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03. 割れて壊れたティーカップ・後編
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連れて行かれた場所はローシャの部屋だった。部屋に入るとアルベルトはローシャをベッドの上におろした。ローシャは警戒して身構えたが、アルベルトは意外にあっさりと離れていった。
自室のベッドという慣れた場所はローシャの精神状態を落ち着かせた。いろいろな事が起こりすぎて、ローシャ自身が錯乱状態だったのがわかる。
アルベルトはローシャに背を向けて静かに言った。
「ローシャ様。紅茶をお入れしましょうか」
「…うん」
「少々お待ちを」
アルベルトは部屋を出た。アルベルトが紅茶を持ってきてくれるのは習慣的なものだった。ローシャの部屋にアルベルトがいる時はいつも紅茶があるのだ。その習慣がアルベルトの中にもあるのだと感じてローシャは少し安心感を覚えた。
「アルベルト…」
独りで部屋でアルベルトの帰りを待つ。あれほど怖いと感じたアルベルトだが、いないとこんなにも心細い。
ローシャは自分の身を抱きしめた。手がカタカタと震えてしまう。一人でいると現実の恐怖に心が押しつぶされそうだ。
「アルベルト、早く帰ってきて」
その恐怖がアルベルトから与えられているものだとしても。
カチャリとドアが開き、ティートレーを片手にアルベルトが戻ってきた。
ローシャはアルベルトと目が合った。アルベルトは少し驚いたような顔をした。
「ローシャ様、私がいない間に逃げ出すと思っていましたよ」
「え?…あ…」
逃げ出す、その選択肢が頭からすっぽり抜け落ちていた。
そうだ、逃げなければならないのだ、アルベルトから。待っている場合ではない。待っていてはいけない。アルベルトはもうローシャの執事ではない。
「素直に待っているとは。賢いお方だ。逃げ出した場合は厳しく躾けなければいけないところでしたから」
アルベルトは楽しそうに言った。楽しさとは裏腹の脅しの言葉にローシャは震えた。
トレーはサイドテーブルに置かれた。トレーには、すでに紅茶が注がれたカップがひとつ乗っていた。
「どうぞ」
アルベルトは機嫌の良い声だった。その声につられてローシャは自然とティーカップを取り、紅茶に口をつけた。ローシャがいつも好んで飲む甘めのミルクティーだ。
こんな状況で、紅茶だけがいつも通りだ。日常が懐かしく思えて、ローシャはまた泣きそうになった。
その光景をアルベルトは静かに見守っていた。
ローシャはティーカップをテーブルに置いた。涙が零れないように上を向いた。ローシャとて貴族だ。気丈に振る舞わなければならない時はわかる。姿勢を正し、アルベルトをまっすぐ見た。
「アルベルト。アルベルトの目的はレイ家の乗っ取りなんでしょ?なぜ僕のことは拘束しないの?アルベルトは僕をどうしたいの?」
「どうしたいか。私がどうしたいか、ですか?ローシャ様、私は…」
言葉の続きはいくら待ってもなかった。アルベルトは歩み近づいてきてローシャの両肩に手を置いた。そのままローシャを押し倒し、キスをした。
「んぅっ…」
ローシャは驚いて抵抗したが、アルベルトに覆い被られて、とても力では敵わない。
舌が侵入しようとローシャの歯をなぞった。ローシャはそれを許すまいと口を硬く閉じた。しばらく舐めとられていたが、諦めたかのようにアルベルトの唇は離れていった。かわりに耳たぶにあたるくらいの近さで囁かれた。
「どうしたいか?私はこうしたいんですよ」
アルベルトはローシャのシャツの内側に右手を侵入させローシャの腹を撫で、そのまま上に滑らせ胸の突起を触った。
「アルべ…ふっ…んん」
またキスをされた。躰を触られる感覚に意識がいっていたため、今度は舌の侵入を許してしまった。アルベルトの舌がローシャの舌を絡めとる。ぬるぬると二人の唾液が混じり合った。
「ふあっ…やっ…」
シャツをまくられ、脱がされる。アルベルトの手はローシャの胸を楽しんだ。舌はクチュクチュとわざとらしく音を立てて遊んでいる。ローシャは混乱した。こんな快楽は知らない。耐えられない。
「あっ…ぐ…んぁ…」
