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03:都市伝説
しおりを挟む「え?」
喜多川がぽつりと落とした言葉に、全員が彼の方へと視線を向ける。
注目を集めた喜多川は挙動不審になっていたが、真っ暗な窓の外を一瞥すると、話しづらそうに口を開く。
「いや、俺も聞いた話なんだけど。『特別な終電に乗り込むと、死後の世界に向けて出発する電車がある』って」
「そんなバカげた話があるか! 喜多川、お前はいい大人だろうが!?」
「そうなんですけど。じゃあこの状況は何なんだってなるじゃないですか」
喜多川は、そういった話を好んで調べる人間だったということを思い出す。
興味のない人間の耳には入らない話題だが、確かに電車に乗る前にも、そんな噂話をしている女子がいた。
「じゃあ、仮に……仮にだけど、本当にその都市伝説の電車なんだとしたらさ。どうすれば降りられるんだ?」
僕らにとって重要なのは、この電車がその噂の電車なのかということではない。
この電車から、どうすれば降りられるのかということだ。
「本当かはわかんないけど。抜け出すには、終着駅に着くまでに先頭車両に行って、電車を止めなきゃいけないらしい」
「止めるって、車掌に頼むってことか?」
「そうじゃないか? 俺だって興味本位で調べただけだから、どうすりゃいいかなんて……」
現実でこんな状況になるなんて、想像したことすらなかった。喜多川だってそうなのだろう。
彼のせいでこうなったわけではないのだから、知らないということを責められない。
だというのに、思考回路が違う人間というのはいるもので。
「まったく、肝心なところがわからないとは役立たずめ! 若さだけで無能が許されるなんぞ、甘っちょろい社会になったもんだ!」
「店長、落ち着いてくださいよ。無能に怒るなんて時間の無駄ですって。ほら、とりあえず座ってください」
「フン!」
普通に会話していても声が大きい店長は、禿げ上がった頭から湯気でも噴き出しそうなほどに怒っている。
そんな店長を落ち着かせようと、座席に腰を下ろさせたのは福村だった。
一見すると気遣いができる男にも見えるのだが、生憎と福村はそんな奴ではない。
店長の機嫌を取りながら、喜多川に対して無能だと思っているのも本音なのだろう。それは喜多川だけではない、僕に対してもなのだろうが。
「終着駅って言われても、ここがどこだかもわからないのに……あと何駅あるのか……」
「あれ、終点までの路線図じゃない?」
外は真っ暗で景色もなにも見ることができないのに、現在地なんてわかるはずがない。
そう思っている僕の肩を叩いたのは、上の方に視線を向けた高月さんだった。
彼女の指差す先を見上げてみると、ドアの上に設置された車内案内表示装置が、変化しているのがわかる。
そこには10の駅名が並んでいて、一番端に電車のアイコンが表示されていた。おそらくあれが、僕らの現在地ということなのだろう。
これから向かうらしい9つの駅名はともかく、現在地には見慣れた最寄りの駅名が表示されている。
「10駅あるから……残り9駅ってことか?」
「多分、そうじゃないかな。ひと駅ごとの間隔が、どのくらいあるのかはわからないけど」
「あのぉ……」
恐る恐る会話に割って入ってきたのは、高月さんの後ろで小さくなっていた桧野さんだった。控えめに片手を挙げて、僕たちの様子を窺っている。
「桧野さん、どうかした?」
「その……喜多川先輩の話が本当だったら、終着駅に着くまでに先頭車両に行けなかった場合……あたしたち、どうなっちゃうんですか?」
向けられた疑問に、全員の視線が再び喜多川の方へと向けられる。
この電車から降りる方法にばかり意識を奪われていたが、その疑問はごく当たり前のものだろう。
喜多川はさっき、死後の世界に向けて出発する電車だと言っていた。
それならば、この電車の行きつく先なんてひとつに決まっているじゃないか。
「……あー……まあ、死ぬんじゃないかな」
「へ……そんな……ッ」
「琥珀ちゃん……! ちょっと喜多川くん、脅かすようなこと言わないで」
「すいません、だけど……」
怯えて泣き出しそうになっている桧野さんを、高月さんが慌てて安心させようとしている。
喜多川は悪い奴ではないのだが、たまに空気の読めないところがある。
(ましてや桧野さんにそんなこと言ったら、印象悪くなるのに……)
けれど、喜多川の話が本当なのだと仮定するならば、僕らにはタイムリミットがある。
どのみち、こんなわけのわからない電車に乗り続けていたい者はいないだろう。
「とりあえず、先頭車両まで行けばいいんだよな?」
「そのはずだけど」
「なら簡単じゃないか。お前たち、さっさと行ってこい!」
優先席を広々と使ってふんぞり返っている店長が、顎をしゃくって僕たちに指示する。
面倒ごとはバイトにやらせて、自分はそこで降りられるのを待つつもりなのだろう。
この車両の中で、一番上の肩書きを持つのが澤部店長だ。ここはバイト先ではないとはいえ、わざわざその指示に逆らおうと考える者はいない。
素直に従うのは腹立たしいが、この空間に店長と閉じ込められ続けるよりはマシだろう。
「それじゃあ、僕らで行ってこようか」
「私も行くわ、他の車両がどうなってるのかも気になるし」
「あっ、じゃああたしも行きます……!」
喜多川と二人で行くつもりだった僕は、その申し出に驚いて二人を見る。
高月さんは責任感の強い人だから、じっとしているのは性に合わないのだろう。桧野さんは、単にこの場に残りたくないようにも見える。
人数が増えて困ることはないし、何かあった時に伝達もしやすい。
名乗り出てくれた二人と共に、僕らは先頭車両へ向かってみることにした。
「……隣、見えないですね」
「なんだろ、何かガラスに塗られてんのかな?」
「いや……外と同じなんじゃないかな」
この車両で待つことにしたメンバーは、それぞれ座席に腰掛けて、僕たちの様子を見守っている。
彼らの間を抜けて車両同士を繋ぐ貫通扉の前までいくと、僕はそこで足を止めた。
通常であれば、窓ガラス越しに隣の車両の様子を窺い見ることができる。
けれど、目の前にある窓は真っ黒に塗り潰されてしまったような状態で、隣を覗くことはできない。
試しに指先でなぞってみても、感触はツルツルとした普通の窓ガラスそのものだ。
一切の光を通さない黒は、ペンキや何かが塗られているというよりも、外の景色が見えないのと同じような気がした。
「入ってみるしかないってことか……」
「お化けとか、いないですよね……?」
「大丈夫だよ、お化けなんていないって」
扉の向こうの光景を想像して恐怖したらしい桧野さんが、僕のコートの裾を握っている。
よほど怖がりなのかと思ったが、こんな状況なら仕方がない。
意を決して扉を開けようとした時だった。
『次は、等活駅。次は、等活駅。お出口は左側です』
車内に響いたアナウンスに、全員が動きを止める。
車内案内に目を遣ると、たった今聞いたばかりの駅名が大きく表示されていた。
「これ……駅に止まるのか?」
「降りられるってこと?」
終着駅まで止まらないものと思っていた電車は、どうやらどこかの駅に停車するらしい。それを知った車内の空気が、いくらか和らいだのを感じた。
どこの駅でもいいから、電車から降りることができれば選択肢は増えるはずだ。
外の景色は見えないが、電車の速度が落ちているのを感じる。本当に停車するのか。
「……止まっ……た?」
半信半疑だった僕たちをよそに、少し強めのブレーキがかけられたようで、身体が傾く。
車体の揺れも完全に止まっていて、本当に電車が停車したのだとわかった。
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