大好きな志麻くんに嫌われるための7日間

真霜ナオ

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07:揺れる気持ち

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 自宅から学校までの道のりは、気が重いなんてものじゃなかった。

 現場に居合わせたクラスメイトはもちろん、あの出来事が学年中に広まるのに時間は必要なかったらしい。

 幸いにも志麻くんの怪我は軽く済んだようではあるけれど、手に巻かれた包帯が私に罪の重さを知らしめているようで胸が痛んだ。

 けれどそれよりつらかったのは、志麻くんと眞白が私を庇ってくれたのだと純部先生に聞かされた時だった。

『本来なら、嶋に処分を言い渡さなきゃならないんだけどな。事故だったって当事者の二人が言い張るから、今回はお咎め無しだよ』

 そんな風に思ってくれる二人が奇特なのだということは、その他大勢からの視線を見れば一目瞭然だ。

『嶋ってキレると危ない奴だったんだな』

『藤岡くんに怪我させるとかあり得ないんだけど』

『近寄ったら刺されるかもよ』

 好き勝手に噂する声は嫌でも耳に入ってくるけれど、私はそれでいい。それが当たり前の反応だし、責められる方がずっと楽だと思えた。

 だというのに、彼らはこんな私を放っておいてくれない。

「千綿、一緒に食べよ」

「……眞白」

「俺も今日はこっちで食う」

「……志麻くん」

 教室には居場所がなくて校舎裏の隅でジャムパンをかじっていた私のところに、二人が歩いてやってきた。

 事情を知らないお母さんは今日も美味しいお弁当を作ってくれているけれど、私は購買でパンを買ってこの場にいる。

 またゴミ箱に捨てるようなことはできなかったから、鞄の中にしまったままのそれは、家に帰ったらこっそり食べるつもりだ。

「私は一人でいたいから、邪魔しないで」

 隣に並んで座ろうとする二人の優しさを無下にして、私は立ち上がるとその場を離れようとする。

 仲良く一緒にお昼ご飯なんてできるはずがない。合わせる顔もないのだし、あんなことまでした意味がなくなってしまう。

 そんな私の心の内なんて知る由もない大きな手が、引き留めようと腕を掴んでくる。ざらついた包帯の感触が現実を思い知らせてくるようだ。

「待てよ、千綿」

「……離して」

「どうしたんだよ、俺たち何かしたか?」

 志麻くんの声に動揺は見えるものの冷静さは保たれていて、私の本音を探ろうとしているのだということがわかる。

「あたしたち、千綿の味方だよ」

 私が一方的に傷つけているだけで、二人が優しい人間だということは誰よりもよく知っている。だからこそこんなにも心が痛い。

 吐き出す声が震えてしまいそうになるのを、どうにか堪えるのが精いっぱいだった。

「迷惑なの」

「千綿……?」

「もう私に関わらないでよ!」

 思いきり振り払った手が痛んだのだろう。志麻くんの小さくうめく声が聞こえたけれど、私はそれに気がつかないふりをして地面を蹴る。

 誰もいない場所に行きたかった。誰も傷つけなくていい場所へ。

(どうしてなのかな……こんなこと、したいわけじゃないのに)

 走りながら力いっぱい握り締めた食べかけのパンは、袋の中でぐしゃぐしゃになって真っ赤なジャムが飛び出している。

 私のことを気遣う二人の優しさを前にして、いっそのこと全部話してしまおうかと思った。けれど、そうするのが怖かったのだ。

 同じ日を何度も繰り返すなんて普通のことではない。

 わかっているのは、その先に志麻くんの死が待っているということだけ。それを回避することができるのかだって、今の私にはわからない。

 だけど、こんなあり得ない出来事を誰かに打ち明けたとして、それがもっと最悪の未来を招かない保証もないのだ。

 だとすれば、私一人の力でこの最悪のループをどうにかする術を見つけるしかない。

 そもそも、こんな非現実的な話をされたって頭がおかしいと思われるだけだろう。

「いや……志麻くんと眞白なら、信じてくれるかな」

 突拍子もない話だと呆れながらも、私の言うことだからと真正面から受け止めてくれるかもしれない。一緒に悩んでくれるかもしれない。

 そんな風に思えるくらい信頼している二人を、傷つけることしかできない現実に耐えられなかった。

 泣いたって何も変わることはないのに、込み上げてくる涙を止めることができない。

「うっ……ふ、ぅ……」

 私はただ志麻くんを好きになっただけ。ただそれだけなのに、どうしてこんな罰を与えられなければならないのだろうか?

『自分だけ特別だと思ってるわけ?』

 刺さったままの棘が、傷口を抉るように痛みを重ねてくる。

 身の丈以上を望みすぎたということなのかもしれない。いつか思い出に変わるまで心の中に隠しておけたなら、穏やかな日常が続いていたのだろうか。

『俺は、千綿が好きだ』

 最初の後夜祭の時、志麻くんが伝えてくれた言葉が蘇る。

 大好きな志麻くんが、私のことを好きだと言ってくれた。人生で一番幸せな瞬間だったといっても過言ではない。

 好きな人と両想い、その先に待つのはハッピーエンド。それが普通だと思っていたのに。



 あの日、私が恋に落ちたりしなければ、こんなことにはならなかったのかな?
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