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10:千蔵の妹
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(……もしかして、俺って嫌われてたりすんのかな?)
授業中にもかかわらず勉強に身が入らない状態の俺は、昨日の帰りに目に入った千蔵妹の姿を思い返していた。
自意識過剰で見間違いだと自己完結しようとも考えたのだが、千蔵の家で初めて対面した時にも、敵意に近い何かを感じたような気がする。
特に嫌われるようなことをした記憶もないのだが、俺が覚えていないだけで、無意識のうちに嫌悪を抱かれる出来事があった可能性もゼロではない。
(俺のこと知ってたしな……同学年だっていうなら、知らねえうちに接点あったのかもだし)
などと思考を巡らせているうちに放課後を知らせるチャイムが鳴り響き、解放されたとばかりに教室を飛び出していくクラスメイトに続いて、俺も席を立つ。
「橙」
「おう。千蔵、帰ろうぜ」
いつものように連れ立って教室の外へ向かうつもりだった俺は、千蔵がなぜか動こうとしないことを不思議に思って首を傾げる。
「ごめん、今日ちょっと用事が入って、一緒に帰れないんだ」
「え……あ、そっか」
これまで毎日一緒に登下校をしていたが、それは当たり前ではなく、過ごす時間が長くなればそれだけこうした日も増えてくるものだろう。
塚本や他の友人とだって毎日つるんでいたわけではないし、各々の用事で別行動をとる日があるのも珍しくない。千蔵だけが例外ということもないはずだ。
「じゃあ、先帰るな。また明日」
「あ、橙待って……!」
「……?」
なんでもない顔をして一人で帰ろうとした俺の腕を掴んだ千蔵は、そのまま「ちょっと来て」と廊下に向かって歩き出す。
下校を始める生徒の波に逆らうように、到着したのは人気のない屋上に続く階段の踊り場だった。
「なんだよ、こんなトコ連れてきて……」
「今日ってさ、ヘッドホン持ってきてる?」
「え……? あ、いや……」
問い掛けにバッグの中身を探るまでもない。使い慣れたヘッドホンを持ってきていないことは、俺自身が一番よく知っている。
(千蔵がずっと一緒だったから、最近は家に置きっぱなしだし……)
頼りきりではいけないと思うのに、甘えている証拠だろうか。いつこんなイレギュラーが起こらないとも限らないのに、さすがに気が緩みすぎている。
「別に気にしなくて大丈夫だって。それより用事――」
「やっぱ、持ってきてないんだ」
俺が即答できなかったせいで質問の答えを察したのか、はたまたそうだろうと予想していたのかはわからないが、言葉尻が疑問形ではなく言い切られてしまう。
千蔵は急な用事が入ったからなのか申し訳なさそうな顔をしていたが、どこか嬉しそうにも見えるのがよくわからない。
「これ、良ければ使って」
そう言って差し出されたのは、見慣れない黒のヘッドホンだった。
「これって……もしかして、おまえのか?」
「うん。平気ならいいんだけど、お守り代わりに持っててくれるとオレが安心だから」
「…………過保護かよ」
普段千蔵がヘッドホンを使っているところなど見たことがない。わざわざ俺のために持ってきてくれたのかと思うと、妙にくすぐったい気分だ。
(それに、そんな言い方されたら受け取るしかねえだろ)
気を使わせまいとする俺の行動を先読みしているのか、スマートすぎて憎たらしさすら感じさせるが、千蔵の厚意を素直に受け取ることにする。
「ありがとな」
「ううん、一緒に帰れなくてごめん。あ、寂しくなったらいつでも連絡して?」
「するかバカ。さっさと行け」
「っはは、つれないなぁ。オレは一緒に帰れなくて寂しいのに」
俺を茶化して遊ぶのが楽しいのか、舌の上のピアスが覗くほど口を開けて笑う千蔵は、まるで口説くみたいなセリフを息をするように吐く。
「それじゃあ橙、また明日」
「……おう」
そうして去っていく千蔵の背中を見送ってから、俺はヘッドホンを首にかけて帰宅することにした。
一人で歩く帰り道は先日のそれと同じはずなのに、沈むどころか今日はなんだか浮ついた気持ちが抜けてくれない。
俺の前で遠慮なしに笑う千蔵の姿が思考を埋め尽くしていて、だから近づく足音にも気づかなかったのだろう。不意に肩を叩かれて、俺は大袈裟な反応で背後を振り返った。
「わあっ……!? え、おまえ……千蔵妹?」
そこにいたのはダサイ黒縁眼鏡をかけた女子生徒、千蔵紫乃に間違いない。
レンズ越しに先日よりも間近に見える瞳には間違いなく敵意の色が浮かんでいて、俺はやはりあの視線が見間違いではなかったのだと確信する。
「…………来て」
「えっ……オイ、ちょっ……なんだよ!?」
用件を告げる前に人の腕を掴んで歩き出すのは、兄妹揃ってそういう血筋か何かなのだろうか?
