愛魂aitama~月の寵辱~

奏井れゆな

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第5章 夜鷹

4.横恋慕

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 三月の初め、外はまだ肌寒いが、この部屋は裸でも寒くない。
 体調を崩さないようにというのが大前提で、夏、秋、冬、そして春となりつつある現在とすごしてきて、温度と湿度は常に快適に保たれている。冬場でも裸でいられた。ひるがえせば、いつでも呼びだし可能にしておけということか。
 空調がよすぎて、逆に、躰は気候の変化に対応しきれなくなって、弱っているんじゃないかという怖れもある。
 体力もさることながら、何もしなさすぎて、知性云々以前に思考力そのものが弱っているのは確かだった。
 起きていても、頭を悩ますようなことはしなくていいし、仕事は男が望むように演技をして気持ちよくさせていればすむ。
 強いていえば、躰を好き勝手にされることは苦痛であり、どう演技すれば客が喜ぶのか考えていて、けれど悩んでも考えてもどうにもならないから――それどころか自分を追いつめることにしかならないから、あえて頭を働かせない。
 思考力を放棄して、そのせいか、いざ野放しにされたときに自分は生きていけるのか、そんなことに怯えている。ここにいると時間の流れはあまりわからないけれど、歳だって増えていく。躰を使えなくなったらおしまい、飽きられたらおしまい。
 そうなるまえに、と縋れるのはやっぱり吉村しかいない。
 生き延びたさきに吉村に抱かれることを夢見て、毬亜はいま生きている気がする。
 目を伏せると腋の下に手をやり、毬亜はそれぞれ胸のふもとからすくいあげてみた。吉村がしていたことを思いだしながら揉んでみるのに、特段何も感じない。ただ、揉む振動が伝わるのか、胸先は尖った。感じていなくても刺激に弱い場所だ。宴に集う男たちも含めてどの客も、毬亜が感じなくても乳首の反応があればそれだけで喜ぶ。
 親指で弾いてみた。ちょっとした身ぶるいはするけれど、吉村から摩撫されて口に含まれて、胸だけで逝かされたときのことを思えば微々たる感覚だった。
 思いだしながらやってみても物足りない。けれど、物足りないと思っている時点で毬亜は自分の手で感じているのかもしれなかった。
 トラウマ化しているあの部屋はもとより、ラブドナーで客の相手をしているときも、逝きたいとか物足りないとか思ったことはない。むしろ早く終わってほしいから、ラブドナーでは時間ばかり気にしているし、宴では早く逝って男たちの精力が尽きてほしいと願っている。
 はじめのうちは、自分の置かれた状況に観念しながらも、一つ終わるごとに吐いてばかりいた。そのうち、気分の悪さも倉田みたいな生理的に好きになれないタイプに限られてきて、やがてそれもなくなった。
 ただ、ここに帰ってきて躰を洗うと、魂が抜けたように放心してしまうのだけは変わらない。
 それを見つけて以来、吉村は嵐司を寄越し、毬亜がベッドに入るまで付き添わせる。
 仕事が終わるのは夜中の一時であれば三時になることもあったりと、まちまちなのにもかかわらず、その日その日、時間を見計らって嵐司はやってくる。
 さすがに毬亜も気が咎めて、シャワーを浴びて気力が尽きてもベッドまでは行くという習慣を身につけた。嵐司もいまはもう、抜き打ち検査をするようにふいにやってくるくらいだ。
 吉村が付き添ってくれた日は、毬亜が眠っているうちに煙草の薫りだけ残して吉村は消えていた。抱かれたいと云ったすえの、おまえは嘘が吐けない、という返事は、いまはどういう意味だったのか理解しているつもりだ。
 毬亜の切望と吉村の返事を組み合わせれば、抱かれていないと嘘を吐かなければならない、ということ。つまり、毬亜と吉村は男と女の関係であってはならないのだ。
 吉村さんは独り身で、それなら何が障害になっているの?