抵抗しようにも敵わない。唇は塞がれている。知りたいことは何も知れない。何もできない。されるがまま。息することも困難になってきて、ローシャは自分の無力さに涙した。
アルベルトは唇を離し、ローシャの涙をぬぐってやった。
「はあっ…はあっ…」
ローシャは呼吸をするだけでやっとだ。
「私の望みは、これだけです。ローシャ様」
「わ…わからない。アルベルトがわからないよ…」
ローシャの涙は止まらない。頬に手を添えていたアルベルトの指へと流れてゆく。
「ああ、可愛いローシャ様。泣かないで」
アルベルトの舌がローシャの瞳を舐める。
「ひっ」
その感触が恐ろしくてローシャは顔を背けた。
「あっ…」
ローシャに覆いかぶさっていたアルベルトは下半身を密着させてきた。膨らんだものがローシャのそこにあたる。
「わかりますか、ローシャ様。私の気持ちです」
アルベルトは密着させたまま、ぐりぐりと腰を動かした。
「あっ…やだ。やめて、アルベルト…あぁっ」
「はあはあ…ローシャ様、私を感じて」
「やめ…あっ…んん…」
アルベルトはローシャの股の間に躰を強引に入れ込み、ローシャに脚を開かせた。
「やだっ!」
ローシャは恥ずかしくて悔しくて手で顔を覆った。
「嬉しい。ローシャ様も大きくしてらっしゃる…私を感じていてくれている…」
アルベルトはボトムの上からローシャのそこを掴んだ。アルベルトはうっとりしている。
「は、離せ!」
「…ローシャ様、私はあなたをずっと見ていた」
「な、なに…」
「ローシャ様が生まれた時からずっとあなただけを見ていた。他のことなんてどうでもいい。金も権力もどうでもいい。あなたがいれば、それでいい」
「アルベルト…」
「レイ家もどうでもいいことです。あなたが私だけのものになるなら手段はなんでもいい」
「でも僕の家族が」
「家族?また家族の心配ですか?あなたの家族がローシャ様を愛しましたか?」
ローシャはズキンと胸が痛んだ。
「ああ、ローシャ様。そんな苦しげな顔をしないで。あんな奴らのために苦しまないで」
ローシャの両頬を撫でていたアルベルトの顔はとても近かった。
「私だけをみて。ローシャ様…」
アルベルトはローシャの肩に顔をうずめた。その様子は許しを乞う子どもみたいだった。
「今回の計画は私がたてたものです。レバンは権力を欲しがる男だった。私はレバンをこの計画のリーダーに仕立て上げた。私はローシャ様を苦しめるレイ家が憎かった。排除したかった」
「そんな…」
「ただ、それだけです」
「それだけ、って。じゃあ、僕の家族は僕のせいで殺されるの…?」
アルベルトの告白は恐ろしいものだった。恐ろしくてローシャは震え上がった。
「さあ?殺すまではしないと思います。政治的なことになるので、追放か幽閉か。後のことはレバンに任せていますので私は知りません。興味もない。ただもう二度とあなたと会うことはない」
アルベルトは顔を上げた。その表情はとても冷淡だった。
「うぅ…アルベルト。信じてたのに、なんてひどい裏切りを」
「裏切り!?私のどこに裏切りが?ローシャ様のことを想ってやったことです。ローシャ様のために!」
「頼んでないよ!」
「ああ、ローシャ様。なんで、なんで私の気持ちが伝わらない…」
アルベルトは悲しげに頭を抱えた。悲しいのはローシャも同じだった。どうしてアルベルトはこんな風になってしまったのか。ローシャが知ってる優しいアルベルトは全て嘘だったのか。
「ローシャ様、ああローシャ様。そうだ。私の気持ちを知っていただくために、もう一つ秘密を教えましょう」
秘密。これ以上にいったい何があるというのだ。
「ローシャ様の好きな甘めの紅茶。砂糖とミルクがたっぷりの、私がいつも入れて差し上げてるあの紅茶」
「それが…なに…」
アルベルトが仄暗い笑みをみせた。
「私の精液を混ぜています」
何をいっているのか、ローシャは理解が出来なかった。
「いつも、毎回、丁寧に入れています。ローシャ様がそれを飲み下すのを見るのが堪らなかった。私の精子があなたの中に入っていくのは喜びだった。ああローシャ様。私の気持ち、伝わりますか。あなたを想って作られた精液です。そう。あなたがついさっき飲んだ紅茶ももちろんそうです」
ローシャは血の気が引いた。吐き気がした。本当に吐きそうだ。
