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次なる脅威

3・Chapter 2

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     セリア
――――――――――――――
 私達は新しいアジトである博物館の中へと入った。
サイレンが停止して、奥から私の知っている人物が歩いてくる。
シェンリュ・シフォン。
遊井 美鈴の戸籍上の姉で、異能力者組織であるフェボに所属していた事が有り、アズマが意識を失う前に戦った場所。
シェンリュグランドホテルのオーナーだった人。
ワンピースにジャケット姿で白い髪に黄色い瞳が私の事を見つめてくる。
「シフォンさん。新メンバーを連れてきたけど……」
彼女は少し急いでいる様に見えた。
比留間 コウの方を一度見てから、何か考えている様に自分の顎に手をあてる仕草をしてから言う。
「わかりましたわ。私は今から来る警備や警察の人達の相手をしないといけないので、先に中へ入っていてくださいまし」
言われた通り私達は目的の拠点へと向かおうとすると、彼女は横を通り過ぎていった。
実際。私とシフォンは美鈴という一人の存在でしか繋がっていないけど、それでもチーム再結成には欠かせない一人だと思っていた。
フェボに狙われていた点では同じだし、それに私と魔夜は面識が有るからどんな人なのかは、だいたい知っているつもりだった。
現に拠点まで準備してくれていたのも彼女だ。
博物館の立ち入り禁止になっている廊下を通りカードキーを通してドアを開く。
中へと入るとまた短い廊下。
来夢がすこし不思議そうにしながら魔夜に話しかける。
「ねぇ、さっきの人って?」
「シェンリュ・シフォン。前に貴女もホテルに乗り込んだ事があるでしょ? そのホテルのオーナーだった人。大金持ちの娘ってところね」
「へぇ~」
彼女達の会話を聞いていると、直ぐにメインルームへと到着した。
広い空間に大きなモニターが一つに、カウンターデスクに内蔵されたモニターが複数。
まるでドラマで見る宇宙船の内部みたいだというのは、この場所に来る度に思っている。
コウは物珍しそうにしながら辺りを見渡している。
「ここが私達の拠点。メインルームの隣は医療設備が備わってるから、怪我してもここに来ればシフォンさんが治療してくれるわよ」
皆がメインルームの周りに繋がっている部屋に目を通していく。
治療室も程々な広さで二つの堅そうな固定ベッドが置かれてある。
私達はこの場所から新しく始めていかないといけないんだ。
メインルームにはちゃんと椅子も用意してあるけど、寛げるようなスペースは無さそうみたいね。
「皆にカードキーを渡しておくわね」
棚のガラス戸を開いて、中からこの拠点に入る為のカードキーを一人に一枚渡していく。
するとコウは少し眉を吊り上げてから私の事を見上げてきた。
この子けっこう小さい。
「ボクは力を使うと磁気を放つから、こういうカードは壊れてしまう。それに自由に出はいりはできる」
「そういえば、電気回線や機械の中にも入り込めるんだったわね」
「ダクトや隙間も通れる」
コウの能力ってそんなに便利な能力だったのね。
ちゃんと話したのも今日が初めてだから、知らなくて当然だけど。
「じゃぁ自由に入って」
「それより、ヴィテスは何処にいる?」
「ヴィテスって、エルディーの事よね。彼なら居ない」
「……どうして!」
彼は声を荒げてそう言ってきた。
何でこんなに怒っているのか私には全然分からない。
やっぱり、恨みでももってるのかな。
「彼は辞めた。もう三ヶ月前くらいにね」
「……通りで見ないはず。何かあったのかい?」
「えっと、話すと長いわね」
言うほど長い話ではないけど、ついそう答えたのは説明するのが面倒だったのもあるけど、彼は何か隠している様に見えたからだ。
