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次なる脅威

3・Chapter 3

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     セリア
――――――――――――――
 朝食を終えて支度をした私はリビングへと、階段を急いで降りてから向かう。
そこには皿洗いをしている多加穂さんの姿があった。
いつもと違う服装だけど、やっぱり黒に赤のアクセントが一番よね。
その方がカッコイイもの。
リビングからキッチンへと足を踏み入れて、多加穂さんの隣に並んだ。
「私が代わりにするから、多加穂さんはお仕事へ」
「あ~、ごめんねセリアちゃん。それにしても随分馴染んだね」
「えっと、私はいつも通りのつもりだけど」
「敬語とか無しに、家族みたいに喋ってくれて。私はそういうの嬉しいけんね」
そういえば、ここに来て直ぐの私は多加穂さんに対して敬語で話していた。
もうすっかり忘れていたけど、ここで生活しているうちに本当に自分が家族みたいになっていたのかもしれない。
「それは多加穂さんが、私が居やすいようにしてくれたからで……凄く感謝してて。早くアズマにも帰ってきてもらわないと」
「急がんでもいいけんね。私の方もアビリティーの件で仕事が忙しくなってるけど、セリアちゃんは今ある学校生活を満喫してもらわんと。それと勉強もね」
笑顔でそう返された。
私は泡のついた皿を水で綺麗に流しながら、その笑顔につられて微笑む。
「はい」
自分の居場所がここで本当に良かったと思えた瞬間だった。
「それじゃぁ、私は仕事に行ってくるけんね」
「いってらっしゃい」
濡れた手をタオルで拭いてから、リビングに置いていた鞄を持つ多加穂さんは慌ただしく出ていった。
玄関のドアが閉まる音が響き聞こえてくる。
残っている皿を洗っていると、土筆がリビングへとやってきた。
スポーツ部をやっていた割に凄くゆーっくりと準備をしていたみたいね。
そんな彼が声をかけてきた。
「もうそろそろ出るのか?」
「そうね。私は何時からでもいいと思うわ」
「ん~、せっかく休日に早く起きたんだし。早く出ようぜ」
何だかんだで、土筆も能力を使う生活に慣れてきたみたいね。
アズマとの喧嘩の発端はその能力だったのに、今となっては使うのが普通な感じ。
やっぱり、喧嘩した事を悔やんだりとかしてるのかしら。
彼は手から放つ電気を扱って、家の鍵を浮かせていた。
していた事を終えてから、私も既に準備はできている状態。
「よしっ、行きましょ」
土筆は宙に浮かせた鍵を掴み取ってから、私の方へと視線を向ける。
「久々の中央区だし、歩いていこうぜ」
「いくら早い時間だからって、ハリキリすぎじゃない?」
スポーツ部は元気マックスみたいね。
まぁ歩きで行く分には問題は無い距離だろうと思った。
それに家から中央区までは、そう長すぎる距離でもない。
私も土筆の意見に賛成する事にした。
二人で家を出てから戸締りをして、朝の日差しを浴びながらアスファルトの道の端を歩いていく。
まだ少し冷たさのある空気が流れているけど、太陽の温かさで少しずつ温度が上がる。
「土筆ってもう力には慣れたの?」
「え、まぁ多少は」
「最近じゃ日常生活にも浸かってるから、もう馴染んだのかなって思ったのよ」
「兄貴が対して心配していなかったのもよく分かるくらいには、完全にコントロールできてる」
土筆は苦しい表情でそう言ったけど、やっぱり喧嘩の事は気にしているのね。
でも言った台詞はどちらかというと皮肉交じりな感じだけど。
「アズマは心配してなかったワケじゃないと思うわ」
「知ってるって。あの時は丁度、フェボって組織と戦ってたんだろ?」