などと考えながら連れていかれた先は、公園と呼ぶには小さすぎる上に遊具らしきものも見当たらない、こじんまりとした広場だった。
唯一ある寂れたベンチに強制的に座らされると、先ほどまでとは目線の高さが逆転し、両腕を組んだ妹が俺を圧のある目で見下ろしてくる。
「……アンタ、紫稀とどういう関係なの?」
千蔵が下の名前で呼ばれている姿を目にする機会がないせいで、一瞬それが誰のことを指しているのか理解が遅れる。
「は? か、関係って……だ、ダチだろ」
続いて関係という言葉にもなぜかドギマギしてしまうが、どう見ても”クラスメイト”か”友人”が適切であることは、問うまでもなくわかるはずだ、
だというのに俺を見下ろす彼女の表情はまさしく疑念を抱いており、千蔵との関係性を疑われているらしい。
「それって本当かしら?」
「いやホントだって……!」
「アンタ、紫稀を利用してるんじゃないの?」
「…………は?」
思いがけない言葉を返されて、俺は間の抜けた声を落としてしまう。
「紫稀は……兄は人がいいから、いつかこういうことになるんじゃないかって、ずっと思ってた」
「な、なんの話……」
「ここしばらく、兄の登下校のペースが変わったの。聞けば誰かと毎日登下校してるって……それがアンタなんでしょ、橙 真宙」
「…………!」
それは言い逃れしようのない事実であり、同じ家に住む家族であれば気づいて当然の変化かもしれない。
しかし、決まった友人との登下校は別におかしなことではない。それがただの登下校であればの話だが。
「これまでそんなことなかったのに、どんな相手かと思ったら……こんな金髪のチャラついた男子だったなんて」
「っ……それは、返す言葉もないんですが」
チャラついた見た目に見えるようにしたのは己の意思で、偏見が含まれるとはいえ思わず敬語になってしまう。
「兄はただでさえ大変だったのに、よくわからない相手に利用されて負担を増やされてるなら、あたしがガツンと言ってやろうと思って来たの」
「や……やっぱり負担だよな!?」
「…………え?」
食いつく俺の反応に、今度は妹の方が呆気に取られた顔をする番だった。
「いや、千蔵ってマジかよってくらい目ざといだろ? 気遣ってくれんのはありがたいけど、俺だって負担かけたくねーとは常々思ってるし。けど俺の語彙力じゃアイツに納得させられるばっかでさ」
負担になりたくないと思うのに、アイツが俺を特別みたいに扱うからつい甘えが出てしまう。
まるで俺に頼られるのが幸せみたいなツラで笑うから、続くはずだった言葉が浮かばなくなってしまう。
「その、おふくろさんのこともあって人にばっか気遣ってる場合じゃねーだろうに、今日だってコレ貸してくれたりしてさ。俺だって何かしてやりてえとか思うのに、一緒にいられりゃいいとか、いっつも上手いこと流されんだよな……って」
日頃から千蔵自身には伝えきれなかったそれが、一気に爆発したみたいに溢れ出して、ハッとした時には妹が毒気を抜かれたような顔で俺を見ていた。
「わ、悪い……! つい一人で喋りすぎた……!」
俺に対して敵対心を抱いていたであろう妹に、さらに悪印象を与えてしまったかもしれない。
そう思ったのだが、妹はなぜか困惑した様子で視線のやり場を探している。
「なんか…………思ってたのと全然違うんだけど」
「え、それっていい意味……か?」
「…………」
複雑そうな表情でしばらく俺を見ていた妹は、小さく溜め息を吐き出してから隣に腰を下ろしてきた。
「アンタに悪意が無いっぽいのは、よくわかったわ。疑ってごめんなさい」
「いや、誤解が解けたっぽいなら別に……」
「……兄ってアレだから異性にモテるのは知ってるでしょ?」
「ああ、まあ……」
抽象的な表現ではあるが、アレというのは王子と呼ばれる見た目や性格的な部分を表しているのだろう。
自身の膝の辺りに視線を落としたまま、妹は言葉を続けていく。
