割れて壊れたティーカップ

ricoteki

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03. 割れて壊れたティーカップ・後編

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 連れて行かれた場所はローシャの部屋だった。部屋に入るとアルベルトはローシャをベッドの上におろした。ローシャは警戒して身構えたが、アルベルトは意外にあっさりと離れていった。
 自室のベッドという慣れた場所はローシャの精神状態を落ち着かせた。いろいろな事が起こりすぎて、ローシャ自身が錯乱状態だったのがわかる。
 アルベルトはローシャに背を向けて静かに言った。

「ローシャ様。紅茶をお入れしましょうか」
「…うん」
「少々お待ちを」

 アルベルトは部屋を出た。アルベルトが紅茶を持ってきてくれるのは習慣的なものだった。ローシャの部屋にアルベルトがいる時はいつも紅茶があるのだ。その習慣がアルベルトの中にもあるのだと感じてローシャは少し安心感を覚えた。

「アルベルト…」

 独りで部屋でアルベルトの帰りを待つ。あれほど怖いと感じたアルベルトだが、いないとこんなにも心細い。
 ローシャは自分の身を抱きしめた。手がカタカタと震えてしまう。一人でいると現実の恐怖に心が押しつぶされそうだ。

「アルベルト、早く帰ってきて」

 その恐怖がアルベルトから与えられているものだとしても。




 カチャリとドアが開き、ティートレーを片手にアルベルトが戻ってきた。
 ローシャはアルベルトと目が合った。アルベルトは少し驚いたような顔をした。

「ローシャ様、私がいない間に逃げ出すと思っていましたよ」
「え?…あ…」

 逃げ出す、その選択肢が頭からすっぽり抜け落ちていた。
 そうだ、逃げなければならないのだ、アルベルトから。待っている場合ではない。待っていてはいけない。アルベルトはもうローシャの執事ではない。

「素直に待っているとは。賢いお方だ。逃げ出した場合は厳しく躾けなければいけないところでしたから」

 アルベルトは楽しそうに言った。楽しさとは裏腹の脅しの言葉にローシャは震えた。
 トレーはサイドテーブルに置かれた。トレーには、すでに紅茶が注がれたカップがひとつ乗っていた。
 
「どうぞ」

 アルベルトは機嫌の良い声だった。その声につられてローシャは自然とティーカップを取り、紅茶に口をつけた。ローシャがいつも好んで飲む甘めのミルクティーだ。
 こんな状況で、紅茶だけがいつも通りだ。日常が懐かしく思えて、ローシャはまた泣きそうになった。
 その光景をアルベルトは静かに見守っていた。

 ローシャはティーカップをテーブルに置いた。涙が零れないように上を向いた。ローシャとて貴族だ。気丈に振る舞わなければならない時はわかる。姿勢を正し、アルベルトをまっすぐ見た。

「アルベルト。アルベルトの目的はレイ家の乗っ取りなんでしょ?なぜ僕のことは拘束しないの?アルベルトは僕をどうしたいの?」
「どうしたいか。私がどうしたいか、ですか?ローシャ様、私は…」

 言葉の続きはいくら待ってもなかった。アルベルトは歩み近づいてきてローシャの両肩に手を置いた。そのままローシャを押し倒し、キスをした。

「んぅっ…」

 ローシャは驚いて抵抗したが、アルベルトに覆い被られて、とても力では敵わない。
 舌が侵入しようとローシャの歯をなぞった。ローシャはそれを許すまいと口を硬く閉じた。しばらく舐めとられていたが、諦めたかのようにアルベルトの唇は離れていった。かわりに耳たぶにあたるくらいの近さで囁かれた。

「どうしたいか?私はこうしたいんですよ」

 アルベルトはローシャのシャツの内側に右手を侵入させローシャの腹を撫で、そのまま上に滑らせ胸の突起を触った。

「アルべ…ふっ…んん」

 またキスをされた。躰を触られる感覚に意識がいっていたため、今度は舌の侵入を許してしまった。アルベルトの舌がローシャの舌を絡めとる。ぬるぬると二人の唾液が混じり合った。