エルディーに対する妙な感情は、彼の事を見ていたら誰でも分かる。
一瞬だけ魔夜の方へ視線を向けたけど、彼女はカウンターデスクのモニターに釘づけで気づいてない。
そうこうしていると、この部屋の中にシフォンがやってきた。
「君達がセリアの選んだ新しいチーム候補ですわね?」
唐突に現れた彼女は全員が視界に入る場所に立ってから微笑んでいた。
でもコウの方へと視線を向けると、直ぐにその表情が変わる。
「候補じゃなくて、チームよ。もう決めたの」
私がそう言うと、なんとなくだけど分かった。
シフォンはコウがチームに加わるのを反対している感じなのね。
前にもこのパターンは経験した事がある。
「彼は犯罪者で、二度も……」
「私が一番知ってるのはシフォンさんも理解してるでしょ?」
表情を歪めるシフォンをコウは見ていた。
腕を組んでからしかめっ面になる彼と、シフォン向き合う私。
「もっと他の方も居たでしょうに。どうして、よりによって比留間 コウですの?」
「私の勘よ。そしてこの勘はジョニー・スミス級にあたるのよ」
言い放った言葉の後、自慢気にしていたのだけど、皆まるで無反応だった。
あれ、何か変な事言ったかしら。
「皆デッド・ゾーン見たことないの?」
来夢や魔夜の方へと視線を向けるけど、分からないといった表情を浮かべている。
この感じは皆見たことがないって顔ね。
シフォンの方を見上げるけど、流石に勘だけじゃ反対のままかな。
そう考えている時だった。
コウが溜息を一つしてから言う。
「邪魔ならボクは出ていくよ」
「駄目よッ このチームで決定なの!」
私がコウの腕を掴んで引っ張ると、彼は何だか面倒くさそうな表情をしている。
シフォンさんが何を言おうと私は考えを変えるつもりはなかった。
彼もアビリティー犯罪者を倒しているのは事実なのだから、狙われている彼を護れるのは私達しかいない。
だったらチームになるのが一番なのよ。
「私の能力はこんなだから、コウは絶対に必要よ」
「それでしたら、来夢の念動力でも有効に戦えると……」
「来夢は実践不足なのだから、少しは訓練が必要よ。場所はあるのよね?」
「廊下を左にいったら、訓練設備もありますわ」
乗り気じゃないシフォンを押し切って、どうにかコウの居場所をここに作ってあげられそうね。
コウの肩をぽんっと叩くと、ジト目で私の方を見てきていた。
「頑張ってねコウ。私はセリア・レインベール」
「知ってる……石垣 来夢に柳 魔夜。シェンリュ・シフォンはボクの父さんの部下だったみたいだね。リストを見たことがあるから知ってて当然」
「……可愛くないわね」
「ボクも18歳だから、可愛くみられたくはないな」
「えっ 同い年なの?」
私の問いに彼は顔を赤くして睨んできた。
てっきり中学生くらいかと思っていたから、外見の印象で人を判断したらダメね。
誤魔化しながらテーブルに置いてあるインカムを手に取り、コウへと差し出す。
「これは今後現場に行った時の連絡手段ね」
まだ少し睨んでいるコウは、インカムを受け取ってから上下左右に傾けて見回す。
「……磁力で壊れたりは」
「ミスズの創ったインカムは特別製で、耐熱カバーと磁気を受けつけない……えーっと、何かがあるの。でも一度はコウが何ボルトくらい放電するのか計測したがよさそうね」
「そうか。美鈴という人物は優秀な科学者なんだな」
「そぅ、ね……」
目を反らした先にシフォンさんがいる。
彼女もミスズが亡くなってからショックを受けていた。
義理であっても仲の良い姉妹だったのだから、あたりまえよね。
私とミスズも長い様で短い時間の中、ずっと一緒にいたんだから、それなりにショックは……
「どうかしたか?」
コウが私を見上げてから言ってくる。
顔にでちゃってたのだろうか。直ぐに気を取り直してコウの手を引っ張り移動していく。
ミスズがしようとしていた事を私がする。
居なくなったアズマも、私が絶対に見つけ出してみせる。