「だからかな、兄に近づく同性って、兄目当ての女を狙う男が多かったの。表向きは友人だって言いながら兄自身の扱いは蔑ろで……紫稀自身は平気な顔をしてるけど……利用されて傷つかないわけじゃない」
「そりゃ、当然だろうな」
同性からのやっかみはあるだろうと予想はつくが、そういったパターンもあるとは考えたこともなかった。
(そういうのが一度や二度じゃないなら、妹だって俺みたいなのが近づいてきたら警戒するよな……)
「でも、真宙は違うみたいで良かった」
「っ……そ、そうかよ」
ついさっきまではアンタ呼ばわりだったのに、突然下の名前で呼ばれてドキリとする。けれど、警戒の対象ではなくなった証なのかもしれないと思うと嬉しくも感じる。
「まさか、紫稀がお母さんのことまで……」
「ん? なんて言った?」
「ううん、なんでもない。あたしそろそろ帰らなきゃ」
小さな呟きを聞き取ることはできなかったが、妹につられて俺もベンチから立ち上がる。
「けど、千蔵妹は兄貴思いなんだな。俺は一人っ子だけど、男兄弟欲しかったなぁ」
「……その妹呼びやめて。学校ではバレないようにしてるし」
「え、ああ……じゃあ千蔵……いや、どっちの千蔵かわかんなくなるか?」
「紫乃でいい。じゃあね、真宙」
「じゃあな……紫乃」
俺の返事が聞こえているのかいないのか、用事が済んだ妹――もとい紫乃は、背を向けると颯爽と駅の方へ歩き去ってしまう。
(そういや、なんで俺のフルネーム知ってたんだ……?)
結局聞きそびれてしまった謎は、次の機会に尋ねればいいかと考えつつ、俺も駅を目指して歩き出したのだった。
授業中にもかかわらず勉強に身が入らない状態の俺は、昨日の帰りに目に入った千蔵妹の姿を思い返していた。
自意識過剰で見間違いだと自己完結しようとも考えたのだが、千蔵の家で初めて対面した時にも、敵意に近い何かを感じたような気がする。
特に嫌われるようなことをした記憶もないのだが、俺が覚えていないだけで、無意識のうちに嫌悪を抱かれる出来事があった可能性もゼロではない。
(俺のこと知ってたしな……同学年だっていうなら、知らねえうちに接点あったのかもだし)
などと思考を巡らせているうちに放課後を知らせるチャイムが鳴り響き、解放されたとばかりに教室を飛び出していくクラスメイトに続いて、俺も席を立つ。
「橙」
「おう。千蔵、帰ろうぜ」
いつものように連れ立って教室の外へ向かうつもりだった俺は、千蔵がなぜか動こうとしないことを不思議に思って首を傾げる。
「ごめん、今日ちょっと用事が入って、一緒に帰れないんだ」
「え……あ、そっか」
これまで毎日一緒に登下校をしていたが、それは当たり前ではなく、過ごす時間が長くなればそれだけこうした日も増えてくるものだろう。
塚本や他の友人とだって毎日つるんでいたわけではないし、各々の用事で別行動をとる日があるのも珍しくない。千蔵だけが例外ということもないはずだ。
「じゃあ、先帰るな。また明日」
「あ、橙待って……!」
「……?」
なんでもない顔をして一人で帰ろうとした俺の腕を掴んだ千蔵は、そのまま「ちょっと来て」と廊下に向かって歩き出す。
下校を始める生徒の波に逆らうように、到着したのは人気のない屋上に続く階段の踊り場だった。
「なんだよ、こんなトコ連れてきて……」
「今日ってさ、ヘッドホン持ってきてる?」
「え……? あ、いや……」
問い掛けにバッグの中身を探るまでもない。使い慣れたヘッドホンを持ってきていないことは、俺自身が一番よく知っている。
(千蔵がずっと一緒だったから、最近は家に置きっぱなしだし……)
頼りきりではいけないと思うのに、甘えている証拠だろうか。いつこんなイレギュラーが起こらないとも限らないのに、さすがに気が緩みすぎている。
「別に気にしなくて大丈夫だって。それより用事――」
「やっぱ、持ってきてないんだ」
