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最終章 永遠の翼
episode789
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キュッリッキはバスルームに隣接したドレッシングルームでドレスと下着を脱ぎ捨てると、温かい湯気の立つバスルームに飛び込んだ。キュッリッキがいつでも使えるように、すでに湯がはられている。
ふと、湯気でくもった大きな鏡に映った自分に気づいて、キュッリッキは握り拳を作ると、鏡のくもりをゴシゴシと拭う。
じっと見つめていると、鎖骨や肩、よく見ると腕や胸にも、赤い痣のようなものがある。なんだろうと胸にある痣に触れた瞬間、キュッリッキはゾワッと顔を強ばらせ、その場にしゃがみこんだ。
「こ……れ……ベルトルドさん…の……」
あの時、ベルトルドの唇が触れて、激しく吸いたてられた場所。己の所有物と言わんばかりに顕示した証。
「い、いや…」
細っそりした身体がカタカタと震えだし、キュッリッキは両手で腕(かいな)をぎゅっと握り締めた。
つい今しがたまで忘れていた。それをはっきりと思い出し、涙があとからあとから溢れてくる。
思い出した瞬間、ベルトルドの唇や舌が身体をイヤらしく這っていった感触も、そして、身体の中へと入ってきた感触も、全部思い出してキュッリッキはその場に吐いた。
怖くて、怖くて、そして気持ちが悪い。
胃が締め付けられるほど苦しくても、とにかく吐くだけ吐く。そうして涙と吐き気が落ち着いてくると、身体の震えも少しずつおさまってきた。
萎えた足でゆっくり立ち上がると、シャワーのハンドルを倒して湯を出す。吐瀉物を洗い流し、嫌な味のする口内をすすいで、キュッリッキは身体を洗うスポンジを取った。
薔薇の香りのするソープをスポンジに沢山出して、泡をたてると身体を擦り始める。
シャワーを出しっ放しにしているので、泡はすぐに流れてしまう。それでもまたソープをスポンジに出して、身体を擦った。
繰り返し繰り返し、何度も同じことを続けた。もうボトルからソープは出てこない。
「なくなっちゃった……」
ぽつりと呟いたあと、水気を吸ったスポンジで、痣のところを擦りだした。手に力を込めて、ゴシゴシと強く擦る。
「メルヴィンに見られないようにしなくちゃなの」
一生懸命擦った。
「痣を見たら、メルヴィンはきっと嫌な思いをするの」
たとえメルヴィンが許してくれても、これはメルヴィンを裏切った証なのだ。
ベルトルドに身体を与えてしまった証。
「消しちゃうんだから」
必死に擦り続けた。すると、次第に皮膚が赤みを増し、ついには擦り切れて血が滲みだした。それでもキュッリッキは手を止めず、痣のある部分を徹底的に擦り続けた。
「アタシはメルヴィンのものなの……メルヴィンだけのものなんだもん」
主が変わるということで、ベルトルドの私物などは整理され、きれいに掃除されてはいるが、まだベルトルドの残り香のする部屋で、メルヴィンは入浴を済ませてホッと息をついていた。
入浴中にセヴェリが置いていってくれただろうウィスキーをグラスに注ぎ、一口含んでため息をつく。
椅子に座ってベッドの方を見ると、キュッリッキがいきなりベルトルドにキスをして、大騒ぎになったことを思い出して苦笑する。
あれからまだ半年も経っていない。
短い間に、なんと色々なことが起こったのだろう。そのことに思いを馳せ、メルヴィンはベルトルドやアルカネットを失った痛みを、改めて噛み締めた。
今回の件がなければ、彼らは恐ろしくても、頼りになる後ろ盾だった。厳しい言動や態度が多かったが、特にベルトルドの場合は、その中に愛情のようなものも感じられた。
好かれていたのかと思うと気持ちは複雑だが、キュッリッキとのことを認めてもらえていたのだと判ると、亡くしたことが悔やまれてならない。
歳は11離れていて、自分とキュッリッキと同じだ。
おっかないアニキといった感じであり、キュッリッキのためにもまだ生きていてほしかったと、今はそう思えた。
グラスの中のウィスキーを飲み干して立ち上がると、バスローブ姿のまま部屋を出た。
キュッリッキの部屋を出て、かれこれ1時間は経っている。