「来夢も一緒に来て。さっそく能力の測定よっ」
「う、うん」
コウを連れて廊下へと出ていくと、来夢が急いで後をついて来る。
メインルームへと残されたシフォンと魔夜は、久々に同じ部屋に二人っきりになった。
とくにこれといって話す事もない魔夜は、いつもどおりぶっきらぼうに無言。
シフォンはそんな魔夜に笑顔を向けた。
「調子は良さそそうですわね」
「まぁ、それなりにね」
「あの殿方とはどんな感じですの?」
「はぁ!?」
赤くなった魔夜が声を放つのを見て、シフォンはより笑顔になる。
「と、ととっ 殿方って誰の事よ!」
「柵 日向。たしかそんな名前でしたよね?」
「日向とはッ べつに……そんな関係じゃ」
魔夜の声がだんだん小さくなっていくのを聞いて、悪戯な表情で微笑むシフォン。
彼女達の会話を廊下を移動している私達の耳にも聞こえていた。
左へと移動していくと直ぐに広い場所へと出る。
部屋に入って直ぐの場所にあるスイッチに触れると、照明がついて部屋が明るくなった。
多種多様な機械が置かれているが、その大半はアズマが使っているものをここに置いているだけ。
私は大きなパイプサイズのコードが繋がっている機械へと近づき、扱えるかを見て見る。
配線は別のきかい機械へと繋がっていて、一つのPCへと更に繋がっている。
「それじゃぁコウはそこの機械の横にある椅子に座って、肘置きに両手を触れてた状態になって」
言った通りに彼は専用の椅子へと座ってから、両手を肘置きへと触れた。
PCのスリープモードを解除して使う機械の測定画面を開く。
チェックをしていると来夢が隣に立ってから覗き込んでくる。
「凄いね。この部屋に有るの色々なアビリティーの測定器?」
「ほとんどはそうね。強化ガラスの向こうにあるのは、簡単に言うとアビリティー用のバッティングセンターよ」
「テニスボールが出て来たりしそうだね」
「反射神経を鍛えられるわ。力のコントロールや訓練に使ってる」
私が説明しながらセッティングを整えたのを目で再確認。
完全に準備が完了している状態になっている。
コウの方を見てから声をあげた。
「それじゃぁ、全力で能力を使ってみて。きつくなったりどこか痛かったらやめるのよ?」
「了解」
ゆっくりなんて事はせずに、彼は一気に自分の能力の全開値を引き出す。
発生する電流が全て機械へと移動していき、その威力はPCの画面から見る事ができた。
数秒が経過すると、数値が一定の場所を行ったり来たり。
そこから直ぐに同じ数値から動かなくなった。
「63アンペアの2711ボルト。人が簡単に感電死するレベルね」
まさかこの電力を浴びてあの男は無事でいたというの?
考えている最中にコウが能力を止めた。
両手を離してからぐったりとなる姿を見て、疲れているのは直ぐに分かる。
「大丈夫?」
「全力だと……僕は長く持たない。その分を蓄える必要があるから」
つまりいつも全力で攻撃する事はできないってことね。
それでも0.1アンペアの電流で人は感電死するとミスズから聞いた事がある。
その威力を受けても奴は細胞を一瞬で再生させていた。
あの回復速度は今まで見てきたアビリティーにはいない能力。
「コウの能力がどんなものかも分かったから、策戦も必要そうね」
ただ相手の事を調べるにしても、どうやって調べたらいいのかは私には全然分からない。
いつもならミスズが簡単に調べてくれていたけど、いざ新チームを結成したところでの疑問。
誰がその役割をする事ができるのか。だった。

◆◆◆◆◆◆◆

 夕日に照らされながら歩いていく一つの影。
五徳市の海辺に位置する香封町にある海岸沿いの岩場へ、一人の男が脚を踏み入れた。
後から照らしてくる夕日を浴びながら、海を見つめる。
夜になろうとしている海には人の姿は無く、自分だけがこの場所にいる感覚ばかり。
そんな所に一人の気配が近づいて来る。
俺は振り向いた。
制服姿の女が一人。