「そう。この街にいる人々の潜在能力を引き出して、そうでない人を殺そうとしていた組織をアズマは殲滅した。仲間と共にね」
その事は私が何度も土筆に説明した事だった。
何度話しても土筆の考えは中々変わらなかったけど、力を制御して生活するようになったのは、街にアビリティー犯罪者が溢れ返った事件の時。
偶然にも土筆は、日向の弟の柵 梓と出会って心境が変わったみたい。
私的にはあの人けっこう苦手なんだけど、土筆が前向きになったのだからそれだけでも良い事よね。
「最近はアビリティーに対しての視線とかキツクなってきたから、土筆も気をつけたほうがいいわね」
「そうなのか?」
「前に収容所からアビリティー達が脱獄した事件があったでしょ。便乗するように他のアビリティー達まで犯罪に手を染めた」
「あー、でもそれって確か7割は普通の人達だったやつだろ?」
土筆は不思議そうにしながら少し考えているみたいだ。
そんな彼の方を見ながらも前へと歩き進みながら話す。
「力を持たない人からしたらアビリティーは脅威なの。だから一般人達によるデモや、新しい法律を作れとか。そういう事が五徳市外で起こってるのよ」
「つまり、アビリティーは嫌われてるって事か」
「まぁ、だいたいそんな感じね。色々と政策をしているらしいけど、最近は火星の事の方が話題になってるんじゃないかしら」
「あー、あれだっけ。火星に移住とかパワードスーツや自律型AIロボットとかの」
「そうそう。宇宙って聞くだけでドキドキすると思わない?」
あまりそうではなさそうな表情の土筆は興味なさそうにしていた。
私的にはエイリアンとか宇宙人とか、そういうのって凄く気になる対象なんだけどね。
「そろそろ中央区に入る十字交差点ね」
「だなー」
休日の朝も車が行き来していて、タイヤがアスファルトと擦れる音やエンジン音がよく聞こえてくる。
交差点の前で立ち止まってから視線を左右と交互に向けて、風景を確認する。
私はあまり中央区については詳しくないのだけど。
そんな事を考えていたら土筆が話をふってきた。
「中央区といえば、セリアも前に行った事あるモールデライトだな。行こうぜ」
「大きなデパートのこと?」
「それそれ」
「アズマを探すのよね」
「もちろん。楽しみながら探さないと苦痛でしかねーし。今日は休みの日なんだからさっ」
凄く楽しそうな笑顔を放ってきた。
見てて眩しいし、何だか少し恥ずかしくなる。
道を憶えている土筆に案内されながら、目的地であるモールデライトへと歩き進んでいく。
そういえば、エルディーとの関わりが少なくなったからかスイフトとの交信も無い気がする。
時間軸を書き換えるファスターを嫌う彼女なら、エルディーを無理矢理にでも動かそうとするかと思っていたけどね。
今のところはそんな予兆もなさそう。
辺りを見回しながら、車で移動している時とは違う角度からの視点が新鮮に感じる。
「ねぇ土筆」
「何だよ」
「アズマに会えたらどうするつもりなの?」
「ん……謝りたいな。自分勝手にキレた事とかさ」
言いにくそうにしながらも頭を掻きながら、彼は私にちゃんと話してくれた。
やっぱり、兄弟は仲が良いほうが絶対にいい。
アズマだって土筆に対して憎悪とか、そういう事を想う様な人じゃないからね。
「彼なら怒ってないと思うから、ちゃんと話せば仲直りできるはず」
「だといいけどな」
私の言葉に微笑みながら返す言葉は、少し弱々しく彼らしくない様な印象を与えてくる。
いつも元気な彼が落ち込んでいる姿を見るのは、たぶん二度目かもしれない。
土筆が異能力に目覚めた後の数週間は、ずっと暗い表情だったのはとてもインパクトがあった。
道中にはまだ開店前の飲食店や自転車整備の店が有り、シャッターを半分手前くらいまで上げた状態で中は暗い。
どのお店も開店準備中の様子なのを見ながら進む。
