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夏、海、カツオ4
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男性と言えば新堂か波平だが、どちらとも似つかわしくない健康的に焼けた肌が陽に照る、彼はその大きな瞳、拳程もある目に首から上が青黒いエナメルの肌、ちょうど鰤か鰹を思わせる魚体の精巧な被り物をして、ただ一礼をして岸からどこかへ歩いていた。
ご近所付き合いの上手そうな自然体の挨拶に女性2人も軽く会釈を返す。その後ろ姿を目で追いながら、
「……あれ、何?」
「……さぁ」
電源の落ちた頭をセーフモードで起動して絞り出した舞の言葉に辛が首を傾げる。そしてあっと囁くような呟きと同時にスマホをかざすと、現れた文字を読み始める。
「――カツオさんって言うらしいわ。こっちから手を出さなければ敵対しないタイプで、バタフライが得意、よく脚がつって溺れているところを目撃されているわ」
「エラ呼吸じゃないのか」
気になるところはそこであっているのか、そもそもの存在から不思議生物ではあるが牛頭人のミノタウロスという前例を考えればむしろ受け入れやすいのだろうか。
「たまに進化ミスしてるモンスターいるのよね。まぁすぐに淘汰されると思うけど」
ダンジョンに発生するモンスターは多種多様で、辛の言う通り環境に適さないモンスターだろうが容赦なく発生させられる。火山なのに熱に弱かったり水中なのにエラも鰭もないなど、一番の被害者は彼等なのだろう。
そのようなモンスターはダンジョンが大きくなるにつれ人目につかなくなっていく、ただ出現しなくなる訳ではなく単に出現した先から他のモンスターに襲われて散っていく、儚いだけの生物なのだ。
彼もいずれはそうなるのだろうかと侘しさすら滲む背中が見えなくなるまで眺めた後、
「……あのモンスターは倒さなくていいんですか?」
「いいんじゃない? 増えたら間引くだろうけれど」
あっさりとした答えに分かりましたと舞は頷く。
そこへ背後から砂を踏む音が近づいてきていた。
「辛さーん、何か飲みませんか?」
戸事だ。淡い青の水着姿は小柄な彼女の清楚さを際立たせ、わずかに女性らしい体つきは慎ましやか、日差しの下周辺の安全を確認していたのだから薄く汗ばんだ頬は桃色に染まり、青い果実のみずみずしい香りを漂わせていた。
肩から下げたベルトの先には大き目のクーラーボックスがあり、パカッっと開けたなら中には数本のペットボトルの蓋が顔をのぞかせている、どれもほどよく汗をかいて冷気が湯気となって立ち昇るよう。そのうち1本を手渡したなら同僚に向けるにはいささか熱のこもった目線が辛へと向いていた。
「ありがとー、琴子も休んでてね」
はいと返事をしたなら仕事は終えたと去り行く後ろ姿、隣で見ていた舞が竿を立てて揺らしてみるのは自分の分の飲み物がないことへのささやかな抗議であり、伝える先はもういない。代わりという訳では無いが辛はスポーツドリンクの栓を切ると1口、大きく喉を鳴らしてその残りを舞に手渡していた。
恥ずかしげもない堂々とした振る舞いに気にした方が負けと言われているような気がして舞は口に運ぶ、その前に、
「……戸事さんってどういう人なんですか?」
「引っ込み思案だけど可愛らしい子よ」
聞いたことには普通の答え、ただの会話、波乱なく、
「あと私の愛人」
お菓子のおまけのように投げ込まれた追加の回答は予想外の豪速球で、まいは思わず口に含んでいた水分を吹き出していた。
……そうなのかな、とは思っていたけど!
