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01:平凡な人生
しおりを挟む僕の人生は、ごくごく平凡でありきたりなものだと思う。
清瀬蒼真という名を持ち生まれて、二十一年目の冬。
昔から、勉強も運動も平均的だった。いや、平均よりやや劣るくらいかもしれない。
人より得意と呼べることはほとんどなくて、Fランクの大学で影の薄い学生生活を送っている。
年齢だとか学歴だとか、少し上だからという理由だけで、立場以上に圧をかけてくる人間が嫌いだった。
それでも、そんな相手に反抗することもできない。
ちょっとした理不尽に不満を持ちながら、平凡な毎日を暮らしているのが僕という人間だ。
今日も、理不尽な理由で押し付けられたバイトのせいで、やむを得ず終電になってしまった。
大学から近いという理由だけで選んだ、居酒屋のホールのバイトだ。
本来なら20時には上がれていたはずだったのに、同期の福村に無理矢理シフトを交代させられたのが原因だ。
(今日合コンとか言ってたよな……ムカつく、急に下痢になれ)
苛立ちに任せて地面を蹴りつけてやりたくなったが、スニーカーが傷つくだけなので深呼吸をしてやり過ごす。
チャラついた人間とは、昔からソリが合わない。
人によるんだろうけど、僕の周りにいたチャラい人間はみんな、いい加減なクセに要領だけは良かった。
だから、僕みたいに要領の悪い人間がなにかと損をする。そうして、さも自分の手柄のように美味しいところだけを横取りしていくのだ。
そんなことを考えながら、僕は見慣れた駅のホームに並ぶ。
忘年会シーズンだ。ただでさえ人の密集する場で、周囲には酒臭い人間も少なくない。
酔った人間はやたらと声が大きい。そんなに大声を出さなくたって、隣にいる人間には十分届いているだろうに。
汚い唾を飛ばしながら喋り続ける男は、言うまでもなくかなり不愉快だった。
できれば一緒の車両には乗り込みたくないが、生憎とこれから移動ができるほど、ホームに隙間がない。
それでも、この電車を逃せば帰宅の手段を失ってしまう。いっそタクシーで家まで帰れたらと思うのだが、叶わぬ願いなのは百も承知だ。
(クソ、全部福村のせいだ……)
早く家に帰って寝たい。そう考えて顔を上げた先に、覚えのある後ろ姿を見つけた。
「あれ、もしかして……高月さん?」
「え……清瀬くん? びっくりした、もしかしてバイトの帰り?」
「はい、高月さんは今日シフトじゃなかったですよね?」
「うん、私は大学の友達と忘年会。今年で最後だから」
少し眉尻を下げて笑う彼女の顔は、疲れているように見える。
友達との忘年会なら楽しいものだったのだろうが、彼女は来年就職だ。いろいろと忙しくしているのだろう。
彼女・高月紅乃さんは、僕の一つ上のバイトの先輩だ。
明るくて優等生タイプではあるのだが、冗談を言って場を和ませることもある。いわゆる、マドンナ的存在の女性だ。
バイト先でも、彼女を狙っている男は多いと噂に聞く。……僕もまた、その男の中の一人だった。
「年の瀬なのに、こんな時間まで仕事なんて大変だよね。清瀬くん、ちゃんとご飯食べてる?」
「はい、休憩時間にコンビニで済ませましたよ」
「……うそ」
「え?」
ごく普通に返したつもりだったのだが、高月さんはどうしてだか、ムッとした顔をしている。
「清瀬くんて、嘘つく時に二回瞬きするんだよ。知ってた?」
「え……してました?」
「してました」
自分にそんな癖があったなんて、指摘されるまで気がつかなかった。
誰とでも打ち解けることのできる人だと思っていたけど、こんな風に人のことをよく見ているからこそ、できることなのかもしれない。
「よく見てるんですね」
「……清瀬くんのことは、よく見てるよ」
「え……、えっ?」
「あ、電車くるみたい」
少し潜めた声音で落とされた言葉に、僕は一瞬固まってしまう。
それがどういう意味なのかを問い返そうとした時、電車が到着するというアナウンスが響いた。
(どういう意味って……深い意味なんかないよな)
高月さんは、面倒見のいい先輩だ。
僕に限らず後輩のことはよく見ているし、お客さんや店長に対する接し方も上手い。
こんなにも近い場所にいるのに、僕には手の届かない、高嶺の花だ。
「うっそ、そんな話信じてんの!?」
高月さんの背中を見つめて物思いにふけっていた僕は、自身の後ろから響いた声に意識を呼び戻される。
肩越しに振り向いてみると、どうやら二人組の若い女の子らしい。年末とはいえ、こんな時間まで遊び歩いていたのだろうか?
