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第1話
青い海、揺れる船の中
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言葉が通じない澪は海外の子ではないか、とウワサされる。
常に一人、誰とも相容れない澪は得体の知れないと、厄介者のように扱われた。
そのたびに“ふざけんな!”と怒り散らしたくなるのをグッとこらえ平然なフリをした。
『おかあさん……』
顔も知らない黒く塗りつぶされた人。
見知らぬ人を恋しく想い、まどろむ世界で音もなく頬に雫が伝わった。
ひんやりとした頬に伝わった涙を、人肌がなぞって上書きする。
「目が覚めた?」
耳元に響く低音の声に背筋が震える。
うつらうつらとしていたのが嘘のように目を大きく見開いた。
視界に飛び込んできたのは鮮やかな青色。
飲まれそうな美しさに動けずにいると、その色の持ち主がにっこりと澪に微笑みかける。
「おはよう。オレの人魚姫」
『はっ……えっ!? ひぃあ!?』
(なっ!?)
見慣れない派手な容姿を二度見する。
老人ばかりの町、若い人たちはみんなそっくりな黒髪一つ結び。
テレビやSNSでしか見ないような派手さに目がチカチカして、頬が紅潮した。
リアルに見るのははじめてだと動揺し、落ちつこうと胸に手を当てる。
男の手が澪の頬に伸びてきたことで、澪の中で冷静さを保つために鳴らしていたメトロノームがリズムを崩してしまった。
「キレイな目だ。何も変わってない」
『キャーッ!?』
誰かとここまで至近距離になることもない。
一人に慣れきった澪には、これが普通なのかそうでないのか判断がつかない。
混乱はするもので、悲鳴をあげると青髪の男は口元に手をあてて柔らかく微笑んでいた。
「やっと会えた。そんなに怖がらないでよ」
(あれ? 言葉が?)
なぜだろう。
言葉が聞きとれない。
パニックで日本語が崩れて聞こえるだけか?
違和感に澪は耳に手をあてて首を傾げる。
男が口にする言葉がわからず、耳からすっと流れてしまった。
まさか波にのまれて外国まで流されたのだろうか?
泳げない身がそんな運よく助かるとは思えない。
本来ならばもっとパニックになってもおかしくないのだろうが、澪は一度悲鳴をあげただけで落ち着いた。
まだ断定はできないと、両腕を擦りながら考え込む。
そんな澪に男は慈愛に満ちた眼差しを向けており、緩みっぱなしの口を澪の頬に寄せる。
――チュッとリップ音が鳴り、澪は近すぎる距離感に全身鳥肌を立たせた。
『な、なななにっ……!?』
(なんなの!? こわっ!)
「名前、教えてよ。前とは違うよね?」
やはり言葉がわからない。
まさか人生でこんなことが起こるものか?
緊張と恐怖で身を竦めるしか出来ない。
降りかかってきた理不尽に涙目となって男を睨みつける。
『もうなんなの!? “また”わからないなんて!』
「……もしかして、言葉通じない?」
男の問いかけがわからず、澪は反応が出来ないまま。
鬱憤だけが溜まっていくと、歯を食いしばった。
ようやく澪が怯えていると理解した男は、真摯な対応に移って澪から人一人分の距離をとった。
「オレの名前はカイ。わかる?」
(……なにもしてこない?)
やさしい声色で、自分を指しながらゆっくりと言葉を発する。
男に敵意はないのだろう。
穏やかな口元を見て澪は少しずつ冷静さが戻ってきた。
この理不尽は二度目だ。
言葉が通じない世界に突然放り込まれる。
はじめは記憶もない状態で、怯えて泣くばかりだった。
今は男が澪を気にかけている。
澪を知っているかはわからないが、少なくとも異物を見るような目はしていない。
もしかしたら言葉がなくても心が――と、一瞬期待を抱いてすぐに笑い捨てた。
仮に澪を異物と捉えていなくても、かつて味わった孤独が澪を委縮させる。
ひそひそと。
クスクスと。
澪を化け物のように扱ってきた古い田舎町――。
(帰らないと。施設長に迷惑かける。……怒られちゃう)
悲観的な考えがよぎり、強引に首を横に振る。
本当に帰りたいのか。
帰る場所なんてあるのか。
誰が澪を待っているというのか?
(帰るんだ! ちゃんと現状を理解しないと……)
言葉が通じない以上、なんとか食らいついて情報を集めるのが最善だ。
二度目なのだから怯える必要はない。
弱音は押し込めて、震える喉を無理やり開く。
「……カイ?」
聞こえた通りに呟いてみると、カイの目が輝きだす。
手首を掴まれたかと思えば、広い胸に抱きしめられた。
少し小刻みな心音が直接鼓膜を震わせる。
その音はミオに共鳴するように心地好い音だった。
(ちょっと、痛い……)
抱きしめてくる力加減が過剰だ。
感情のままに腕に力が入っているようで、圧迫されて息が出来ない。
なんとか顔をあげ、カイの様子を見ると弾けるような笑顔に意表を突かれた。
(なんでこんなうれしそうなの?)
