半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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人事部4

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「あ、昼飯はどうする?」
 居心地の悪い沈黙がしばらく続いたあと、新堂はそう切り出す。
「持ってきてないので買いたいんですけど、皆さんはどうしてるんですか?」
 舞は疑問を投げかける。それを聞いて猫のように喉を鳴らした新堂は、
「うーん、そこら辺はまちまちだな。弁当持参する奴もいるし外へ食べに行く奴もいるし。食堂があるから中で食べるならそこを使うかな」
「なら今日は食堂にします」
 食いっぱぐれなくてよかったと舞は朗らかに笑う。しかしそれを好ましく思わない目が向いていた。
「……何か?」
「いや……」
 新堂はまた口ごもる。
 ……なんなの、もう。
 男らしからぬ、 海の中のわかめのような態度に舞は呆れたとため息をつく。どのような仕事にも守秘義務があることはわかるが、同じ部内の人間にすらまともに話せないのであれば何を信用していいかわからなくなる。特に食堂は公共施設なのだから隠す必要なんてあるはずないのだ。
 舞はその細い腰に手を置いて、
「あの、いい加減にしてくださいよ。言えないならそもそも話を振らないでください。隠し事が悪いとは言いませんけど、詰まったトイレじゃないんですから一々話を途切れさせないでください」
「いや、こっちだって考えて――」
「考えて、なんですか? 食堂に何があるっていうんですか。モンスターが接客してるから気をつけろとでも?」
「な訳あるか」
「じゃあなんです?」
 1歩前に出る。新堂のへこんだ腹を目前にして、ぐっと頭を上げればたじろぐ彼の表情が見えた。
「……そのな、食堂で使われてる食材にはダンジョン由来のものが含まれてるんだ」
「……」
 沈黙が2人の間を通りすぎる。
 ダンジョン由来の食材というものは一般にはまだ流通していない。10年という月日では安全性に担保が持てず、また産出・生産量が乏しいことも要因の1つだった。
 それでも食べられることもある。世界にはまだ十分に食べられない人もいて、まともに作物を育てる環境がないならば一種の狩猟採集の場として活用が期待されていた。
 当然日本でも食べることは禁止されていない。あくまで自己責任の範疇はんちゅうに留め、流通させないことが決まりとなっていた。時折インターネット上にモンスターの実食動画があげられることもあるが、その感想は一様にまずいといったものだった。現代の農業畜産業の努力がいかに素晴らしいかを物語っていた。
 新堂が言いよどんでいる理由に検討が付いた舞は、
「食べられないほどまずいってわけじゃないなら私は気にしませんよ」
 あなたの気にするところじゃないと笑みを向ける。
「モンスター食に忌避感きひかんはないのか?」
「あー……物によりますけど、スライムシロップって結構美味しいですし」
「スライムシロップ?」
 会話の途中を切るように、新堂は1音高くうなる。
「あれ、食べたことないんですか? 湧きたてのスライムの新鮮な体液なんですけど」
「知らないな」
 新堂が首を振る。
 ……もったいない。
 舞はそうですかと相槌あいづちを打ちながら口に広がる甘露の味を思い出していた。
 モンスターの一種、スライムを目にした時、そのほとんどは青く透明である。これは体内で生成される消化液の色だった。味は胃液をひっくり返したような酸味があり、毒性もある。しかし湧きたてのスライムは無色透明で、ほのかに甘みのあるライチを思わせる味だった。死後直ぐに白く濁り、味も劣化するためダンジョンでしか食べられない珍味でもあった。
 つまり、
「――ここへ来る前にダンジョンへ行ったことがあるのか」
 導き出された答えを口にする。
 特に否定する理由もない舞はこくりと頷いた後で、
「1回だけですけどね」
「ならテストも楽勝だろうよ」
「あ、そうだ」
 テストと聞いて舞はぽんと手を叩き、
「ゴブリンに対しての記述ですけど、あれ間違ってますよ」
「は?」
「亜種の山ゴブリンは茸栽培きのこさいばいもしてるんです。だから人を積極的に襲うのは普通のゴブリンで、まずは逃げようとするのが山ゴブリンです」
「……そんなことあるのか?」
「あります。彼らは自分達のテリトリーに近づかなければ襲ってきませんから。ただそのテリトリーがどこからどこまでなのかは彼らしか分からないんですけどね」
 で、食堂ってどっちですかと尋ねながら舞は歩き出す。
 その小さな背中を見つめた後、新堂は力なく天井を見上げ、
「……変なのが入ってきたな」
 誰にも聞こえないようにぽつりとつぶやいていた。


「わぁ」
 舞はおもわず感嘆の声を漏らしていた。
 体育館を改装した食堂には一面がキッチンになっており、他はテーブルで埋め尽くされている。100人は優に収納できるスペースにはまだ時間が早いため数人しかいなかった。
 舞が見ていたのはキッチン上部に貼られたメニュー表だ。レギュラーメニューの他に手書きの日替わりもあり、今日はミノタウロスの牛かつ定食と書かれている。
「なぁ、本当に食べるのか?」
 後ろで見守っていた新堂は嫌そうに口を曲げている。
「食べますよ。お腹すいてますし」
「そういったってモンスターだぞ?」