俺が即答できなかったせいで質問の答えを察したのか、はたまたそうだろうと予想していたのかはわからないが、言葉尻が疑問形ではなく言い切られてしまう。
千蔵は急な用事が入ったからなのか申し訳なさそうな顔をしていたが、どこか嬉しそうにも見えるのがよくわからない。
「これ、良ければ使って」
そう言って差し出されたのは、見慣れない黒のヘッドホンだった。
「これって……もしかして、おまえのか?」
「うん。平気ならいいんだけど、お守り代わりに持っててくれるとオレが安心だから」
「…………過保護かよ」
普段千蔵がヘッドホンを使っているところなど見たことがない。わざわざ俺のために持ってきてくれたのかと思うと、妙にくすぐったい気分だ。
(それに、そんな言い方されたら受け取るしかねえだろ)
気を使わせまいとする俺の行動を先読みしているのか、スマートすぎて憎たらしさすら感じさせるが、千蔵の厚意を素直に受け取ることにする。
「ありがとな」
「ううん、一緒に帰れなくてごめん。あ、寂しくなったらいつでも連絡して?」
「するかバカ。さっさと行け」
「っはは、つれないなぁ。オレは一緒に帰れなくて寂しいのに」
俺を茶化して遊ぶのが楽しいのか、舌の上のピアスが覗くほど口を開けて笑う千蔵は、まるで口説くみたいなセリフを息をするように吐く。
「それじゃあ橙、また明日」
「……おう」
そうして去っていく千蔵の背中を見送ってから、俺はヘッドホンを首にかけて帰宅することにした。
一人で歩く帰り道は先日のそれと同じはずなのに、沈むどころか今日はなんだか浮ついた気持ちが抜けてくれない。
俺の前で遠慮なしに笑う千蔵の姿が思考を埋め尽くしていて、だから近づく足音にも気づかなかったのだろう。不意に肩を叩かれて、俺は大袈裟な反応で背後を振り返った。
「わあっ……!? え、おまえ……千蔵妹?」
そこにいたのはダサイ黒縁眼鏡をかけた女子生徒、千蔵紫乃に間違いない。
レンズ越しに先日よりも間近に見える瞳には間違いなく敵意の色が浮かんでいて、俺はやはりあの視線が見間違いではなかったのだと確信する。
「…………来て」
「えっ……オイ、ちょっ……なんだよ!?」
用件を告げる前に人の腕を掴んで歩き出すのは、兄妹揃ってそういう血筋か何かなのだろうか?
などと考えながら連れていかれた先は、公園と呼ぶには小さすぎる上に遊具らしきものも見当たらない、こじんまりとした広場だった。
唯一ある寂れたベンチに強制的に座らされると、先ほどまでとは目線の高さが逆転し、両腕を組んだ妹が俺を圧のある目で見下ろしてくる。
「……アンタ、紫稀とどういう関係なの?」
千蔵が下の名前で呼ばれている姿を目にする機会がないせいで、一瞬それが誰のことを指しているのか理解が遅れる。
「は? か、関係って……だ、ダチだろ」
続いて関係という言葉にもなぜかドギマギしてしまうが、どう見ても”クラスメイト”か”友人”が適切であることは、問うまでもなくわかるはずだ、
だというのに俺を見下ろす彼女の表情はまさしく疑念を抱いており、千蔵との関係性を疑われているらしい。
「それって本当かしら?」
「いやホントだって……!」
「アンタ、紫稀を利用してるんじゃないの?」
「…………は?」
思いがけない言葉を返されて、俺は間の抜けた声を落としてしまう。
「紫稀は……兄は人がいいから、いつかこういうことになるんじゃないかって、ずっと思ってた」
「な、なんの話……」
「ここしばらく、兄の登下校のペースが変わったの。聞けば誰かと毎日登下校してるって……それがアンタなんでしょ、橙 真宙」
「…………!」
それは言い逃れしようのない事実であり、同じ家に住む家族であれば気づいて当然の変化かもしれない。
しかし、決まった友人との登下校は別におかしなことではない。それがただの登下校であればの話だが。
「これまでそんなことなかったのに、どんな相手かと思ったら……こんな金髪のチャラついた男子だったなんて」
「っ……それは、返す言葉もないんですが」
