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モーネ
しおりを挟むーーーふざけるな。
目が覚めたと同時に僕は憤怒した。
誰だ。救急車を呼んだやつは。
余計なことをしてくれるな。
命の恩人(おせっかい焼き)に悪態をつくために飛び起きると漸くおかしなことに気が付いた。
ーーー病院じゃない。
何故か目の前には湖畔が広がっていた。
その中心地には孤島があり、そこには巨大な樹が聳え立つ。
その枝葉が広大なはずの湖畔を覆い陰を落としていた。
その回りには何もない。
歩くのが億劫になる程に目ぼしきものが見当たらない。
だだっ広い草原に巨木と僕が突っ立っている。
僕は怒りを忘れて今の状況をなんとか飲み込もうと
精一杯思考を働かせようと試みたが
どう頑張っても納得いく答えには辿り着かなかった。
あの高さから飛び降りて無事で済むはずがない。
しかし体のどこを見ても朝起きた時と何ら変わりはなく、
それどころか打ち身すらもないようで痛みも感じない。
あれは、夢?
ではどこからどこまでが夢なのだろう。
ふと身に付けていた腕時計に目を落とすと
日付は9月11日の16時47分を指していた。
成る程。
夢現どちらにせよあれから時間が経っていることは事実らしい。
それからまだ僕の意識が在ることも。
奇っ怪な状況ながらもやけに冷静な自分が笑えたが
途方に暮れるのも時間の問題だった。
状況を知るにもここには誰もいないし、
唯一目の前にある大木を調べようにも湖を渡らないと麓へは辿り着けそうもない。
どうしたものかと湖を覗きこむとそこには
何も映っていなかった。
見間違えではない。
確かに僕はここにいるはずなのに
湖には緑緑しい木の葉がゆらゆらと映るだけであった。
“僕”が映っていないのだ。
そんな訳なかろうともう一度覗きこんだ。
その時ーー
「もしかしてエーヴェルから来たの?」
突然の声に僕はつんのめり、危うく湖に落ちるところであった。
顔を強張らせたまま振り向くとそこには女の子が立っていた。
色白に生える金色の髪は腰までありそうだが髪を一つに結っているため正確には分からない。
歳はきっと僕より下だ。
青のワンピースがよく似合う、一目で美しいと分かる容姿だった。
そんな彼女の言葉の意味が理解出来ずに
口をぱくぱくさせている僕を見てもう一度彼女は言った。
「君は地上人?」
地上人。
なんだそれは?
地上人も何もみんな地上で生きているだろう。
そうしたならば誰もが地上人のはずだ。
そんな区分をつけるだけ無駄なはずなんだ。
もしそんな定義をつけて呼ぶ必要があるならば
きっとそれはーーーー
「ようこそ。地中界ヘルムへ。」
僕の思考を読んだかの如く彼女は言い放ち、
目を見開く僕に微笑んだ。
*****
あれから彼女は僕が聞く前に今の状況を教えてくれた。
まるで僕の知りたいことを既に分かっているかのようだった。
彼女曰く僕は一度死んだらしい。
いや、正確には“死んでいる”というべきか。
今までの僕の記憶は間違いなく起こった現実で、
僕は死者だという。
ならば何故死んだハズの僕に意識があるのか尋ねようと顔をあげると、彼女と目が合った。
藍色の瞳に吸い込まれそうになり慌てて顔を背ける。
そんな挙動不審な僕を見た彼女はクスリと笑い、説明を続けた。
「ここヘルムは君たちの世界で言う地獄。そう言えば分かりやすいかな?」
『地獄』というワードに頭をがんと殴られたような衝撃を受け言葉を失った。
確かに自殺者は自分を殺した罪で地獄逝きになるという噂は聞いたことはある。
しかし、だ。
まさかそれが真実だとは思うまい。
そもそも地獄が実在するなんてとんだ誤算である。
何のために死んだのか分からない。
「でもね、ヘルムはそれ以外にもシャングリラやアガルタ、ヴァルハラとも呼ばれるの。つまりは色んな言い伝えがあるみたいだけど全てこのヘルムを指しているのよ。地獄と言うとみんな君みたいな顔をするんだけど心配しないで。そんな悪いところではないの。」
