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<5>blood relation〜悲しい血縁〜

<5>blood relation〜悲しい血縁④〜

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「オレは……。オレはあんたを――!」

 せめて過去の呪縛から解放されてほしい。

 だがあたしがどれだけ願っても選択権は慎にある。

 皮肉にもあたしが二人を繋いでしまった。

 無力なあたしに出来るのは見守ることだけ。

(がんばれ。がんばれ、慎)

 許すことも勇気の一つ。

 勇気をもって蓮を見てほしい。

 今度こそ良い兄弟関係を築いてほしい。


 だが簡単にいくはずもなく、慎は頭を抱えて叫んだあと、右の拳で蓮の頬を殴った。

 その際に口内を切ったようで端から血が流れた。

 手の甲で血を拭い、蓮は鋭い眼差しを慎に向ける。

「俺を許せないのはわかる。何度でも殴ってくれてかまわない。だけどお前が優里を傷つけるな。……お前が巻き込む必要はない。ぶつかるなら正々堂々とぶつかって来い」

 漆黒の瞳は慎に語りかける。

 二人は視線を交差さえ、言葉に代わるものを通じさせた。

「結局、あんたにはいつまでたっても適わないんだな」

 右手で顔をおおい、苦笑する。

 その姿を見て、あたしはたまらなく慎を抱きしめたくなった。

 おぼつかない足取りで慎に近づき、蓮のとなりにしゃがみこむ。

 慎と目線を合わせ、手を伸ばして頬を挟んだ。

「……あたし、慎には感謝してるんだぁ」

「はっ……。そんな同情はいらねぇよ」

「違うっ! 同情なんかじゃないよ」

 この気持ちに嘘偽りは一切無い。

 断言できると胸をはる。

 もし慎が居なければ、あたしにとっての夜の闇はもっと深かった。

 笑うことを忘れてしまったかもしれない。

 落ち込んだりしたとき、慎は一生懸命笑わせようと話しかけてくれた。

 笑顔は身寄せ橋には不似合いの太陽だった。

「慎にはたくさん救われてきた。そりゃ、そこまで心の内をさらけ出すことはなかった。でもね、辛いときにおしゃべりして、楽しかったし救われた。……何度も救われたんだよ」

 今日は数えていられないほどに泣いた。

 涙もろさに首をかしげるほどだ。

 泣いて、泣いて、二度と止まらないのではないか。

 あたしは慎が大切だ。

 都合のいい結論かもしれないが、身寄せ橋でも信頼関係が築けた。

 それはあたしの気持ちが証明となる。

「お世辞はやめろよ。もうさ、いいから……」

 あたしが言葉を伝えれば伝えるほど、慎は引き下がってしまう。

 謙虚だと見ていたが、だんだんと苛立ちに代わり、草むらをなぐりつけた。

 気まずい空気のなかで、荒くなった息づかいが目立つ。

 さらに勢いで慎の頬をグーで殴った。

「甘ったれないでよ! 何がお世辞よ! あたしはお世辞を言うほど優しい性格をしてないよ! それは慎がよくわかってんじゃん!」

 怒りを吐き散らせば慎の目が点になる。

 それにあたしはヒートアップして早口にぶつかっていく。

(めっちゃむかつく! あたしはお世辞が言えるほど人間出来てないし!)

 相手の目線に立てるほど協調性はない。

 優しくなりたいと思っても、行動に出来るかは別。

 あたしはやさしさに不器用だ。


 まさか怒られるとは思っていなかったのだろう。

 慎の目が大きく開かれたままだ。

 頬を親指で撫でながら、あたしは情けなく笑いかけた。

「ごめん。びっくりした?」

「普通にいてぇよ……普通、女子はグーで殴らないだろ」

「だって、いつもの慎に戻ってもらうにはグーが一番だと思ったから」

 えへっと誤魔化して笑う。

 落差の激しいあたしに慎の頬がゆるんでいく。

 溶けるようにへなった笑みを浮かべた。

「ありがとな。優里」

 じめじめしていた慎だが、今はすっきりしている。

 それを見てあたしは歯をみせて笑った。

「慎」

 これは蓮なりの精一杯。

 心に直接響くような、やさしい音色で名前を呼ぶ。

 その音色にあたしは手をひいて、一歩後ずさった。

 慎が口を開いたまま、呼吸をとめて蓮を凝視する。

「良い兄になれなくて本当にすまなかった。これからは良い兄になれるように努力する。だから、その……」

何を言えば良いか迷い、視線を泳がせる姿は人間味に溢れている。

彫刻に見えがちだった蓮の生々しさについ笑ってしまった。

(なんか、こういうのいいな)

良い兄になろうとする蓮の姿がいとおしくて、こんな一面も好きだと実感する。

「ははっ……。本当、お前ら二人して何なんだよ」

全員不器用だから、理解まで時間がかかってしまう。

ようやく肩の荷がおりて、慎はけらけらと笑い出す。

蓮はいたって真剣のため、笑われる理由がわからずに眉をしかめた。
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