察せるだけ目や態度が怪しかった、それはそうとして話の組み立て方に悪意を感じるのは仕方ないことだろう。
「……ぶっ込んできましたね」
「一応彼女の方が先輩でね。手っ取り早く情報を得るには仲良くなるのが1番だったから」
あくまで仕事としてという口ぶりの辛に同情を禁じ得ない。
少なくとも戸事は本気である、舞は他人の恋愛にとやかくいうつもりは無いがそういうことならひっつき虫のようについて回る辛の態度は面白くないだろう、それをやっかまれても困るというのが舞の本音であるが、恋する少女は盲目、くそ真面目な理屈など通用しないのだ。
「仲良しの方向性が斜め上ですね」
「もちろんあなたとも仲良く――」
嫌味で言ったはずが、ずいとお尻をずらし距離を詰められる。吐息がかかる距離で竿を持つ手を包まれてしまえば身動きなど取れず、いやそっちの趣味は無いと否定しようにも磁器のようにきめ細やかな肌と深海に溺れそうな瞳に見つめられては蛇に睨まれた蛙、顔を逸らしても耳にかかる吐息は熱く、まさぐるために伸びた手は身体のあらぬところを撫でて――
「キャー!」
悲鳴、しかし舞の声ではない。
出処は何処かと2人は顔を回す。その目は凛と張り詰め堕落の情事の面影はなく、砂浜に1人座る女性の影を見つけるのにそう時間は必要としなかった。
「すみません、叫んだりして」
悲鳴の主は戸事であり、震える身体を辛が抱きかかえていた。
周囲は開けた砂浜であり、しかしいくつか大岩が点在している、その影からモンスターに襲われることも多々あるため舞が警らを行っていた。
「何があったの?」
「いえ……人の姿を見た気がして……」
その言葉と態度は真に迫り、到底演技には見えない。辛も疑うことはなかったがどうしても直前のあれを思い出されて、
「カツオさんかしら」
「カツオさん?」
「そういうモンスターがいるのよ」
遠目から見ればそのまま人の姿、見間違えるのも無理は無い。辛が見た個体は戸事とは別方向へと向かっていたが、別個体がいることはなんら不思議なことではない。
「モンスター……だったんでしょうか……」
納得していない声色で首を傾げれば首元で短く切りそろえた髪が揺らぐ。
……うーん。
他の可能性もある、それを考えていた矢先、背後からの声が思考を邪魔していた。
「しーんさーん、近くには何にもいなーい」
遠く、ほどほどに距離のあるところから舞が手を振り声を張り上げる。母親を見つけた子供のように駆け足で近づいてくるところはなんとも愛らしく、
「ありがとー。とりあえず安全みたいだから見張りよろしく――」
「いやっ、一緒にいて!」
返事をして戸事に向き合い、落ち着かせるようその両肩に手を置いたのだが振り払うように前傾、腰に手を回して抱きつかれては無下にも出来ず、おっと、と口を丸くして辛は固まっていた。
「……どしました?」
濃い栗毛の髪を弾ませて来た舞は状況を見て疑問を口にする。
「えぇっと……」
口ごもるのはやましい事があるからか、いや戸惑っているだけなのだが舞は数秒置いてから、
「見張りなら交代しますよ。変なもの見て不安でしょうし」
特に何も考えていない顔を見れば考えることすら面倒くさくなったと物語り、
「そう……じゃあお願いね」
他に言葉も思いつかず、しばらく戸事といることが確定していた。
ご近所付き合いの上手そうな自然体の挨拶に女性2人も軽く会釈を返す。その後ろ姿を目で追いながら、
「……あれ、何?」
「……さぁ」
電源の落ちた頭をセーフモードで起動して絞り出した舞の言葉に辛が首を傾げる。そしてあっと囁くような呟きと同時にスマホをかざすと、現れた文字を読み始める。
「――カツオさんって言うらしいわ。こっちから手を出さなければ敵対しないタイプで、バタフライが得意、よく脚がつって溺れているところを目撃されているわ」
「エラ呼吸じゃないのか」
気になるところはそこであっているのか、そもそもの存在から不思議生物ではあるが牛頭人のミノタウロスという前例を考えればむしろ受け入れやすいのだろうか。
「たまに進化ミスしてるモンスターいるのよね。まぁすぐに淘汰されると思うけど」
ダンジョンに発生するモンスターは多種多様で、辛の言う通り環境に適さないモンスターだろうが容赦なく発生させられる。火山なのに熱に弱かったり水中なのにエラも鰭もないなど、一番の被害者は彼等なのだろう。
そのようなモンスターはダンジョンが大きくなるにつれ人目につかなくなっていく、ただ出現しなくなる訳ではなく単に出現した先から他のモンスターに襲われて散っていく、儚いだけの生物なのだ。
彼もいずれはそうなるのだろうかと侘しさすら滲む背中が見えなくなるまで眺めた後、
「……あのモンスターは倒さなくていいんですか?」
「いいんじゃない? 増えたら間引くだろうけれど」
あっさりとした答えに分かりましたと舞は頷く。
そこへ背後から砂を踏む音が近づいてきていた。
「辛さーん、何か飲みませんか?」
戸事だ。淡い青の水着姿は小柄な彼女の清楚さを際立たせ、わずかに女性らしい体つきは慎ましやか、日差しの下周辺の安全を確認していたのだから薄く汗ばんだ頬は桃色に染まり、青い果実のみずみずしい香りを漂わせていた。
肩から下げたベルトの先には大き目のクーラーボックスがあり、パカッっと開けたなら中には数本のペットボトルの蓋が顔をのぞかせている、どれもほどよく汗をかいて冷気が湯気となって立ち昇るよう。そのうち1本を手渡したなら同僚に向けるにはいささか熱のこもった目線が辛へと向いていた。
「ありがとー、琴子も休んでてね」
はいと返事をしたなら仕事は終えたと去り行く後ろ姿、隣で見ていた舞が竿を立てて揺らしてみるのは自分の分の飲み物がないことへのささやかな抗議であり、伝える先はもういない。代わりという訳では無いが辛はスポーツドリンクの栓を切ると1口、大きく喉を鳴らしてその残りを舞に手渡していた。
恥ずかしげもない堂々とした振る舞いに気にした方が負けと言われているような気がして舞は口に運ぶ、その前に、
「……戸事さんってどういう人なんですか?」
「引っ込み思案だけど可愛らしい子よ」
聞いたことには普通の答え、ただの会話、波乱なく、
「あと私の愛人」
お菓子のおまけのように投げ込まれた追加の回答は予想外の豪速球で、まいは思わず口に含んでいた水分を吹き出していた。
……そうなのかな、とは思っていたけど!