左手につけている腕時計を見て見ると、まだ8時を過ぎて直ぐの時間。
デパートも他の店も開店時間は9時や10時くらいよね。
24時間開いているコンビニや朝からオープンになっている喫茶店はあるみたい。
周りを見ながら車が通る度に風が肌に触れる。
「そういえば、兄貴って何でセリアの護衛をしてたんだ?」
こっちを見ながら言う土筆を横目で見ている。
「彼は、私のお爺様と約束をしていたそうよ。それで私を護ったり、私の暮す日常を守る為にと少し飛躍して行動していたというか……」
「約束の為にって、どうしてそこまで」
「アズマは、お爺様を恩師と思っていたのかもしれないわ。私にとってはアズマが恩師なわけだけどね」
そう。私にとってアズマは尊敬できる恩師なんだ。
彼が私の日常を守ろうとしたみたいに、私も誰かの日常を守りたいと思った。
でもそう思った発端は美鈴あってのこと。
それでも切欠を貰ったことには変わりないはず。
「フランスでの彼は凄く人見知りで私と話した事もなかったのよ?」
「マジかよ」
「始めてちゃんと話したのは今年、お爺様の葬式の後」
「無口な兄貴かぁ、でもイメージはできるかも。うちに来ても話しかけてたのはいつも俺からだった気がするし」
まだまだモールデライトまでの距離は長いみたいに感じた。
近くのコンビニでコーヒー牛乳を買ってから、二人並んでゆっくりと飲み歩く。
こういう日も偶にはいいわね。
歩いて移動しているうちに、時間はどんどん進んでいく。
色々と会話をしながらも、気が付くと大きなデパートだと分かるくらいのサイズの建物が見えてきた。
前に家族全員で買い物をしに来た時と、エルディーの買い物に付いてきた時に来たことのある場所。
多種多様な店と広いフードコートのある五徳市最大のデパート。
それがこのモールデライトなのだ。
丁度時間は10時を過ぎたくらいの場所に長い針が指している。
「ついたわね」
二人で北側ゲートから入り、休日で子供連れの家族やその他の老若男女沢山の人達が来ている。
人が行き交うメインホールを進み、人混みの中を掻き分けながら土筆と離ればなれにならない様に目で追いながら歩く。
でもやっぱり、休日のデパートは多いわね。
流石に見失いそう。
私は土筆の手を掴んでから強引に繋ぐと、二人で並ぶ様にしながら見回る事にした。
「な、何すんだよ」
「この方がお互い迷子にならないと思うのよ」
頬を赤くしている土筆を見ていると、悪戯をしたくなってくる。
そんな気持ちを抑えながら、この建物の中を移動していく事にした。
中央区にある一番大きなデパートなだけあって、いつ見ても大きく広い内装だった。
一階のフロアから見て回っていくと、土筆がゴミ箱にコーヒー牛乳のパックを捨ててから指を差す。
「アレ食おうぜ」
「……?」
私も飲み終えたコーヒー牛乳のパックを同じゴミ箱へと捨ててから、土筆の指す方向へと視線を向ける。
その場所にあるのは五徳市発生のマヨバーグという店の看板。
そして、壁に貼られたお店の大きな広告ステッカーには人気商品であるマヨバーグライスバーガーのジューシーな写真。
アレは凄く、食欲をそそられる様断面だ。
でも朝ごはんは食べたんだけど、と言う間もなく土筆が店のカウンターへと駆けて行く。
「ちょっと、置いて行かないでっ」
私が追いかけて土筆の隣まで来ると、既に注文を終えてから会計を済ませていた。
少し待たされてから、店員が袋を手渡してくる。
ブラウンの紙袋を土筆が受け取り、その中に入っているであろう食べ物の匂いが一気に漂ってくる。
朝ごはんは食べたはずなのに、その匂いが嗅覚を刺激すると、口の中で唾液が……
「ほら、セリアも食べたくなったろ」
「うん」
「二階に見渡しの良い場所にソファーあるからさ。そこに行こう」
この場所に詳しい土筆の案内に従って、只管について行く。
