猫と王子と恋ちぐら

真霜ナオ

文字の大きさ
11 / 23

11:体育祭 -前編-

しおりを挟む

「いいぞー、かぶちーっ! 行けーっ!!」

 クラスメイトからの声援を背中に受けながら、俺は目の前に対峙する男の額に集中する。

 奴の視線は右前方から来る別部隊からの突撃に気を取られていて、今まさにその命を刈り取らんと距離を縮める俺の方まで意識が向いていない。

(今だ……!!)

 額目掛けて思いきり腕を伸ばした俺は、そこに巻かれていた白いはちまきを流れるように奪い取る。

「あーっ!!! やりやがったな橙!!」

「っしゃ、これで三本目!」

 悔しがる負け犬の遠吠えを尻目に、自身の腕に掛けられたはちまきの数を見て俺は勝利を確信する。それと同時に終了のホイッスルが鳴り響いて、騎馬戦は俺のチームが危なげなく勝利を収めた。

 今日は待ちに待った体育祭当日。身体を動かすことが好きな俺にとって、ずっと楽しみだった行事の真っ只中だ。

「キャーッ! 千蔵くん頑張ってー!!」

「王子ーっ!! こっち向いてー!!」

 続いて二回戦に出場する選手が登場すると、これまでとは比較にならない黄色い歓声が上がる。

 振り返るまでもなくわかっていたことだが、歓声の先にいたのは赤いはちまきがよく似合う千蔵の姿だった。

 一体どこから持ち出してきたのか、まるでアイドルのコンサート会場かと見紛うほど、観客席には色とりどりのうちわが密集している。

 一方で騎馬として動く千蔵は声援を特に気に掛ける様子もなく、目の前の勝負に集中していた。

 おそらくは司令塔として役割を果たしているのだろう。無駄のない足取りでチームに指示を出し、最短ルートではちまきを奪取させているようだ。

「あいつ、運動神経まで抜群なのズリ―よなあ」

「さっすが王子。コケろー!」

「ちょっと男子! 王子になんてこと言ってんの!」

 外野からヤジが飛び交ってはいるが、誰も本気でそう思っていないことはわかるので一種の戯れなのだろう。

 千蔵が嫌味の無い性格をしているからこそ、目に見える範囲ではアンチのような人間が存在していないのかもしれない。

 そうして午前の種目を無事に終えた俺たちは、一旦休憩を挟むと共に昼食の時間を迎える。

 全力で動き回ったこともあってか俺の胃袋は限界を訴えていて、一刻も早く腹に何かを入れたい衝動に駆られていた。

 教室内であれば弁当はどこで食べるのも自由となっているが、普段のメンツとは異なってチームを組んだ者同士で固まっている席も多い。

「橙、たまには一緒にどう?」

「千蔵」

 教室の中でどこで昼食にするかと考えていた俺の肩を叩いたのは、同様に弁当を片手に持った千蔵だった。特に断る理由もないので、俺は空いている手近な席同士を寄せて食事スペースを作る。

「午前中だけでも結構動いたね。汗臭かったらごめん」

「そりゃお互い様だろ、つーかおまえも汗とかかくんだな」

「当然でしょ、オレのことなんだと思ってるの」

 お互い様とはいっても、千蔵からはまるで汗のニオイなど感じられない。

 制汗スプレーでも使っているのかもしれないが、どこまでも爽やかな男だなんて思いながら弁当を食べ始める。

 向かい合う千蔵の弁当の中は栄養バランスの考えられた、見た目にも彩り鮮やかで食欲をそそるおかずが詰め込まれていた。

(ウチはおふくろが作ってくれてるけど、千蔵んちは誰が弁当作ってんだ……? 父親か、妹……? いや、千蔵が作ってるって可能性も……)

「橙? そんなじっと見られたらドキドキするんだけど」

「はっ……!?」

 わざと照れたように口元に手を当てる千蔵に、俺はジロジロと見すぎていたことに気づかされて挙動不審になる。

「おっ、おまえじゃなくて弁当見てたんだよ……!」

「え、そうなの? てっきりオレのこと見つめてるのかと」

「ちげーっての!」

「っ、はは……! そんな必死に否定しなくても」

 口元の手をそのままに肩を震わせる目の前の男は、俺の反応を楽しんで笑いを堪えているのだとわかる。

 目尻に涙が滲んでいるようにも見えるので、場所が場所なら声を上げて笑っていたのかもしれない。

「っ…………」

 そんな千蔵の姿はあまり学校で見られるものではなくて、案の定こちらを気にしていた女子たちが教室の端でざわついているのが目についた。

(ここでそういうツラしたら見られるだろうが……って)