「ふあっ…やっ…」

 シャツをまくられ、脱がされる。アルベルトの手はローシャの胸を楽しんだ。舌はクチュクチュとわざとらしく音を立てて遊んでいる。ローシャは混乱した。こんな快楽は知らない。耐えられない。

「あっ…ぐ…んぁ…」

 抵抗しようにも敵わない。唇は塞がれている。知りたいことは何も知れない。何もできない。されるがまま。息することも困難になってきて、ローシャは自分の無力さに涙した。

アルベルトは唇を離し、ローシャの涙をぬぐってやった。

「はあっ…はあっ…」

 ローシャは呼吸をするだけでやっとだ。

「私の望みは、これだけです。ローシャ様」
「わ…わからない。アルベルトがわからないよ…」

 ローシャの涙は止まらない。頬に手を添えていたアルベルトの指へと流れてゆく。

「ああ、可愛いローシャ様。泣かないで」

 アルベルトの舌がローシャの瞳を舐める。

「ひっ」

 その感触が恐ろしくてローシャは顔を背けた。

「あっ…」

 ローシャに覆いかぶさっていたアルベルトは下半身を密着させてきた。膨らんだものがローシャのそこにあたる。

「わかりますか、ローシャ様。私の気持ちです」

 アルベルトは密着させたまま、ぐりぐりと腰を動かした。

「あっ…やだ。やめて、アルベルト…あぁっ」
「はあはあ…ローシャ様、私を感じて」
「やめ…あっ…んん…」

 アルベルトはローシャの股の間に躰を強引に入れ込み、ローシャに脚を開かせた。

「やだっ!」

 ローシャは恥ずかしくて悔しくて手で顔を覆った。

「嬉しい。ローシャ様も大きくしてらっしゃる…私を感じていてくれている…」

 アルベルトはボトムの上からローシャのそこを掴んだ。アルベルトはうっとりしている。

「は、離せ!」
「…ローシャ様、私はあなたをずっと見ていた」
「な、なに…」
「ローシャ様が生まれた時からずっとあなただけを見ていた。他のことなんてどうでもいい。金も権力もどうでもいい。あなたがいれば、それでいい」
「アルベルト…」
「レイ家もどうでもいいことです。あなたが私だけのものになるなら手段はなんでもいい」
「でも僕の家族が」
「家族?また家族の心配ですか?あなたの家族がローシャ様を愛しましたか?」

 ローシャはズキンと胸が痛んだ。

「ああ、ローシャ様。そんな苦しげな顔をしないで。あんな奴らのために苦しまないで」

 ローシャの両頬を撫でていたアルベルトの顔はとても近かった。

「私だけをみて。ローシャ様…」

 アルベルトはローシャの肩に顔をうずめた。その様子は許しを乞う子どもみたいだった。

「今回の計画は私がたてたものです。レバンは権力を欲しがる男だった。私はレバンをこの計画のリーダーに仕立て上げた。私はローシャ様を苦しめるレイ家が憎かった。排除したかった」
「そんな…」
「ただ、それだけです」
「それだけ、って。じゃあ、僕の家族は僕のせいで殺されるの…?」

 アルベルトの告白は恐ろしいものだった。恐ろしくてローシャは震え上がった。

「さあ?殺すまではしないと思います。政治的なことになるので、追放か幽閉か。後のことはレバンに任せていますので私は知りません。興味もない。ただもう二度とあなたと会うことはない」

 アルベルトは顔を上げた。その表情はとても冷淡だった。

「うぅ…アルベルト。信じてたのに、なんてひどい裏切りを」
「裏切り!?私のどこに裏切りが?ローシャ様のことを想ってやったことです。ローシャ様のために!」
「頼んでないよ!」
「ああ、ローシャ様。なんで、なんで私の気持ちが伝わらない…」