向かった場所は二階の両サイドの通路との接続した渡通路の上。
下から見ると橋にでも見える様な大きな道だが、そんな場所に小さなテーブルや固定ソファーが設置されている。
買い物に来ている子供が座っている姿を見ながら、空いている場所へと私と土筆が腰を下ろした。
ソファーから座ると、手摺の下部はガラスになっていて、下や上の景色を覗き込めた。
色々な人達が行き交っているのを見るのは、まるで蟻でも観察しているみたいだ。
「ほら、セリアの」
土筆が袋から取り出した包み紙を被っているライスバーガーをこっちへ向けてくる。
それを私は手に取ってみると、熱が[[rb:掌 > てのひら]]に伝わりほこほこになった。
「けっこうアツイ」
「早く食べてみなよ」
言われるがままに包み紙からライスバーガーの半分を出してみる。
コンガリと焼かれたお米の表面と、真ん中には厚めのハンバーグがサンドされていた。
一口頬張ってみると、口の中でマヨネーズとお肉の味が交じり合いお肉の油が広がる。
それとさっぱりしているお米が口の中で油を吸いながら、噛むと再び舌に広がる濃厚な味。
凄く、美味しい。
まるで今まで足りなかったエネルギーが補充されるみたいな感覚が、舌から身体へと広がり熱が身体を温める。
「……おいしい」
「だろだろー?」
私の驚きながらも次の一口を食べる姿に、土筆は満足そうにしながら食べ始める。
二人でマヨバーグライスバーガーを食べ終えた時には、一階の広場に人が集まり賑やかになっていた。
何か始まるのかなと立ち上がってから、下のフロアへと顔を覗かせて視線を向けてみると、ステージにショーのテント。
こ、これってもしかして!!
「ヒーローショーっっ!」
土筆が隣へと立ち並び下の方へと視線を向ける。
ステージに司会のお姉さんが立ってからマイクを片手に、さぁ始めるぞという時に土筆が一言。
「ショーかぁ子供の見るもんだな。さてと店の中見回って中央区を回るぞ」
私の腕を掴んで引っ張ってくる土筆の行動に、私が見ようとしていたヒーローショーが遠ざかっていく。
「待って待って、私見たいのよ。初めてのヒーローしょぉぉぉ」
「日曜の朝にあってるだろ」
「テレビとショーは別腹なのよっ」
「デザートみたいな良い方だな。面白い事言っても無駄だぞー」
土筆の力が私を強引に引き込んで移動させられていく。
ローファーの靴底がデパートの綺麗な通路の床を滑って、表情を歪める私を無視して連れてかれる。
始めてのヒーローショー見たかったのに。

 そのまま土筆に流される様にモールデライトの中を歩き回った。
ここ最近は全然感じていなかった楽しさを久々に感じている気がする。
ゆっくりとした時間の中で誰かと凄くのが、凄く心が穏やかになって落ち着く。
昼を過ぎた頃、私達は太陽の下へと出て中央区を見回っていた。
土筆が友人から聞いた言葉が本当なら、アズマはまだどこかに居るかもしれない。
中央区じゃなくても、この五徳市の中の何処かにはいるはず。
「曇ってきたな」
彼の言葉に空を見上げてみれば、さっきまで見えていた青い空が少しずつ大きな雲に包まれていく。
微弱に暗くなった辺りの風景を見ながらも歩き進んだ。
「ねぇ土筆」
「ん?」
「土筆は、誰かを護る為に迫ってくる敵を殺してしまう人をどう思う?」
「そりゃぁ殺人は駄目だろ」
「相手がアビリティーで、そうするしかなかったとしたら?」
土筆は考え込んでいた。
彼にとっては少し難しい話だったかな。
「私はそれも人を護る為の正義だと思う。誰かを助ける為には自分を犠牲にするしかないんだよ。でも……」
「……でも?」
「たぶん、それをずっとやっていた人は少しずつだけど きっと壊れていく」
アズマもエルディーも違った想いで戦って、全然違う人の護り方を実行していた。
でも根本にあったのは同じ正義で、その自己犠牲は自分を壊す。