 不満を感じる思考回路の不自然さに気づいたのは千蔵の笑いが落ち着き始めた頃で、俺は脳内で慌てて己の考えを訂正する。

(別に、見られたからなんだってんだ……!? 千蔵がどんなツラしてようが、俺だけのもんじゃねーっての……!)

 俺だけが知っている千蔵の顔。ダチに対してそんな風に思うこと自体が間違っている。

 ようやく笑いが収まったらしい千蔵は、箸を持ち直すと弁当箱の中から摘まみ上げたおかずの一つをこちらに差し出す。

「どーぞ」

「えっ……なんだよ?」

「食べたくて見てたんじゃないの?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 確かに美味そうだと思ったのは事実だし、未だ空腹を訴える胃袋にてりやきソースを和えたと思しき野菜の肉巻きは、とんでもないご馳走に見える。食いたい。

 けれどここは教室だ。千蔵のまさかの行動に男子も女子も全員が俺たちに注目していると言っても過言ではない。そのくらいに突き刺さる視線を感じる。

(こ、この状況でアーンなんて恥ずかしすぎることできるわけ……っ!)

「違ってもいいや、自信作だから良かったら食べてよ」

「えっ……」

 そう言って差し出してきた肉巻きを、千蔵は俺の弁当箱の隅に乗せる。

 鎮座した肉巻きと千蔵の顔を交互に見た俺は、己の勘違いに瞬間的に顔から火が出そうになるのを感じた。いや、出た。

(なんで当然のように食わせてもらう前提で考えてんだ俺ッ……!? 腹減りすぎて脳みそイカレたのかよ!?)

 羞恥心ごと飲み込んでしまおうと、置かれた肉巻きに箸を伸ばして口の中に放り込む。

 素早く咀嚼して飲み込んだ肉巻きの味はほとんどわからないまま、随分と遅れて千蔵の言葉が脳内に反芻された。

「…………自信作、って……おまえが作ったのか?」

「うん、そうだよ。どうかな?」

「う、美味い……と思う」

 味わうこともなく勢いのまま食べてしまったことを後悔するが、さすがにもう一つ寄越せなどと言えるはずもない。言えば千蔵は喜んで譲ってくれるのかもしれないが。

 俺の心の内など露知らずの千蔵は、返答に満足したらしく表情をゆるめて食事を再開している。

 口内に残る甘じょっぱさを消してしまう勿体なさを少しだけ感じつつ、俺も自分の弁当を食べ進めていくことにした。

「そういえば橙、騎馬戦大活躍だったじゃん」

「まーな。つってもおまえだって結構活躍してたろ」

「あ、見ててくれたんだ?」

「そりゃ、チームの勝利にはおまえの活躍もかかってるからな」

 そうは言ったものの、見るなと言われても見ない方が無理だろう。動きというよりも存在が目立つのだから、千蔵が場に出ていれば誰もがそちらに注目するはずだ。

 現に今だって千蔵の方をちらちらと見る女子や、好奇の目を向けてくる男子の姿もあるが、最近では俺も随分と慣れたものだ。

「……人目は大丈夫?」

 不意に千蔵が声を潜めたので、必然的に聞き取りやすいよう少しだけそちらに身を寄せる。

「体育祭って楽しいけど、種目に出場してる間って注目されるから」

「ああ、平気。喋れる相手もいるし、集中できるもんがある時はな」

「そっか、それならまずは安心かな」

 まさか、体育祭の間もこちらを気に掛けてくれているとは思わなかったので、ホッとした様子の千蔵に驚いてしまう。

「何かあったら、オレのところに来ていいから」

「過保護。何もねーって」

「無いなら無いでいいんだって。念のための保険だよ、オレが安心したいだけ」

 千蔵のそばで感じる居心地の良さは相変わらずで、むしろ心地良さが増しているような気さえする。

 それはひとえに、こうしてこの男が常に俺のことを気遣ってくれているからなのだろう。

(……千蔵は、なんでそこまでしてくれんだろうな)