 その答えはまったく出せないでいる。
 おれが教えた快楽を忘れるな。
 そう云われたのに忘れそうで、毬亜は目を閉じて吉村に触れられた記憶をたどってみた。
 左手は左の胸に置いたまま、右手を脚の間に忍ばせる。いちばん敏感な突起に触れてみた。
 あっ。
 ぴくっと腰が跳ねた。
 躰を洗うときは意識もしていないが、目を閉じてそこに集中しただけでこうも反応が違ってくるとは思わなかった。吉村がしたことを真似て円を描くようにやわらかく捏ねていると、次第に気持ちがよくなる。
 もっと。そんな欲求が湧いた。
 花片を下り、体内の入り口まで指を伸ばすと、そこは熱くぬめっていた。指に粘液をまぶし、突起へと戻ると、それまでよりもずっと感じてしまう。ぬるぬるしているぶんだけ摩擦が軽減されて、ちょうどいい刺激になった。
 んっ。
 突起と秘孔を往復しているうちに蜜はどんどん溢れてくる。突起をつつくたびに腰がふるえて浮きあがる。
 吉村が教えた快楽が甦った。吉村にされたことを思い描きながら、毬亜は無意識で腰をせりあげていた。
 舌で嬲られ、突起が口のなかに含まれ、吸着したキスに襲われる。想像してみると、突起が疼き、躰の奥がきゅっと反応した。とたん、毬亜は首をのけ反らせ、躰を突っぱらせて腰をさらに高く上げた。
 あっ。
 果てに昇っていく感覚に息を詰め、直後、体内はひどい収縮に襲われ、毬亜は腰をびくびくと上下させながら蜜を散らした。
 嫌らしく呼吸を荒らげて余韻に浸り、それがおさまるにつれてどくんと呑みこむような体内の収縮も落ち着いていく。力尽きて毬亜は腰をベッドに落とした。
「女の自慰はなかなか煽るな」
 突然の横槍が放たれる。予期しない声が部屋に響き、急速に快楽が冷えていった。
 毬亜はすぐさまふとんに手を伸ばして引き寄せ、頭から被る。
「黙って見てるなんてひどい」
「マリにプライベートな時間はない」
 煽る、という発言にそぐわず、嵐司はいつものとおり至って冷静な声で毬亜の抗議を退けた。
「だとしても、ノックくらいしてもいいよね!?」
 責めた声もふとんの下でくぐもり、勢いに欠ける。
「昨日も風呂入って得意の幽体離脱やったんだろ。この戸は開けっぱなしだった」
「得意じゃないし、見なくてもいいと思う」
「だれかが入ってくる可能性をわかりきっててやってるほうが悪い。入ってきたのがおれでよかったと思え。襲われてもおかしくない状況だ」
 反論はしてみるものの、全部嵐司の云うとおりだ。
 目のまえに性的対象が存在して欲情しない男はめったにいないし、抑制が利く男もめったにいない。ラブドナーの会員客も、丹破家に集う男も、それなりに地位や経歴を持っているはずが、彼らは抑制を簡単に放棄してしまう。
「こんな時間にだれかが来るとは思わなかっただけだし、こういうこと、いつもしてるわけじゃなくて、はじめてだから」
 嵐司にはいままでも何もかも見られて、あるいは聞かれていて、いまさら毬亜が気取っていられることは何もない。嵐司にしろ、たぶん毬亜には知性も貞操も気品も求めていない。それでも弁解した。
「マリが最低限で躰を守ってることは知ってる。だから幽体離脱なんてことをする。一月さんと電話で話して独り盛りあがったってとこか」
 どのあたりから部屋にいたのか、嵐司の推察にけちを付ける部分はない。あまつさえ、男たちに穢されても躰を許しているわけではないことを理解してくれているのだ。
 妙に安堵して、毬亜はふとんを剥ぐって頭を出した。ベッドの上に起きあがると、相変わらず何を考えているかわからない冷めた眼差しとかち合う。
「今日の時間、早くなったの?」
 今夜は丹破家の宴の日だ。予定では七時に行けばよく、嵐司の迎えももっと遅いはずだった。
「今日は中止だ」
