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幕間章 名も無き村の狩猟隊 隊頭『ジューゴ』

名も無き村の狩猟隊 隊頭『ジューゴ』⑤

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森守様の手の上から、我等は茫然とコボルトの里を見下ろしていた。
これは、勝てるはずがない。
その数は圧倒的だった。数千、数万という大群がそこには群がっていた。
こいつらは、数が増え過ぎていた。
なるほど、この数を維持するために我等が村の領域にまで餌を求めて足を運んでいたのか。

「この魔石は、毒の魔石ですね。どうりで僕たちの解毒魔法では解除出来ないわけです」
「わかったのか?」

 守様が回収なされた魔石を、ライオットが解析していた。


「はい、僕達が体の中に蓄えていた病の正体はこいつで間違いないでしょう」
「同じ毒なのに違うの?」
「僕達治癒師達が学んだ解毒は生き物から生まれた毒を治療するものです、体内に侵入してきた異物を除去し体外へと排出させる治癒魔法です。ですがこの毒は体内に元々あるものを変異させて体の中で増殖させるタイプの毒です。元々体内にあるものですから、排出させることも出来ない。言わばこれは大地の毒といったところでしょうか?」
 
生物の毒と大地の毒、ライオットの説明が半分くらいしか分からなかった。だが我等の病の根源がこれだというのなら・・・。

「僕がこの魔石よりこの毒の魔法を習得すれば、治療の魔法も同時に習得出来るはずです。これだけの大きさの魔石なら村の治癒魔法師達全員が覚えても魔力がなくなることはないでしょう」
「つまり、もう病に頭を悩ませる必要がないってこと?」
「そういうことです、ひと月もあれば才能の無い魔法師でも覚えられるはずです。治療以外には役に立たなそうな魔法ですが」
「十分だ。森守様の手を煩わせなくとも、我等自身の力で治療が出来るようになれるのだな?」
「はい!」

 ライオットの返事を受けて、我とシェーンは頷いて眼下を見つめる。

「残る問題はこいつらか。森守様ならばこの危機を乗り越える知恵をお持ちかも知れないが・・・」

しかし、森守様は周りの様子を見つめているだけで行動を起こそうとはしていない。数が多いだけのコボルトなど、この方の実力ならばどうとでもなりそうなものだが。いや、いくらなんでも森守様に頼り過ぎだ。これだけの数のコボルトが増えたのも自然の摂理、自然の摂理ならば我等は・・・奴らより弱い我等が逃げればいい。

「森守様!ここはいったん退くべきかと」

 森守様が我の言葉に耳を傾けていただいている様子。それを確認すると、我は森守様に続く言葉を放った。

「これだけの数を倒すとなれば、我々も相当の覚悟がいります。村の者達に警告を行い、最悪村を放棄して新たな土地を探さなければならないでしょう」

 土地より人だ。今ある土地も過去は安全であった。だが今は目前に脅威が迫っている。この脅威を取り除くことが出来ない以上、我等は次の行動に出るしかない。
 ご先祖様よ、罪深き我等をお許しください。

「隊頭!それは・・・」
「先祖からの土地を捨てるつもりですか!?」
「我とて本位ではない。だが現実問題としてこいつらをどうする?あの亀のような化け物が上流に陣取っていてくれたから村側にそこまでの数が来てなかっただけなのだろう。あそこまで数が増えているのであれば、このあたり一帯の食い物はもうあいつらに食いつくされている可能性が高い」
「だから村の近くにまでコボルトが・・・」
「おそらくな。フォビア化したのも危険だとわかっている食べ物を食べなければ死んでしまうかもしれないと思ったからかもしれん。あいつらは鼻が効く、本来であれば病に侵された食料なんぞに手は出さないだろう?」
「そうかもしれませんが」
「こうなっていてはどうにもならん。フォビア化さえしてなければ罠なども有効かもしれんが、凶暴化している連中は逃げてもくれないからな。あれだけの数のコボルトの足を永久に足止めさせる罠なんぞ実現不可能だ」

我の言葉に森守様もご納得の様子。再び川の上流に登り、大地の魔法で大きな壁を作ってくれる。コボルトは地面も掘れるが、この大きさならば十分な足止めになるだろう。
我の言葉を親身に受け、対策まで行ってくださる。しかし、そこからの行動には驚いた。
森守様の腕の一振りで、凶悪な植物の魔物が地面から顔を出したのだ。
我等を追って来たフォビアコボルトとその植物の魔物が戦いを始める。否、これは戦いではない捕食である。
その大きな植物の魔物は口を開くと一度に地面ごと数匹のフォビアコボルトを一飲みにした。人のみすると、体を躍動させて、その体を増やした。
森守様の呼び出した植物の魔物は、あれよあれよと川沿いに広がっていく。フォビアコボルトがその魔物に襲い掛かろうとするが、その魔物の口が我先にのフォビアコボルト達を飲み込んでいった。
まるで天然の罠だ!我等の領域に足を踏み込ませず、近づくものを丸飲みにする罠であり壁。我等が手を下すまでもなく、フォビアコボルト達はその植物の魔物に数を減らされていくであろう。
川の下流は川幅が広く、流れもある。海の生き物も多く生息しているため、下流からはコボルト達は渡ってこれない。上流には森守様の魔物、どうやら動けないらしいこの魔物は近づくものをすべて食いつくさんとその長い茎を振り回している。これならば、コボルト達は上流からも渡って来ないだろう。
我等の村は今度こそ、完膚なきまでに森守様に救われたのだ!





元のサイズにお戻りになられた森守様と共に、村へと凱旋を果たした我等。
ライオットが興奮して旅のいきさつを話している。
シェーンも同様だ。
我は長老に経緯を報告する。
長老は何度も森守様に頭を下げている。
たった数日で、壊滅的なまでに追い込まれていた我等をこの御方はお救いになられたのだ。
恩人などというレベルではない。
しかもこの方は眠らず、食事も取らない。どうすればこの恩に報いることが出来るのか、まったく想像が出来ない。
森守様はいつも、温かく慈悲深い顔で我等を見つめてくださっているだけだ。
我等は村の戦えるものを集めて、周辺のフォビアコボルト達の討伐に当たった。
川の向こう側からは、滅多なことが無い限りコボルト達は渡って来ないだろう。
里に戻れなくなったフォビア化していないコボルト達は、村の衆との話し合いを経てこの村の労働力となった。
臆病だが力はある、食事を与えれば言うことを聞く存在だ。頭もそれなりにいい。
フォビア化した仲間達を襲う我等に、むしろこうべを垂れたこの者達に危害を加えるのは気が引けた。
彼らも病の被害者なのだろう。
これからは、こいつらも含めて村で仲良くやっていくことになりそうだ。



あくる日、森守様は神々しい輝きを放ち村の中心にお立ちになられた。
温泉を楽しまれたらしい。
喜んでいただいて何よりだ。
日の光を浴び、照らされた森守様のお姿はまさに神そのものだった。
我等は森守様に祈りを捧げた。
その時、巨大なロック鳥が空より飛来し森守様を掴んだ!
おお!伝説のロック鳥!やはり森守様は神の遣いの手下!否!神の遣いそのものだったのだろう!
我等は森守様に手を振り別れを告げた。
きっと森守様は、我等のように危機に瀕した者達をお救いに旅立たれたのだ!
森守様!有難うございました!
我等は貴方様のおかげで今日を迎えることが出来ました!明日に向かうことが出来るようになりました!
我はもっと強くなります!いずれ、貴方様のお傍に仕えられる日が来ることを望んで!
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