もしかしたらアズマも、エルディーみたいに……
「それでも殺人は駄目だと思うけど、きっとソイツはその罪と一緒に生きてるんだろうな」
「え?」
「いや、だってさ。誰かを護ろうと必死に戦った結果が殺人者なんだとしたら、きっと心は傷だらけのはずじゃないかなって。まぁそれは俺の考えだけどさ」
土筆は真剣に考えている様に両手の人差し指を頭にぐりぐりとさせて私の方を見ている。
何というか、ジト目になった彼は少しばかりアズマに似た面影がある様に感じた。
兄弟だからあたりまえよね。
「土筆はまだまだ純粋ね~」
「な、何だよ急に!」
「世の中、誰かの為と思いながら平気で人を殺す人もいるかもしれないわよ」
「んー、ソレはソレって事でいいじゃん」
土筆は難しい事は苦手みたいね。
難しい問題でも解いている時の子供みたいな表情になった土筆を見て微笑む。
そのまま中央区内にある運動公園まで足を運んでみると、噴水やレンガの階段やちょっとした展望台があるのが見えた。
ここに来るのは初めてね。
かなり広い公園だけど、街灯は凄く少ないみたいで夜は思っている以上に暗いかもしれない。
昼の公園にはランニングをしにきた人達や、巨大なアスレチックで遊んでいる子供達。
休日に楽しんでいる人達の声が聞こえてくる。
そんな時だった。
不意に視界に映ったある男。
左袖が破れて無くなっているジャケットを着ているソイツを私は知っていた。
「阜 狼牙……」
彼の左腕は前回見た時とは違う普通の腕。
力を使った時だけ変異するタイプのアビリティーなんだ。
私はスカートのポケットへと左手を入れ込んで、スマートフォンを操作する。
たぶんこれでシフォンさんに連絡できたはずよね。
前に美鈴にセッティングしてもらったSOSアプリが今回も役にたった。
「よぉ、アイツが見つからなくてな。テメーを襲ったら来るんじゃねーかと思ってな」
彼がアビリティーとしての力を使った途端、彼の左腕が変色し血管が浮き出て骨格ごと変化する。
パワー系と治癒の両方の力を持つ彼に対して、私の力は時間稼ぎにしかならないだろう。
「早く来ねェと死んじまうぜ比留間ァ!!」
公園に来ていた人達が、私達を見てから一気に遠ざかっていく。
流石に五徳市に住んでいる人達は慣れているものね。
大人が子どもを誘導し、この場から離れてへと移動する姿を見て私は両手を横へと移動させた。
両手にから火が発生してその熱は私にとっては温かいくらいにしか感じない。
「セリア、お前っ」
「そういえば土筆は知らなかったわね。私もアビリティーなの」
向かって走ってくる郎牙へと炎を投げつける。
30センチ程の火の塊が奴へと直撃したが、それでも突進してくる。
どうやら腕意外も再生するみたいね。
ジャケットが焦げているのも気にせずに私達の目の前へと来た。
私と土筆は左右へと飛び退いて回避すると、あの異形へと変わった大きな拳が地面のタイルを叩き壊す。
後へと下がってから両手を奴の方へと突き出した。
放たれた強力な炎を見て土筆が炎の向いていない方へと急いで移動する。
いつも以上の火力で放出しているのに、爆発的な炎を左手で受け止めていた。
頭に刺激がきて高火力の炎を止めてしまう。
ジェット並の威力を出したのは初めてで、ちょっと体の方が追いついていないみたいね。
奴のジャケットは完全に燃えて、邪魔になったのか彼はそのジャケットを破り捨てた。
ジーンズまで焦げ焦げで、皮膚も火傷の跡が再生能力で消えていく。
「もう終わりかァ?」
「郷間が居ないとほんとキツイわね」
もう一度攻撃をぶつけてやろうと思ったけど、相手の攻撃の方が速かった。
身体能力的にもかなり向上しているのか、地面を一蹴りして数メートル飛び上がり襲い掛かってくる。
振りかざされた左腕が私の方へ叩き落されると思った時、土筆の生み出した電流が空中の狼牙に直撃する。