チャラついた見た目に見えるようにしたのは己の意思で、偏見が含まれるとはいえ思わず敬語になってしまう。
「兄はただでさえ大変だったのに、よくわからない相手に利用されて負担を増やされてるなら、あたしがガツンと言ってやろうと思って来たの」
「や……やっぱり負担だよな!?」
「…………え?」
食いつく俺の反応に、今度は妹の方が呆気に取られた顔をする番だった。
「いや、千蔵ってマジかよってくらい目ざといだろ? 気遣ってくれんのはありがたいけど、俺だって負担かけたくねーとは常々思ってるし。けど俺の語彙力じゃアイツに納得させられるばっかでさ」
負担になりたくないと思うのに、アイツが俺を特別みたいに扱うからつい甘えが出てしまう。
まるで俺に頼られるのが幸せみたいなツラで笑うから、続くはずだった言葉が浮かばなくなってしまう。
「その、おふくろさんのこともあって人にばっか気遣ってる場合じゃねーだろうに、今日だってコレ貸してくれたりしてさ。俺だって何かしてやりてえとか思うのに、一緒にいられりゃいいとか、いっつも上手いこと流されんだよな……って」
日頃から千蔵自身には伝えきれなかったそれが、一気に爆発したみたいに溢れ出して、ハッとした時には妹が毒気を抜かれたような顔で俺を見ていた。
「わ、悪い……! つい一人で喋りすぎた……!」
俺に対して敵対心を抱いていたであろう妹に、さらに悪印象を与えてしまったかもしれない。
そう思ったのだが、妹はなぜか困惑した様子で視線のやり場を探している。
「なんか…………思ってたのと全然違うんだけど」
「え、それっていい意味……か?」
「…………」
複雑そうな表情でしばらく俺を見ていた妹は、小さく溜め息を吐き出してから隣に腰を下ろしてきた。
「アンタに悪意が無いっぽいのは、よくわかったわ。疑ってごめんなさい」
「いや、誤解が解けたっぽいなら別に……」
「……兄ってアレだから異性にモテるのは知ってるでしょ?」
「ああ、まあ……」
抽象的な表現ではあるが、アレというのは王子と呼ばれる見た目や性格的な部分を表しているのだろう。
自身の膝の辺りに視線を落としたまま、妹は言葉を続けていく。
「だからかな、兄に近づく同性って、兄目当ての女を狙う男が多かったの。表向きは友人だって言いながら兄自身の扱いは蔑ろで……紫稀自身は平気な顔をしてるけど……利用されて傷つかないわけじゃない」
「そりゃ、当然だろうな」
同性からのやっかみはあるだろうと予想はつくが、そういったパターンもあるとは考えたこともなかった。
(そういうのが一度や二度じゃないなら、妹だって俺みたいなのが近づいてきたら警戒するよな……)
「でも、真宙は違うみたいで良かった」
「っ……そ、そうかよ」
ついさっきまではアンタ呼ばわりだったのに、突然下の名前で呼ばれてドキリとする。けれど、警戒の対象ではなくなった証なのかもしれないと思うと嬉しくも感じる。
「まさか、紫稀がお母さんのことまで……」
「ん? なんて言った?」
「ううん、なんでもない。あたしそろそろ帰らなきゃ」
小さな呟きを聞き取ることはできなかったが、妹につられて俺もベンチから立ち上がる。
「けど、千蔵妹は兄貴思いなんだな。俺は一人っ子だけど、男兄弟欲しかったなぁ」
「……その妹呼びやめて。学校ではバレないようにしてるし」
「え、ああ……じゃあ千蔵……いや、どっちの千蔵かわかんなくなるか?」
「紫乃でいい。じゃあね、真宙」
「じゃあな……紫乃」
俺の返事が聞こえているのかいないのか、用事が済んだ妹――もとい紫乃は、背を向けると颯爽と駅の方へ歩き去ってしまう。
(そういや、なんで俺のフルネーム知ってたんだ……?)
結局聞きそびれてしまった謎は、次の機会に尋ねればいいかと考えつつ、俺も駅を目指して歩き出したのだった。
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