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「っ、ぁ……や……ぁ……」
ビルとビルの隙間から長方形に覗く空からは月光が煌々と降っていた。
アスファルトには二つの影が落ち、それが重なったり割れたりするたびに、自分の中を別の生き物が出たり入ったりする感覚がする。
「ぁ、あっ、だめ、っ……ッ」
思いきり奥を穿たれ、一際激しい電流が背筋を駆け抜ける。寂れたフェンスを掴む手をつい握り込めばじんわりと痛い。しかしの痛みを気に留められたのは一瞬、奥を抉るような激しい律動と頭を真っ白に染める快楽につぐむはすぐに飲み込まれた。
「ぁ、ああああッ」
「っ、ぐ……」
ぱたた、と自身から溢れたものがアスファルトに落ちていく。もう何度目か分からない吐精は、量が少なく色は到底白とは呼べないほどに薄くなっていた。
それに比べて獣のような吐息と共につぐむの中に吐き出されたものは腹が張り裂けそうなほどに激しくどろりとしていた。
自身の絶頂と、絶頂をぶつけられる、二つの快楽をひたすらに浴びせられたつぐむはもうすっかりへとへとだった。足腰に力が入らず、今つぐむが立てているのは後ろから腰をぎゅうっと抱かれているからだ。もしつぐむの腰を抱く腕が突然離されようものなら、膝から崩れ落ちてしばらくは立ち上がれないだろう。
ぼうっとする意識の中でそんなことを考えている間に、またゆっくりと抽挿が再開される。
「へ、や、も、無理……っ」
「先に手を出したのはお前だぜ。なら、最後まで責任を取るのが筋ってもんだろ」
低い声が耳元で囁かれる。何度も快楽を与えられ敏感になった体はそれにすら反応して、内側がきゅっと閉まるのを感じた。くつりと低い笑いが聞こえる。
「なぁ、名前。名前教えろよ」
「ぁ、ぅ……つ、ぐむ」
「つぐむ?」
こくこくと頷けば、楽しげな声で何度も「つぐむ、つぐむ」と呼ばれる。呼ばれながら、内側を激しく揺さぶられかき混ぜられる。
「俺は白蘭」
「ぅ、あ……、ぁっ、あ……」
「大神白蘭だ、つぐむ」
大神白蘭?
まさか、本当に、この人は——。
「ほら、つぐむ。呼んで、俺の名前」
しかし、吐息混じりの甘いかすれ声に希われ、つぐむの思考はとろりと溶ける。
「んっ、ぁ、ぁ、はく、らんっ、はくらんっ」
「ふ、いい子だ、つぐむ」
「あ、ぅ、ッ」
また獣のよう呼吸が激しく降る。律動が加速し、奥が穿たれる。その性の形が、アスファルトに落ちる影の形が、ゆるやかに正に獣めいたものに変わっていくことにも気づかないまま、つぐむは壊れたように彼の名前を何度も喘いだ。
——只人がこの国で平和に生きていきたかったら、決して獣人街に関わってはいけない。
この世界には只人と獣人、二種類の人間がいる。
獣と人間両方の血と個性を持つ者を獣人、獣の血を一切持たない者を只人とし、長い歴史の中ではその二種類の人間は共生したり、ときには制圧し合うこともあった。
そして現代日本では、それぞれの社会は乖離しつつあった。
人口比率では圧倒的に只人が多いためこの国を統治し運営しているのは只人で、獣人は中でも圧倒的に強い力を持つ五大先祖返りをもとに全国五ヶ所に獣人が住まう街を作りその中で生活している。只人は獣人社会に、獣人は只人社会に極力関わらない。それで現状この国はうまく回っているから、余計な火種をうまないためにも二人種間でトラブルがあった際には自己責任——少なくても只人側は関与しないのが暗黙の了解となっていた。
そしてつぐむが暮らしている街のすぐ近くにも、灰露という獣人街がある。
獣人街は只人が暮らす街々よりもずっと享楽的なところがあった。遠目から見ても賑やかで、美しく、あそこに一歩踏み出してみたいという気にもさせられるし、一歩踏み出せば戻れないような気にもさせられる。実際、出来心で獣人街に足を踏み入れてしまう只人は少なくないようで、有耶無耶になった失踪事件のほとんどはこれではないかと言われている。