ローシャは顔を背け、手を口にあてた。
「うえっ…えっ…」
えずいたが、吐き出すまでは体がついてこなかった。
気分の悪さと息苦しさだけが残る。
「ローシャ様、大丈夫ですか」
苦しそうにするローシャに驚いたアルベルトはすぐに背中をさすってやった。
この人は誰だろう。
ローシャは気持ち悪さに支配された頭で考えた。知らない。こんなアルベルトは知らない。こんな人は知らない。この人は誰。
「離せ!」
パシッとアルベルトの手を払いのけた。それからローシャは激しく抵抗をみせた。
「どいて!あなたは誰?アルベルトはどこ?アルベルト助けて。アルベルト!」
「落ち着いてローシャ様。アルベルトはここにいます」
「違う。やだ。お前なんかアルベルトじゃない!うぅ、うぅっ…アルベルト、アルベルト」
ローシャは泣きじゃくった。手足をできるだけ大きく動かしアルベルトから逃れようとした。その拍子にローシャの足はサイドテーブルを蹴飛ばした。テーブルに置いていたティーカップは落ちて割れた。
アルベルトはローシャの抵抗を受け止めながら、視線を割れたティーカップに向けた。壊れたものはもう戻らない。アルベルトは視線をローシャに戻した。狂ったように泣くローシャが映る。
アルベルトの手がローシャの首にのびて、喉を締めつけた。
「あ…が…」
息ができない。ローシャはアルベルトの腕を引っ掻いた。しかしその力がゆるむことはなかった。
「っ…アル…べ…」
ローシャが必死になって手を伸ばす、その指先はアルベルトの頬に触れた。
ハッとした、アルベルトは手を離した。
「かはっ…はあっはあっはあっ…ゲホッ」
ローシャは酸素を取り込もと肩全体を揺らして息を吸い込んだ。
「ゲホゲホッ…はあ…はあ…はあ…」
落ち着いてきて、ローシャはそっとアルベルトを見やった。
アルベルトは両手で顔を覆っていた。
「ああ、ああ。なんてことを。私はローシャ様になんてことを」
指の間から涙が伝う。泣いている。
「はあ…はあ…、なぜ、泣くの?」
呼吸を整えながらローシャは問う、やけに冷静な自分がいる。
「ローシャ様。好きなんです。本当です。あなたが好きなんです。あなたが生まれた時からずっと。そんな私を否定しないでください。私を突き放さないでください。お願いです。ローシャ様。私の気持ちを受け取って…お願い」
「…ずっとそんな風に僕を見ていたの?僕はあなたを信頼していたのに」
ローシャも涙が溢れてきた。
「それがあなたの本性?優しくて頼りになるアルベルトは全部嘘だった?」
「ローシャ様にいつも欲情していました。寝ているあなたにキスをしたこともあります。あなたのことを思って自慰もしています。私の世界はローシャ様が全てです。どうか、私以外のことを考えないで…」
背筋が凍るような告白をさらりとされた。気持ちが悪い。これはローシャの知っているアルベルトではない。
「…あなたは、誰?」
「私はアルベルトです。ローシャ様の執事です。それは変わりません。これからもそうです」
「これからも…?」
「レイ家は関係ありません。私はローシャ様の執事です。ずっとあなたをお守りいたします」
アルベルトは流れる涙を隠そうとしなかった。大人の男性が泣いているのを初めて見たから、アルベルトが泣いているのを初めて見たから、ローシャはその涙に魅入ってしまった。
ローシャも自身の涙を拭う気にはなれず、ただただ流したまま。
「こんなこと…こんなことしなくても僕はアルベルトのこと」
アルベルトがローシャを見た。
「好き、だったのに」
ローシャは無気力にそう言った。アルベルトは乞うように言う。
「もう遅いですか?こんな私では嫌ですか?ローシャ様」
「わからない…」
「ローシャ様、私を見てください。私のものになってください。ローシャ様が私のものじゃないなんて気が狂いそうだ。私にはローシャ様だけだ」
自分勝手な物言いばかりする男だ、とローシャは思った。アルベルトはこんな勝手な男だっただろうか。アルベルトはもっとしっかりした人のはずだ。アルベルトはもっと思いやりのある人のはずだ。
ああ、違う。
自分はアルベルトにいつも甘えてばかり。なんでも彼を頼りにして。現実はあまり見ないでのん気に生きてた。だから、アルベルトがここまで自分をさらけ出してるのに、受け止めてやれない。本当の彼を見ないで幻想の彼の姿ばかり探している。