「中止……って?」
 それははじめてのことで、毬亜は中止という意味を把握するのに戸惑った。
「中止って中止だろ。ごはん、食べたのか」
「ううん」
「何が食べたい?」
「……嵐司は食べた?」
「まだだ。一緒に食おうと思って来た」
「じゃあ、ステーキのコース! 外食でもいいよね?」
「だめだ」
 嵐司を伴えばショッピングは許される。宴がなければ時間はあるし、それなら外に出られると期待したのに嵐司は検討もしないで却下した。
「宴のかわりにラブドナーには行かなくちゃならない?」
「ラブドナーはそのまま休んでいい」
「じゃあ……」
「今日はだめだ。おれが気分じゃない」
 むちゃくちゃな云い訳に毬亜は目を丸くして、批難めいて睨み、次には疑念が湧いて、目を凝らして嵐司を見つめた。
 さっきから何かがおかしい。いや、おかしいことばかりだ。
 吉村との電話の内容がどこかいびつであれば、予定外の時間に来た嵐司が食事に誘うのも唐突でちぐはぐだ。
 今日、毬亜はたまたま寝坊した。普通、いまの時間は食事をすませているという、毬亜の習慣を知り尽くしている嵐司が一緒にごはんを食べたければ、毬亜が起きるまえに、来るから待ってろ、などというメールをしておくべきだし、そんな手抜かりを嵐司はやらない。
 一緒に食事をしようと云うわりに外食が気分じゃないとか、とても理由にはならない云い訳だ。
 宴が中止と伝えるのにわざわざ出てこなくても電話ですむし、電話をかけてきた吉村は、宴が中止なら当然そう知っていたはずがそのことには触れなかった。
「出前をやってくれる美味い店を知ってる。そこに頼む。着替えろ」
 嵐司は云い渡すと、ラフなかつらぎジャケットの胸ポケットに手をやった。そこから携帯電話を取りだしつつ背中を向けた。
 着替えろと云いながら嵐司は戸も閉めていかない。
 嵐司にとって毬亜は魅力がないのか、吉村とのセックスというあられもない姿を見たあとも、まったく冷静だ。無論、吉村ないし京蔵の圧力があれば手を出せないだろうが、きっとそれ以前に関心がない。嵐司は少なくとも外見上はモテそうだし、女に不自由はしていないはずだ。もとい、毬亜の自慰シーンに遭遇しようと、毬亜は興奮の対象外になるほど不潔だ。
 一方で、毬亜にとって嵐司は唯一リラックスできる相手だ。その存在は兄みたいなものだろうか。独りっ子の毬亜には兄妹の感覚はわからない。けれど、吉村のことも含めて隠すことが何もないという気楽さがある。
 毬亜が服を着てリビングに出てくると、こっちだ、とキッチンのほうに手招きされた。近づいていくと、嵐司はリビングとダイニングの境目を指差す。そこには目新しい机があって、上にはパソコンとプリンタがのっていた。眠っている間に運びこまれたのか、昨夜、仕事から帰ったときにはすでにあったのか。
「これ何? ……パソコンだってことはわかってる!」
 パソコンも知らないのかと云いたそうな嵐司の顔を見て、毬亜は慌てて付け加えた。
「時間あり余ってるだろ。おまえ、バレンタインデーの買い物んとき、カードを自分でデザインして作ってみたいって云ってた。イラストは趣味でよく描いてたっていうし、だからそういうのができるソフトを入れておいた。けど、ネットには繋がらない」
「ほんと? うれしい。でも……独りでできる?」
「おれがいる間は教えてもいいし、解説書も買ってきた」
 普段ならそんな提案に軽く乗ってみるはずが、毬亜は言葉の一つに引っかかってしまった。
「いる間、って? どういう意味?」
 すると、嵐司は舌打ちしそうな気配で、わずかに眉間にしわを寄せた。それからため息をつく。
「丹破一家の世話になるのもあと三週間だ。藤間に戻る。それまで……」
「たった三週間でこの使い方わかる?」