そういえば土筆の能力もコウと似た系統の力だったわね。
空中で電流を浴びて関電しながら、その電気を土筆は操っている。
まるでその電気が土筆の手の様に奴の体を持ち上げたまま、一気に放り投げた。
私が土筆の方を向いてみると彼は自慢気にしていた。
「今のは?」
「俺の得意技っていうやつ。電磁コントロール的な?」
自分でもよく分かって無さそうな感じで話している土筆の方へと足を進める。
地面に叩き付けられた狼牙は、俯せから起き上がり立ち上がった。
まぁ、あまり効いてはいないみたいね。
やっぱり、相性が良くないんだ。
脳震盪でも起こせるような一撃を彼にぶつけられるなら、簡単に倒せるんだけど、この場にそんな小道具も無い。
土筆の電流じゃ彼の身動きを止めるくらいしかない。
運動公園に入る門の方からカメラを持った大人の人達の姿が見えて、急いでポケットからスカーフを取り出す。
「持ってきて正解だったわね」
スカーフをマスク替わりに口元を隠して後で結び、もう一つリボンを使って髪を後ろでポニーテールにして束ねる。
準備完了で狼牙へと藍色の瞳を向けた。
コウはまだ来ないのかな。
視線を他へと移動させると、小さい男の子が逃げ遅れて呆然と立っている姿が見えた。
「土筆、あの子を何とかして!」
私の声に直ぐに反応してから土筆は駆けていく。
流石に手立てが無い私の能力で、ただ攻撃を避け続けるのにも限界が有る。
再び攻め込んできた奴の攻撃をバックステップで回避して、大振りの一撃のタイミングでジャンプからの全力の火炎放射。
その炎の出る勢いに乗って、私の体は後へと後退する。
攻撃と回避の連携技に狼牙はイライラとしているみたいだった。
下がったのは良いけど、後ろの木に背中がぶつかる。
「ッッ!?」
一気に目の前まで飛び込んできた狼牙の左手。
変異しているその手に強引に頭を鷲掴みにされ、横へと放り投げられる。
地面に落下して体を打ち付けただけなのに、凄く痛い。
痛みに堪えるのが精一杯で、中々起き上がれない。
そんな私の姿を見た土筆が力を使おうとした時だった。
黄色い電流が公園の電気から突如放出されて、狼牙の体を跳ね飛ばし電気は人間体へと変わる。
コウだ!
「ごめん、遅れたよ。シフォンからの連絡が遅かったんだ」
言い訳する彼の姿を見て、少しばかり安心する。
コウは万全の状態でこの場に立っていて、両手からは辺りの電力を吸収しているみたいだった。
土筆の放った電気残留だろうけど、それがコウのエネルギーになる。
もしかして、この組み合わせってかなり良いコンビじゃ。
立ったまま痺れた身体が動ける様になった狼牙が、コウへと睨みつけるのを見て私も立ち上がる。
「やっと来やがったか」
「セリア、これを」
コウは手に持っていた物を私の方へ向く事なく差し出す。
私はそれを受け取ると、銃の様にグリップの有る注射。
Ped-O-Jetというその小道具のカプセル部分にはよく分からない液体が入っている。
「これは?」
「鎮静剤だ。ソレを奴の首にでも撃てば無力化できるかもしれない」
そう言ってからコウは電流体になりながら光速で移動する。
電気の速さは光の速さというけど、超速度で移動しているコウの攻撃は狼牙には通じない。
電流を浴びせても効果の薄い狼牙の背後からコウが実体化して拳を叩き付けた。
体格差があって腕力は明らかに相手の方が上だ。
振り返る狼牙の一振りに、コウは簡単に跳ね飛ばされた。
「ッッ」
電流体へと変わり移動しようとした時、コウの体が奴の左手に掴まれた。
あの状態だと力を使えないのか、コウは自分を掴んでいる手へとナイフを取り出して突き刺す。
痛みを苦とも感じていない狼牙の姿を見て、私は駆けこんだ。
力ばっかり強くて周りの事は不注意なのはパワー系のお決まりなのかな?
