半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

文字の大きさ
62 / 138

幕間 食堂1

しおりを挟む
 舞と辛がダンジョンに篭もり、早1週間。仕事の関係で迎えは別の職員が行くことになったのだが、そこには五体満足でモンスターの皮で作った服を被った、野生児になってしまった女性2人の姿があった。文明から離れた彼女たちの髪は毛先がはね飛び、陽の光から離れていたからかもやしのような白い肌にはうっすらと砂がまぶされている。主だった外傷はないように見えたが、あまり食べる物がなかったのか、あまりの不味さに食が進まなかったのか、幾分か筋が目立つ身体に、迎えに行った一行はその苦労を偲んでいた。地上に出たらまず背脂たっぷりのこってり豚骨ラーメンが食べたいと口を揃えて言ったところからもその苦労に同情の目が向けられていた。
 ただ実際のところ、辛は痩せてなどおらず、それどころか身も綺麗で髪ですら絹のように光沢を放ちその美貌にかげりなどない。自在に身体を作り変えられるようになったおかげで、迎えが違和感を覚えないように、そう演じているだけであった。反面、舞は痩せて肌もヤスリをかけたように荒れていたが。
 服を着て文明の灯りの下、まず向かうのは飯屋、という訳がなく、提携の病院での調査からだった。問診に始まり採血、尿、便そして触診。昔は未知の感染症を警戒して病棟にすら入れない、さながら野戦病棟のような野ざらしにテントを建てただけの場所で1週間以上隔離されていたが、今は簡単な検査で済んでいる。ダンジョンには病原菌がなく、いわゆる無菌状態、むしろ人間が細菌を持ち込むせいで病気になるモンスターも確認されているほどだ。これではどちらが侵略者なのか、関係団体や政府はこの事実を黙秘しているが、どこからか嗅ぎつけた環境団体がよく槍玉に挙げている。
 手馴れているのだろう、検査はすぐに終わり、会社に戻れば普段の仕事。長期にダンジョンへ潜っていたとはいえ、それでルーチンワークが減るわけもなし、普段いくら暇だ暇だと騒いでいても個々人で抱えている仕事はあるわけで、袖机に入っている菓子で空腹を紛れさせながら、埃被ったデスクで雑務処理を行う。1時間もすればようやく待ちに待った昼食の時間だった。
「……どうしたんです?」
 いつものように新堂を先頭に舞と、今回は辛も連れ立って食堂に向かっていた時のことだった。空腹で目が回る女性陣の希望を打ち砕くように、人垣が背中を向けて、それはまさに山脈のように立ち塞がっていた。
「なんだろうなぁ……ちょっといいか?」
「はい?」
 背中を見上げるばかりの舞では分からず、程々に高身長の新堂ですら先が見えないほど、彼は手近にいた職員の肩を叩き事情聴取していた。
「何かあったのか?」
「えぇ、今日の日替わりが過去一不味いらしくて中は阿鼻叫喚あびきょうかんですよ。特に六波羅部長が荒れてますね」
「まじか……」
 首から下げた社員証、深い緑の縁どりは業務2部のもので、『山田』の文字がプラケースに映し出されている、彼はその実態をまだ外に露呈していない新堂へ敬うように一礼し、自身の腹を満たすために野次馬の中から抜けて行ってしまった。
 行きたくないなと新堂の足が止まるが、そんなこと知らないと舞がその身体を押す。押し問答には新堂に軍配が上がるが、思わぬ助成にたたらを踏んで転がるように前のめりになると、示し合わせたのかすぅーっと道が生まれ、その連携の良さに額に青筋が浮かぶ。
 ……うっわ。
 新堂が見た光景は、正しく地獄絵図だった。大の大人が数人、スプーンを持ったまま泣いている、その嗚咽はどこまでも広がり、葬式よりも重苦しい空気が流れている。
 すんと鼻に香るのは湿り気を帯びた芳醇さと電気が走るすえた臭い。見渡せば所々で吐瀉物に顔を突っ込んでいる職員の姿が散見されていた。
 年に1度あるかないかという惨状、その中でも一際目を引くのは石像と見間違えるほど均整の取れた肉体美を持つ重戦車、実働1部部長、六波羅の姿だった。どれだけ役職を重ねても、社則に食事義務がある以上食べる時に食べなければならない、彼はその太すぎる鎖に抗う手段として橙が眩しい1リットルの紙パック、中身はオレンジジュースだろうか、それをボーリングのピンに見立ててテーブルの上に乗せていた。
 額には玉虫のように大きな汗が輝き、スプーンを握りしめた拳にはそこから飛び出すことがおかしい銀の持ち手があった。あまりに力を込めたせいか可哀想なスプーンは哀れ折れ曲がってしまったようだ。
 それでも揺るがぬ威信にかけて、六波羅は手を動かす。吐くことなど許されるはずもなく、手のひらに収まる程度のお椀に向かうスプーンが、振動工具並に震えている。汁に浸った銀の匙が持ち上がり、また沈み、大きく息を整えたあと、乗っていたのは1口分にも満たない、スポイトで垂らした程度のスープだった。
 口に運ぶまでの時間が長い、それでも観衆は息を飲んで見守り、都合3度挫けそうになった心を応援という鉄板で補強しつつ何とか口に運ぶ。飲んだのか飲んでいないのか分からない程度の量であるにもかかわらず、すうーと血の気の引いた表情を見せた直後、パックのジュースを一気飲み、割れんばかりの歓声が上がる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

