トゴウ様

真霜ナオ

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15:犠牲者

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「給食室の中って、そういえば初めて入るなあ。外まで給食取りに来たことはあるけど。財王さんは入ったことあります?」

「ア? ねーよ、よっぽどの理由でもなけりゃ生徒が立ち入る場所じゃねーだろ。生徒が給食作るわけじゃねえんだしよ」

「ですよね。うわ、鍋でっか! こんなので作ってたんだ……そりゃそうか、六学年分一気に作るんだもんな」

 生まれて初めて足を踏み入れた給食室は、やはりというべきか広々としている。
 小学校とはいえ、六学年分×三クラス分の給食を作らなければならないのだ。見えないところで、かなりの人数が働いていたのだろう。

 一般家庭ではまずお目にかかることのない大鍋や、調理実習の時に使うような大きなシンク。
 それらをタブレットで撮影しつつ、俺は財王さんに怒られないうちにと人形探しも並行していく。

「広いは広いですけど、ここって案外探せる場所少ないかもしれないですね」

「みたいだな」

 広々としているので探し物に手間取るかと思ったのだが、物を隠せる場所は想像以上に限られていた。
 鍋の中やシンクの下、業務用の冷蔵庫の中など、細かく目を通すまでもない。
 ライトで軽く照らしてやれば、そこに物が置かれていないことはすぐに理解できた。
 念のために排水溝の蓋を外してみたりもしたけれど、やはりそこにも人形らしきものは見当たらない。

「ハズレばっか引かせやがって……オイ、ユージよぉ。もしもン時は、カット編集できるんだから……わかってるよな?」

「いや、まあ……カットは確かにできますけど」

 再び苛立ちを見せ始めた財王さんが、とうとう俺に不正を働くよう圧をかけ始める。
 ビデオ通話を通じて他のメンバーにも聞こえていることはわかっているはずなのに、全員に理解させた上で自分の意見を押し通そうとしているのだろう。
 どうせ都市伝説なんて嘘っぱちなのだから、財王さんの思う通りに進めた方が、きっと穏便に済ませることができる。

 ――……けれど。

「ルールを破ると、トゴウ様から呪い殺されるって話だし。カットはできても、ロウソクの予備も持ってきてないので……不正をして撮影をし直すってなると、日を改めないといけなくなりますね」

「あァ!? 普通は消耗品なら予備くらい準備しとくモンだろうが、役立たずが! クソッ! これだからオフ撮影したことねェ野郎の企画は……!」

 人形を見つけるのに間に合わなかった場合でも、人形を燃やすシーンさえ捏造できれば良いと考えていたのだろう。
 本当は予備のロウソクも持ってきているが、素直に彼に従いたくないという気持ちの方が勝っていた。

「なら、ロウソクの火ィ消しときゃいいだろ。そもそもあの教室は撮影してねーんだから、人形燃やす段階で点け直したってバレやしねェ。オイ、今すぐ行って消してこい」

「それはそうですけど……ライター持ってるの、俺じゃなくてダミーちゃんなので。火を消したとしても、その後で点け直しに応じてくれるかどうか……」

「クソッ! あのでしゃばり女が余計なことしやがって!!!!」

 財王さんの言う通り、ロウソクの火を消して不正をすることもできるかもしれない。
 だがその指摘を受けて、俺は持参したライターをダミーちゃんに渡したままであることに気がついた。
 校舎の中にもライターの一本くらい置き忘れがあるかもしれないが、一つの人形も探せていないのに、あるかもわからないライターを探すのはそれこそ時間の無駄だ。

 他のメンバーであれば脅せていたかもしれないが、ライターを持ち去ったのがダミーちゃんであったことに今は感謝せざるを得ない。

「怒っててもそれこそ時間の無駄なんて、早く人形探しましょ。隠した本人はダメだけど、見つけた人が教えちゃダメってルールは無いし。財王さんの人形見つけたら報告しますから! ね?」

「……報告しなかったら覚悟しとけよ」

「ちゃんと報告しますって! 俺だって、財王さんが願い叶えてトップになるトコ見たいですから」

 そう言って給食室を出ていく財王さんは、どうやら俺とは別々に行動する選択を取るらしい。
 まだ探し終えていなかったのか、昇降口の向かいにある四年生の教室の方へ歩いていく背中が小さくなっていく。

 俺はその後を追う気にはなれずに、むしろできるだけ財王さんから離れた場所にいたかった。
 二階もまだ探索できていない教室があるし、三階なんてそれこそ未知の領域だ。
 どうせ階段は目の前なのだからと、給食室の向かいにある東階段を上がることにした。

 立て続けに人に会っていたからか、財王さんに気を使っていたからか。
 一人きりになった途端に、俺は肩の力がどっと抜けたようで少しだけ階段の踊り場にしゃがみ込む。
 ”ユージ”という仮面が、剥がれてしまいそうだ。

 暗くて怖いということも、一人で寂しいということもなかったが、今は誰かと楽しく話がしたいと思った。

「……月、綺麗だな」

 顔を上げた先に、まん丸い月と無数の星が輝く夜空が飛び込んできた。
 普段はパソコンの画面を前に配信ばかりしていて、空を見上げるなんてもう長いことしていない。
 周囲に高い建物や繁華街のような場所が無いせいもあるのだろうか? 校舎の中から見る夜空はこの上なく澄んで見える。

「薄暗い景色ばっかりってのもアレだし、これも撮影しとくか。俺と同じで配信画面ばっか観てるリスナー諸君、こっから見る月がスゲー綺麗……あれ」

 窓に背を向けて、空が映るよう自撮りをしようとしたところで、俺はふとした違和感に気が付く。
 画面の中は相変わらずの六分割なのだが、その中のひとつが真っ暗になっているのだ。

「この画面って……ねりちゃん?」

 よく見れば、真っ暗だと思っていた画面にはうっすらと景色が映っている。
 かなりわかりづらいが、細長い蛍光灯らしきものが見切れているので、これは天井だろうか?

 見られたくないタイミングや、他のメンバーの人形を発見した時など、画面を隠すこともあるだろう。
 だが、しばらく待ってみても画面が動き出す様子がないのだ。
 手で持っていれば多少なりとも揺れたりするものだが、固定されているかのように画面はぴたりと静止している。

「おーい、ねりちゃん。聞こえてる? もしもーし」

『ん? ユジっち、ねりの奴どうかした?』

「いや、さっきから画面が動いてないんだよね。充電切れた……ってことはなさそうだけど、一応映ってるし」

『マジだ。ねり~、もしかしてウンコ?』

「やめろって、デリカシー無さすぎ。つーかココ水流れてないからトイレとか使えないし」

 同じく異変を察知した牛タルが呼びかけてみるが、ねりちゃんからの応答はない。
 どうしたものかと思いながら立ち上がろうとした俺は、次の瞬間、踊り場に張り付いたように動けなくなってしまった。

『ユジっち?』

 顔を上げた先、階段を上がって俺は二階に移動しようと考えたのだが。
 その一番上に、黒くて大きな塊が落ちているように見えたのだ。

 目を凝らしていた俺は、ライトの存在を思い出してその塊に光を向けてみる。
 照らされたのは、階段の上で仰向けに倒れ込み、不自然に首を傾けて俺のことを見つめているねりちゃんの姿だった。
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