「アルベルト」
「はい、ローシャ様」
「僕はアルベルトがわからないよ」
アルベルトは押し黙った。ローシャは続けた。
「でも、嫌いになれない。僕には、僕の人生にはアルベルトだけだったから」
記憶を辿ればローシャの側にはいつもアルベルトがいた。アルベルトしかいない。
「正直、どうしていいか分からない。でもアルベルトのいない人生も想像できない」
「ローシャ様、それで構いません。分からないままでいい。だから私を拒絶しないで」
「アルベルト…」
「この世界で私よりあなたを想っている人間はいない、絶対。これは絶対です」
「うん…。うぅ…ひっく…」
「ローシャ様、泣かないで。愛してる」
アルベルトがローシャを抱きしめた。それは優しい手付きだった。そう、アルベルトは優しい。ローシャはアルベルトを抱き返した。
悪い流れに乗っている。そっちに行ってはいけない。ダメな方向。
そう思うのに、ローシャはアルベルトに縋ってしまう。
それはいけないことなのか。それでいいのではないか。
アルベルトにはローシャだけだし、ローシャにはアルベルトだけなのだから。
ローシャとアルベルトは見つめ合うと、自然と顔が近づいていった。
口づけをした。一方的ではない、求め合う初めてのキス。
「アルベルト、愛してる」
ローシャの愛の囁きは、どこか他人事だった。自分はどこへ向かうのか。
その後、レイ家がどうなったのかは知らない。執事と少年は姿を消した。
どこかの土地のどこかの屋敷で声がする。
「ローシャ様、紅茶をお入れしました」
「ありがとう、アルベルト」
執事が見守る中、少年は紅茶に口をつけた。
その紅茶は、砂糖とミルクを贅沢に使っている、いつもと同じ味がした。
自室のベッドという慣れた場所はローシャの精神状態を落ち着かせた。いろいろな事が起こりすぎて、ローシャ自身が錯乱状態だったのがわかる。
アルベルトはローシャに背を向けて静かに言った。
「ローシャ様。紅茶をお入れしましょうか」
「…うん」
「少々お待ちを」
アルベルトは部屋を出た。アルベルトが紅茶を持ってきてくれるのは習慣的なものだった。ローシャの部屋にアルベルトがいる時はいつも紅茶があるのだ。その習慣がアルベルトの中にもあるのだと感じてローシャは少し安心感を覚えた。
「アルベルト…」
独りで部屋でアルベルトの帰りを待つ。あれほど怖いと感じたアルベルトだが、いないとこんなにも心細い。
ローシャは自分の身を抱きしめた。手がカタカタと震えてしまう。一人でいると現実の恐怖に心が押しつぶされそうだ。
「アルベルト、早く帰ってきて」
その恐怖がアルベルトから与えられているものだとしても。
カチャリとドアが開き、ティートレーを片手にアルベルトが戻ってきた。
ローシャはアルベルトと目が合った。アルベルトは少し驚いたような顔をした。
「ローシャ様、私がいない間に逃げ出すと思っていましたよ」
「え?…あ…」
逃げ出す、その選択肢が頭からすっぽり抜け落ちていた。
そうだ、逃げなければならないのだ、アルベルトから。待っている場合ではない。待っていてはいけない。アルベルトはもうローシャの執事ではない。
「素直に待っているとは。賢いお方だ。逃げ出した場合は厳しく躾けなければいけないところでしたから」
アルベルトは楽しそうに言った。楽しさとは裏腹の脅しの言葉にローシャは震えた。
トレーはサイドテーブルに置かれた。トレーには、すでに紅茶が注がれたカップがひとつ乗っていた。
「どうぞ」
アルベルトは機嫌の良い声だった。その声につられてローシャは自然とティーカップを取り、紅茶に口をつけた。ローシャがいつも好んで飲む甘めのミルクティーだ。
こんな状況で、紅茶だけがいつも通りだ。日常が懐かしく思えて、ローシャはまた泣きそうになった。
その光景をアルベルトは静かに見守っていた。
ローシャはティーカップをテーブルに置いた。涙が零れないように上を向いた。ローシャとて貴族だ。気丈に振る舞わなければならない時はわかる。姿勢を正し、アルベルトをまっすぐ見た。
「アルベルト。アルベルトの目的はレイ家の乗っ取りなんでしょ?なぜ僕のことは拘束しないの?アルベルトは僕をどうしたいの?」