 アルベルトは悲しげに頭を抱えた。悲しいのはローシャも同じだった。どうしてアルベルトはこんな風になってしまったのか。ローシャが知ってる優しいアルベルトは全て嘘だったのか。

「ローシャ様、ああローシャ様。そうだ。私の気持ちを知っていただくために、もう一つ秘密を教えましょう」

 秘密。これ以上にいったい何があるというのだ。

「ローシャ様の好きな甘めの紅茶。砂糖とミルクがたっぷりの、私がいつも入れて差し上げてるあの紅茶」
「それが…なに…」

 アルベルトが仄暗い笑みをみせた。

「私の精液を混ぜています」

 何をいっているのか、ローシャは理解が出来なかった。

「いつも、毎回、丁寧に入れています。ローシャ様がそれを飲み下すのを見るのが堪らなかった。私の精子があなたの中に入っていくのは喜びだった。ああローシャ様。私の気持ち、伝わりますか。あなたを想って作られた精液です。そう。あなたがついさっき飲んだ紅茶ももちろんそうです」

 ローシャは血の気が引いた。吐き気がした。本当に吐きそうだ。
 ローシャは顔を背け、手を口にあてた。

「うえっ…えっ…」

 えずいたが、吐き出すまでは体がついてこなかった。
 気分の悪さと息苦しさだけが残る。

「ローシャ様、大丈夫ですか」

 苦しそうにするローシャに驚いたアルベルトはすぐに背中をさすってやった。




 この人は誰だろう。
 ローシャは気持ち悪さに支配された頭で考えた。知らない。こんなアルベルトは知らない。こんな人は知らない。この人は誰。

「離せ!」

 パシッとアルベルトの手を払いのけた。それからローシャは激しく抵抗をみせた。

「どいて!あなたは誰?アルベルトはどこ?アルベルト助けて。アルベルト!」
「落ち着いてローシャ様。アルベルトはここにいます」
「違う。やだ。お前なんかアルベルトじゃない!うぅ、うぅっ…アルベルト、アルベルト」

 ローシャは泣きじゃくった。手足をできるだけ大きく動かしアルベルトから逃れようとした。その拍子にローシャの足はサイドテーブルを蹴飛ばした。テーブルに置いていたティーカップは落ちて割れた。

 アルベルトはローシャの抵抗を受け止めながら、視線を割れたティーカップに向けた。壊れたものはもう戻らない。アルベルトは視線をローシャに戻した。狂ったように泣くローシャが映る。

アルベルトの手がローシャの首にのびて、喉を締めつけた。

「あ…が…」

 息ができない。ローシャはアルベルトの腕を引っ掻いた。しかしその力がゆるむことはなかった。

「っ…アル…べ…」

 ローシャが必死になって手を伸ばす、その指先はアルベルトの頬に触れた。

 ハッとした、アルベルトは手を離した。

「かはっ…はあっはあっはあっ…ゲホッ」

 ローシャは酸素を取り込もと肩全体を揺らして息を吸い込んだ。

「ゲホゲホッ…はあ…はあ…はあ…」

 落ち着いてきて、ローシャはそっとアルベルトを見やった。
 アルベルトは両手で顔を覆っていた。

「ああ、ああ。なんてことを。私はローシャ様になんてことを」

 指の間から涙が伝う。泣いている。

「はあ…はあ…、なぜ、泣くの?」

 呼吸を整えながらローシャは問う、やけに冷静な自分がいる。

「ローシャ様。好きなんです。本当です。あなたが好きなんです。あなたが生まれた時からずっと。そんな私を否定しないでください。私を突き放さないでください。お願いです。ローシャ様。私の気持ちを受け取って…お願い」
「…ずっとそんな風に僕を見ていたの?僕はあなたを信頼していたのに」

