半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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新堂 功という男1

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 食事を終え、二人は廊下を歩いていた。正確には前を行く新堂がどこに向かうのかわからず、ひなのように舞がついていくといった感じだが。
 元々が小学校である社内には3棟の建物があった。渡り廊下を挟んで北と南に1棟ずつあり、敷地のはずれには大きな体育館の食堂がある。二人は今、南北を結ぶ渡り廊下の1階にいた。
 初春のぬるい風が頬をでる。鳥のざわめきと木の葉のこすれる音が子守歌のようにささやいていた。
 先を歩いていた新堂が足を止める。懐から取り出した紙の箱から1本の紙巻き煙草を取りだすと、市販の100円ライターで火をつける。
 じゅっと焼ける音。ちりちりと焦げる音色と共にかぐわしい甘い香りが宙を舞う。
「煙草ですか」
「ん、あぁ。嫌ならちょっと離れていてくれ」
 赤色に燃える火種をくわえながら新堂は手を振る。追いやるような仕草に、舞は薄く笑い、
「お付き合いします」
「……珍しいな」
 ポケットから喫煙具を取り出す彼女に、新堂は目を開いて笑う。
 昨今、喫煙者や喫煙所の減少によりこのようなつどいも減っている。小憎たらしい後輩が理解あることに少し安堵の気持ちを感じていた。
 直後、打ち破られるまでは。
「……おいおい」
「ん? どうかしました?」
 舞は喫煙の準備をしながら目を見ず声だけを向ける。薄茶色の葉っぱを風に飛ばされないようしっかりと詰めて、マッチを擦っていた。
 赤く球のようなほむらを先に当て、長く息を吸い込むとたちまち淡い紫煙が立ち上る。その行方を目で追っていた舞は頬を緩めていた。
「……パイプって、気合い入ってるなぁ」
 手慣れた所作に新堂は思わず魅入っていた。丸く無骨な木製のパイプを小さな口に咥える少女をまじまじと。
「……なにか?」
「いや……」
 新堂は訳もなく口ごもる。とがめるような視線が一瞬侮蔑に変わると、
「言いたいことがあるならはっきり言わんか!」
 風船のように怒気を膨れ上がらせる。
「さっきからうじうじうじうじと、なめくじにでもなったんかっ! 玉ついてんなら言葉を飲み込むな!」
「なっ……」
 年下の、それも中学生程度にしか見えない女児から頭ごなしに説教され、新堂の右手が固く握られていた。
 ……やばっ。
 瞬間沸騰した頭に冷水をかける。何をしようとしたのか理解して、そして目ざとく少女がそれを見つけていた。
「殴りなよ」
「は?」
「殴れって言ってんの。そしたら私も殴るから」
 えぇ……。
 素っ頓狂な要求が頬をかすめる。現代社会において暴力行為は、決して許されるものでは無い。ましてや成人男性が見た目子供を殴れば問答無用で警察沙汰になるだろう。
 しかし。
 新堂は1度緩めた拳を強く握り直し、振り上げていた。馬鹿なことをするなとなけなしの理性が待ったをかけるが、身体は聞く耳を持たない。
 渡り廊下の屋根に映る腕を見ても、舞はひるむことなく穴が空きそうなほどしっかりと見つめていた。それがたまらなく心をきむしり、身体にやれと命令する。
 ガツン。
 振り下ろされた拳が頭頂部に突き刺さる。硬い頭蓋骨と指の骨が当たり、全身にえも言えぬ快感に似た痺れと、人を叩いたことによる恐怖が襲いかかる。
 ……あぁ。
 そういえば人に本気の暴力をふるったのは初めてだと感じていると足に突き刺さるような痛みが走る。
「いっ――」
「いったーっ! 何も本気で殴りますか!?」
「……殴れって言ったのはそっちだろ。それに殴り返すとか言っときながら蹴ってくるとは何事だ!」
「届かないんですから仕方ないでしょ!」
 目じりに熱い感情をにじませた舞が牙をむいて怒鳴り散らす。その物言いに、確かにと感じ入るが納得だけはするものかと反骨心が気持ちを大きくさせていた。
「ほんっと、かわいくねえな!」
 新堂は吐き捨てるように言い、煙草に口をつける。熱い煙が喉を焼くいがらっぽさを払うために大きくせきをして、
「……何者なんだよ、お前は」
 ずっと喉に引っかかっていた疑問を口にする。
 ダンジョンの知識というならば、世界中を見てもこの会社が群を抜いている。社外秘の情報もあるため全てを共有されているわけではないが、モンスターの生態などいまだ誰も知らないことだった。人間を見れば何を置いても機械的に襲ってくる、それが周知されていたからだ。
 それにダンジョン産の食材を苦も無く食べる姿。いまだ安全性に担保のない食材を、職員は月に一度以上、口にする義務があった。体のいい人体実験も美食なら我慢できたが、それを苦に思って離職する職員も出るほどの酷い味だ。だと言うのに目の前の少女が甘露とでも言いながら食べ進める姿が同じ人間と思えずにいた。
「何者って……ただの新入社員ですけど」
「嘘つくなよ」
 新堂は断言する。
 まだ創立して数年しか経っていない会社だが、同時に世界中から注目もされていた。ダンジョンクライシスによって世論はダンジョン撲滅派が幅を利かせているため、そこに大きな利権が眠っているとしても大っぴらにダンジョン開拓という政策を打ち出せる国は少ない。何も考えていない有権者に対する敵対行為になってしまうからだ。
 だからモデルケースとしてダンジョンワーカーの動向は見張られていると言って等しい。日本国内からも警察、省庁から出向者が多数、それだけでなく海外の政府関係者や団体からも、つてを頼って入社してきている。そんな外患を抱えなければならないほどダンジョンとは手を焼く存在だった。
 そのため背後が全くの白で入社する人材など有り得ない。新堂は疑いの目を強くしていた。
「もう一度言う。何者なんだ?」
 振り下ろされた言葉に、しらを切るように舞はパイプをふかす。近くの庭園は手入れされていないのかイネ科の雑草がのびのびと風に揺られていた。
 その様子に視線を流しながら、
「……変態」
 頬を赤らめ、唇をとがらせる少女はしおらしく言った。
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