上 下
2 / 8

再会 Ⅰ

しおりを挟む
 928番・・・928番

「920番、925番、927番、928番、やった受かったぞ!」

 俺は加瀬拓哉、一時間に1度しかバスが来ないような田舎から東京の大学に受験したのだ。

「これで俺も都会人の仲間入りだな」

「そこで独り言を呟いてる貴方、確認が終わったなら場所を開けてくれないかしら?」

「ああ、すみません」

 振り返ると見た事ある様な、何か懐かしさを感じる女の子が立っていた。

「あの・・・何処かで会った事あります?」

「合格発表の会場でナンパですか? 流石都会ですね」

「いやいや、ナンパじゃなくて、大体俺も田舎から出て来たばかりだしさ」

 彼女は俺の横をすり抜けると掲示板を釘いる様に見つめ始めた。
きっと他人の空似、俺の勘違いだろう。
合格したからには借りた部屋の更新と必要な生活用品を買いに行かないとだな。

拓哉は大学を後にし街の繁華街へと向かったのである。


 ここだ上京した時に見た複合商業施設。
地元では車を2時間走らせても無い程大きな建物、何でも揃うのだろうな。
電化用品と大きな家具は部屋に備え付いていたが、身の回り品は自分で買わないと行けない。
入学費は出して貰えたが、その他は自分で払わないと行けないからアルバイトも探さないとだな。

拓哉は建物に入るとポケットから買い物リストを取り出した。

3時間後・・・

 大体こんな物だな、後は書店で求人募集の本を買えば終わりだ。
あ・・・部屋の更新が決まったからには隣の方へ挨拶が必要だったな。
無難に菓子でよいだろうか?

拓哉は一通りの買い物を済ませるサービスカウンターで配送の手続きを行った。

「それでは明日、お宅にお届けさせて頂きます」

「宜しくお願いします」

 さて弁当でも買って帰るかな。

拓哉が出口へと向かってると先程の少女がエレベーターに乗る所だった。

 やはり何処かで会ってる様な気がするんだけど、もしかしてモデルとかアイドルとかだったりでもするのか?
あの可愛さならあり得るな、もし合格してたならサインが貰えるかもしれないぞ。
そしたら帰省した時の自慢に成ると言うものだ。


雑貨専門店に1人の少女が入って来た。

「いらっしゃいませ」

少女は注意深く一品一品手に取っては考え込み戻していると、見かねた店員が声を掛けに行く。

「どの様な物をお探しですか?」

「実は大学へ進学して独りで暮らす事に成ったのです」

「新生活ですね、おめでとうございます」

店員は少女の予算を考えながら人気のある品を紹介していった。

「後はどの様な物をお探しですか?」

「うーん、パジャマなど有りますか?」

「パジャマですか、良いお店が有りますのでご紹介しますね。
先程も新生活を始められる方にご案内して喜ばれたのですよ」

「助かります」

少女は会計を済ませると店員に連れられ寝具の売り場へと案内された。


 夕飯も済ませ風呂も済ませた。
そろそろ忘れない内に挨拶へ行っとくかな。

 拓哉は菓子折りを片手に持ち1番奥である自分の部屋を出た。

ピンポーン・ピンポーン

「どちら様ですか?」

 インターホンから聞こえて来たのは幼い少女の声だった。

「今度隣に越して来た者ですが、ご挨拶に伺いました」

「少々お待ち下さい」

待つ事数十秒、鍵を開けられた扉は開いた。

「お忙しかったですか?」

「いえ、大丈夫です」

「今度隣に・・・あれ君は・・・」

「ご丁寧にありがとうございます」

「俺は加瀬拓哉、今日合格発表の場所で会いましたよね」

「あ・・・独り言の人、私は真木千夏です」

「真木? 真木・・・真木ちゃん?」

「え?」

「俺拓哉、覚えて無いかな?」

千夏は首を傾げるだけだった。

「小学生の頃だから無理無いか」

「それでは私は」

「ちょちょっと待って、つまらない物ですがどうぞ」

拓哉は菓子折りを渡すと自分の部屋へと戻った。


 可怪しい・・・中学の時、父の転勤で引っ越した後に母から聞いた事があるのを思い出した。
確か真木ちゃんの一家は交通事故で全員無くなったと。
その当時は悲しいと思い何か出来ないかとも思ったが、月日が経つ内に自然と忘れてしまっていた。
だが現実はハッキリさせときたい。