 損得勘定で動く男ではないのだろうが、千蔵という人間を知る度にますますわからなくなる。

『嫌じゃないならそばにいて』

 そう言っていた千蔵の顔が思い浮かぶ。甘えていいと言われているのだとしても、そうすることでコイツに何かメリットはあるのだろうか。

(千蔵って、世話焼き体質なのかもな)

 そんなことを考えながら、俺は午後の種目に備えるために腹を満たすことに専念した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒーロー組織のサポートメンバーになりました!

はちのす
BL
朝起きたら、街はゾンビだらけ!生き残りたい俺は、敵に立ち向かうヒーロー組織<ビジランテ>に出逢った。 ******** 癖の強いヒーロー達の"心と胃の拠り所"になるストーリー! ※ちょっとイチャつきます。

【完結】君とカラフル〜推しとクラスメイトになったと思ったらスキンシップ過多でドキドキします〜

星寝むぎ
BL
お気に入りやハートなど、本当にありがとうございます! ひとつひとつが心から嬉しいです( ; ; ) ✩友人たちからドライと言われる攻め(でも受けにはべったり) × 顔がコンプレックスで前髪で隠す受け✩ スカウトをきっかけに、KEYという芸名でモデルをしている高校生の望月希色。華やかな仕事だが実は顔がコンプレックス。学校では前髪で顔を隠し、仕事のこともバレることなく過ごしている。 そんな希色の癒しはコーヒーショップに行くこと。そこで働く男性店員に憧れを抱き、密かに推している。 高二になった春。新しい教室に行くと、隣の席になんと推し店員がやってきた。客だとは明かせないまま彼と友達になり――

極度の怖がりな俺、ド派手な先輩とルームシェアが決まる

雪 いつき
BL
幽霊が怖い極度の怖がりな由井 明良(ゆい あきら)は、上京した翌日に、契約した部屋が事故物件だと知る。 隣人である鴫野 聖凪(しぎの せな)からそれを聞き、震えながら途方に暮れていると、聖凪からルームシェアを提案される。 あれよあれよと引っ越しまで進み、始まった新生活。聖凪との暮らしは、予想外に居心地のいいものだった。 《大学3年生×大学1年生》 《見た目ド派手な世話焼きバンドマン攻×怖がりピュアな受》

こじらせ委員長と省エネ男子

みずしま
BL
イケメン男子の目覚まし担当になりました……!? 高校一年生の俺、宮下響はワケあって一人暮らし中。隣に住んでいるのは、同じクラスの玖堂碧斗だ。遅刻を繰り返す彼の目覚まし係になるよう、担任から任命され……。 省エネ男子(攻め)と、ちょっとひねくれた委員長(受け)によるわちゃわちゃ青春BL! 宮下響(みやしたひびき) 外面の良い委員長。モブ顔。褒められたい願望あり。 玖堂碧斗(くどうあおと) 常に省エネモードで生活中。気だるげな美形男子。

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

不器用に惹かれる

タッター
BL
月影暖季は人見知りだ。そのせいで高校に入って二年続けて友達作りに失敗した。 といってもまだ二年生になって一ヶ月しか経っていないが、悲観が止まらない。 それは一年まともに誰とも喋らなかったせいで人見知りが悪化したから。また、一年の時に起こったある出来事がダメ押しとなって見事にこじらせたから。 怖い。それでも友達が欲しい……。 どうするどうすると焦っていれば、なぜか苦手な男が声をかけてくるようになった。 文武両道にいつも微笑みを浮かべていて、物腰も声色も優しい見た目も爽やかイケメンな王子様みたいな男、夜宮。クラスは別だ。 一年生の頃、同じクラスだった時にはほとんど喋らず、あの日以降は一言も喋ったことがなかったのにどうして急に二年になってお昼を誘ってくるようになったのか。 それだけじゃない。月影君月影君と月影攻撃が止まない。 にこにことした笑顔になんとか愛想笑いを返し続けるも、どこか夜宮の様子がおかしいことに気づいていく。 そうして夜宮を知れば知るほどーー

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...