「もう、準備はできたのはずでしょ。まだ迷ってる?」
「……いいや。迷ってはいないが」
「記憶を欲しているのは分かる。でも、それよりも先にする事がある。その使命を遂げた時に貴方は神の祝福を受ける」
彼女の言っている事は俺にも理解できなかった。
肌寒い風が吹く中、俺は肩からかけている布で手を隠す。
布の下で腕を組む様にしてから温かみを保とうとした。
「一ヶ月だ。たったそれだけで色々あった」
「私はずっと見守っていた」
「異能力者……アビリティーはこの世界には過ぎた存在」
「そうね。私も同感」
「だがそれは俺個人の考えだ」
彼女の顔を見ながら言うと、真剣な表情なのが見て分かる。
俺にとってはそれすらも疑問でしかなかった。
「貴方は選ばれし人の子よ」
「前から気になっていたが、人の子とはどういう意味だ?」
「そのままの意味」
「まるで貴女自身が人でない様な言いかただな」
その言葉に彼女は微笑んだ。
夕日に照らされたその表情は、少しばかり幼くて整っている女性の顔立ちだ。
俺の発言が本当だといわんばかりの微笑みに、正直不気味さすら覚える。
「貴方の持つ賢者の石は、この世界に存在しなかった物。それで、無いモノを有るモノにし、有るモノを別のモノ。或いは持つ者から自分へ受け継ぐ事ができる」
「……前にも聞いた。そして俺は一度それを行なった」
「もう一度聞くけど、貴方の使命は?」
「愚かな人間達の異能力を全て奪う事」
「それでいいのよ。貴方には資格があるのだから……選ばれし人の子」
コイツと話すのは慣れない。それに今後も慣れそうにはなかった。
彼女を睨んでから直ぐに視線を離して、海の方へと向く。
「何故俺が選ばれたんだ」
「それは、また別の機会に教えてあげましょう。[[rb:功鳥 梓馬 > こうとり あずま]]」
言われてもしっくりとは来ないが、どうやらそうらしい。
俺は自分の足元に転がっている一人の男を見つめた。
気を失っているソイツへと取り出した銀色の鉱石が入ったカプセルを触れさせる。
それと同時に異様な光が鉱石へと吸収された。
異能力者は全て倒す。
全て消す。
「準備はできたと、伝えてくれ」
「御意」
彼女は不敵に微笑んでその場から一瞬にして消えていく。
夜へと変わる海の景色の中へ、俺は身を包んでいった。

◆◆◆◆◆◆◆

     セリア
――――――――――――――
 メインルームへと戻った私達は、夜の7時になろうとしている時間にまだアジトに残っていた。
コウは能力スペックを計った後だからか、少し疲れている様子で椅子にぐったりと座っている。
そんな中でシフォンがカウンターデスクのモニターに映っている映像。
それをを私達に見える位置の大きなモニターにも表示した。
コウを襲ったアビリティーの男。免許証の写真やその他の情報が連なっている。
「あの男の事が分かりましたわ。阜 狼牙、27歳でリストに載っている人物ではない存在でしたの」
私のお爺様とアズマの研究リストに載っていないという事は、生まれながらの能力者ではないという事ね。
となると彼の能力は、もしかして……
「今セリアが考えている事がおそらく正解ですわね。五ヶ月前の事件で発生したディメンションホール。あの大穴開いた時間帯、彼は漁船の魚倉の中に落ちたとか……」
「つまりその時にアビリティーに変異したのね」
原因が分かったとしても、あの身体の発達は他のアビリティーには無い特別なもの。
「彼の腕って瞬間的に変異を起こしているのかな。それと、彼自身の本来の能力はたぶん再生能力よね」
私が言うと来夢が頷いてくれた。
あの男と戦って一番近い距離で見ていた私達だから分かることが、その再生していく皮膚だった。
「再生能力はともかく、あの変異をどうにかしない限りは腕力で押されてしまいそうね」
「リストには、似たような能力を使うアビリティーは居ませんでしたわね」