 ローシャも涙が溢れてきた。

「それがあなたの本性?優しくて頼りになるアルベルトは全部嘘だった?」
「ローシャ様にいつも欲情していました。寝ているあなたにキスをしたこともあります。あなたのことを思って自慰もしています。私の世界はローシャ様が全てです。どうか、私以外のことを考えないで…」

背筋が凍るような告白をさらりとされた。気持ちが悪い。これはローシャの知っているアルベルトではない。

「…あなたは、誰?」
「私はアルベルトです。ローシャ様の執事です。それは変わりません。これからもそうです」
「これからも…?」
「レイ家は関係ありません。私はローシャ様の執事です。ずっとあなたをお守りいたします」

 アルベルトは流れる涙を隠そうとしなかった。大人の男性が泣いているのを初めて見たから、アルベルトが泣いているのを初めて見たから、ローシャはその涙に魅入ってしまった。

 ローシャも自身の涙を拭う気にはなれず、ただただ流したまま。

「こんなこと…こんなことしなくても僕はアルベルトのこと」

 アルベルトがローシャを見た。

「好き、だったのに」

 ローシャは無気力にそう言った。アルベルトは乞うように言う。

「もう遅いですか?こんな私では嫌ですか?ローシャ様」
「わからない…」
「ローシャ様、私を見てください。私のものになってください。ローシャ様が私のものじゃないなんて気が狂いそうだ。私にはローシャ様だけだ」

 自分勝手な物言いばかりする男だ、とローシャは思った。アルベルトはこんな勝手な男だっただろうか。アルベルトはもっとしっかりした人のはずだ。アルベルトはもっと思いやりのある人のはずだ。

 ああ、違う。

 自分はアルベルトにいつも甘えてばかり。なんでも彼を頼りにして。現実はあまり見ないでのん気に生きてた。だから、アルベルトがここまで自分をさらけ出してるのに、受け止めてやれない。本当の彼を見ないで幻想の彼の姿ばかり探している。

「アルベルト」
「はい、ローシャ様」
「僕はアルベルトがわからないよ」

 アルベルトは押し黙った。ローシャは続けた。

「でも、嫌いになれない。僕には、僕の人生にはアルベルトだけだったから」

 記憶を辿ればローシャの側にはいつもアルベルトがいた。アルベルトしかいない。

「正直、どうしていいか分からない。でもアルベルトのいない人生も想像できない」
「ローシャ様、それで構いません。分からないままでいい。だから私を拒絶しないで」
「アルベルト…」
「この世界で私よりあなたを想っている人間はいない、絶対。これは絶対です」
「うん…。うぅ…ひっく…」
「ローシャ様、泣かないで。愛してる」

 アルベルトがローシャを抱きしめた。それは優しい手付きだった。そう、アルベルトは優しい。ローシャはアルベルトを抱き返した。

 悪い流れに乗っている。そっちに行ってはいけない。ダメな方向。
 そう思うのに、ローシャはアルベルトに縋ってしまう。
 それはいけないことなのか。それでいいのではないか。
 アルベルトにはローシャだけだし、ローシャにはアルベルトだけなのだから。

 ローシャとアルベルトは見つめ合うと、自然と顔が近づいていった。
 口づけをした。一方的ではない、求め合う初めてのキス。

「アルベルト、愛してる」

 ローシャの愛の囁きは、どこか他人事だった。自分はどこへ向かうのか。





 その後、レイ家がどうなったのかは知らない。執事と少年は姿を消した。




 どこかの土地のどこかの屋敷で声がする。

「ローシャ様、紅茶をお入れしました」
「ありがとう、アルベルト」

 執事が見守る中、少年は紅茶に口をつけた。
 その紅茶は、砂糖とミルクを贅沢に使っている、いつもと同じ味がした。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ころん
2024.12.15 ころん

こういうお話大好きで最高です!
執着攻めとピュアな受、理想の組み合わせで
すごく面白かったです。
お気に入りに登録して何度も読み返します
これからも頑張ってください。

2026.01.16 ricoteki

感想ありがとうございます。とても励みになります。

解除

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