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<5>blood relation〜悲しい血縁〜
<5>blood relation〜悲しい血縁①〜
しおりを挟む横を通り過ぎていく女の子たちを目で追いかけた。
制服を自分なりに着こなして、クレープを頬張る姿はまるで幻。
(かわいいって、いいな……)
底のない欲に心がかきむしられる。
外を歩くだけなのに、仮面がないだけで顔をあげられない。
知らない誰かがあたしを見て笑っている。
被害妄想とわかっていながら考えてしまう自分が不快だ。
卑屈な感情をコントロール出来ればと手首をガリガリした。
(あたしって、こんなにネガティブだった?)
身寄せ橋へ向かう道、歩きなれたはずの歓楽街。
日の落ちた街はネオンの光はチカチカし、目を細めて前に進んだ。
いざ歩いてみると胸を抉りたくなった。
空に浮かぶ月。
それを見ると嫌でも蓮を思い出す。
真っ黒なパーツの中で、時折見えたやさしい表情。
距離が近くなったり遠くなったり。
(あんなに嫌だったはずなのに……バカだ。単純すぎる)
警戒対象に心を許した。
初恋相手という理由が単純すぎる。
夢見る少女のような生き方はとっくに捨てたはずなのに……。
「あたしって……バカ」
人が行き交う道の真ん中でしゃがみこむ。
ふいに襲ったさみしさは胸を締め付ける。
泣いていても誰も助けない。
痛々しい姿をさらすだけ。
(蓮は危険とわかってるのに……)
「……優里?」
名前があたしを引き付ける。
振り向くと甘いミルクティー色が目に入った。
「慎……」
「やっぱり優里だ。よかった、無事だった!」
慎は人目もはばからず、抱きしめてきた。
髪の毛が頬をくすぐり、あたしはほっと息をつく。
蓮に捕らわれ、慎と引き離された。
変わらない顔を見て安堵する。
「よかったぁ。慎、無事だった」
「こっちのセリフだよ。……あれから戻ってこないし」
じんわりと胸があたたかくなる。
「身寄せ橋……。どうなったの?」
慎は眉をさげて微笑むと、あたしの手を引っ張った。
「歩きながら話そう」
ゆっくりとした足取りでにぎわう歓楽街を歩く。
「橋の下は解散。今は根強いおっさんくらいしかいないよ」
身寄せ橋は元々ホームレスが過ごしていた場所。
いつしか若者のたまり場になり、どこにも行けない者が定着する。
そうして身寄せ橋は居場所のない人のステータスの場となった。
「……美弥ねぇは?」
「美弥ねぇはいないよ。あれから本当に誰もいなくなったんだ」
空を見上げて熱さを隠すために長く息を吐く。
立ち止まり、慎の手を離した。
振り返った慎の退屈そうな目に縛られる。
にぎわっていた歓楽街を離れ、身寄せ橋にたどりつく。
見知った顔が残っていない現実を見た。
「慎はいま、どうしてるの?」
「んー……。まぁ、バイトさせてもらってるとこで寝泊まりかな」
「そっか。偉いね、ちゃんと働いてて」
「優里は……」
それ以上、言葉が続かない。
慎は蓮と顔見知りのようで、燃える炎を瞳に宿して蓮を睨んでいた。
(二人はどういう関係なのだろう)
お互いに突っ込んだ質問が出来ず、口を開いては閉じる。
身寄せ橋がなくても、今までの関係性から発展させるのは難しい。
信頼を築くには根深すぎると、指先を丸めた。
「……なんでそんな顔してんだよ」
「えっ……?」
突如、手首を引かれて顔をあげる。
唇に重なるものがあり、目を見開く。
鬼気迫る目に喉がかわいた。
リップ音とともに唇が離れると、弱々しい男の子が目の前にいた。
「なんで……」
「オレさ、わかんないんだよね。なんであいつ、優里を連れてったの?」
これは誰だろう。
あたたかい目しか知らない。
何もかもを憎んだ目。
これが慎だというならば、あたしは何にもわかっていなかった。
今、慎の瞳に黄色の信号が点滅する。
それに気づいたときはもう遅く、慎に手を腰にまわされ動けなかった。
(身寄せ橋。慎が渡ってきた理由は“蓮”だ)
そしてあたしは引き金だ。
「知らない……。だって、蓮は何も教えてくれない」
「だろうな。あいつはいつも何も言わねぇ奴だ」
手首をつかまれ、振りほどこうともがく。
「いたいって。離してよ」
「お前はあいつのなんだ?」
「だから、わかんないって……」
「あいつにとって、優里の何がひっかかる?」
凍てつく寒さが肌を突き刺して、風は髪を後ろに引っ張った。
「お前、蓮に抱かれでもしたのか!?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「だったらあいつはなんでお前に執着をするんだ!」
足元からじわじわと黒い液体に侵食されていく。
ちらちらと見えてきた繊細な面にあたしは泣きそうになる。
あたしと似ているようで異なる片鱗にどう触れたらいいかわからない。
あたしたちの生き方は弱さを強がりで隠す。
そうすることでしか生きられない人種。
橋の下はあたしたちの孤独を浮き彫りにしただけ。
慎の抱えるものは蓮に紐づき、何の縁かあたしに繋がった。
お互い、気持ちはわからない。
だけど寂しさを一番理解できるのもまた、橋の下にいた者の特権だ。
やけくそになって背中に手をまわす慎を抱きしめ返す。
そっと背中を叩いては撫でるを繰り返した。
「慎、泣かないで」
「泣いてない」
「泣いているよ。言わなくてもわかる」
これは傷のなめあいだ。
あたしたちは身を汚すことしか知らない。
ネオンだらけの繁華街で、縛られない笑顔を見るたび切なさにふたをする。
身をすり減らす生き方しか知らない。
どうしてあたしはそこにいないのだろうと目で追った。
寂しさを埋めてくれるなら何でもよかった。
汗ばんだ手が身体を這っても、それが孤独を一時的に埋めた。
現実は苦しい。
うずくまれば傷つくこともない。
何も感じなくていい。
……蓮のことを想うのも、何もかもを否定して楽になりたかった。
鼻をすすって爪を手のひらに刺した。
(あたし、とっくに蓮のこと好きじゃん……)
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