「待ちくたびれてるかな…」
少し急ぎ足でキュッリッキの部屋へ向かい、ノックもそこそこに部屋へ入ると、まだバスルームからは出ていないようだ。
ソファにある青い天鵞絨張りのクッションの上には、仔犬姿のフェンリルとフローズヴィトニルが、仲良く並んで丸くなっている。
数時間前、巨大化した狼姿の二匹を見ているだけに、なんとなく引き気味になってしまう。
「キュッリッキはまだ出てきていない」
突っ慳貪な口調でフェンリルに言われて、メルヴィンは焦って苦笑った。
「判りました。ありがとうフェンリル」
今回の件があるまでは、言葉も交わしたことがなかった。でも今こうして話しかけてくれるのは、少しはキュッリッキの恋人として、認めてもらえたのだろうか。
ベッドに腰を下ろし、キュッリッキが出てくるのを待っていたが、刻々と時間は過ぎ、あっという間に30分が経った。
「おかしいな…」
いくらなんでも長風呂過ぎる。もしかしたら貧血でも起こしたのではと、急に不安を覚え、メルヴィンはバスルームへ向かった。
ドレッシングルームの扉を開けると、シャワーの音が聞こえてくる。
奥の磨ガラスの向こうには、キュッリッキの姿がぼんやりと見えた。それに安堵して、ドア越しに呼びかける。
「リッキー、あまり長湯をすると身体に悪いですよ。そろそろ出てきませんか?」
しかし返事はなく、シャワーは一定の水音を出したままだ。
「リッキー?」
メルヴィンは眉をひそめると、ドアノブに手をかけた。
「ごめん、開けるよリッキー」
ドアを開けてメルヴィンはギョッとした。
床にぺたりと座り込み、頭からシャワーをかぶったまま、ノロノロと手を動かし身体を洗っている。しかし、その白い肌を伝って、赤い筋がいくつも流れ、湯に溶けて床を流れていく。
「なんてことっ」
メルヴィンは慌ててハンドルを上げてシャワーを止めると、ドレッシングルームにある大きなバスタオルを取って、キュッリッキの身体を包み込んだ。
「リッキー」
キュッリッキは顔を上げると、涙ぐんだ目でメルヴィンを見る。
「アタシは、メルヴィンだけのものなの……ベルトルドさんのものじゃないの」
「リッキー…」
「ベルトルドさんのつけた痣、全部洗うの」
「とにかく出ましょう、身体に障ります」
メルヴィンはキュッリッキを抱き上げると、急ぎ足でバスルームを出た。
ふと、湯気でくもった大きな鏡に映った自分に気づいて、キュッリッキは握り拳を作ると、鏡のくもりをゴシゴシと拭う。
じっと見つめていると、鎖骨や肩、よく見ると腕や胸にも、赤い痣のようなものがある。なんだろうと胸にある痣に触れた瞬間、キュッリッキはゾワッと顔を強ばらせ、その場にしゃがみこんだ。
「こ……れ……ベルトルドさん…の……」
あの時、ベルトルドの唇が触れて、激しく吸いたてられた場所。己の所有物と言わんばかりに顕示した証。
「い、いや…」
細っそりした身体がカタカタと震えだし、キュッリッキは両手で腕(かいな)をぎゅっと握り締めた。
つい今しがたまで忘れていた。それをはっきりと思い出し、涙があとからあとから溢れてくる。
思い出した瞬間、ベルトルドの唇や舌が身体をイヤらしく這っていった感触も、そして、身体の中へと入ってきた感触も、全部思い出してキュッリッキはその場に吐いた。
怖くて、怖くて、そして気持ちが悪い。
胃が締め付けられるほど苦しくても、とにかく吐くだけ吐く。そうして涙と吐き気が落ち着いてくると、身体の震えも少しずつおさまってきた。
萎えた足でゆっくり立ち上がると、シャワーのハンドルを倒して湯を出す。吐瀉物を洗い流し、嫌な味のする口内をすすいで、キュッリッキは身体を洗うスポンジを取った。
薔薇の香りのするソープをスポンジに沢山出して、泡をたてると身体を擦り始める。
シャワーを出しっ放しにしているので、泡はすぐに流れてしまう。それでもまたソープをスポンジに出して、身体を擦った。
繰り返し繰り返し、何度も同じことを続けた。もうボトルからソープは出てこない。
「なくなっちゃった……」
ぽつりと呟いたあと、水気を吸ったスポンジで、痣のところを擦りだした。手に力を込めて、ゴシゴシと強く擦る。
「メルヴィンに見られないようにしなくちゃなの」
一生懸命擦った。
「痣を見たら、メルヴィンはきっと嫌な思いをするの」