「どうしたいか。私がどうしたいか、ですか?ローシャ様、私は…」
言葉の続きはいくら待ってもなかった。アルベルトは歩み近づいてきてローシャの両肩に手を置いた。そのままローシャを押し倒し、キスをした。
「んぅっ…」
ローシャは驚いて抵抗したが、アルベルトに覆い被られて、とても力では敵わない。
舌が侵入しようとローシャの歯をなぞった。ローシャはそれを許すまいと口を硬く閉じた。しばらく舐めとられていたが、諦めたかのようにアルベルトの唇は離れていった。かわりに耳たぶにあたるくらいの近さで囁かれた。
「どうしたいか?私はこうしたいんですよ」
アルベルトはローシャのシャツの内側に右手を侵入させローシャの腹を撫で、そのまま上に滑らせ胸の突起を触った。
「アルべ…ふっ…んん」
またキスをされた。躰を触られる感覚に意識がいっていたため、今度は舌の侵入を許してしまった。アルベルトの舌がローシャの舌を絡めとる。ぬるぬると二人の唾液が混じり合った。
「ふあっ…やっ…」
シャツをまくられ、脱がされる。アルベルトの手はローシャの胸を楽しんだ。舌はクチュクチュとわざとらしく音を立てて遊んでいる。ローシャは混乱した。こんな快楽は知らない。耐えられない。
「あっ…ぐ…んぁ…」
抵抗しようにも敵わない。唇は塞がれている。知りたいことは何も知れない。何もできない。されるがまま。息することも困難になってきて、ローシャは自分の無力さに涙した。
アルベルトは唇を離し、ローシャの涙をぬぐってやった。
「はあっ…はあっ…」
ローシャは呼吸をするだけでやっとだ。
「私の望みは、これだけです。ローシャ様」
「わ…わからない。アルベルトがわからないよ…」
ローシャの涙は止まらない。頬に手を添えていたアルベルトの指へと流れてゆく。
「ああ、可愛いローシャ様。泣かないで」
アルベルトの舌がローシャの瞳を舐める。
「ひっ」
その感触が恐ろしくてローシャは顔を背けた。
「あっ…」
ローシャに覆いかぶさっていたアルベルトは下半身を密着させてきた。膨らんだものがローシャのそこにあたる。
「わかりますか、ローシャ様。私の気持ちです」
アルベルトは密着させたまま、ぐりぐりと腰を動かした。
「あっ…やだ。やめて、アルベルト…あぁっ」
「はあはあ…ローシャ様、私を感じて」
「やめ…あっ…んん…」
アルベルトはローシャの股の間に躰を強引に入れ込み、ローシャに脚を開かせた。
「やだっ!」
ローシャは恥ずかしくて悔しくて手で顔を覆った。
「嬉しい。ローシャ様も大きくしてらっしゃる…私を感じていてくれている…」
アルベルトはボトムの上からローシャのそこを掴んだ。アルベルトはうっとりしている。
「は、離せ!」
「…ローシャ様、私はあなたをずっと見ていた」
「な、なに…」
「ローシャ様が生まれた時からずっとあなただけを見ていた。他のことなんてどうでもいい。金も権力もどうでもいい。あなたがいれば、それでいい」
「アルベルト…」
「レイ家もどうでもいいことです。あなたが私だけのものになるなら手段はなんでもいい」
「でも僕の家族が」
「家族?また家族の心配ですか?あなたの家族がローシャ様を愛しましたか?」
ローシャはズキンと胸が痛んだ。
「ああ、ローシャ様。そんな苦しげな顔をしないで。あんな奴らのために苦しまないで」
ローシャの両頬を撫でていたアルベルトの顔はとても近かった。
「私だけをみて。ローシャ様…」
アルベルトはローシャの肩に顔をうずめた。その様子は許しを乞う子どもみたいだった。
「今回の計画は私がたてたものです。レバンは権力を欲しがる男だった。私はレバンをこの計画のリーダーに仕立て上げた。私はローシャ様を苦しめるレイ家が憎かった。排除したかった」
「そんな…」
「ただ、それだけです」
「それだけ、って。じゃあ、僕の家族は僕のせいで殺されるの…?」
アルベルトの告白は恐ろしいものだった。恐ろしくてローシャは震え上がった。
「さあ?殺すまではしないと思います。政治的なことになるので、追放か幽閉か。後のことはレバンに任せていますので私は知りません。興味もない。ただもう二度とあなたと会うことはない」
アルベルトは顔を上げた。その表情はとても冷淡だった。
「うぅ…アルベルト。信じてたのに、なんてひどい裏切りを」
