騎士さまとガシュウは契約中

ricoteki

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第二章

27.フォレストの一日

 今日はガシュウがフレアを連れてくる日だ。

 ポフは朝の支度をしていた。新しく買ったブラウスに袖を通す。グレンチェックのクロップドパンツとブラウンのニットベストも合わせて最近買ったものだ。

 床の隅に置いている卓上鏡をテーブルの上に置く。ヒビの入った鏡面は角度を合わせれば問題なく姿を映す。
 柔らかい癖っ毛は、ガシュウに切ってもらっているから所々真っ直ぐ揃っている。おかしいとは思っているけど床屋に行く余裕はまだない。それに、ガシュウに髪を触られる時間は好きなのだ。

 髪にくしを通し、癖っ毛を利用して揃った部分をうまく誤摩化す。時間をかけて丁寧に整える。
 ガシュウはまだ寝ていた。貧困街の朝は遅い。
 重ねた毛布に埋まっているガシュウを掘り起こして肩をゆすった。

「ガシュウ、起きて。今日はフレアさんが来るんでしょ?」

「…ん」

 短く声を発すると毛布を掴み直して潜ってしまう。

「お昼に来るんでしょう?それまでには帰るからね。僕、図書館に行くよ」

「…ん」

 返事は出来ているから一応、起きてはいるのだろう。
 図書館に行くのは日課で、学校に通っていないポフは自主学習をしている。

 ガシュウに「いってきます」と声をかけると寝ぼけながらも「いってらっしゃい」と手を伸ばして振っている。その細い手に手を振り返して家を出た。



 家から20分ほど歩いた場所に図書館がある。さほど広くはないが王都管轄の施設であり、中は綺麗だ。
 一階は広いホールも兼ね備えていて市民の活動拠点になっている。二階に上がると図書スペースだ。

「おはようフォレストくん」

「おはようございます、サカキさん」

 ポフは愛称であり、本名はフォレストという。もっとも、愛称で呼ぶのはガシュウだけなのだが。

 顔馴染みである司書のサカキがカウンターから挨拶をしてくれるので、笑顔で返す。学校に通えていないポフを何かと気にかけてくれている。

 今日学ぶ本を選んで席に着く。余った布を縫い合わせて作ったバックから、サカキにもらったノートと筆記用具をとりだして勉強に取り掛かった。

「フォレストくん、おはよう。今いいかな?」

 集中が途切れた頃にボランティアで生活支援活動を行っているミリアが隣に座った。

「おはようございます、ミリアさん。大丈夫です」

 筆記用具を置いてミリアと向き合う。

「エリアル先生が来週来れるみたいだけど、カウンセリングの予約入れる?」

「入れます。エリアル先生に会えるのは久しぶりで嬉しいな」

 エリアルは心理カウンセラーで、月に一度無料でカウンセリングを行っている。この施設は支援が必要な人のサポート場所としても機能している。

 ポフはしっかりしているつもりでも、まだ未成年であり相談できる大人が必要だと感じており、カウンセリングは受けている。

 エリアルは穏やかなおじさんで、些細な悩みでもなんでも聞いてくれて、頼りにしている。

 カウンセリングの予約時間をミリアと相談して決める。ミリアも熱心なボランティアで、ポフの生活を心配している。「国で保護する手続きは代理して進められる」と言ってくれるのは何度目だろう。

  あいまいな返事をしてはぐらかした。厚意には感謝しているが、ガシュウと離れて暮らすなんて考えていなかった。

 時計の針が正午へ近づく。ミリアに礼を言って席を立つ。サカキに帰りの挨拶をして図書館を出た。
 


 家に帰る道を歩く。昼には戻れる距離だ。
 閑静な住宅街で人通りは少ない。ポフが住む貧困街とは違い、この街の標準的な一軒家が並ぶ。

 この街は観光の街で、景観には厳しい。このあたりのエリアはレンガ造りの外壁と、赤い屋根で家で統一されていて、可愛らしい。

 そんな住宅街を抜けて、細い路地を通り抜けると標準からズレた家が目立つ。貧困街のここは国の認可を受けていないのか、個性のある家が多い。

 ポフの家も例外ではなく黒の外壁で、ところどころ塗装が剥げていて、石積みの壁だと分かる。

 自宅のドアをゆっくりと開けた。
 中に誰もいなくて、ガシュウがちゃんと起きてフレアを迎えに行ったことに安心した。

 ――ガシュウがフレアを連れてくる。

 緊張する。
 ガシュウからフレアの話はたくさん聞いている。優しい人だと言っていた。図書館で会う大人たちは皆優しくて親切だ。フレアは騎士で、ガシュウの仕事の面倒を見てくれている。

 しっかりした大人だろう。失礼のないように接したい。

 寝床はガシュウが抜け出したままの形をしていた。脱ぎ捨てられた部屋着が落ちている。人を迎え入れるというのに散らかしっぱなしだ。ガシュウらしいと思い、部屋の片付けを始めた。

 今日のために新しいローブを買ったというのに、忘れたようにハンガーラックに掛かったままだ。いつもの癖で着古したものを身につけたのだろう。

 それもガシュウらしいので、気にするのはやめた。自然体が一番だ。

  来客用の洒落た食器なんて持ってなくて、欠けたコップをせめてもと丁寧に洗う。布巾で水気を拭きながら、そろそろガシュウたちが来るだろうと、落ち着かない。

 そわそわしながら時計を何度も見る。

 立て付けの悪い玄関のドアがガタガタと鳴る。
 ハッと背筋を伸ばして振り返ると、ドアの隙間からガシュウが顔を出す。

  緊張しながら近づくとガシュウが手を広げるので、いつもの習慣でおかえりのハグをした。

 ガシュウの肩越しに長身の男が立っているのが見えた。
 銀の髪は太陽の光に照らされて青色にみえる。落ち着いた表情をしていても鋭い瞳は迫力を感じる。

 フレアだと思い、気を引き締めな。ガシュウから身を離して挨拶をした。

「ようこそ、我が家へ」
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