「もしもし、拓哉元気なの?」

「ああ、学校へ行く準備も出来て後は入学式を待つだけだよ」

「そう良かったわ、それで何か用事があったのでしょう?」

「俺が中学の頃の話だけど、真木ちゃんて覚えてる?」

「真木ちゃん?・・・ああ真木さんの所のお嬢さんね、両家公認の許嫁だったのにね」

「真木って名字だったのか?」

「そうよ、それで?」

「交通事故で一家全員が死亡したって聞いた記憶があるんだけど、間違って無いかな?」

「本当に悲しい出来事だったわよね、しかし何で今更なの?」

「いや何となく過去を思い出してね、遅くに悪かった」

「はいはい、貴方も車には気を付けるのよ」

「分かったよ」

 やはり別人なんだろうか、しかし全く関係ない他人でも無い気がして成らないのは何故だ。


 あれから数日、彼女とは会う事も出来ず俺の心は霧がかかった様に先も後ろも見えない状態に成っている。

拓哉がモヤモヤした気持ちでいる所へ玄関のチャムが突然と鳴った。

「どちらさまですか?」

扉を開けると大きなクマのぬいぐるみと顔を合わせた。

「クマ?」

「ああ、すいません私です、真木です」

「どうしてクマを?」

「ええと、ええと、この間の引っ越し挨拶で頂いたお菓子のお礼です」

「どうも・・・俺があげたのは千円の菓子折りだけど良いのか?」

千夏は何度も頷きながらクマのぬいぐるみを拓哉に押し付けた。

「後、貴方に話が有るのですけど上がらせて貰っても良いですか?」

「はぁ、良いですよ」

「お邪魔します」

 何だろうな、軽々しく男の部屋に上がるような娘には見えないのだが、挨拶のお返しにクマのぬいぐるみと良い少しズレた娘なのかな?

「直ぐにコーヒーを入れますので座って待ってて下さい」

「どうぞお構いなく」

拓哉はコーヒーの入ったマグカップを2つ持ってキッチンからリビングへ向かった。

「私は男性の部屋に入った事無いんだけど、それよりか話だってロクにした事無いのよ」

 この娘は何故クマと話してるんだ?

「あのう、インスタントだけど良ければ」

「ありがとうございます」

「1つ聞きたいのだけど、今ぬいぐるみと話しをしてたの?」

「え、ええ」

 危ない娘なのかも知れない!

「第三者から見れば異様に思えますよね」

「そんな事無いさ、俺も小さい頃はヒーローの人形で遊んだ事あるしね」

拓哉の発言に不愉快そうな顔を見せる千夏。

「ゴメン、気に触ったかな悪気は無いんだ、それで話とは?」

 さっさと終わらせて帰って貰おう。

「スミマセン、私は嘘を付いてました」

千夏は拓哉に向かい頭を下げると同時に片手でクマの頭も下げた。

「嘘?」

「実は最初から拓哉さんの事は知っていたのです、それ所か同じ大学に隣同士の部屋と全て知っていての事なんです」

「ええ?」

「私は拓哉さんが知ってる真木ちゃんでは無いですけど、姉から話を聞いて良く知ってるのですよ」

「何を言ってるのか全然分からないんだけど・・・」

「そうですよね、分かりやすく説明しますね」

「宜しく頼むよ、このままでは君をストーカー認定しないと行けなく成るからね」

「私はそんな人間では有りません」

それから千夏が話し聞かせてくれた内容を俺の頭で整理する事にした。

元々彼女には双子の姉、夏美と言う娘がいたらしい。
俺の許嫁が夏美で千夏はその頃心臓の病で入院していたと言う事らしい。
ここから信じられない話に成って行くのだが、家族が千夏の見舞いに来る途中交通事故に遭ってしまい脳死状態で運ばれた夏美の心臓が千夏に移植された。
千夏は見る見る回復したが、彼女の中には同時に夏美が存在する様に成った。

「あり得ない話だ、俺を馬鹿にしてるのか?」

「そうですよね、だから信じて貰えないと言ったのです」

「拓哉は随分と頭の硬い青年に育ったのね」

「ななな、クマが立ち上がって喋った?」

拓哉は驚き後ろへ退いた拍子に腰を抜かしたのだった。




しおりを挟む

処理中です...