「裏切り!?私のどこに裏切りが?ローシャ様のことを想ってやったことです。ローシャ様のために!」
「頼んでないよ!」
「ああ、ローシャ様。なんで、なんで私の気持ちが伝わらない…」
アルベルトは悲しげに頭を抱えた。悲しいのはローシャも同じだった。どうしてアルベルトはこんな風になってしまったのか。ローシャが知ってる優しいアルベルトは全て嘘だったのか。
「ローシャ様、ああローシャ様。そうだ。私の気持ちを知っていただくために、もう一つ秘密を教えましょう」
秘密。これ以上にいったい何があるというのだ。
「ローシャ様の好きな甘めの紅茶。砂糖とミルクがたっぷりの、私がいつも入れて差し上げてるあの紅茶」
「それが…なに…」
アルベルトが仄暗い笑みをみせた。
「私の精液を混ぜています」
何をいっているのか、ローシャは理解が出来なかった。
「いつも、毎回、丁寧に入れています。ローシャ様がそれを飲み下すのを見るのが堪らなかった。私の精子があなたの中に入っていくのは喜びだった。ああローシャ様。私の気持ち、伝わりますか。あなたを想って作られた精液です。そう。あなたがついさっき飲んだ紅茶ももちろんそうです」
ローシャは血の気が引いた。吐き気がした。本当に吐きそうだ。
ローシャは顔を背け、手を口にあてた。
「うえっ…えっ…」
えずいたが、吐き出すまでは体がついてこなかった。
気分の悪さと息苦しさだけが残る。
「ローシャ様、大丈夫ですか」
苦しそうにするローシャに驚いたアルベルトはすぐに背中をさすってやった。
この人は誰だろう。
ローシャは気持ち悪さに支配された頭で考えた。知らない。こんなアルベルトは知らない。こんな人は知らない。この人は誰。
「離せ!」
パシッとアルベルトの手を払いのけた。それからローシャは激しく抵抗をみせた。
「どいて!あなたは誰?アルベルトはどこ?アルベルト助けて。アルベルト!」
「落ち着いてローシャ様。アルベルトはここにいます」
「違う。やだ。お前なんかアルベルトじゃない!うぅ、うぅっ…アルベルト、アルベルト」
ローシャは泣きじゃくった。手足をできるだけ大きく動かしアルベルトから逃れようとした。その拍子にローシャの足はサイドテーブルを蹴飛ばした。テーブルに置いていたティーカップは落ちて割れた。
アルベルトはローシャの抵抗を受け止めながら、視線を割れたティーカップに向けた。壊れたものはもう戻らない。アルベルトは視線をローシャに戻した。狂ったように泣くローシャが映る。
アルベルトの手がローシャの首にのびて、喉を締めつけた。
「あ…が…」
息ができない。ローシャはアルベルトの腕を引っ掻いた。しかしその力がゆるむことはなかった。
「っ…アル…べ…」
ローシャが必死になって手を伸ばす、その指先はアルベルトの頬に触れた。
ハッとした、アルベルトは手を離した。
「かはっ…はあっはあっはあっ…ゲホッ」
ローシャは酸素を取り込もと肩全体を揺らして息を吸い込んだ。
「ゲホゲホッ…はあ…はあ…はあ…」
落ち着いてきて、ローシャはそっとアルベルトを見やった。
アルベルトは両手で顔を覆っていた。
「ああ、ああ。なんてことを。私はローシャ様になんてことを」
指の間から涙が伝う。泣いている。
「はあ…はあ…、なぜ、泣くの?」
呼吸を整えながらローシャは問う、やけに冷静な自分がいる。
「ローシャ様。好きなんです。本当です。あなたが好きなんです。あなたが生まれた時からずっと。そんな私を否定しないでください。私を突き放さないでください。お願いです。ローシャ様。私の気持ちを受け取って…お願い」
「…ずっとそんな風に僕を見ていたの?僕はあなたを信頼していたのに」
ローシャも涙が溢れてきた。
「それがあなたの本性?優しくて頼りになるアルベルトは全部嘘だった?」
「ローシャ様にいつも欲情していました。寝ているあなたにキスをしたこともあります。あなたのことを思って自慰もしています。私の世界はローシャ様が全てです。どうか、私以外のことを考えないで…」
背筋が凍るような告白をさらりとされた。気持ちが悪い。これはローシャの知っているアルベルトではない。
「…あなたは、誰?」
「私はアルベルトです。ローシャ様の執事です。それは変わりません。これからもそうです」
「これからも…?」