「このメンバーじゃ、中々話進みそうにないわね。エルディーが居れば一瞬で捕まえる事もできるのに……」
何かを思い出しそうになりながらも、結局思い出せない。
私達のメンバーでどうにかするにしても、私の炎は奴を吹き飛ばせる威力をだせるだけ。
それも人が多い場所では使えない。コウの電気は奴には効果が薄く、来夢の念動力は押し弾く専門。
対策を考えようと思っても、やっぱりミスズが居ない穴が埋まりそうには無かった。
「あ、前にミスズが作ったウォーターグレネード。コウに使ったアレを使えば、電気を通しやすくなるわよね」
思い出してから言ってみた。いくらアイツでも湿気の強い場所で電撃を受けたらそれなりなダメージを受けるはず。
意識不明になってくれればいいのだから、それは有りだと思った。
「作れる技術者がいませんわ」
シフォンの一言で策戦は実行に映る前に終わってしまう。
確かに、設計図はあっても作る人がいなければ物自体が用意できない。
それ以外に何か考えられる策戦はあるのかな。
「考えてでてこない意見はどうしようもありませんわよ。各自ちゃんと休憩をとって、何かあったら私から連絡しますわ」
シフォンのその言葉に皆が賛成するように頷く。
出ない意見を待ったり考えたりしても意味の無い時間が過ぎるだけ。
それより休んだ方が一番いいものね。
「ん、そうだ。コウって帰る場所」
「今のところは無い」
「でしたら、この拠点に数部屋空いている場所がありますけど、いかがでして?」
「言葉に甘える事にする」
あまり喜ばしくはなさそうだけど、コウは外に出ればいつ襲われてもおかしくない。
一番いい判断だろうと、私は密かにそう思った。
拠点での活動は今後も油井意義に使えるというのが分かり、どの設備にも不備は無さそうに見える。
この博物館は屋上にソーラーパネルや予備電源も有り、もしも対策もしてるらしい。
本当に立派な拠点ね。
シフォンはミスズの為にこの設備を作っていたらしいのだけど、まさか私達だけがこの場所を使う事になるなんて、彼女も思っていなかったはずよね。
出口から博物館の方へと出てから、私達は各自帰宅する事にした。
帰り道の途中で魔夜と来夢と別れ、一人で歩き進む。
この場所から帰るのには少し時間がかかったけど、色々と考え事をしているとあっという間だった。
私の帰る場所。アズマの家へと帰り着いて家の中へと上がる。
「ただいまぁ」
今日も部活帰りの土筆が顔を覗かせてくる。
「おかえりセリア。もうご飯できてるぞぉ」
「ほんと、いい匂いね」
リビングへと向かうと、多加穂さんが料理をテーブルに並べている姿があった。
いつもお世話になってばかりだけど、いつか恩返しでもできればいいなぁと思ったり。
「ただいま。今日のご飯はハヤシライス?」
「そーよぉ。ちょっとアツイけん、火傷せんように食べてね~」
いつも座っている自分の椅子へと腰を下ろすと、土筆も後からやってくる。
向い側の席へと座ると直ぐに彼はスプーンを手に取った。
スポーツ部に所属してる運動男子は、食欲旺盛なのはアニメだけじゃないみたいね。
多加穂さんも椅子に座ってから食卓に皆が揃った。
うん、揃ったのよね……
「「「いただきます」」」
三人で夜ごはんを食べ始めると、土筆が何かを思い出した様に私の顔を見つめてくる。
何かあったのかなと少し急いで口の中に入れたものを呑込んだ。
「そういや俺の学校のヤツが、アズマに似た人を見たって言ってたんだ」
「え、それって何処で見たのか聞いたの?」
「先週の日曜に中央区で見たらしい」
情報に信憑性が無くても、この五徳市にまだ居るなら探すべきよね。
どうしてアズマがうちへ帰ってこないのかも気になる。
でもそれを聞き出すには、まずアズマ本人を見つけ出すしかない。
私はジーっと土筆の方を見つめる。
「……な、何だよ」
「明日部活はあるの?」
「試合終わって、俺達卒業生だからもうほとんど無いし。明日も休み」