 毬亜は嵐司をさえぎった。
「パソコン自体の使い方忘れたし、嵐司は毎日来るわけじゃないでしょ」
 嵐司がいなくなるなんて考えたこともなかった。毬亜がかまえなくていい相手は吉村と嵐司だけだ。それなのに、吉村は毬亜の傍にいられなくて、嵐司は毬亜のまえから消える。
「だから、三週間のうちに基本を身に着けとけば、あとは独りでもやっていける」
「無理。セックスの相手するのに絵を描いててもなんの役にも立たない」
「一生、セックスの道具としてここにとどまっているつもりか?」
 毬亜は信じられないといった気持ちを込めて目を見開いた。
「あたしの意志では何も決められないし、自由もない。閉じこめられて、救ってくれる人もいないのにどうやって出られるの? 嵐司は知ってるのに!」
「救う奴がいるなら出たいと思ってるのか」
 救ってほしいのは一人だけ。ほかのだれにもそれを求めてはいない。
「嵐司、吉村さんの立場って何?」
 出し抜けに問うと、嵐司は呆気にとられたのか表情を止め、それから首をひねった。
「立場?」
「云い換える。あたしが吉村さんと一緒にいられない理由」
「どうしてそんな理由があると思う?」
「理由があるから一緒にいてくれないし、会いたくても会えない」
「それはマリの気持ちだろ」
 嵐司は極めて冷静に指摘した。毬亜はそう云われるまで気づかなかった。
「……どういうこと?」
 泣きそうになりながら怖々訊ねた。
 吉村の言葉一つ一つを毬亜は好きという気持ちで聞いているけれど、吉村からすれば単なるなぐさめにすぎないのかもしれない。
 朝方あった電話での母との会話を思いだす。
 吉村さんを頼りなさい。
 吉村さんは母のことが好きで、単に母の願いを聞き届けているだけ?
 そうしたら、『生き延びろ』は母のための言葉で、『可愛い』も毬亜が母の子だからこそそんな言葉が出てくるのだ。
 しばらくじっと毬亜を見下ろしていた嵐司は口の端で薄く笑った。
「おまえ、本当に一月さんのことが好きなんだな」
 呆れているふうでもあり、同情のようにも聞こえた。
「吉村さんが一緒にいたくて会いたいのはお母さんなの?」
「半年まえは確かにおれはそう思ってた」
「……いまは?」
「わかるわけないだろ」
 力づけてくれるような言葉を発する気はさらさらないらしく、嵐司は素っ気なく応じた。
「それで。脳みそが空っぽのラブドールのくせに、立場なんていう高度な発想はどこからきたんだ?」
 思考力のなさに毬亜が自虐することはあるにしても、ひどい云い様だった。
 最初の頃、嵐司は気を遣うように接していたが、だんだんと飾らなくなっていった。けれど、いまの冷ややかさのほうがたまにポーズではないかと思うときがある。嵐司が慕う吉村から依頼されたことを差し引いても、いまみたいにけなすことはあるが、監視を兼ねて毬亜に付き合うことをけっして面倒がっている様子はない。むしろ、このパソコンのことみたいに、頼んでもいないことを毬亜のために考えてくれている。
 そんな嵐司がいなくなったら、だれが傍で毬亜のことを考えてくれるだろう。
「今日、お母さんが電話でそう云ってたから。吉村さんは意志とは違うこともしなくちゃいけないときがあるって」
「おまえのお母さんはよく見てるな」
 そう云われると、毬亜はずっと母には勝てないどころか追いつけない気がする。
「あたしも見れるようになる?」
「無理だな」
 ぞんざいに否定されると、反論もできないほど弱気にさせられる。
「どうやってもできない?」
「自分に降りかかってくることしか考えてないうちはだめだ。一月さんのことだけは考えてるみたいだけどな、周りを除外してちゃ意味がない」
「だれとも会えないのに周りのことなんて見えるわけない」