——事実、獣人は只人社会に滅多に関与しないがトラブルも起こさない。
——噂、だが只人が自ら獣人社会に入ってきた場合は別である。きちんと線引きしたところを超えてきたのだから自己責任、どう扱われても問題ないという覚悟のもとだろう、と。人間を愛玩扱いしたり、売りものにしている街もあるとかないとか。
それ故に獣人街回りは危険視され忌避される。故に、周辺店舗の給金は自ずと高くなる。
十蘭つぐむは灰露からすぐ近くのコンビニでアルバイトをしている。
高校生のときに夜逃げした両親の多額借金を背負い、特待生制度と親戚からの支援でどうにか大学に進学はしたものの、常に家計は火の車。講義以外の全ての時間をいくつも掛け持ちしているアルバイトに費やしている。大学を卒業したら一流と言わずともきちんと稼げる仕事について、借金と親戚への恩を返していくことがつぐむの目標だった。
そして今日も今日とてもコンビニの深夜バイト帰り、明日は一限から講義があるからさっさと帰ろうと思ったら、どこからともなく呻く声が聞こえて、思わず立ち止まった。耳をすませば、やはり苦しげな音が鼓膜を震わす。
灰露の手前にやばい只人がいるか、灰露の中で何かが起きているというのか。どちらにしても関与したら碌でもないことが起きるに違いない。聞こえなかったふりをしてさるのがだと思えた。
——けれどもし、本当にただ困っているだけの人がいたら?
例えば怪我をしたとか、苦しんでいるとか、本当に只困っているだけの人がいたとしたら……そう思うと、再び歩き出そうと踏み出していた足がまた止まってしまった。
躊躇えば躊躇うほど、声はどんどん苦しげになっていく。それに耐えられなくなって、ええいままよとつぐむは声の元を探して歩き出した。
そして入り込んだ本当に灰露の間際に建つ廃ビルに挟まれた路地裏に、苦しげにうずくまるその人を見つけた。
思わず駆け寄って声をかけたつぐむを仰ぎ反社したのは、紅玉のような瞳。この世のものとは思えない、どんな絵画や彫像よりも美しく整った顔。彼が持つ白雪のような髪が、吹いた夜風に柔らかく靡く。
生まれたときから灰露の近くに住んでいるつぐむは耳にしたことがった。
灰露を牛耳るのは五大先祖返りの中のひとつ、大神家。名は体を表すように、狼の血を引く一族だ。
その大神家の若君が、まさに白雪のような白髪を持ち、紅玉のような瞳を持つそれはもう麗しい男なのだとか。
噂では聞いたことがあるが、実物は見たことがない。当然つぐむは灰露に立ち入ろうとしたことはないし、獣人自体滅多に灰露から出てこないのだから。
だから一瞬、もしかしてこの人が、と思った。
だが、そんな存在が路地裏にうずくまっているわけがないと思ったから、首を振って可能性を捨てようとしたそのとき、つぐむの視界はぐるりと回った。
気づけばフェンスに押し付けられ、つぐむの後ろに回った男からズボンと下着を剥ぎ取られ——そして犯された。
「あ、ぁっ、も、むり、っ、んぁ、あ、たすけて……」
「あと少しだから、頑張れ、つぐむ」
お前せいでこうなっているのに頑張れってなんだと思ったところで、ぐずぐずになった体で抵抗なんてできるわけがないし、揺さぶられれば快楽に痺れて震え喘いでしまう。
「あ、まって、や、あ、また、きちゃう……」
「ん、一緒にきもちよくなろうな、つぐむ」
男——大神白蘭はそうつぐむの耳元で囁くとともに、つぐむの腰をぎゅっと抱きしめ、大きな熱で奥を激しく穿った。
「や、ぁ、あああッ」
一際強い絶頂につぐむの頭も視界も真っ白になる。低く詰まった声が遠く聞こえる。腹の奥にとめどなく熱がそそがれるのを感じる。
止まない余韻の中、つぐむの意識はぱちぱちと途切れだし、やがてゆっくりと遠のいていった。
