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<6>slight sleep〜崩壊する祈り〜

<6>slight sleep〜崩壊する祈り④〜

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家は二代にわたって続く和菓子屋で、父はその代表、地元ではそれなりに有名だった。

母は元モデルで、結婚したときはまわりに騒がれたそうだ。

そんな母も今は普通の専業主婦。

仲睦まじい家族に見える歪な家庭だった。

第一子として生まれた男の子は「蓮」と名付けられた。

母譲りの美貌に将来を期待された見目麗しい子どもだった。

蓮に弟が出来たのは小学校に上がる直前のこと。

弟は両親どちらにも似ない顔立ちで、瞳は琥珀色をしていた。

あまりに似ていない姿に疑いをもった父が親子鑑定をする。

弟は父と血のつながりがなかった。

激怒した父が母を問い詰めて、母の浮気が判明した。


それがきっかけとなり、父は荒れ狂うようになった。

母への暴力、弟への罵倒。

なぜ父がそこまで残酷になれるのか、幼い蓮にはわからなかった。

母が身を挺して弟を抱きしめ、父の暴力から守る。

懸命に守る背中は骨が浮き出てやせ細っていた。

止めに入ると蓮にも怒りが飛ぶ。

血縁関係はたしかに親子関係だった。

だが父の疑心暗鬼は歯止めが効かなく暴走していた。

母と弟が身を小さくする姿を見ていることしか出来ず、歯を食いしばっていた。

心が壊れたのは、赤黒く染まった母の遺体を見たときだ。

交通事故にあい、母の身体は血の海に沈んだ。

それは事故だったのか、故意だったのか。

母の遺体を見た時に、こけた頬を見て骨のようだと絶望を抱いた。

母が亡くなって、父は酒をのみ、たばこをふかす。

もう父と言葉を交わす気も起きず、弟からも目を背けた。

弟を守る余力もなく、家に帰るのも日に日に遅くなった。

子どもらしくない人目を避けた行動をした。


終止符が打たれたのは意外とあっけなかった。

学校から帰り、部屋に閉じこもろうとしたとき、冷たい風がリビングから吹いてきた。

いつもだったら気にしないそれを、やけに生々しく感じてリビングへ足を運ぶ。

汚物の匂いがリビングに充満する。

漆黒の瞳は虚無にそれを眺めた。

首を吊った父の姿はなんとも悲しいものだった。

いつのまにか白髪が増え、目が飛び出そうなやせこけた顔をしていた。

あの恐ろしい父とは似ても似つかない姿に泣くこともなかった。


のちに知るのは和菓子屋の経営難だ。

坊ちゃんと育てられた父にハングリー精神はなく、三代と続かずに店は閉じた。

父も母も亡くした兄弟はバラバラになる。

別れるときに恨みを募らせた弟の目が焼きついた。


父も最初はやさしかった。

少し自慢話の多いのがキズなくらいで、おおらかだけど不器用な人だと記憶する。

コミュニケーションがあまり上手い人ではなかったからこそ、豹変したのかもしれない。

経営が上手くいかず、妻には浮気され怒りに身を委ねた。

そうして幽霊のような顔をして老いていき、疲れ果て、生きることを手放した。

ずっと父から逃げていた。

暴走を止められるほど強くなかった。

解決したところで父親の依存心に耐える自信がなかった。


たしかに幸せだったのに……。

そう考えて、母が浮気をした原因に意識が向いた。

足跡をたどっていくうちに、一つの家庭に行き着いた。

母の浮気相手は父の昔馴染みの友人だった。

その男にも家族があり、一人娘を大事に育てていた。


やさしく育つように。やさしさの里のような女の子になりますように。

そう願われ、「優里」と名付けられていた。

当時よりもっと幼いときに優里と出会い、無邪気な笑顔を見た。

愛されるのが当たり前の顔。

それは蓮がかつて浮かべていたものだ。

大切に持っていた絵本を見て、指先に力が入る。

亀裂の入った絵本をみて、蓮は闇にのまれた。

少年の家庭だけが崩壊して、どうしてあの子はあんな風に笑っている?

無邪気な笑顔に抱いたやさしい想いはドロドロと憎悪に変わる。

人の家庭を壊すだけ壊して、あの男は一人娘を育ててのうのうと生きている。

何も知らないで笑っている優里が憎くてたまらなかった。

ネジが外れ、ひねくれた蓮が思いついたのは「復讐」だ。

こちらも大切なものを壊された。

ならばあの男の大切なものを壊せばいい。

それくらいの代償は払うべきだ。

呪って、めちゃくちゃにしてやる。

「あの子を壊してやる。それが俺の復讐だ」

いつかこの溢れ出る憎しみを成し遂げよう。

その一歩と決意し、再び優里に会うことにした。

憎悪の言葉をぶつけ、根っこに染み付ける。

それは自分への呪いの言葉としても有効だった。

幼い日々に見た地獄は、共有しようと。

妖艶に笑う姿は年齢に見合わないオトナの顔だった。
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