 新堂は手を上げて指さす。メニューの横にはイメージ図とともに使われたモンスターの写真が貼られていた。スライムや巨大なかえるならまだましなほうで、牛の頭のついた筋骨隆々の男性の身体や巨大な昆虫、さそり、蛇など、見るだけで食欲が失せていきそうなものまであった。
「すみませーん、日替わり1つ」
「はいよ」
 人の話を聞かずに舞はカウンターに向かって注文する。中から男性の威勢のいい声が響くと共に、高温の油が跳ねる、小気味よい音が辺りに充満していた。
「……かけうどん」
天麩羅てんぷらは?」
「いりません」
 どこか諦めた表情の新堂も続いて注文する。天麩羅、そういうのもあるのかと舞が視線を回すと、
『ダンジョン産車海老の天麩羅』
 とメニューの端に書かれていた。
「あ、天麩羅も追加で」
「あいよ」
「……よく食うな」
 それはどっちの意味だろうと思いながらも、舞は出来上がりを心待ちにしていた。
 数分して、食堂へ来る職員が徐々に増え始めたころ、舞達の注文していた料理がトレイに並んでいく。
 牛かつは濃いきつね色の衣に中までしっかりと火が入った赤身の肉。付け合わせには千切りのキャベツ、それと白米に味噌汁みそしると、一見するとどれがダンジョン由来の産物かわからない。小鉢にはお漬物とポテトサラダが盛られていて、万人が想像する理想の形になっていた。
 思わず口元が緩む。今日初めての食事に胃がうねりだし、口の中が潤い出す。その恍惚こうこつとした表情を隣で見ていた男は1歩距離を話しながら延々と七味の瓶をふりかけていた。
「いただきます」
 各々が食前の支度を整え着座し、手を合わせる。テーブルの上には定食と、顔よりも大きな天麩羅が1つ、そして赤い粉末が山になってしまっている丼があった。
「それってうどん食べてるんですか? 七味飲んでるんですか?」
「人の食べるものにけちつけるな」
「調理してくれた人に失礼だと思うんですけど」
「食えるものと食えるものの組み合わせだ。煮ても焼いても食えないモンスター食よりマシだろ」
 そうだろうかと舞は首を傾げる。それはそれとして、今から食べるものに対してケチをつけた上司を恨みがましく見つめることも忘れない。
 ……まぁいいけど。
 少女は気持ちを切り替えて箸を持つ。まだ薄い湯気が立ち上る料理たちを前にして、雑事にかまけて食べ頃を逃す愚かな行為は損だった。
 ……どっちかなぁ。
 牛かつと天麩羅。心浮く選択に箸が迷う。あぁ、揚げ物を前にするとこの世の全てがどうでもよくなるなと考えながら舞は、天婦羅へ箸を伸ばした。
 ……おっも。
 指2本分浮いた衣が細かく震えている。安い割り箸だったのなら折れてしまっていたことだろう。尻尾は皿に着いたまま、引き寄せながら犬のように口に運ぶしか方法がなかった。
 ザクリ。厚い衣の先に海老の身が弾け飛ぶ。口いっぱいに風味が広がり、食欲の海に沈んでいく。
「……美味いのか?」
 極上の悦に浸る舞へ、新堂が声をかける。膨れた頬袋を消化してから、ふうと一息ついて、
「冷凍の海老を水に1晩漬けて固形燃料であぶったような味ですね」
「不味いんだよな?」
「スーパーで買える海老よりは不味いですよ」
 舞はスッパリと言い切る。
 鼻を抜けるのは海老の風味を極限まで薄め、代わりにプラスチックを焦がした臭いだ。身はブヨブヨと水を吸った海綿かいめんのようで、所々えらく硬い筋が食事を邪魔する。唯一褒められる点があるとするならば揚げ加減がちょうどいいサクサクの衣だろうけれど、それも時間が経てば身の水分を吸ってすぐにへにゃへにゃになることだろう。
 そんな、場末の居酒屋でももう少しまともなものを出すほど、冒涜的ぼうとくてき産業廃棄物しょくじに対して少女は苦にした様子もなく向日葵ひまわりのような笑みを浮かべていた。虚勢きょせいではなく、食べ進める様子を見て向かいに座る新堂は首を傾げるばかりだ。
「……頼むから美味そうに食うのだけは止めてくれよ」
「ふぁ!?」
 意味不明な注文が飛び出し、舞は口に入れていた衣を吹き出す。
阿呆あほうなこと言ってないで食べたらどうです?」
「阿呆って……上司に向かって――」
「不味そうに食べるなって言うなら分かりますけど美味そうに食うな、なんて阿呆の台詞でしょ」
 散らばった残骸を集めながら舞は言い放つ。そして矢のように鋭い目つきで睨むと、
「それとも、美味しそうに食べると不都合でもあるんですか?」
 言い終え、かつを頬張る。
 ざくざくの衣の下にはみ切れないほど硬い繊維が隠れていた。にじみだす肉汁は使い古した油に絵の具を混ぜたような、脳髄のうずいに響く味をしている。思わず喉が拒否感を覚えるが、舞はおくびにも出さずに飲み込んでいた。
 ……パンチの利いた味だぁ。
 ゲテモノを前にしてそんな小さな感想を抱きながら食べ進める。箸は一向に止まる気配を見せない。むしろ向かいに座る男性の表情がまだ若いトマトのように真っ青に変わっていた。
「味覚が死んでんのか?」
「いひへまふへほ」
「……飲み込んでからにしろ」
「ん……生きてますよ。ちゃんと不味くて、でも食べられないほどじゃないってだけです」
「不味いのになんで――」
「なんででしょうね。でも食べるとこう満たされるって気持ちになりません?」
 茶碗ちゃわんを持って米をかきこみながら舞は投げかける。その返答として、新堂は力強く首を横に振っていた。
「ただの苦行だよ」
「なら食べなきゃいいだけですよね。食堂なんですから好きなメニューを選べますし」
「そうだけど、そうじゃないんだよ」
 また歯切れの悪い言葉だ。舞は苛立ちを眉間に示していた。
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