「レイ家は関係ありません。私はローシャ様の執事です。ずっとあなたをお守りいたします」
アルベルトは流れる涙を隠そうとしなかった。大人の男性が泣いているのを初めて見たから、アルベルトが泣いているのを初めて見たから、ローシャはその涙に魅入ってしまった。
ローシャも自身の涙を拭う気にはなれず、ただただ流したまま。
「こんなこと…こんなことしなくても僕はアルベルトのこと」
アルベルトがローシャを見た。
「好き、だったのに」
ローシャは無気力にそう言った。アルベルトは乞うように言う。
「もう遅いですか?こんな私では嫌ですか?ローシャ様」
「わからない…」
「ローシャ様、私を見てください。私のものになってください。ローシャ様が私のものじゃないなんて気が狂いそうだ。私にはローシャ様だけだ」
自分勝手な物言いばかりする男だ、とローシャは思った。アルベルトはこんな勝手な男だっただろうか。アルベルトはもっとしっかりした人のはずだ。アルベルトはもっと思いやりのある人のはずだ。
ああ、違う。
自分はアルベルトにいつも甘えてばかり。なんでも彼を頼りにして。現実はあまり見ないでのん気に生きてた。だから、アルベルトがここまで自分をさらけ出してるのに、受け止めてやれない。本当の彼を見ないで幻想の彼の姿ばかり探している。
「アルベルト」
「はい、ローシャ様」
「僕はアルベルトがわからないよ」
アルベルトは押し黙った。ローシャは続けた。
「でも、嫌いになれない。僕には、僕の人生にはアルベルトだけだったから」
記憶を辿ればローシャの側にはいつもアルベルトがいた。アルベルトしかいない。
「正直、どうしていいか分からない。でもアルベルトのいない人生も想像できない」
「ローシャ様、それで構いません。分からないままでいい。だから私を拒絶しないで」
「アルベルト…」
「この世界で私よりあなたを想っている人間はいない、絶対。これは絶対です」
「うん…。うぅ…ひっく…」
「ローシャ様、泣かないで。愛してる」
アルベルトがローシャを抱きしめた。それは優しい手付きだった。そう、アルベルトは優しい。ローシャはアルベルトを抱き返した。
悪い流れに乗っている。そっちに行ってはいけない。ダメな方向。
そう思うのに、ローシャはアルベルトに縋ってしまう。
それはいけないことなのか。それでいいのではないか。
アルベルトにはローシャだけだし、ローシャにはアルベルトだけなのだから。
ローシャとアルベルトは見つめ合うと、自然と顔が近づいていった。
口づけをした。一方的ではない、求め合う初めてのキス。
「アルベルト、愛してる」
ローシャの愛の囁きは、どこか他人事だった。自分はどこへ向かうのか。
その後、レイ家がどうなったのかは知らない。執事と少年は姿を消した。
どこかの土地のどこかの屋敷で声がする。
「ローシャ様、紅茶をお入れしました」
「ありがとう、アルベルト」
執事が見守る中、少年は紅茶に口をつけた。
その紅茶は、砂糖とミルクを贅沢に使っている、いつもと同じ味がした。
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ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます
クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。
『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。
何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。
BLでヤンデレものです。
第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします!
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こういうお話大好きで最高です!
執着攻めとピュアな受、理想の組み合わせで
すごく面白かったです。
お気に入りに登録して何度も読み返します
これからも頑張ってください。
感想ありがとうございます。とても励みになります。