炎を下へと放射してジャンプして、狼牙の真横から首元へと渡された機械を殴る様にしてトリガーを引く。
鎮静剤は一瞬で狼牙の体内へ注入されたが、コウを掴んでいる腕を振るわれて殴り飛ばされてしまう。
「ぅ……」
また地面に倒れてしまったのかと、曇り空を見上げている自分の視界に意識が追いつく。
隣を見て見ればコウも膝を地についた状態で奴の方を向いていた。
身体を起こして確認した。
鎮静剤を投与された彼は少しの間動かなくなったかと思うと、直ぐにコウを見てからニヤリと微笑む。
「コウ。たぶん再生能力のせいで影響無いんじゃないかしら?」
「だとすると、ボク達に手立てはない」
両手から電流を放つコウは、対抗手段が無いのにまだ戦う気でいた。
パトカーのサイレン音も聞こえてきたけど、今の今まで収容所送りにされていないという事は、彼は警察でも止められないって事ね。
「もういい、ボクがやりあってる内に君は逃げなよ」
「バカ言わないで。私達はチームよ」
呆れたと言いたそうな表情をしたコウは奴へ向けて電流を放つ。
電流は彼の体に直撃したまま絶えず流れ続ける。
それでも奴は歩き向かってきていた。痛みはあるはずで、その身体はボロボロになりながら再生を繰り返しているのが見て分かる。
本当とっても面倒なタイプね。
「はッ」
私も炎を放ち二人の能力が交じり合いながら奴の体を焦がしつくしたと思ったが、炎の中を狼牙は突破してきた。
一撃の拳がコウの頬にあたり、異形の左拳がコウの体を叩き地面へと叩き潰すと、流れるような動きで私の首を掴み上げた。
あまりにそのパワーは強かった。
私達じゃどうにもできないんだ。
まだ、ちゃんとチームとして活動もできていないのに……
地面に叩き付けられたコウが、起き上がろうとするけどコケ倒れる。
「ゲボッ……」
倒れたまま血を吐くコウの姿が痛々しく視界に映る。
息が苦しい。
このまま私も終わるの?
私の首を絞めつけている手を掴んで炎を吹き出し熱を与えるけど、彼の手は再生を繰り返す。
駄目、ね。
諦めてから瞼を下ろした。
丁度その時、強い衝撃が伝わり何が起こったのかすらも分からない。
凄まじい衝撃だったのに私の意識はまだ此処に有り、妙な浮遊感を感じる。
「ッッ」
次の瞬間、宙を舞う私は目を見開き視界の中に映る白い閃光と青色のコスチュームが見えた。
アレは……!!
狼牙は凄まじい速度で弾き飛ばされ、街灯へと衝突する。
倒れこんだ私達の目の前に現れたその男は、エルディーだった。
「ケホ……ケホッ ぇ、エルディー?」
街灯は斜めへと傾いているくらいの威力だったのに、狼牙は再び立ち上がる。
傷は治っているけど、今までと違う強烈な物理的攻撃にフラフラとしながら立っていた。
エルディーはそんな敵へと向かって視線を離さなかった。
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