ」
 と、良哉までが悪乗りをする。

 FATEの完成が楽しみだというのは本心だけれど、何気なく云っただけのことからボーカル代行の話になるとは想定外だった。真に受けた昂月に実那都は感心される始末だ。
 きっと冗談で、嫌だと云い張れば場を白けさせる。実那都は大げさに捉えないことにした。どうやって話をかわそうかと思っていると、タイミングよく戒斗がオフリミットのことを聞きたがって、練習のときに喧嘩に巻きこまれたこと、学校内ではしばらくスターみたいだったこと、そんな話が続くなか実那都自身も懐かしくなった。
 あの祐真がいた中学時代から高校を経て、いまここにいることを不思議に感じる。まったく想像とは違って、思い描くことすらしなかった光景がここにあって、なんだろう、急に胸が詰まる。苦しいのではなくて、希望みたいな気持ちが溢れて、漠然と実那都は自由を感じた。
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