たとえメルヴィンが許してくれても、これはメルヴィンを裏切った証なのだ。
ベルトルドに身体を与えてしまった証。
「消しちゃうんだから」
必死に擦り続けた。すると、次第に皮膚が赤みを増し、ついには擦り切れて血が滲みだした。それでもキュッリッキは手を止めず、痣のある部分を徹底的に擦り続けた。
「アタシはメルヴィンのものなの……メルヴィンだけのものなんだもん」
主が変わるということで、ベルトルドの私物などは整理され、きれいに掃除されてはいるが、まだベルトルドの残り香のする部屋で、メルヴィンは入浴を済ませてホッと息をついていた。
入浴中にセヴェリが置いていってくれただろうウィスキーをグラスに注ぎ、一口含んでため息をつく。
椅子に座ってベッドの方を見ると、キュッリッキがいきなりベルトルドにキスをして、大騒ぎになったことを思い出して苦笑する。
あれからまだ半年も経っていない。
短い間に、なんと色々なことが起こったのだろう。そのことに思いを馳せ、メルヴィンはベルトルドやアルカネットを失った痛みを、改めて噛み締めた。
今回の件がなければ、彼らは恐ろしくても、頼りになる後ろ盾だった。厳しい言動や態度が多かったが、特にベルトルドの場合は、その中に愛情のようなものも感じられた。
好かれていたのかと思うと気持ちは複雑だが、キュッリッキとのことを認めてもらえていたのだと判ると、亡くしたことが悔やまれてならない。
歳は11離れていて、自分とキュッリッキと同じだ。
おっかないアニキといった感じであり、キュッリッキのためにもまだ生きていてほしかったと、今はそう思えた。
グラスの中のウィスキーを飲み干して立ち上がると、バスローブ姿のまま部屋を出た。
キュッリッキの部屋を出て、かれこれ1時間は経っている。
「待ちくたびれてるかな…」
少し急ぎ足でキュッリッキの部屋へ向かい、ノックもそこそこに部屋へ入ると、まだバスルームからは出ていないようだ。
ソファにある青い天鵞絨張りのクッションの上には、仔犬姿のフェンリルとフローズヴィトニルが、仲良く並んで丸くなっている。
数時間前、巨大化した狼姿の二匹を見ているだけに、なんとなく引き気味になってしまう。
「キュッリッキはまだ出てきていない」
突っ慳貪な口調でフェンリルに言われて、メルヴィンは焦って苦笑った。
「判りました。ありがとうフェンリル」
今回の件があるまでは、言葉も交わしたことがなかった。でも今こうして話しかけてくれるのは、少しはキュッリッキの恋人として、認めてもらえたのだろうか。
ベッドに腰を下ろし、キュッリッキが出てくるのを待っていたが、刻々と時間は過ぎ、あっという間に30分が経った。
「おかしいな…」
いくらなんでも長風呂過ぎる。もしかしたら貧血でも起こしたのではと、急に不安を覚え、メルヴィンはバスルームへ向かった。
ドレッシングルームの扉を開けると、シャワーの音が聞こえてくる。
奥の磨ガラスの向こうには、キュッリッキの姿がぼんやりと見えた。それに安堵して、ドア越しに呼びかける。
「リッキー、あまり長湯をすると身体に悪いですよ。そろそろ出てきませんか?」
しかし返事はなく、シャワーは一定の水音を出したままだ。
「リッキー?」
メルヴィンは眉をひそめると、ドアノブに手をかけた。
「ごめん、開けるよリッキー」
ドアを開けてメルヴィンはギョッとした。
床にぺたりと座り込み、頭からシャワーをかぶったまま、ノロノロと手を動かし身体を洗っている。しかし、その白い肌を伝って、赤い筋がいくつも流れ、湯に溶けて床を流れていく。
「なんてことっ」
メルヴィンは慌ててハンドルを上げてシャワーを止めると、ドレッシングルームにある大きなバスタオルを取って、キュッリッキの身体を包み込んだ。
「リッキー」
キュッリッキは顔を上げると、涙ぐんだ目でメルヴィンを見る。
「アタシは、メルヴィンだけのものなの……ベルトルドさんのものじゃないの」
「リッキー…」
「ベルトルドさんのつけた痣、全部洗うの」
「とにかく出ましょう、身体に障ります」
メルヴィンはキュッリッキを抱き上げると、急ぎ足でバスルームを出た。
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