「だれとも会えない? 宴で週一は丹破一家の総長の家に行くのに、か?」
 確かに、丹破一家の主要なところに毬亜はいる。
「まあ、十七のガキにわかれというほうがどうかしてるんだろうな。目のまえのことに嵌まって、一月さんの気持ちを無駄にしないよう、精々気をつけろよ」
 散々に云っているのか、思いやって云っているのか、毬亜には見当がつかない。けれど、嵐司の忠告はそのとおりだと思う。
「わかった」
 その返事でよかったらしく、嵐司はため息をついたあとうなずいた。
「出前が届くまでやってみるだろ?」
 嵐司はパソコンを指差した。
「うん」
「なら、座れ。おれもこんなソフトなんて使ったことないし、解説書見ながらやるぞ」
「さっきは自信満々でおれが教えていいって云ってなかった?」
 毬亜が椅子を引いて座ると、嵐司はダイニングテーブルの椅子を傍に持ってきた。
「同じゼロから始めるのでも、おまえよりおれのほうが断然、呑みこみ早いだろ」
「あたしより六個も年上のくせに、そういう云い方って子供っぽい」
「おれの倍近く生きてる一月さんと比べられても説得力はない」
 嵐司は椅子に座りながら、吉村を引き合いに出してぴしゃりと云い返してきた。
 毬亜は対抗するよりも、別のことが気になりだす。
「あたしと吉村さん、親子みたいに見える?」
「親子ではやらないことをやってるくせに?」
 すかさず問い返す形で返事を聞き遂げると、また最初に嵐司にぶつけた疑問が復活する。もしかしたら巧妙にはぐらかす気だったのか。
「最後までやってない。あの日が最初で最後だし、抱かれてないってあたしが嘘を吐けないからだめだって。嘘はなんのために必要なの? だれが気にするの?」
 嵐司は、そこに答えがあるように手に持った解説書に目を落とし、考えこんだすえ大きくため息をついた。
「丹破総長と艶子の関係をどう思う?」
 嵐司は毬亜の関心を逸らそうという気か、話の主人公を二人とも入れ替えた。
「べつに……」
「まったく。観る機会があるのに観てないからな」
 云いかけてすぐさえぎられ、呆れきった批難が浴びせられる。反論したくても材料が見つからずに、毬亜はむっつりとため息をついた。
「嵐司と艶子さんが、義理でも姉弟で、一緒に住んでたくせに仲が悪いってことは観てる」
「一月さんを慕う、という意味では似てるけどな」
「……どういうこと?」
 毬亜は放っておけない言葉を耳に留め、口を歪めて皮肉っぽく笑う嵐司をびっくり眼で見つめた。
「丹破総長は一月さんの存在を脅威に感じている。一月さんは如仁会総裁の、つまりおれの親父のお気に入りだ。いずれ、如仁会総裁を継承されることになるかもしれない。艶子は、もともとは一月さんの妻になるはずだった。一月さんがどの程度その気だったかはわからないけど、少なくとも艶子は乗り気だった」
「……え?」
 毬亜は目を見開いた。
「それを丹破総長が横取りしたんだ。一月さんと艶子の縁談が公になるより早く、丹破総長は親父に艶子との縁組みの打診をした。そうあっては丹破総長を飛び越して一月さんに持ちかけるわけにはいかない。丹破一家は、現総長になって如仁会のいちばんの資金源になってる。親父も断れなかった」
 そう聞くと、また微妙に吉村の事情は違ってくる気がした。
「お母さんのことも……横取り?」
「最初は、寝取ってやろうって気持ちだったかもしれない。それ以上に、お母さんは総長に気に入られたらしい。云っておくと、丹破家に出入りする女はそれだけで総長にとって特別だと暗に知らしめている。つまり、総長の許可なくしてマリを〝横取り〟するようなマネは吉村さんにはできない。そういう世界だ」
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