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02:乗客
しおりを挟む「……ッ…………ぅ、……」
ふわふわと、水の中で揺すられているような感覚。
後頭部の辺りに鈍い痛みを感じて、暗闇の底に沈んでいた意識がゆっくり浮上していく。
瞼を持ち上げてみると、見えたのは揺れる吊り革と、何かのアニメのアプリの吊り広告だ。
あれは今年流行していた……ダメだ、さすがにタイトルまで思い出すことはできない。
僕はどうやら電車の中で仰向けに倒れ込んでいるらしく、手足は問題なく動くように思う。
片腕を持ち上げて頭を触ってみるが、出血したりもしていないらしい。
ゆっくり身体を起こすと、僕は車内の異変に気がついた。
「あれ……? みんな、どこ行ったんだ……?」
忘年会シーズンの、週末の最終電車。
立ち位置を選ぶことすらできないほど、車内はすし詰め状態だったはずなのに。あれほどいた乗客たちの姿はなくなっていた。
いや、正確には十名ほどの人間が、僕と同じように倒れているのが見える。
「っ、高月さん……!」
車両の端に、壁に背を預けるようにして横たわっている高月さんの姿を見つけた。
僕はすぐに駆け寄って、彼女に声を掛ける。どうやら怪我などはしていないようで、気絶しているだけらしい。
「高月さん、聞こえますか?」
「ん……あれ、清瀬くん……?」
「良かった、起きられますか? どこか痛いところとか……」
「大丈夫、だと思う……何が起こったの?」
「僕にもわかりません。多分、事故なんだと思いますけど……」
覚えているのは、意識を失う直前の感じたこともないほどの衝撃。けれど、見回した限りでは血痕などは見当たらない。
僕らが気絶している間に救助が来て、ほかの乗客たちは降りたのだろうか?
「なに、これ……」
起き上がるのを手伝っていると、高月さんが青ざめた表情で何かを見ていることに気がつく。
その視線の先を辿った僕は、窓の外を見て絶句した。
地下鉄ではないのだから、本来そこには街の景色があるはずだ。しかし、窓の外は真っ暗でなにも見えない。
立ち上がって外を覗き込んでみるが、ガラス越しに僕の顔が映り込むだけだった。
夜だからだろうかとも思ったが、それにしたって明かり一つないのはどう考えたっておかしい。
「もしかして、事故でどこかに埋もれちゃったの……?」
「いや、多分それはないです。土とか瓦礫も見えないし、車内の電気はついてるし」
事故で何かの下敷きになっているとすれば、乗客は誰も降りられないだろう。
それ以前に、あれだけの人数が乗車していたのだから、圧死していてもおかしくない。だというのに、僕たちは怪我らしい怪我もしていないのだ。
「……というか」
混乱していた僕は、もっとも大きな違和感に気がつく。
目覚めた時から感じていたはずだが、頭を打った衝撃のせいだと思い込もうとしていたのかもしれない。
「電車、走ってますよね……?」
吊り革も、僕らの身体も、規則的な動きに揺られている。
僕たちを乗せた電車は、間違いなく暗闇の中を走り続けていた。
「なんで……? 事故が起こったなら、走るわけないよね? 他の人たちを降ろして、私たちだけ乗せて走るなんて……」
「普通はあり得ないです」
この状況は普通ではない。大掛かりなドッキリを仕掛けられたにしては、手が込みすぎている。
それ以前に、ドッキリなんて仕掛けられるような心当たりもない。僕はごく普通の一般人なのだから。
「とりあえず、他の人の様子も見てみませんか? なにか覚えてる人がいるかもしれないですし」
「えっ? ああ、そうだね。そうしよう」
僕の言葉を受けて、高月さんはようやく他にも乗客が倒れていることを認識したらしい。
状況は未だに呑み込めていないけれど、人数が多い方が心強いことは確かだろう。
車両の端にいた僕たちは、一番近い座席の奥に倒れている人物に近づいていく。
うつ伏せに倒れている男性の身体を、そっと反転させてみる。その顔を見て、僕は驚いてしまった。
「え、なんで……?」
「うぅん……あれ、清瀬……?」
「喜多川、帰ったんじゃなかったのか?」
倒れていたのは、バイト同期の喜多川黄紀だった。
随分ガタイがいい男だとは思っていたが、まさか喜多川が倒れているだなんて。
「いや、帰ったんだけどバイト先に忘れ物してさぁ……あ、高月さんじゃないスか。お疲れ様でーす」
「……お疲れ様。喜多川くん、大丈夫?」
「はい?」
僕の隣にいた高月さんの存在を認めると、喜多川はヘラヘラとした様子で挨拶を交わしている。
どうやら状況を把握できていないらしく、彼女の問いに対して首を傾げていた。
「なんだこれは、一体どうなってる……!?」
「やだ、あたしどうしちゃったの……? き、清瀬先輩!」
「うわ、電車どうなってんだよ? これから三次会あるってのに」
「……どういう、ことだ……?」
目を覚ました喜多川から少し遅れて、ほかの乗客もどうやら意識を取り戻したらしい。
声のする方へと顔を上げた僕たちは、恐らく全員が驚愕したことだろう。
店長の澤部墨彦、後輩の桧野琥珀、そして同期の福村透。
それ以外にも、顔と名前が一致する人物が六名ほど。
同じ車両に乗っていた全員が、顔見知り――僕のバイト先の関係者だったのだ。
「これって……偶然なの?」
「わかりません、だけど……普通じゃない」
勤めているバイト先の最寄り駅、最終電車。
同じ電車に乗り込むことはあるだろうし、そこまでなら偶然で片付いたかもしれない。
けれど、明らかに不自然な状況で、車内に残されているのが知り合いだけだなんて。どう考えても、なにかの意図が働いているとしか思えなかった。
後から目を覚ました人たちは、状況をまるで理解していない。
僕だって把握できている情報なんてほぼ無いに等しいが、彼らに今の状況を説明すると、全員が信じられないという顔をする。
「わたしたちだけを乗せて電車が走り続けている? そんなものあり得んだろう!? お前たち、どうにかせんか!」
「まーまー、落ち着いてくださいよ店長。とりま車掌呼びましょ、それで解決ですって」
誰が悪いわけでもないのだが、説明を受けた澤部店長は、怒りに任せて地面を蹴りつけている。
それを宥める福村が、出入り口の横に設置された真っ赤な非常停止ボタンを押した。
「……あれ?」
しかし、押されたボタンはカチカチと無意味な音を立てるだけで、何の反応もない。
もちろん電車が止まる様子もなければ、車掌が応答する気配もなかった。
「壊れてんのか?」
「ふざけるな! 非常時に押せないボタンになんの意味がある!?」
「ふぇ……店長こわぁい……」
「大丈夫、琥珀ちゃんこっちおいで」
人の少ない車両の中に、店長の怒鳴り声はよく響く。それに委縮した桧野さんが泣きそうになっているが、高月さんが自分の傍に彼女を呼び寄せていた。
「なんか、これって……都市伝説のやつみたいだな」
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