ビルとビルの隙間から長方形に覗く空からは月光が煌々と降っていた。
アスファルトには二つの影が落ち、それが重なったり割れたりするたびに、自分の中を別の生き物が出たり入ったりする感覚がする。
「ぁ、あっ、だめ、っ……ッ」
思いきり奥を穿たれ、一際激しい電流が背筋を駆け抜ける。寂れたフェンスを掴む手をつい握り込めばじんわりと痛い。しかしの痛みを気に留められたのは一瞬、奥を抉るような激しい律動と頭を真っ白に染める快楽につぐむはすぐに飲み込まれた。
「ぁ、ああああッ」
「っ、ぐ……」
ぱたた、と自身から溢れたものがアスファルトに落ちていく。もう何度目か分からない吐精は、量が少なく色は到底白とは呼べないほどに薄くなっていた。
それに比べて獣のような吐息と共につぐむの中に吐き出されたものは腹が張り裂けそうなほどに激しくどろりとしていた。
自身の絶頂と、絶頂をぶつけられる、二つの快楽をひたすらに浴びせられたつぐむはもうすっかりへとへとだった。足腰に力が入らず、今つぐむが立てているのは後ろから腰をぎゅうっと抱かれているからだ。もしつぐむの腰を抱く腕が突然離されようものなら、膝から崩れ落ちてしばらくは立ち上がれないだろう。
ぼうっとする意識の中でそんなことを考えている間に、またゆっくりと抽挿が再開される。
「へ、や、も、無理……っ」
「先に手を出したのはお前だぜ。なら、最後まで責任を取るのが筋ってもんだろ」
低い声が耳元で囁かれる。何度も快楽を与えられ敏感になった体はそれにすら反応して、内側がきゅっと閉まるのを感じた。くつりと低い笑いが聞こえる。
「なぁ、名前。名前教えろよ」
「ぁ、ぅ……つ、ぐむ」
「つぐむ?」
こくこくと頷けば、楽しげな声で何度も「つぐむ、つぐむ」と呼ばれる。呼ばれながら、内側を激しく揺さぶられかき混ぜられる。
「俺は白蘭」
「ぅ、あ……、ぁっ、あ……」
「大神白蘭だ、つぐむ」
大神白蘭?
まさか、本当に、この人は——。
「ほら、つぐむ。呼んで、俺の名前」
しかし、吐息混じりの甘いかすれ声に希われ、つぐむの思考はとろりと溶ける。
「んっ、ぁ、ぁ、はく、らんっ、はくらんっ」
「ふ、いい子だ、つぐむ」
「あ、ぅ、ッ」
また獣のよう呼吸が激しく降る。律動が加速し、奥が穿たれる。その性の形が、アスファルトに落ちる影の形が、ゆるやかに正に獣めいたものに変わっていくことにも気づかないまま、つぐむは壊れたように彼の名前を何度も喘いだ。
——只人がこの国で平和に生きていきたかったら、決して獣人街に関わってはいけない。
この世界には只人と獣人、二種類の人間がいる。
獣と人間両方の血と個性を持つ者を獣人、獣の血を一切持たない者を只人とし、長い歴史の中ではその二種類の人間は共生したり、ときには制圧し合うこともあった。
そして現代日本では、それぞれの社会は乖離しつつあった。
人口比率では圧倒的に只人が多いためこの国を統治し運営しているのは只人で、獣人は中でも圧倒的に強い力を持つ五大先祖返りをもとに全国五ヶ所に獣人が住まう街を作りその中で生活している。只人は獣人社会に、獣人は只人社会に極力関わらない。それで現状この国はうまく回っているから、余計な火種をうまないためにも二人種間でトラブルがあった際には自己責任——少なくても只人側は関与しないのが暗黙の了解となっていた。
そしてつぐむが暮らしている街のすぐ近くにも、灰露という獣人街がある。
獣人街は只人が暮らす街々よりもずっと享楽的なところがあった。遠目から見ても賑やかで、美しく、あそこに一歩踏み出してみたいという気にもさせられるし、一歩踏み出せば戻れないような気にもさせられる。実際、出来心で獣人街に足を踏み入れてしまう只人は少なくないようで、有耶無耶になった失踪事件のほとんどはこれではないかと言われている。
