半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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幕間 食堂2

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「……あほらし」
 さながらオリンピックの自国優勝を目にしたような熱狂振りも舞の心には響かず、永久凍土の目つきのままこれ幸いと開いた道を闊歩かっぽする。続いて舞に力添えをした辛も後に続き、進むと引くの勇気を天秤にかけた新堂も最後には置いていかれたほうが気まずいと、少女達の影に隠れるようについていた。
「おじさーん、今日の日替わりはなーに?」
 八熱八寒地獄もかくやという惨劇を横目に食堂のカウンターの前で喜色のこもった声をあげる。久方ぶりの文明の味、それを前にしてお行儀よく待てができるほどしつけが行き届いていなかった。
「なんだ悪食あくじき、久しぶりじゃねえか。やっぱり無理して逃げ出したんじゃないかって話題になってたぞ」
「ないない。ちょっとダンジョンにながぁくいただけだもん。そんなことより早くご飯食べさせてよ」
「……今回ばかりはお前でも音を上げるかもしれねえぞ?」
 カウンターに立つ男性、調理も肉体労働であると言わんばかりにけむくじゃらの太い腕を組み、少し腹は出ているがダンジョンでも十分に通用しそうなガタイの彼は、言いながら顎で舞の後ろを指す。自分達で作っている料理に対して、量ではなく味で食べられないというのもどうかと思われるが、歩いている間に目が慣れるほど見た光景へ、舞は視線すら動かさずちゃんちゃらおかしいと鼻で笑う。
「贅沢病なのよ。火が通ってるだけ、塩がついてるだけ上等じゃない」
「その理論は現代っ子には厳しいぜ?」
「だから? 大人にもなってボロボロ泣きながらご飯食べるなんて情けない。恥ずかしくないのかしら、見てるだけの人も含めてね」
 全方位敵に回す言動だが、舞ははばかる様子もなく伸びのある声で言うせいで、食べているものはもちろん、取り巻きまでもその言葉をはっきりと耳にしていた。羞恥する者、憤慨する者、いずれも顔を猿の尻のように赤くするが、売り言葉に買い言葉とはならない。悪食と揶揄されるように舞が苦もなく毎昼食モンスター料理を食べていることは広く知れ渡っていて、今回も完食してしまえば今までの犠牲者が情けないという証拠になってしまうからだ。
 闇夜に光る狼の目が舞を四方八方から貫く、完食するなと強い願望が込められたそれは、なんとも情けない神頼みであるが、透明な膜で覆われているかのように舞には届かず、
「そんなことはいいの。ご飯よご飯」
 ばっさりと切り捨てる様にカウンターの男性の方が驚き目を見開いていた。
「……おめえはよォ、そんなんじゃ敵作るだけだぞ」
 善意からの小言は、そんなことで反省するようなら誰も苦労はしていなくて、舞の頭の上でぽんと弾んで霧散していた。
 いたずらに時間が引き伸ばされていることへ、だんだんと舞の目付きが悪くなる。今は問答もんどうをしている時間では無い、暖かいご飯を腹に詰める時間なのだと双眸が告げる。
「わかったわかったって、ったく、今日はフライシャークのコンソメスープしかないぞ」
揚げ物フライシャーク? 空飛ぶフライシャーク?」
空を舞うフライシャークだな。海辺ダンジョンでの新種なんだが厄介な割りに中身はスカスカでな。そのままじゃ食えたもんじゃないのはほかと一緒なんだが、とりあえず熟成させてみたけどより不味くなったから香味野菜と一緒に煮込んでみたって訳よ」
 料理に携わるもの故か、男性が饒舌に語るも結局のところ胃を締め上げる不味さであることは周知で、
「いいじゃん、それとご飯に……肉料理はある?」
「あいにくだがスープ以外はねえぞ。その代わり寸胴いっぱいに残ってるからおかわり自由だ」
「えぇ……チェリー珊瑚サンゴのソルベも?」
 恐ろしいことに刑務所の臭い飯が三ツ星ホテルの高級料理に感じるほどの味が悪い料理を追加できないことに、舞は肩を落として落胆する。彼女が希望しているソルベもダンジョンに自生する珊瑚のようなものを凍らせて作るもので、口の中がただれるほどの強烈な酸味と喉を掻きむしりたくなる渋みで好んで食べたがる人など本来なら1人もいない、けれども作った手前捨てるわけにもいかず、賞味期限がないことをいいことに冷凍庫の一角に鎮座ちんざし続けていた。
 だから、
「まぁそれならまだ在庫はあるが――」
「じゃあそれも追加でおねがいね、もちろんスープは具多めの大盛で」
 その言葉に戦々恐々とするギャラリー達、当然だった、この状況で普通の食堂のように注文する度胸に脱帽だつぼうするものすらいた。しかしまだ食べたわけではない、彼女が口に運んだ時どんな反応をするのか、興味本位の下世話な話題が水面下で蠢いていた。
 まだそれだけならよかった。本当に驚くべき時はこの直後に訪れるなど、誰一人として事前に察することはできなかった。
 配膳板トレイの上に注文の品が並んでいく、その様子を頬を吊り上げながら見つめる舞の後ろから、
「あ、私も同じもので。スープとご飯はそれより多くしてください」
「……?」
 誰もが耳を疑うとはこういうことなのだろう、カウンターにいた男性の手は一時停止し、いつまでいるのか、入り口に並ぶ頭は熟れた林檎のように風に揺れる。試練しょくじをしていた者の手も止まり、皆一様に息を飲んで、今耳に入ってきたものはなんだったのか、まず自分の耳を、誰かが声を合成していないか、最後に正気かどうか頭を疑っていた。
「何か問題でも?」
 舞に追従したのは辛だった。よく食べるから驚いたのではない、悪食の少女の他に自分から希望して注文する職員が存在するとは、この場の雰囲気を見れば調子に乗った新人ですら危機感を覚えて注文を控えるというのに、辛の顔には冗談を言っている悪辣あくらつさなどなく頼むことが当然のことだと平静が見て取れた。
「いや……本当にいいのか? 残すなとは言わんが……死ぬかもしれねえぞ?」
 それは調理師として適切な言葉ではなかったが、心配する意図は十分に伝わるもので、
「大丈夫、この子に鍛えられたから」
 心遣いに辛ほ頬を緩ませ、その長い腕を舞の肩から前に回して抱きついていた。その本人は若干嫌がる素振りを見せるも、ひっそりと首元の産毛をちりちりと溶かされては黙る他なかった。
 もはや盛る側も苦渋くじゅうの顔をする暗黒物質ダークマターを上機嫌で受け取る女性達、その2人がトレイを持って場所を空けると、残されたのはうだつの上がらない男1人で、
「……注文は?」
 現在人生の岐路に立たされていた。
「……ライスで」
「ねえよ」
「……」
「ねえよ」
「……日替わり、小盛で」
 か細い降伏に、オーディエンスからは賞賛の拍手が送られて、今だけ彼は勇者であった。
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