察せるだけ目や態度が怪しかった、それはそうとして話の組み立て方に悪意を感じるのは仕方ないことだろう。
「……ぶっ込んできましたね」
「一応彼女の方が先輩でね。手っ取り早く情報を得るには仲良くなるのが1番だったから」
あくまで仕事としてという口ぶりの辛に同情を禁じ得ない。
少なくとも戸事は本気である、舞は他人の恋愛にとやかくいうつもりは無いがそういうことならひっつき虫のようについて回る辛の態度は面白くないだろう、それをやっかまれても困るというのが舞の本音であるが、恋する少女は盲目、くそ真面目な理屈など通用しないのだ。
「仲良しの方向性が斜め上ですね」
「もちろんあなたとも仲良く――」
嫌味で言ったはずが、ずいとお尻をずらし距離を詰められる。吐息がかかる距離で竿を持つ手を包まれてしまえば身動きなど取れず、いやそっちの趣味は無いと否定しようにも磁器のようにきめ細やかな肌と深海に溺れそうな瞳に見つめられては蛇に睨まれた蛙、顔を逸らしても耳にかかる吐息は熱く、まさぐるために伸びた手は身体のあらぬところを撫でて――
「キャー!」
悲鳴、しかし舞の声ではない。
出処は何処かと2人は顔を回す。その目は凛と張り詰め堕落の情事の面影はなく、砂浜に1人座る女性の影を見つけるのにそう時間は必要としなかった。
「すみません、叫んだりして」
悲鳴の主は戸事であり、震える身体を辛が抱きかかえていた。
周囲は開けた砂浜であり、しかしいくつか大岩が点在している、その影からモンスターに襲われることも多々あるため舞が警らを行っていた。
「何があったの?」
「いえ……人の姿を見た気がして……」
その言葉と態度は真に迫り、到底演技には見えない。辛も疑うことはなかったがどうしても直前のあれを思い出されて、
「カツオさんかしら」
「カツオさん?」
「そういうモンスターがいるのよ」
遠目から見ればそのまま人の姿、見間違えるのも無理は無い。辛が見た個体は戸事とは別方向へと向かっていたが、別個体がいることはなんら不思議なことではない。
「モンスター……だったんでしょうか……」
納得していない声色で首を傾げれば首元で短く切りそろえた髪が揺らぐ。
……うーん。
他の可能性もある、それを考えていた矢先、背後からの声が思考を邪魔していた。
「しーんさーん、近くには何にもいなーい」
遠く、ほどほどに距離のあるところから舞が手を振り声を張り上げる。母親を見つけた子供のように駆け足で近づいてくるところはなんとも愛らしく、
「ありがとー。とりあえず安全みたいだから見張りよろしく――」
「いやっ、一緒にいて!」
返事をして戸事に向き合い、落ち着かせるようその両肩に手を置いたのだが振り払うように前傾、腰に手を回して抱きつかれては無下にも出来ず、おっと、と口を丸くして辛は固まっていた。
「……どしました?」
濃い栗毛の髪を弾ませて来た舞は状況を見て疑問を口にする。
「えぇっと……」
口ごもるのはやましい事があるからか、いや戸惑っているだけなのだが舞は数秒置いてから、
「見張りなら交代しますよ。変なもの見て不安でしょうし」
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