——事実、獣人は只人社会に滅多に関与しないがトラブルも起こさない。
——噂、だが只人が自ら獣人社会に入ってきた場合は別である。きちんと線引きしたところを超えてきたのだから自己責任、どう扱われても問題ないという覚悟のもとだろう、と。人間を愛玩扱いしたり、売りものにしている街もあるとかないとか。
それ故に獣人街回りは危険視され忌避される。故に、周辺店舗の給金は自ずと高くなる。
十蘭つぐむは灰露からすぐ近くのコンビニでアルバイトをしている。
高校生のときに夜逃げした両親の多額借金を背負い、特待生制度と親戚からの支援でどうにか大学に進学はしたものの、常に家計は火の車。講義以外の全ての時間をいくつも掛け持ちしているアルバイトに費やしている。大学を卒業したら一流と言わずともきちんと稼げる仕事について、借金と親戚への恩を返していくことがつぐむの目標だった。
そして今日も今日とてもコンビニの深夜バイト帰り、明日は一限から講義があるからさっさと帰ろうと思ったら、どこからともなく呻く声が聞こえて、思わず立ち止まった。耳をすませば、やはり苦しげな音が鼓膜を震わす。
灰露の手前にやばい只人がいるか、灰露の中で何かが起きているというのか。どちらにしても関与したら碌でもないことが起きるに違いない。聞こえなかったふりをしてさるのがだと思えた。
——けれどもし、本当にただ困っているだけの人がいたら?
例えば怪我をしたとか、苦しんでいるとか、本当に只困っているだけの人がいたとしたら……そう思うと、再び歩き出そうと踏み出していた足がまた止まってしまった。
躊躇えば躊躇うほど、声はどんどん苦しげになっていく。それに耐えられなくなって、ええいままよとつぐむは声の元を探して歩き出した。
そして入り込んだ本当に灰露の間際に建つ廃ビルに挟まれた路地裏に、苦しげにうずくまるその人を見つけた。
思わず駆け寄って声をかけたつぐむを仰ぎ反社したのは、紅玉のような瞳。この世のものとは思えない、どんな絵画や彫像よりも美しく整った顔。彼が持つ白雪のような髪が、吹いた夜風に柔らかく靡く。
生まれたときから灰露の近くに住んでいるつぐむは耳にしたことがった。
灰露を牛耳るのは五大先祖返りの中のひとつ、大神家。名は体を表すように、狼の血を引く一族だ。
その大神家の若君が、まさに白雪のような白髪を持ち、紅玉のような瞳を持つそれはもう麗しい男なのだとか。
噂では聞いたことがあるが、実物は見たことがない。当然つぐむは灰露に立ち入ろうとしたことはないし、獣人自体滅多に灰露から出てこないのだから。
だから一瞬、もしかしてこの人が、と思った。
だが、そんな存在が路地裏にうずくまっているわけがないと思ったから、首を振って可能性を捨てようとしたそのとき、つぐむの視界はぐるりと回った。
気づけばフェンスに押し付けられ、つぐむの後ろに回った男からズボンと下着を剥ぎ取られ——そして犯された。
「あ、ぁっ、も、むり、っ、んぁ、あ、たすけて……」
「あと少しだから、頑張れ、つぐむ」
お前せいでこうなっているのに頑張れってなんだと思ったところで、ぐずぐずになった体で抵抗なんてできるわけがないし、揺さぶられれば快楽に痺れて震え喘いでしまう。
「あ、まって、や、あ、また、きちゃう……」
「ん、一緒にきもちよくなろうな、つぐむ」
男——大神白蘭はそうつぐむの耳元で囁くとともに、つぐむの腰をぎゅっと抱きしめ、大きな熱で奥を激しく穿った。
「や、ぁ、あああッ」
一際強い絶頂につぐむの頭も視界も真っ白になる。低く詰まった声が遠く聞こえる。腹の奥にとめどなく熱がそそがれるのを感じる。
止まない余韻の中、つぐむの意識はぱちぱちと途切れだし、やがてゆっくりと遠のいていった。
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