彼女は僕の絶望に満ちた表情を見て慌てて言葉を紡いだが、僕にはそんなことどうでも良かった。
このまま僕という器から逃れられないのだろうか。
そんな不安だけが僕の頭を支配していた。
「そんな顔してないで、住めば都よ。これから君を案内するわ。私はモーネ。君のことは何と呼べば良い?」
そんな僕の心配を他所に握手を求めるモーネを一瞥した。
どうもテンションが釣り合わないので一人でいたいのは山々だが状況も状況だ。
能天気に話し掛けてくる彼女に付いていく他なさそうである。
「汐築 朔(シオツキ サク)。」
再び自分の名を口にするなんて。
「素敵な名前ね、サク。よろしく。」
そしてまたこの名前を呼ぶ人がいるなんて。
ーー思いもしなかった。
戸惑う僕に彼女は笑った。
彼女の笑顔を見るのはこれで二度目だった。
*****
何もない草原を歩いていることを忘れさせる程にモーネはよく喋った。
地中界ヘルムでは僕の生きた地球上の世界のことをエーヴェルと呼ぶらしい。
つまり僕はここではエーヴェル人というわけだ。
そんな僕らのエーヴェルでは地球の地上660kmより下層は下部マントルがあるとされている。
それが常識だ。
しかし実際のところ確認はされていない。
そこまで発掘するには高度な技術を要するが
現在でも未だそのレベルには到達出来ていないのである。
つまり地球の地層は約6400kmあるとされる内の
一割程度しか解明されていないということだ。
その中で地中空洞説は提唱されていた。
一番近しいものはシャンバラ帝国やアガルタと呼ばれ、
あの独裁者ヒトラーもシャンバラ帝国の入り口を探し南極大陸に探検隊を遣わせたという。
(実際のところ南極に入り口があるかは不明らしい)
しかしあるはずはないと一蹴され続けた地球空洞説を
今、僕は目の当たりにし
彼らの主張が事実であることを認めざるを得ないでいる。
そして僕がヘルムに来て感じたエーヴェルとの決定的違いは自然条件にある。
ヘルムは地中にありながらセントラルサンと呼ばれる太陽が唯一存在する。
名前の通り中心に在り続けるため沈むことはない。
そのため夜は勿論のこと、月も星も存在しない。
因みに海も存在しないそうだ。
そんな環境で生まれ育ったモーネは夜空や海は未知なのだそうで
たまに来るエーヴェル人から話を聞くのが楽しみらしい。
そして不思議なことにエーヴェル人は皆自分が死ぬ瞬間の記憶を持ったままヘルムに来るため
死んだ後にヘルムに来ているのではないかと言われているそうだ。
僕が地上から来たパイオニアでないことに安堵すると同時に
僕が聞きたいことをモーネが予め心得ていたことにも合点がいく。
「ねぇ、サクは海好き?」
モーネの怒涛のお喋りからうって代わり僕のターンになった。
しかし急な展開とどちらとも言えない質問でつい考え込んでしまう。
僕の大切な記憶に海はある。
愛しく思っているが故にそれは僕を苦しめている。
僕は海が好きと言えるのだろうか。
返答に窮していたがモーネはお構いなしに続けた。
「私のワンピースね、海の色とお揃いなんだって。」
嬉しそうな彼女の横顔を見ながら、
彼女のワンピースは南国のビーチを連想するコバルトブルーというよりも底の見えない荒れた海を連想する群青であることは黙っていようと思った。
きっとそれを教えた人は彼女を喜ぶと思ってないだろうとも。
少し可哀想に思い、僕は自分の感想を伝えた。
「僕にはどちらかと言うと夜空に見える。夜空には星が生えるんだ。金色の星が。君の髪は星みたいにキラキラしてるからそう見えるのかも。」
モーネは少し顔を赤らめた。
こんな綺麗な子だから褒められ慣れているかと思ったが
こんな初々しい反応をされるとこちらもいたたまれなくなり沈黙になった。
それから20分は歩き続けただろう。
あんなに彼女のお喋りに嫌気がさしていたのに
沈黙が辛くなってきたころついにモーネが口を開いた。
「イェソドに着いたわ。」
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