「よかった。ずっと探してたんだ」
『ひゃっ!? は、離して!!』
カイの腕は筋肉質で力強い。
細身に見えて鍛えられた身体に抱きしめられると、対人関係にコンプレックスを抱く澪でもおかしいと気づく。
普通、初対面の男女が抱き合うことはない。
『キャーッ!?』
距離の近さに悲鳴をあげてカイを突き飛ばす。
シーツを引っ張り、頭から被って丸くなりながらシャーシャー猫のように威嚇した。
常に一人、誰とも相容れない澪は得体の知れないと、厄介者のように扱われた。
そのたびに“ふざけんな!”と怒り散らしたくなるのをグッとこらえ平然なフリをした。
『おかあさん……』
顔も知らない黒く塗りつぶされた人。
見知らぬ人を恋しく想い、まどろむ世界で音もなく頬に雫が伝わった。
ひんやりとした頬に伝わった涙を、人肌がなぞって上書きする。
「目が覚めた?」
耳元に響く低音の声に背筋が震える。
うつらうつらとしていたのが嘘のように目を大きく見開いた。
視界に飛び込んできたのは鮮やかな青色。
飲まれそうな美しさに動けずにいると、その色の持ち主がにっこりと澪に微笑みかける。
「おはよう。オレの人魚姫」
『はっ……えっ!? ひぃあ!?』
(なっ!?)
見慣れない派手な容姿を二度見する。
老人ばかりの町、若い人たちはみんなそっくりな黒髪一つ結び。
テレビやSNSでしか見ないような派手さに目がチカチカして、頬が紅潮した。
リアルに見るのははじめてだと動揺し、落ちつこうと胸に手を当てる。
男の手が澪の頬に伸びてきたことで、澪の中で冷静さを保つために鳴らしていたメトロノームがリズムを崩してしまった。
「キレイな目だ。何も変わってない」
『キャーッ!?』
誰かとここまで至近距離になることもない。
一人に慣れきった澪には、これが普通なのかそうでないのか判断がつかない。
混乱はするもので、悲鳴をあげると青髪の男は口元に手をあてて柔らかく微笑んでいた。
「やっと会えた。そんなに怖がらないでよ」
(あれ? 言葉が?)
なぜだろう。
言葉が聞きとれない。
パニックで日本語が崩れて聞こえるだけか?
違和感に澪は耳に手をあてて首を傾げる。
男が口にする言葉がわからず、耳からすっと流れてしまった。
まさか波にのまれて外国まで流されたのだろうか?
泳げない身がそんな運よく助かるとは思えない。
本来ならばもっとパニックになってもおかしくないのだろうが、澪は一度悲鳴をあげただけで落ち着いた。
まだ断定はできないと、両腕を擦りながら考え込む。
そんな澪に男は慈愛に満ちた眼差しを向けており、緩みっぱなしの口を澪の頬に寄せる。
――チュッとリップ音が鳴り、澪は近すぎる距離感に全身鳥肌を立たせた。
『な、なななにっ……!?』
(なんなの!? こわっ!)
「名前、教えてよ。前とは違うよね?」
やはり言葉がわからない。
まさか人生でこんなことが起こるものか?
緊張と恐怖で身を竦めるしか出来ない。
降りかかってきた理不尽に涙目となって男を睨みつける。
『もうなんなの!? “また”わからないなんて!』
「……もしかして、言葉通じない?」
男の問いかけがわからず、澪は反応が出来ないまま。
鬱憤だけが溜まっていくと、歯を食いしばった。
ようやく澪が怯えていると理解した男は、真摯な対応に移って澪から人一人分の距離をとった。
「オレの名前はカイ。わかる?」
(……なにもしてこない?)
やさしい声色で、自分を指しながらゆっくりと言葉を発する。
男に敵意はないのだろう。
穏やかな口元を見て澪は少しずつ冷静さが戻ってきた。
この理不尽は二度目だ。
言葉が通じない世界に突然放り込まれる。
はじめは記憶もない状態で、怯えて泣くばかりだった。
今は男が澪を気にかけている。
澪を知っているかはわからないが、少なくとも異物を見るような目はしていない。
もしかしたら言葉がなくても心が――と、一瞬期待を抱いてすぐに笑い捨てた。
仮に澪を異物と捉えていなくても、かつて味わった孤独が澪を委縮させる。
ひそひそと。
クスクスと。
澪を化け物のように扱ってきた古い田舎町――。
(帰らないと。施設長に迷惑かける。……怒られちゃう)
悲観的な考えがよぎり、強引に首を横に振る。
本当に帰りたいのか。
帰る場所なんてあるのか。
誰が澪を待っているというのか?
(帰るんだ! ちゃんと現状を理解しないと……)
言葉が通じない以上、なんとか食らいついて情報を集めるのが最善だ。
二度目なのだから怯える必要はない。
弱音は押し込めて、震える喉を無理やり開く。
「……カイ?」
聞こえた通りに呟いてみると、カイの目が輝きだす。
手首を掴まれたかと思えば、広い胸に抱きしめられた。
少し小刻みな心音が直接鼓膜を震わせる。
その音はミオに共鳴するように心地好い音だった。
(ちょっと、痛い……)
抱きしめてくる力加減が過剰だ。
感情のままに腕に力が入っているようで、圧迫されて息が出来ない。
なんとか顔をあげ、カイの様子を見ると弾けるような笑顔に意表を突かれた。
(なんでこんなうれしそうなの?)
「よかった。ずっと探してたんだ」
『ひゃっ!? は、離して!!』
カイの腕は筋肉質で力強い。
細身に見えて鍛えられた身体に抱きしめられると、対人関係にコンプレックスを抱く澪でもおかしいと気づく。
普通、初対面の男女が抱き合うことはない。
『キャーッ!?』
距離の近さに悲鳴をあげてカイを突き飛ばす。
シーツを引っ張り、頭から被って丸くなりながらシャーシャー猫のように威嚇した。
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