(更新終了) 採集家少女は採集家の地位を向上させたい ~公開予定のない無双動画でバズりましたが、好都合なのでこのまま配信を続けます~

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
突然世界中にダンジョンが現れた。 人々はその存在に恐怖を覚えながらも、その未知なる存在に夢を馳せた。 それからおよそ20年。 ダンジョンという存在は完全にとは言わないものの、早い速度で世界に馴染んでいった。 ダンジョンに関する法律が生まれ、企業が生まれ、ダンジョンを探索することを生業にする者も多く生まれた。 そんな中、ダンジョンの中で獲れる素材を集めることを生業として生活する少女の存在があった。 ダンジョンにかかわる職業の中で花形なのは探求者(シーカー)。ダンジョンの最奥を目指し、日々ダンジョンに住まうモンスターと戦いを繰り広げている存在だ。 次点は、技術者(メイカー)。ダンジョンから持ち出された素材を使い、新たな道具や生活に使える便利なものを作り出す存在。 そして一番目立たない存在である、採集者(コレクター)。 ダンジョンに存在する素材を拾い集め、時にはモンスターから採取する存在。正直、見た目が地味で功績としても目立たない存在のため、あまり日の目を見ない。しかし、ダンジョン探索には欠かせない縁の下の力持ち的存在。 採集者はなくてはならない存在ではある。しかし、探求者のように表立てって輝かしい功績が生まれるのは珍しく、技術者のように人々に影響のある仕事でもない。そんな採集者はあまりいいイメージを持たれることはなかった。 しかし、少女はそんな状況を不満に思いつつも、己の気の赴くままにダンジョンの素材を集め続ける。 そんな感じで活動していた少女だったが、ギルドからの依頼で不穏な動きをしている探求者とダンジョンに潜ることに。 そして何かあったときに証拠になるように事前に非公開設定でこっそりと動画を撮り始めて。 しかし、その配信をする際に設定を失敗していて、通常公開になっていた。 そんなこともつゆ知らず、悪質探求者たちにモンスターを擦り付けられてしまう。 本来であれば絶望的な状況なのだが、少女は動揺することもあせるようなこともなく迫りくるモンスターと対峙した。 そうして始まった少女による蹂躙劇。 明らかに見た目の年齢に見合わない解体技術に阿鼻叫喚のコメントと、ただの作り物だと断定しアンチ化したコメント、純粋に好意的なコメントであふれかえる配信画面。 こうして少女によって、世間の採取家の認識が塗り替えられていく、ような、ないような…… ※カクヨムにて先行公開しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...