僕と同じように、声の大きさに驚いて彼女たちの方を見た人間は多い。
視線に気づいたショートカットの女の子は、周囲に軽く頭を下げる。
同じくロングヘアーの女の子も声を潜めたけれど、すぐ前に立っている僕には会話の内容が筒抜けだった。
「みんな話してるんだって、死後の世界に連れてかれる電車のこと」
「私はそんな話聞いたことないけど」
「詩織は噂話とかあんまり興味持たないからでしょ。特別な終電に乗り込むと、そのまま死後の世界に出発しちゃうんだって」
「特別な終電ってなに?」
「わかんないけど、なんかヤバい終電なんでしょ」
「美穂だって詳細わかってないじゃん。少なくともこの電車じゃないでしょ、こんな大人数が死んじゃったら大ニュースだよ」
「そうだけどさ~」
「私はリアルの殺人事件とかの方が怖いよ。去年とか隣町の池にさ~……」
噂話をしていた彼女たちの話題は、あっという間に別のものへと切り替わっていく。
僕にも、都市伝説みたいなものを信じていた頃もあったかもしれない。
口裂け女だとかトイレの花子さんだとか、ありもしない存在に恐怖して、それを友人と共有する。
そうした都市伝説のいくつかは、もしかすると実際の事件が基になっているものもあるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、速度を落とした電車がホームに滑り込んできた。
流れていく窓越しに見える車内には、すでに多くの人が乗り込んでいる。これから自分もあそこにすし詰めになるのか。
その状況にうんざりする間もなく、順番待ちをしていた人々が、開いた扉の中へ列をなして吸い込まれていく。
「わ……っ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「大丈夫。わかってたけど、人多いね」
僕の目の前に高月さんがいることで、直前まで感じていた嫌な気持ちが一気に吹き飛ぶ。
立ち位置を選ぶこともできずに、車内の奥へ押し込まれた僕は、辛うじて座席横の手すりに掴まることができた。
けれど、高月さんは掴まる場所を見つけられずにいるようだ。ヒールのある靴を履いているし、このまま動き出せば体勢を崩してしまうかもしれない。
「……あの、良かったら僕に掴まってください」
「え? でも……」
「ここの路線、カーブも多いから危ないし。……嫌じゃなかったらですけど」
ズルい言い方をしてしまった気がするが、実際に彼女のことを心配しているのは事実だ。
高月さんは少し迷った後に、小さく断りを入れてから僕の腕に掴まってくれた。
ほどなくして、電車が動き出す。
時折後ろの乗客の体重が掛かることもあったが、進行方向に合わせてバランスを取れば、立ち位置は安定してくれた。
電車は徐々にスピードを上げていく。このまま無言でいることはできるが、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。
少しでも高月さんとの距離を縮めたいと思った僕が、意を決して口を開いた時だった。
「ッうわ……!!??」
体格のいい男性に全力で体当たりをされたような、大きな衝撃。
急なことで踏ん張りもきかず、掴んでいた手すりから指が滑り、足が地面から離れる。
痛みを感じたのか、何が起こったのかもわからない。ただ、脳天から鼻に抜けるような激しい衝撃を受けた瞬間、僕の視界は暗転した。
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