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第二章
28.ショコラトルテ
ポフはガシュウに肩を抱かれたまま、フレアに紹介された。
「弟の、ポフです!」
見せびらかすみたいに肩を揺すられるから、少し恥ずかしい。
「初めまして、フレアさん。兄がお世話になっています。あの、名前はフォレストと申します」
フレアの眉がわずかに下がる。やはりガシュウはフォレストの名前を告げていないのだと察する。
よくあることなので動じない。
「ああ、よろしく」
フレアは短く返事をすると黙ってしまう。そっけない態度に笑顔の置き場を失う。どうしていいか分からずに、ガシュウの方を見上げた。
ガシュウは楽しそうにニコニコしている。ガシュウが笑っているなら悪い空気ではないのだろう。
「フレアさま、さささ、どうぞ中へ」
ガシュウの手が肩から外れ、テーブルの方へ差し出してフレアを招き入れる。
「ああ」
短く返事をしたフレアは室内に足を踏み入れる。ポフの前を通り過ぎて、ガシュウに言われるままテーブル前の床に座った。
「ポフもおいで」
ガシュウに呼ばれて、フレアの動きを見つめすぎていたことに気づく。失礼だったかもしれない。
「うん、今いくよ」
開けられたままだった玄関の扉を閉じて、テーブルの輪に向かった。
ガシュウの隣に座った。丸いテーブル越しにフレアと向かい合った。古い家具ばかりの家の中で、このローテーブルだけは新しい。
「このテーブルはガシュウの賃金で買ったんです。フレアさんがガシュウに仕事をくれたおかげです」
「そうか」
目だけがこちらをなぞって、すぐに窓の外へ逃げた。短い返事に次の言葉が出てこない。会話が伸びず指先だけが落ち着かない。
ガシュウが「あたしが選んだんですよ」とニコニコと伝えると「そうか」と同じ返事をしていた。
フレアが手荷物の紙袋をテーブルに置いた。
「ほら」
ほら……何なのだろう。戸惑っているとガシュウは紙袋を寄せた。
「フレアさまがお土産買ってくださったの。ケーキ!」
「えっ、ケーキ!ありがとうございます。わあ、嬉しいな」
思いがけないケーキの登場に舞い上がる。礼を言うと、フレアは表情を変えずに「ああ」とだけ返事をした。
ケーキの箱を取り出して「どんなケーキ?」とガシュウに顔を寄せる。
「フレアさまが選んだのよ」
そう言って開かれた箱の中は、スポンジの間にジャムが挟まれ、チョコレートクリームでデコレーションされたケーキが三つ入っていた。
「ショコラトルテだ。おいしそう!」
「なあに、それ?」
「トルテ。ケーキの名前だよ。チョコのスポンジが好きだから嬉しいな。ジャムはアプリコットかな」
「ふうん、なんだか賑やかね」
分からない単語が並ぶと、ガシュウは決まってこういう顔をする。ケーキに詳しい必要はないので「とっても美味しいケーキだよ」と伝えた。
「お店で売ってるケーキを食べるのは、ガシュウ、初めてかも」
「そうかもね。孤児院の時は、クリスマスにミーチェさんがケーキ作ってくれたから、僕もそれが最後かも」
「あの食堂のお姉さんね。クリスマスのケーキおいしかったわね」
「うん。あ、僕、お皿とフォーク取ってくる」
玄関横のキッチンに向かう。引き出しからお皿を三枚、できるだけ綺麗なものを選ぶ。フォークとお皿は、形も大きさも揃っていない。
「あとね、はちみつもあるの」
「蜂蜜?」
それも手土産だろう。けれど、蜂蜜だけ舐めるわけでもない。何に使うつもりなのか分からず、手が止まる。
「蜂蜜水、だ」
「それです!」
フレアが言い当てると、ガシュウがぱっと顔を明るくした。
「グラスはあるか?」
「あっ、はい」
少し振り向いたフレアの横顔で、金色の瞳が光を返す。刺さるようで、手元がぎこちなくなる。
グラスはない。欠けたコップを三つ、お皿と一緒に並べて置いた。
「ありがとう、ポフ」
「うん。ねぇねぇ、早く食べようよ」
「うん!」
早く食べたいのは本音だけど、フレアに対しての緊張が解けず、いつも以上に子供っぽく振る舞ってしまう。
ケーキの取り方が分からないガシュウに代わり、ケーキを取り分ける。蜂蜜水をコップに注ぐと瓶一本で済んで、残り二本をテーブルから下ろして端に置いた。
「いただきます」
ガシュウと声を揃えて言うと、ケーキを一口食べる。チョコレートの甘さとアプリコットジャムの甘酸っぱさが絶妙な味わいだ。
おいしいケーキは幸せな気持ちになる。
「おいしい!おいしいです、フレアさん」
「なら、よかった」
低い声が乾いている。この短い返事にどうしても身構えてしまう。手を伸ばした先で、空振りしたみたいな感覚だ。
フレアは静かにケーキにフォークを入れた。
ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、カトラリーの扱いはとても丁寧だった。
「弟の、ポフです!」
見せびらかすみたいに肩を揺すられるから、少し恥ずかしい。
「初めまして、フレアさん。兄がお世話になっています。あの、名前はフォレストと申します」
フレアの眉がわずかに下がる。やはりガシュウはフォレストの名前を告げていないのだと察する。
よくあることなので動じない。
「ああ、よろしく」
フレアは短く返事をすると黙ってしまう。そっけない態度に笑顔の置き場を失う。どうしていいか分からずに、ガシュウの方を見上げた。
ガシュウは楽しそうにニコニコしている。ガシュウが笑っているなら悪い空気ではないのだろう。
「フレアさま、さささ、どうぞ中へ」
ガシュウの手が肩から外れ、テーブルの方へ差し出してフレアを招き入れる。
「ああ」
短く返事をしたフレアは室内に足を踏み入れる。ポフの前を通り過ぎて、ガシュウに言われるままテーブル前の床に座った。
「ポフもおいで」
ガシュウに呼ばれて、フレアの動きを見つめすぎていたことに気づく。失礼だったかもしれない。
「うん、今いくよ」
開けられたままだった玄関の扉を閉じて、テーブルの輪に向かった。
ガシュウの隣に座った。丸いテーブル越しにフレアと向かい合った。古い家具ばかりの家の中で、このローテーブルだけは新しい。
「このテーブルはガシュウの賃金で買ったんです。フレアさんがガシュウに仕事をくれたおかげです」
「そうか」
目だけがこちらをなぞって、すぐに窓の外へ逃げた。短い返事に次の言葉が出てこない。会話が伸びず指先だけが落ち着かない。
ガシュウが「あたしが選んだんですよ」とニコニコと伝えると「そうか」と同じ返事をしていた。
フレアが手荷物の紙袋をテーブルに置いた。
「ほら」
ほら……何なのだろう。戸惑っているとガシュウは紙袋を寄せた。
「フレアさまがお土産買ってくださったの。ケーキ!」
「えっ、ケーキ!ありがとうございます。わあ、嬉しいな」
思いがけないケーキの登場に舞い上がる。礼を言うと、フレアは表情を変えずに「ああ」とだけ返事をした。
ケーキの箱を取り出して「どんなケーキ?」とガシュウに顔を寄せる。
「フレアさまが選んだのよ」
そう言って開かれた箱の中は、スポンジの間にジャムが挟まれ、チョコレートクリームでデコレーションされたケーキが三つ入っていた。
「ショコラトルテだ。おいしそう!」
「なあに、それ?」
「トルテ。ケーキの名前だよ。チョコのスポンジが好きだから嬉しいな。ジャムはアプリコットかな」
「ふうん、なんだか賑やかね」
分からない単語が並ぶと、ガシュウは決まってこういう顔をする。ケーキに詳しい必要はないので「とっても美味しいケーキだよ」と伝えた。
「お店で売ってるケーキを食べるのは、ガシュウ、初めてかも」
「そうかもね。孤児院の時は、クリスマスにミーチェさんがケーキ作ってくれたから、僕もそれが最後かも」
「あの食堂のお姉さんね。クリスマスのケーキおいしかったわね」
「うん。あ、僕、お皿とフォーク取ってくる」
玄関横のキッチンに向かう。引き出しからお皿を三枚、できるだけ綺麗なものを選ぶ。フォークとお皿は、形も大きさも揃っていない。
「あとね、はちみつもあるの」
「蜂蜜?」
それも手土産だろう。けれど、蜂蜜だけ舐めるわけでもない。何に使うつもりなのか分からず、手が止まる。
「蜂蜜水、だ」
「それです!」
フレアが言い当てると、ガシュウがぱっと顔を明るくした。
「グラスはあるか?」
「あっ、はい」
少し振り向いたフレアの横顔で、金色の瞳が光を返す。刺さるようで、手元がぎこちなくなる。
グラスはない。欠けたコップを三つ、お皿と一緒に並べて置いた。
「ありがとう、ポフ」
「うん。ねぇねぇ、早く食べようよ」
「うん!」
早く食べたいのは本音だけど、フレアに対しての緊張が解けず、いつも以上に子供っぽく振る舞ってしまう。
ケーキの取り方が分からないガシュウに代わり、ケーキを取り分ける。蜂蜜水をコップに注ぐと瓶一本で済んで、残り二本をテーブルから下ろして端に置いた。
「いただきます」
ガシュウと声を揃えて言うと、ケーキを一口食べる。チョコレートの甘さとアプリコットジャムの甘酸っぱさが絶妙な味わいだ。
おいしいケーキは幸せな気持ちになる。
「おいしい!おいしいです、フレアさん」
「なら、よかった」
低い声が乾いている。この短い返事にどうしても身構えてしまう。手を伸ばした先で、空振りしたみたいな感覚だ。
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