「なら、私と中央区に行きましょう!」
「えッ!?」
笑顔で土筆に言うと、彼は少し引き気味だった。
休みの日に外へ出るのがそんなに嫌なのかな。
そんな感じの土筆の方を多加穂が見てから微笑む。
「行ってきぃよ。セリアちゃん面倒見いいけんね」
「お、俺はそんな子供じゃないし」
「それで、私とデート行くの 行かないの?」
「行くけどデートじゃないッ 兄貴を探すんだ」
「なら、オーケーってことね」
赤くなった土筆を他所に私はスプーンでハヤシライスを食べていく。
アズマが与えてくれたこの場所が、私にとっての一番安らげる居場所。
この居場所を護る為にアズマは戦っていたのに、ミスズが居なくなった今を彼が見たらどう思うんだろうか。
不安でありながら彼に速く戻ってきてほしいとも思っていた。
多加穂さんや土筆にとって大切な存在がアズマなのだから、絶対にここに取り戻さないと。
食事を終えてお風呂に入り、パジャマ姿で洗濯機を回す。
二階へと上がって、自分の部屋へと入るとボーっと立ち止まる。
誰かの為の正義で戦うと、いつも失ってしまう。
そんな気がしてならなかった。お爺様もそうだったのかな。
エルディーの戦いが結果的に大きなものを失ったのと同じで、私も大切な人を失った。
良い事をしたい。良い人になりたい。誰かを助けたいと思うと、そう思った人達は馬鹿を見る世界なのかもしれない。
でも、それでも私はそっちの道へと行こうとする。
だって、それをやめると今までの自分を全て否定することになるもの。
だから、傷ついてもやるしかなくなるんだ。
「……ミスズも見守っててくれるかな。聞くまでもなく、あたりまえよね」
ミスズのしようとしていた事は私がやってみせる。
アズマが帰ってくるこの日常を限りなく平和な世界にしたい。
私達の幸せを紡ぐ為に、そうしたい。
ベッドへと腰を下ろしてから、テーブルに置いているミスズと自分の写っている写真を見つめた。
「明日は土筆とデートね。いつものゴシックロリータだと嫌がりそうだから、別の服でも着てみようかな」
休日である明日の事を考えながら、気が付けば眠っていた。
この悲しさも寂しさも、いつかは薄れていくのだろうか。
薄れていく中でも、思い出しては振り返ってしまうのかは、きっと個人差があると思う。
今の私は、この家族の皆が悲しんでいる姿を見たくないという気持ちが大きかった。
私が楽しく安息できる生活ができるこの家を、家族を私は守りたい。

     三ヶ月前
 朝日に照らされながら目を覚ますと、いつも通り美鈴が私を抱きしめて眠っている。
彼女とは同じベッドで寝て、いつもこんな感じに眠っている。
アズマが意識不明になって直ぐで、美鈴も色々と慌ただし何かを開発していた。
私の机の上には美鈴の私物機械が置かれているのが見える。
「ミスズ。もう朝になったから、起きてくれるかなぁ?」
「……むぅ、いや。今日はセリア休み……私は寝る」
「ほら、早く起きて。ミスズは何か作ってるのよね?」
「そうだった……」
がばっと急に起き上がり私から離れる美鈴は、私を乗り越えてベッドから飛び降りる。
体格も行動も凄く子供っぽいのに、あれでも14歳で天才飛び級少女なのよね。
それにしても、何を作っているのかは分からないけど、気を張り詰めすぎるのはよくないと思う。
「ねぇミスズ。一緒に買い物にでも行かない?」
「……私は、すべき事がある」
「すべき事って何よ」
「ひみつ」
真剣な表情で工具箱から見慣れない器具を取り出して基盤に熱を与えたり。
「ミスズ。その器具は?」
「持ち運び可能なワイヤレス充電タイプのハンダゴテ」
「へぇ~、ところで買い物行かないかなぁ。もしかしたらミスズが欲しい機材が有るかもしれないわよ?」
私の言葉の後、美鈴の動きが止まった。
何かを考えているのだろうか。私の方を一度見てから、何かを確認している。
ショッピングモールまでならここから近いし、道中にそういう店が有ったはずだから問題ないはず。
「……行く」
「決まりね」
笑顔を私に向けてくる彼女の表情は、初めて見た気がする。
楽しそうにする彼女を引き連れて私達は買い物へと出かける事になった。
外へと出れば少し曇り空が広がっていて、雨はふりそうにないのを見ながら歩き進んだ。
霧坂区の方へと足を踏み入れて、目的の機材が売っているお店。
メタローという看板が見えてきた。
歩道を二人で歩いていると美鈴が唐突に話しかけてくる。
「アズマの録音……聞いた?」
「まぁ多少は聞いたけど」
「……2018年4月1日 奴等は教授の娘が能力者だという事を知った。まずい事になった。教授は、セリアを護れと言ったが、俺はどうすればいい。教授は恩人だ。できれば教授を護りたい」
録音されていたメッセージの事だろうか。
一ヶ月前くらいの日付だけど、たしかフランスから日本へと来る前。
お爺様が殺される二日前ね。
「アズマは教授と約束をしてたの……貴女を護る事が一番大切な事だった。すごい人」
「凄い人なのは知ってるわよ。私の恩人で尊敬できる人なんだから」
「アズマは貴女を護る為に組織と戦った。彼が救ったこの街を、私は守りたい」
「それで自分が傷ついても、危険と隣り合わせでもやりたいの?」
彼女は一度私から視線を離してから、眉をキリっと釣らせた後、直ぐにいつもの表情でこちらを見る。
「大丈夫。私は、私のやりたい事をして……その結果が死なら納得いくから」
いつもでは見られない様な凄く優しい表情を私へと向けてきた。
何だろう。ミスズを見ていると凄く温かい気持ちになる。
「今作ってるのは、その為の準備なの?」
「そう。必要な準備」
私達が店の前へと来て、さっそく中へと入ろうとした時だった。
店の外で喧嘩でもしているのか、パーカーフードで頭を隠している男がスーツの男性に殴りかかった。
「テメェがあんな仕事を勧めなかったら、俺はこんなにはならなかったんだ!!」
声を荒げている男は両手を広げながら砂鉄を自身の体から落とし、ソレを操っている。
それを見てミスズの表情が急に険しくなった。
どうかしたのかと思ったら、隣に立っていた美鈴が私の袖を引っ張る。
「あの人、本気。緑色に見える……」
確か緑色は殺意のある色だったかな。
「どうすればいい?」
「……磁気操作だとすると、水に弱いかもしれない。もしくは、身体が砂鉄……? セリアは、時間を稼いで」
私は何となくで持ってきていたスカーフをポシェットから取り出し、口元をスカーフで隠して後で結ぶ。
異能力者には異能力!
美鈴が店の中へと入っていくのを見てから、再びスーツの男性に襲い掛かろうとしている彼へと炎を放射した。
驚く相手の様子を見ながら、私は右手の上に火を移動させる。
「異能力犯罪を見逃すわけにはいかないのよ」
「チッ……」
舌打ちをする男は体から更に砂鉄を生み出して、私の方へと向けようとした。
その時だった。
美鈴が一つの機械持ってきて作動させる。
妙な音が聞こえたかと思うと、砂鉄もろとも彼の体がその機械の方へと吸いよせられた。
一メートル程ある冷蔵庫みたいなソレは、私には何か分からない。
「磁気発生器、役に立った。店長のおかげ」
人通りの少なかったこの場所で、私達は初めて異能力者を捕まえた瞬間だった。
今思えば、美鈴にスイッチが入ったのはこの時なのかもしれない。
私はスマートフォンで東条刑事を呼んでから、美鈴と共に買い物をしようとお店へと入る。
「ねぇミスズ。私ってどんな色に見える?」
「……赤と、茶色」
彼女の言葉が私の頭の中に響きこんできた気がした。

ふと夢だと気が付いて目が覚める。
起きてから理解するのは、その夢が過去の追体験だった事だ。
朝の明るくなりはじめた外の光源が、部屋の中も明るくしている。
懐かしい、夢ね。
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